Lazy Dungeon Master
Contents of [Storage]
たまには【収納】の中身を整理することにした。
何分、俺の【収納】の中身は非常にヤバイ代物であふれている。キーワードで爆発する黒玉や、紫色のダミーコア、『父』から貰った無垢のダンジョンコアやオリハルコンブレード。それらを筆頭に、人に言えないお宝等。そのうち読もうと積んでいた未使用の呪文スクロールなんかもいくつか入っている。
「あれぇ?」
……入っていたはずなのだが。
俺の【収納】をひっくり返しても、何も出てこなかった。入っていたのは、『父』から貰ったダンジョンコアだけ。ぼとっとコアひとつだけが落ちてきた。
「……どうなってんだ?」
幸い神の寝具――『神のパジャマ』はジャージにして着ているし、『神の目覚まし時計』も腕時計にしてつけっぱなしだったので消えてはいない。『神の掛け布団』『神の毛布』はロクコが持ってるから、これらは無事だ。
しかし他の物品はどこに消えた? キヌエさんに作り置きしておいてもらった料理とか、作り貯めしておいたゴーレムブレードもないぞ。
【収納】の中に手を突っ込んでまさぐってみるが、何も感じない。普段ならなんとなく何がどこに入っているかとかが頭に入ってくる感じがあるのだが。
【収納】をのぞき込む。その口は黒い空間をぽっかりと開けているが、顔を突っ込んだら中が見えたりしないだろうか……突っ込んだ頭だけ時間が止まって、胴体の血が止まり死ぬかもしれない。一人で試すのは危険だろう。
これは救助できる人間が必要だ。
「それで私が呼ばれたのね」
「こういう時に頼めるのはやっぱりロクコだなって。俺が手を動かしながら【収納】の中に頭突っ込むから、もし動きが止まったらすぐに引っ張り出してくれ」
「分かったわ」
というわけで、ロクコ保険を伴って、【収納】の中を覗くことにした。
……うーん、頭を突っ込んでみたものの、何も見えない。
音も光もない空間だな。
だが突然俺の視界に光が戻る。ロクコに引っ張られたようだ。さらに、肩の一か所をトトトトと弱く、しかし完全に同時に叩かれる不思議な感触がありビクッとする。
「おわっ!?……って、なんだ急に? まだ5秒も経ってないだろ」
「ケーマ、大丈夫? 止まってたわよ? 15秒くらい」
「え、マジか」
俺自身の意識では一切止まってる感じはしなかったのだが、やはり止まるという認識すらできずに意識を持っていかれたらしい。ロクコ保険をかけておいて正解だった。
あと、肩を何回かぽんぽん叩いたが反応がなかったらしい。
何、さっきの感覚はそういうのが蓄積してて一気に頭に入ってきたってこと? 時間停止中の感触は解除後にまとめて認識される感じ? ……すごく奇妙としか言いようのない体験をした気がする。
「案外危ないのね、【収納】って」
「まったくだな」
それにしても、ダンジョンコア一つを残して他はどこへ行ってしまったのだろうか?
よもや【収納】に穴が開いて漏れて行ったという事もないだろ……いや、原理を知らないんだからそういう事があった可能性というのも、ありえなくないな。
「ねーケーマ。これってお父様に貰ったコアよね? まだとってあったんだ」
「ん? ああ。【超変身】のレベル上げだけならダミーコアで十分だからな」
ロクコが番外ダンジョンコアを撫でつついう。
「……もしかしてこの中にケーマの荷物が入っちゃってるんじゃないの?」
「え?」
「いやほら、私だってマスタールームがあるじゃない。このコアにマスタールームがあってもおかしくないでしょ」
ぺちぺちとダンジョンコアを叩くロクコ。一理ある話だ。
「……なるほど。ダミーコアじゃなくて、本物のコアだもんなそれ」
「だとしたら収納スペースが増えて便利ね。……まぁどうやって中を見るかって問題があるんだけど」
そう言いながら、ロクコはダンジョンコアに手を当てて、むむむ、と何やら念じる。中に入れないか試そうとしている感じだ。
他のコアに入れたりするもんなの? とか思ったけど、そういえばミカンのダンジョンコアに入れた記憶もある。入れてもらった、が正しいだろうか?
「こう、扉をこじ開ける感じでなんとか入れないかしら。ケーマもやってみてよ」
「お、おう」
俺はロクコに合わせて反対側からダンジョンコアに手を当てた。……いつもロクコのマスタールームに入る感じを思い出し、ダンジョンコアに軽く魔力を流し込む。
いや、こじ開ける、ってんだからもっとドバっとやるべきか。
俺がダンジョンコアに向かって魔力を流すと、コアの白い光が明らかに増した。
……合ってるのか? これで?
「んん、もうちょっとで入れそうな気がするのよねー」
「少なくともオリハルコンの剣は取り返しておきたいところだよな」
ロクコも力を籠めると、ふわっとした金色の光をコアが纏う。
神々しい感じだが……なんか致命的に間違っている気がしてきた。だってダンジョンコアのマスタールームに入るときって別にこんな風にならない、よな?
「なぁロクコ?」
「ん?」
「俺達は今何をやってるんだろうな?」
「え? そりゃもちろん……えーっと……何してるのかしらね?」
首をかしげるロクコ。おい。
と、ダンジョンコアの光が強くなってきた。
「……そろそろやめといた方が良いんじゃないかこれ?」
「奇遇ね。私もそう思ってたし、今も止めようとしてるんだけど、なんか止まらないのよ?」
「……手が離れないんだけど!?」
まるで掃除機に手を吸われているかのように、ぴったりと吸い付かれ離れない。そして魔力が勝手に流れる。微々たる量だけど。
「ロクコ、大丈夫か?」
「あ、うん。手が離れないだけで特に問題は無いわね。ところで唐突だけど温泉に入りたくて仕方なくなってきたの、ちょっと行かない?」
「行かない」
手が離れない状況で何言ってんだお前は。男湯と女湯のどっちに入る気だよ。ウチの宿に混浴はないぞ。
「むぅ、残念。にしても、これどうしましょ?」
「……あ。ダンジョン機能で離れられるんじゃないか?」
「ケーマの【超変身】もアリね。あー、でも、えーっと……もうちょっとだけこのままでもいいかも? ほら、離れられないから仕方ないしー?」
ロクコがダンジョンコアに手を当てたまま、そっと顔を近づけてきた。
と、その時。急にダンジョンコアが強い光を放つ。
「うぉっ、まぶしっ!?」
「ひゃあ!?」
咄嗟に目を隠そうと手を動かすとダンジョンコアがぽーんと飛んだ。持ち上げてる途中で離れたらしい。そして、開きっぱなしだった俺の【収納】にすぽっと綺麗に落ちる。
【収納】の中から『ドォン!』と光の柱が昇り、そして納まった。
「……天井には傷一つついていないな……なんだったんだ一体……?」
「さぁ……? でも【収納】の中身は大丈夫なの?」
「もともとさっきのコア以外消えてたからな……どうだろ?」
俺は【収納】に手を突っ込んだ。
……ふにょん、と柔らかく温かい感覚。んん? と思ったのもつかの間、ぬるっとした何かが俺の手をくすぐった。
「わひゃっ!? な、なんだ!?」
「え、どうしたのケーマ?」
「【収納】の中に、何か居る!! 手を舐められたぞ……!?」
「えー、でも【収納】って生き物の動きも止まるんじゃないの? ちょっと私にも入れさせてよ」
と、ロクコが俺の【収納】に手を突っ込み――
「わわわ!? な、なに、何か居るぅ!?」
「な!? な!? 何か居るだろ!?」
「なにこれなにこれ、え、なんかサラサラしてる。毛?」
恐る恐ると【収納】の中をまさぐるロクコ。
「!!? つ、掴まれたわ!? け、ケーマっ、たすけてっ!」
「い、今引っ張る!」
俺はロクコをぐいっと引っ張る。すると――
――ロクコの手をしっかりと握りしめた、黒髪の少女がぬるんと【収納】から現れた。