既に空は暗く、沢山の街灯がアストレアを明るく照らし、大通りでは夜でも人通りは衰えることはない。

そんなアストレアのとある人気のない裏路地。積み上がった物置きの倉庫の上。

フード付きのマントを深々と被り、蹲《うずくま》って動かない者が一人。

マントにくるまり、雪のような真っ白な獣耳や尻尾は力無くたれて、目元は赤くなっていた。

止まらない涙を拭うことなくアルカディア城から宛もなく走り続け、一人になりたかったノアがそこにいた。

色々な言葉や考えが頭の中を飛び交い、今は何も考えたくなくなり、頭が真っ白になっているノアは何時間もその場で横たわっていた。

ーースタッ

そんな中、誰かが上から。建物の屋根の上から、倉庫に横たわっているノアの少し後ろに降りたった。

だがノアにとってはそんなことはどうでも良かった。

拓海、アイリスであろうとノアはここから動くつもりはなかった。今はとにかく、このどうしようもない喪失感に耐え、飲み込む為の時間が必要だった。

「生き……てる? 意識……ある?」

そんな頭の中を真っ白にして無言で横たわるノアに背後に立つ人物が、心配そうな声色でノアに尋ねた。

「……」

だがノアは答えなかった。内心、一人にしてくれ。放っておいてくれと思っていた。

しばらくお互い無言の時間が流れるが、やがてノアに話しかけてきた人物は立ち去るどころか距離を置いたまま倉庫の上でそのまま座った。

「ん……生きてる。よかった、買い物帰りに頼まれた……から」

拓海が探すように頼んだのだろうか。お互い顔は見えないし、誰か分からないが余計なノアにとってはお世話だった。

「放っておいて。誰が頼んだのか大体想像つくけど、一人になりたいからって言っておいて」

「ん……。落ち着くまで待ってる」

「……勝手にして」

二人の間に沈黙が流れる。

「拓海、珍しく不思議な事……言ってた」

横たわるノアの後ろで体操座りする少女は、裏路地から見える真っ暗な夜空の中で強い光を放っている二つ星を眺めながら一人呟く。

「『志乃が一番会いたかった人を探してる』。志乃……会いたかった人、お姉ちゃんで……」

横たわるノアは一瞬遅れて、言葉を理解して閉じかけていた目を徐々に見開いていく。

「流石に……怒った。冗談でも……言っていい事、悪いことある。でも、拓海の目……真剣だった」

そう言って、座っていた少女は自分に背を向けるノアに目を向けた。

「お姉……ちゃん、なの? ノア……お姉ちゃん?」

その声は少し震え、期待と不安が入り混じっていた。

そして、少女が誰なのかようやく気が付いたノアは急いで身体を起こし、フードを外して振り返った。

「シ、シノ……なの?」

身体の後ろに見える、揺ら揺らと揺れる真っ白でふわりとした尻尾。嬉しそうにパタパタと動く獣耳。

ノアの目の前にいる、焦げ茶色のコートを羽織って優し気な笑みを浮かべる少女をよく知っていた。唯一の家族で、たった一人の妹なのだから。

昔より身長も高くなり、顔立ちは幼い頃の面影を少し残しながらも美しく育っていた。

「シノ……だよ。お姉ちゃん!」

かつてノアが見たことがない程嬉しそうに満面の笑みを浮かべたシノが、冷えたノアの身体に思いっきり抱きついた。

ノアの悲しさで凍てついた心が次第に温かさを取り戻していく。

「大きく……なったね、シノ」

ノアはシノの存在を確かめるように抱き返し、シノの頭を撫でながら目を細め、口元に小さく笑みを浮かべた。

「お姉ちゃんだって」

「ふふっ、そうだね」

「あ、そうだ。お姉ちゃん」

再会を喜びながらシノは何かを思い出したのか、一度ノアから離れて自分の腰につけたポーチ型のマジックバックを探り始めた。

そして探していたものが見つかったのか、シノは耳をピンと立てた。

「どうしたの?」

「これ……ある?」

「えーと……あっ、それって!」

シノの手には煌めく謎の半透明の結晶が埋め込まれたネックレスが握られていた。

かつて、母親であるアリアが死ぬ前にシノとノアにそれぞれ託したネックレスであった。

記憶を封印されてから、今シノに言われるまですっかり存在を忘れていたノアは思い出し、耳をピンと立てて同じく腰のポーチ型マジックバックを探り、勢いよく手を引き抜いた。

「これだ!」

「んっ! それっ!」

お互いあったことが嬉しかったのか二人共尻尾と耳をパタパタと動かしながら、それぞれ美しく幻想的な輝きを放つネックレスを空に向かって突き上げた。

ーーその直後だった

「「っ!?」」

突如二つのネックレスから天に向かって一筋の光が登り、二人の視界は一瞬の内に真っ白に染まるのであった。