Lazy Dungeon Master
Dragon Relationships
ツィーア山にあるダンジョン『火炎窟』。そこに、珍しい反応がやってきていた。
ドラゴン形態のレドラがギリギリ通れるその通路をずりずり進みつつ、マグマスライムをおやつ代わりにつまみ食いする赤いドラゴン。
道を熟知しているのか、迷わず階段まで進み、降りていく。
そしてドラゴンが通れる道では最短の経路を通り、あっという間に5Fにあるボス部屋まで到達した。――本来ならそこに待機しているのはボスであるレッドミノタウロス。しかし、今日はそこにこのダンジョンのラスボスにしてダンジョンマスター、レッドドラゴンのレドラが鎮座ましましていた。
赤色のドラゴン同士が対面すると、どちらともなく大きく息を吸い込む。ブレスの――それも本気の――前準備だった。そして、
「「ガァアアアアアアアアアアアア!!!!」」
示し合わせたかのように全くの同時に炎の、輝くブレスを放ちあう。
まるで光線のような白いブレスは、ぶつかり合い、弾けてボス部屋の温度を一気に上げ切った。ひとしきりブレスを吐き切ると、余波を受けてぐずりと柔らかくなった石畳にドラゴンの足跡を残しつつ歩み寄る。
そして、上機嫌にガツンと鼻先をぶつけた。
「まぁまぁの炎が吐けるようになったじゃないかッ! 研鑽は怠ってないみたいだな、イグニッ!」
「当然だよかーちゃん! アタシを誰だと思ってるんだっての!」
「アタイの娘に決まってんだろ、ハッハッハッ!」
仲良さげにぎゃうがうと吠えるドラゴン。その関係は、レドラが母で、フレイムドラゴンのイグニが娘であった。実に数十年ぶりの母娘の再会だ。
そこに、父――ダンジョンコアでありサラマンダーのイッテツがひょいと顔を出した。
「おう、元気そうだァなイグニ」
「とーちゃん、ただいまー! 元気元気!」
ドラゴンの巨体をもってフレイムドラゴン――イグニはイッテツに突撃した。
バスと軽トラくらいの体格差があるものの、そこは父親の威厳か。イッテツは後ろ足を床にめり込ませ尻尾で衝撃を散らしつつガシッと受け止めた。
「しばらく見ねェうちにまたデカくなったなァ。そろそろレドラ抜くんじゃねェか?」
「そうかな? かーちゃんが小さくなったんじゃない?」
「んなわけないだろッ! まったく、近頃の若いのは成長が早いねッ! まぁアタイもドラゴン界隈じゃまだまだ若輩だけどさッ」
レドラにハグされるように頭をぐりぐり撫でられ、イグニは「へへっ」と子供らしく笑った。
「それにしてもこのあたりも結構変わったね」
「おゥ、前にイグニが帰ってきたのは30年くらい前だったかァ、そりゃァ変わりもするさ。ええと、山のふもとの町はあったよなァ」
「あれは100年くらい前にもあったでしょ。そういえば山の途中に下等種(ザコども)がいたから少しからかってやったんだ! すごい慌てちゃってて走り回ってやんの!」
けらけらと笑うイグニに、イッテツの顔が引きつった。
「あー、えっと。それって山のどのあたりの話だ?」
「半分くらいの高さのとこかな。服着た、燃えてないサルたちだよ。小屋もあったからちょっと燃やしてやった」
これにはさすがのレドラも気付いた。
「……なぁ『112』(イッテツ)、その下等種(ザコども)って、もしかして」
「だろうよ。よォーし、ちょっとコッチ来いイグニ。お前人化は忘れてねェだろうな?」
「え? なにとーちゃん……あだだ!? 羽引っ張んないでよ!?」
と、ちょうどその時お隣のダンジョン『欲望の洞窟』からの連絡が入った。
あいたたたァー、とイッテツとレドラは揃って頭を抱えた。
*
イッテツに話を聞きに行くと、そこにはニクくらいの子供――所々赤い鱗があったり手や足が爬虫類だったりイッテツ似のしっぽが生えていたり、と、まるでレドラが人化したときに加えてさらにドラゴン寄りにして幼くしたような――が一緒に居た。
「すまねェケーマ! うちのバカ娘が迷惑かけたァ!」
そして開口一番イッテツがザッとその爬虫類頭を下げる。
「イッテツ、お前マジで子供いたのか……まぁ頭上げてくれ」
「おゥ、レドラに似てバカなところが可愛くて……いやバカで迷惑かけちまったなァ」
一度こちらを見て頭をぽりぽりとかいたが、イッテツは再び頭を下げた。
つまりこの子供があの畑を焼いたフレイムドラゴンでイッテツの娘らしい。
「とーちゃん!? なんでそんな下等種(ザコ)に頭下げるの!?」
「うるせェ黙ってろこのバカ娘! こいつァ俺の友達だァ、身内が迷惑かけたら頭くれェ下げるわ!」
「とーちゃんの友達ィ!? とーちゃん友達いたの!? いっつも巣の奥(ウチ)でゴロゴロしてるか、かーちゃんとイチャイチャしてるしか知らないんだけど!」
「そこかァ!? とーちゃんダンジョンコアだから外に出てねェだけだっつったろォ!」
とりあえず、親子仲は良好なようだ。
「とりあえずイッテツ、そいつがうちの村の畑燃やしたドラゴンなんだよな」
「お、おう。さすがにケーマの仲間殺したとあっちゃァひたすら謝るしかねェが……できりゃァDPあたりで手を打って欲しいとこだァ。イグニ――こいつの名前な。まァ虫のいい話だが……こいつの命は勘弁してもらいてェ」
「ああ、まぁ、そりゃいいよ。こっちは畑と家はちょっと燃やされたが、誰も死んでない。子供の命なんて貰ったら重すぎて釣り合わないから」
「そかァ、そいつァ良かった。不幸中の幸いってやつだなァ」
ほっと息を吐くイッテツ。いい父親してるなぁ。
「DPで損害を補填してもらえるなら俺は全く問題ない――ん、ではあるんだが……」
「ガキのやったことだから許せ、なんて言う気は無ェからな。きっちり補填する……って引っかかる言い方だァな? なんかあるのかァ?」
「ちょっと面倒なことがな」
そう、面倒なのだ。お飾りとはいえ村長の俺は。
「多分、ドラゴン討伐隊ができることになると思う」
「……さすがに家族の命(タマ)狙ってきたらケーマでも殺すぞォ? バカでも可愛い娘なんだからなァ」
「そりゃ当然だ。誰だってそうする、俺だってそうする」
「なんだァ、ケーマ、ロクコと子供作ったのかァ? クカカッ、子供は可愛いだろォ」
「いやいや、作ってない。作ってないぞ?」
「ん? そっかァ、ニンゲンは増えるの早いしそういうモンかと思ったがァ」
俺はコホン、と咳払いして話を戻す。
「多分、ドラゴン討伐隊ができることになると思う」
「どうしてだァ?」
理由を一言で言えば、不安の払拭(ふっしょく)だ。
俺はイッテツ経由で話が通るから気にしないが、やっぱり脅威が近くにあるとどうにかしたいと思うのが人間だ。
そして俺は、村長という看板を背負わされているので村の脅威に対応しなければならない。
「……とまぁそんなわけでな。色々面倒なんだ」
「あー、まァ単体でクソ弱ェからな、ニンゲン。例外もいるけど」
「というわけで俺が討伐隊を作る。……その方がコントロールが効くからな。それで、フレイムドラゴンを追っ払ったことにしてしまおうというわけだ」
「なるほどなァ」
「フンッ! 下等種(ザコども)がいくら集まってもアタシに勝てるわけないだろ! とーちゃんの友達かなんか知らないけどバカにすんな!」
ぎゃーす、と吠えるイグニ。炎が体にまとわりつくように現れ、部屋の温度が上がる。
イッテツがすかさずガツンと頭を殴った。
「こらイグニ! ケーマは炎耐性無ェんだ、自重しろ!」
「あぐ! ……ごべんなさい」
あーうん、気を付けてくれよ? 一応「自分」に【超変身】してるから効果で1回は復活できるけど、俺もなるべく死にたくないからな。
「ちなみに、そろそろ時期的に『例外』が面子に入る可能性が濃厚でな」
「……もしかして前にウチのダンジョンにも来た勇者かァ? あいつも面子に入る可能性があるのかァ」
「しかも前会った時ちょっとパワーアップしてたからな」
「マジかァ。……ガチでやったらレドラも危ないかもな」
「え、かーちゃんでも勝てないかもしれないの? ……それってヤバくない?」
イグニはようやく事態の重さを察したようだった。
……さて、それじゃ打ち合わせしようか?