Lazy Dungeon Master
Idee in the village of Gorraine
ダンジョンへの視察を終え、ハクさんはハクさんで名残惜しそうに帰って行った。
ロクコのおもてなしは相当気に入ったらしくロクコへのチップもたんとくれつつ、ついでにメロンクリームソーダをお土産にいくつも買って【収納】に入れて行った。
……さて、あとはアイディが残っているわけだが。彼女を満足させて留学を切り上げさせるか、それとも期間一杯まで宿泊料金を搾り取るか……
まぁ、あっちでどのくらい滞在する必要があるか分からないから搾り取るのが良いか。留学先での快適な宿のために。宿のために!
そうと決まればアイディを適度におもてなしして気分よく滞在させるとして……あれ、どこ行った?
と、メニューさんからマップを見て探すと、宿屋裏の広場に居た。
「ふふふ。子犬、中々良いわ。もっと愉(たの)しませなさい」
「くっ……やり、ますね……ッ」
見に行くと、どうやらニクとアイディで模擬戦をしていたようだ。
先にイチカとも模擬戦をしていたのか、汗だくの疲れた様子でイチカが座り込んでいた。その隣に座る。
「イチカ、お疲れ」
「おう、ご主人様……ちょいまち今汗臭いからそんな近く座らんで、じょ、『浄化』……よし。で、何しに来たん?」
「そんな気にする程だったか? まぁ、大事なお客様の様子を見にな……というか、これ」
……ニクとアイディの模擬戦を見物するのだが……そろそろ人間の目で追うには内容が激し過ぎるのでは? という域に達しつつある。
あれだ、ニク、人間辞めてるのでは? これ絶対布の服ゴーレムだけの力じゃないっていうか、あからさまに布の服ゴーレムの性能を上回っているっていうか……
まぁそれに余裕をもって相対しているアイディもアイディでヤバいんだけど。これ勇者とも戦えるくらいに強いんじゃないだろうか……ダンジョンコア故に入手DPは0だが。
「なぁご主人様」
「ん? どうしたイチカ」
「ウチじゃもうニク先輩の相手にならないんやけど。セツナも出て行ってもーたし、今後先輩の訓練相手どないすればいいと思う?」
「……いや、普通の獣人がどんなもんか知らんのだけど、やっぱり異常なのかな」
「この歳でこれだけ動けるのは異常やな……」
この歳じゃなかったら鍛えたら動けるもんなのか。と、そういえば実際セツナという実例もあったことを思い出す。
「あ、セツナもだいぶおかしかったから基準にしたらアカンで」
「と言われても俺、他に獣人をよく知らないんだが」
「ウチの知ってる獣人やと……まぁ、成人しててもニク先輩には余裕で負けるな」
なんと。うちの子強すぎ。
でも実際、ニクの訓練相手という観点でいうと丁度いい人材というのがこの村には居ないと言っていい。……なんかこう、そのうち「わたしより強い人(ヤツ)に会いに行く」とか言って出奔してしまいそうな勢いで強くなってるよなぁ、ニク。
一体何がニクをそう強さに駆り立てているのか……
「ちなみにご主人様。ひとついいこと教えたるけど」
「ん? なんだ?」
「アレ、ゴーレム使ってないらしいで」
……えっ。どういうことなの。あのびゅんって動き、素で動いてるの? 残像が見えそうなくらい緩急が激しい、俺の目からすると突然消えるようにすら見えるあの動きが。
「パワーはゴーレムあった方が出せるけど、スピードは自前の方が速いって言うとったで」
「……なんかこう、凄いよねニク」
「そうやな、先輩凄いな」
どこまで強くなるんだろうか、ニク。下手な勇者相手なら勝てるんじゃないかこれ。
可能性の獣とはまさにニクのような存在を指すのだろうな、と思いつつ、なんでニクみたいな凄いのが俺の奴隷になってるんだろうな、とぼやいた。
……あれだな。ロクコの強運に引き寄せられたんだろうな。うん、納得。
「ほらほら、此(こ)の程度では予選落ちが関の山よ? もっと足掻(あが)きなさい」
「む、ぅっ」
木剣による鋭い突きがニクを襲う。紙一重でそれを躱(かわ)しつつ、反撃に木ナイフを振るうも、アイディには木剣でガードされる。いつの間に戻したのか。
「息が切れてるわね」
「人間、ですから……」
「呼吸は隙になるわ。試合中くらいは止めときなさい」
「……普通は無理です」
「普通などというつまらない物、捨ててしまえば?」
いやいや、ダンジョンコアじゃあるまいしそこ捨てたら不味いだろ。というか捨てられないだろ人として。
それとも勇者クラスの強さは呼吸という生理現象すら捨てる覚悟がなければ到達できない領域なのだろうか。なら俺は人で良いわ。
「呼吸はそんな長く止められないと思います」
「つまり、それが出来れば出来ない奴より強いという事ね」
「なるほど……道理ですね」
ニクのナイフがアイディの足を刈るように襲い掛かるが、アイディはこれを踏んで押さえつける。
「足元への攻撃は良い着眼点だけど、欠点もあるわ」
「くっ……」
「ほら――っと、避けたわね。良いわ、とても良い。武器に執着しないのは気に食わないけれど、利点ね」
ニクのナイフを踏みつつ突きを放つアイディだったが、ニクはナイフを手放しこれを回避。判断力も良い。
「でも武器が無い状態で私にどう勝つ気かしら?」
「……相手の武器を、奪うとか?」
「あら、良いわねそれ。素敵」
言いつつ、どこからか取り出した炎の魔剣――アイディの本来の姿の写身(うつしみ)――をニクにぽいっと投げ渡す。
受け取ったニクはそれを握り、ぶんとアイディに切りつける。
「!」
「残念、それで私は斬れないのよ。木剣の方がまだ斬れるわ」
アイディを切りつけると同時に消える魔剣。……いや、それもそれで色々不思議だが魔剣を容赦なくアイディに振り下ろすニクもニクだよ。効いたらどうするつもりだったんだ。
「やはりそうでしたか」
「ええ」
何か分かってたっぽい。え? 武器をわざわざ渡してきた時点で何か対策があるに違いないから切りかかっても大丈夫だって? 何それ怖い。
ともあれ、模擬戦としては一通りカタがついたようで。アイディが俺を見てにこっと笑いかけてきた。
「ようこそ、村長も決闘(あそび)に来たの?」
「いや、俺はお客様の様子を見に来ただけさ」
「あらそう。勇者にも負けないと聞いて楽しみにしていたんだけど」
語弊があるな。俺が勇者に負けないのは知略であって武力ではないのだ。
「まぁ、長く滞在してたらそのうちお披露目する機会もあるかもしれないな」
「あら。ならせいぜい搾り取られてあげるとしましょう。ロクコとも遊べるし」
というわけで、アイディはあっさりと長期滞在宣言をしてくれた。当面はこれでいいだろう。
……うん、ワタルが来たらアイディと模擬戦してもらうよう頼んでみるかな。ネルネに言わせたら一発だろ多分。