Lazy Dungeon Master
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借金勇者のワタルが来た。
俺は約束通りナユタにワタルを紹介してやることにした。普通にやってきたところで、普通にセッティング。何の問題もない。
「は、はじめましてっ! なっ、ナユタです!」
「ボクはセツナなのー」
「初めまして、僕はワタル・ニシミ。帝国の勇者です」
という訳で、食堂の四人掛けのテーブル席で、俺とワタルの対面にナユタとセツナが座っている。食事時ではないので他に客はいなかった。
「えーっと、ケーマさんから少し聞いたけど、ワコークの人だって?」
「は、はい。そのっ、それで、勇者であるワタルさんにいろいろお伺いしたくてっ! あの、情報料、お、お支払いしますのでっ」
「いいよ、かわりに僕もワコークの事色々聞きたいから相殺ってことでさ」
そして俺はその席に同席することでついでに情報をゲットと。……いや、同席しなくても良いんだけどさ。万一話題が俺の話になったら止めないと大変なことになるんじゃないかって気付いたんだよ。
「その、ワコークって桜とかあるんだよね?」
「はい、ありますよ。春に木に咲くピンク色の花ですよね」
「ああ、やっぱり春に咲くのか。じゃあ行くのは春の方が良いか……いやまぁ、借金返すまでは仕事が立て込んでて行く余裕が無いんだけどね」
「借金、ですか?」
「うん、金貨2000枚ほど……分割で返済中でね、うん……」
「ちなみにその金貨を私達の方で立て替えたらワコークの勇者になってくれたりは……」
「ハク様に恩があるからね……今も仕事を紹介してもらってるし絶賛積み上げ中だよ」
「勇者は義理堅いというのは本当なのですね……」
はぁ、とため息をつくナユタ。セツナはよく分かってないのかニコニコしていた。
「ねぇねぇ、あとで模擬戦しよ? 強い人ってボクすっごい興味あるんだぁ」
「はは、あとでね。ところで他にワコークには何があるの?」
「ええと、オミソ、オショーユとかがありますよ」
「生魚を食べるのはちょっと怖かったけど、結構おいしかったよ。オサシミ」
「おお……さすがワコーク。日本酒とかはある?」
「ギンジョーはございませんが、ショーチューなら。オコメが使われていないので厳密に言えばニホン酒ではなくワコーク酒というべきものです……あ、でも最近オコメが発見されたと聞いて、それを調べにラヴェリオ帝国に来たというのもあるんですよ。作り方自体は伝わっているそうですし、あとはオコメさえあればというところらしいですね」
「え? お米って、ワコークにあるんじゃなかったの?」
あ、やっべ。そういえばそう言う事にしてたっけ……
「なぁ、そんなことより勇者に聞きたいことがあるんじゃ――」
「私達の雇い主が、ラヴェリオ帝国でごく少量だけ発見されたものをツテで手に入れたそうです。残念ながら処理済みのものでしたが、ミカドに献上したところ――ああ、ミカドっていうのはワコークの一番偉い人でして、ワコークを築いた勇者の子孫です」
話に割り込もうとしたが普通に失敗した。ナユタ、俺の事眼中にないなコレ。
「ミカド……なるほど、帝(みかど)か。ワコーク、日本人の作った国だったのか……それでワコークなんて名前だったんだなぁ」
「それで、オコメをミカドに献上しましたところ、間違いなく伝説のオコメであるとのことで。ニホンの再現はワコークの至上命題。その産地を調査し、種を手に入れるように、と勅令が下りました。あ、これは国家機密です」
「はぁ、なるほど。それでお米を……って、普通に聞いちゃったけどいいの?」
「できれば内緒に……という建前ですが、些細な情報でも求めているのが現状ですので広めてもらって構いませんよ」
それは国家機密でいいのか? と首をかしげたくなるな。
「お米についてなら――」
「なぁワタル。国ができるほど昔の勇者じゃ、お前の目的である日本への帰還の手がかりにはならないんじゃないか?」
と、すかさず割り込む。そういえば最近はA定食でもなきゃ米は出てこないんだよな。冬越えで買い込んだ小麦がまだまだ余ってるから、使っとかないとだし。そのおかげでナユタもこの宿で米出してるとか気付いてないんじゃないかな? そんな事情があって気付いてたら何かしら聞いてきてたはずだし。
「え? あ、ケーマさん知らなかったんですか。勇者召喚は時を越えてますよ? 食の神と名高い勇者イシダカさんも広めてる食文化を見る分に大体僕と同じ時代の人ですし、時間の流れが違うんでしょう」
え、そうなの? 初耳でかなり重大な事聞いた気がする。
「そんなことよりお米ですよケーマさん! ワコークにお米が無いそうですよ!? ねぇケーマさん、ちょっと聞きたいんですが――」
「はい待て。スマンがちょっと席を外すぞ、ワタル、来い」
「え、な、なんですかケーマさん?」
俺はワタルをひっぱって席をはずす。ナユタにいいところで邪魔するなと睨まれたが知ったこっちゃない。
「帝都にお米を流したのが俺とワタルだという事は黙ってようか。いいな?」
「え、でも……ワコークの人、ものすごくお米を欲しがってるじゃないですか。分けてあげましょうよ」
「馬鹿、だからだよ。だから高く売れるんだろ。需要と供給、商人の常識だぞ? お前の迂闊な発言で損失が出たら借金に上乗せだからな。それこそ死ぬまで月に金貨100枚の支払いを続けてもらうレベルを覚悟しろ……いいな?」
「うう、なんてこった。勇者なのに金という弱みを握られているなんて……でも、それならケーマさんはどこからお米を」
「口が軽そうなお前に話すと思うかね? ん?」
「はい、思いません。黙ってます」
ワタルと話がついたところで一緒に席に戻る。やっぱり同席して正解だったな。
「……お米を探していても私には力になれそうにないですね、いやぁ残念」
「村長さん? いったい何を……」
「何のことかさっぱりだな。さ、勇者に聞きたいことがあるんだろう? 聞くといい」
「えーっと、じゃあちょっと失礼して、こちらを見て欲しいのですが」
ことり、とテーブルの上にナユタお手製のリボルバー銃モドキを置く。俺の時みたく脅さないのかと思ったが、そもそも日本人と分かってるなら必要ないか。
「ん? 銃……っぽいけど、これは何?」
「はい、勇者の世界の兵器を再現しようとしておりまして、意見をうかがいたいのです」
「……なるほど、銃を再現しようってことね。なんのために?」
「はい、趣味です!」
「趣味かぁ……」
趣味とは困る答えだな。というわけで、割り込むことにした。
「ところでワタル。銃についてなんだが、資料には外見と爆発によって玉を飛ばすという原理しか書かれていなかったらしい。肝心な爆発の手段は分からないそうだ。……なぜ当時の勇者はそんな中途半端な資料を残したんだろうな?」
「……はっ、そうか、つまり銃という文化を破壊する兵器の存在を危惧し、作れないけど対策だけは立てられるように情報を……!? くっ、つまりそれを尊重して考えると、僕は……銃についてそれ以上詳しいことをいう事はできない! すまない、ナユタさん……」
「あ、いえ、その……ええ、おい、村長さん? 邪魔するなら席外してくれない?」
邪魔とか言い出したよこの金髪犬耳娘。
「俺が紹介してるんだぞ、俺が居なきゃどうするよ」
「折角の情報源から全く情報が貰えないじゃないの!」
「ワタル、セツナと模擬戦するなら裏庭を使うか?」
「勇者さん、模擬戦するの! 模擬戦!」
俺がナユタをあえて無視しつつワタルに模擬戦の話を振ると、狙い通りセツナが食いついて来た。
「あ、ああ。それもいいね。あんまり有益な情報をあげられないみたいだし」
ワタルはセツナの揺れる胸をチラチラ見つつ答えた。
でもそいつ、上だけじゃなくて下も付いてるぞ。言わないけど。
「……たのしそうですねー?」
ガンッ! とネルネが木のコップを乱暴にテーブルに置く。テーブルに水が少しこぼれた。……そういえば今日はネルネがウェイトレスのシフトだったか?
「え、あ、いやその! ちがうんだネルネさん!」
「何が違うのですかー? ふふふー、私は別に気にしてませんよー?」
「怒ってる? なんか怒ってるよね!」
「勇者様はー、大きいのが好きなんですねー?」
「いや、そうじゃなくてっ」
……んん? なにこの、ネルネが嫉妬してるような反応。お前らいつの間にかそんな関係になってたの?
と、ネルネが一瞬視線を逸らす。その先を見ると、レイがドヤ顔で親指を立てていた。
そうか、さっきテーブルに乱暴にコップ置いたのはレイの入れ知恵で、演技か。
「おいワタル、お前ロクコに告白して振られたくせに、さらにうちの子に手を出したのか? いい度胸してるじゃないかオイ」
「え、いえ、魔法の話でちょっと盛り上がっただけです、やましいことはまだなにも」
「まだ……だと? それはつまり今後はする予定があると……? お客さーん? 困りますね、ウチはそういう宿じゃないんですけど?」
「めめめめ滅相もない! 僕はただネルネさんと魔法の話してるだけでしてっ」
「ええ、ないですねー。私は勇者様の知ってる魔法に興味があるだけですしー? それ以上でもそれ以下でもありませんしー」
あ、ネルネのこれ本音だわ。ダンジョンマスターの俺にはなんとなく分かるけどガチ本音だ。本気で魔法にしか興味無いわこの子。伊達に魔女見習いとかいうモンスター枠じゃないわ。
そして、なんだかんだで今度魔法のスクロールをお土産に持ってきてくれることになっていた。
よくやった。と、俺は親指を立ててネルネを褒めてやった。