Lazy Dungeon Master

The Virgin's Seriousness

俺はリンに頼み事をした後、マスタールームに戻った。徒歩で。

ロクコは今コアルームに居ない。宿の自室で聖女を監視してるところだろう。

回収してくれるロクコが居なければ徒歩で戻るしかない。ちょっと不便だなぁ、マスタールーム回収要員とか欲しいな。

「しかし、聖女の本気って何をするつもりなんだろうな」

コア部屋からダンジョンコアに入って、マスタールームを経由して宿のダミーコアへ出ればあっという間に自部屋なのだが、一旦マスタールームで考え事をする。

なんだかんだでこの部屋は過ごしやすい適温に保たれており、居心地は悪くない。考え事をするには、自部屋の布団の中より向いている、と思う。

今までの戦闘を見る限り、聖女はリンに白兵戦で勝てるとは思えない。せいぜい3,4回攻撃を避けるので精いっぱいのはずだ。魔法を使うにしても余裕があるとは思えない。

と、その時、グラグラグラッ!と地震が起きる。

……ん? 震度2、3くらいかな……?

うん、驚くほどじゃないな。……って、ちょっと待て。マスタールームって異次元にあるんじゃなかったのか? なんで揺れた?

そういうもんなんだろうかと首をかしげると、ロクコがマスタールームに駆け込んできた。

「ケーマ! ちょ、ヤバイわ!」

「どうした、あのくらいの地震、なんてことないだろ」

「地揺れ? 何言ってるのよ、聖女の攻撃よ、攻撃!」

……は?

何言ってるんだ、まさか聖女が地震をおこすほどの攻撃をリンにぶち込んだのか? と思いマップを確認するが、リンは無事だしそもそも聖女はダンジョン前に居た。

リュックのように簡易祭壇を背負った従者も一緒だった。

従者は聖女に一礼をして、宿に戻る。聖女はそのままダンジョンに潜っていった。

「一体何があったんだ?」

「これを見て」

ロクコがメニューを開いて映像を見せてくる。どうやら少し前の聖女の様子のようだ。

……そこには、ダンジョン前で祭壇に祈りを捧げる聖女が映っている。

聖女は額に汗をかきつつ真剣に祈り、何かを呟いていた。音を大きくしてみる。

『ダンジョンぶっころダンジョンぶっころコア壊すコア壊す光神様の敵はここです光神様の加護よ封印の力を今ここにダンジョンぶっころダンジョンぶっころ……』

なにこの怖い子ヤバい。しかも聖女が白く光っている。通常は不可視の魔力が、発光するほどに濃い密度で集まっている証拠だろう……というか何だこれ。

「こんなに長い呪文なんて初めて聞いたわ……どんな魔法か分かる?」

「あ、呪文だったのか……嫌な呪文だなおい」

そして最後に、呪文のキーワードが述べられる。

『神々の協定に則り、3日間、ダンジョンを封印する――【トリィティ】』

聖女の周りに集まった魔力が、ダンジョンに向かってぶわっと飛んで行った。

ここで地震が起きたようだ。ただし、村には一切揺れが無く、ロクコと、ダンジョンモンスターの全員が揺れを感じたらしい。

人間枠であるニクとイチカは何事も無かったそうだ。……俺もモンスター枠か、そうか。

映像はそこで終了した。

「しかし、ダンジョンを封印? いったいどういう事だ……」

「封印……? っ、ちょ、見てケーマ! DPカタログが!」

「うん?」

言われてメニューを開き、DPカタログを見ると――

――のきなみ『使用不可:残71時間』と赤いハンコを押したような表示が出ていた。

DP機能の封印、ってことか。

部屋とトラップの設置、モンスターの召喚は全て封印されている。使えるのはダメージを受けた壁とトラップの修復程度だ。

ガチャも封印されてるな。……武器防具との交換も使用不可。ああ、菓子パンとか日用品のようなアイテムに、宝石とかのお宝系アイテムなら交換できそうだ。

呪文の最後にあった神々の協定っていうのが何だかは知らないが、そういう決まりってことか?

「これは……確かにダンジョンの封印、だな」

新規のトラップや部屋の設置ができないというのは、ダンジョンの成長や変化を止めるということだ。入ってるうちにこっそり拡張して隠し通路を増やすという事ができなくなる。さらに戦力面で考えてもモンスターも召喚できないし、武装による強化もできない。ほぼ見ているだけしかできなくなってしまうということだ、通常なら。

「お、おぉうぅ……なんてこと!」

「うちは【クリエイトゴーレム】があるからまだ何とかなるけど、普通のダンジョンなら手も足も出なくなるんだろうな」

「そ、そうね! よくやったわケーマ! さぁ、聖女を撃退するのよ!」

「そうだな。ゴーレム作りで頑張るか」

しかし、ダンジョンのモンスターと言えば……ダンジョンに居候してるだけのリンはどうだったんだろうか?

まぁ影響あったとしても揺れを感じただけだろうし、どうでもいいか。

俺は魔法ゴーレム……じゃなかった、ガーゴイルの研究をしているネルネの研究室へと向かった。

*

ネルネは助手のガーゴイルことガー君と共に机に向かってゴーレム製土板に魔法陣を刻んでいた。覗き見るとライターのような火が出る魔法陣のようだ。かなり小さく、直径3センチといったところか。これを円形に8つ並べている。

「あ、マスター。どうですこれ。先日いただいたケーキから着想を得まして、8個の魔法陣を円形に配置することで効率よく温められるようにと作ってみましたー」

「……コンロみたいだな。ところで魔法陣の研究はどうだ?」

「そうですねー、今は1つの魔石で複数の魔法陣を起動する記法と、小型の魔法陣を描く練習をしていますー。ご主人様からいただいた土板は比較的書きやすいので、かなり小さくできますねー」

確かに、ものすごく細かい。正直虫眼鏡が欲しい……ん?

「もしかして小型化するのって、溝を精巧に描ければ……いや、刻めればいいのか?」

「はい、魔法陣は溝を刻んでそこに魔石を溶かせば完成なので。ただ、これ以上は私の目と器用さではなかなか難しくて……」

俺はDPカタログを出す。……うん、やっぱり軒並み使用不可だ。けど、日用品の虫眼鏡は問題なく交換できた。

「これは……?! なんですかこれ、え、すごく大きく見えますよー?!」

「この世界にはレンズとかメガネとか無かったか?」

「レンズ、メガネですかー? ありますよー、神の尖兵が召喚された時につけていることがある、視力矯正の装備アイテムですよねー? レプリカもたくさんありますがー……それがどうしましたー?」

ああ、そういう経緯か。なら老眼勇者がいなければ凸レンズは無い可能性があるな。

「そういえば、水晶玉を使うと下に置いたものが大きく見える、というのを聞いたことがありますー」

「ああ、それも凸レンズだ。まぁ玉だと魔法陣刻むのには使いにくいだろうけど」

さて、これで目の方は解決だ。あとは器用さか……それはおいおい考えていくとしよう。

「それより、現状のでいい。……魔法陣、ネルネ1人だと1日どのくらい作れる?」

「え、えーっとぉ……1日、10個が限界、かなぁ、と……それ以上は魔法陣を正確に刻める自信がないですー」

「……魔法陣が刻めない、問題はそれだけか?」

「それだけか、って、いちばん大事なとこですよー。あとは魔石溶かしてちょいちょい、なんですからー。そこさえなければ1日100個でも200個でも、魔石のある限り作れますよー?」

それは何よりだ。なにせ魔石は宝系アイテムだから、DPで出せるしな。

「それじゃあ作ろうか、1日200個」

俺がそう言うと、ネルネはハトが豆鉄砲食らったような顔になった。

魔法陣の量産については、解決策を思いついたからな。

ここまで言って失敗したら恥ずかしいけど。

……聖女の本気にはこっちも本気で応えてやらないとなぁ。