Legend

Chapter 2642

一通り昇格した後のことを話し、ある程度時間が経ったところで、レイはギルドの執務室から出る。

レイの隣には、ダスカー。

マリーナとワーカーは、現在まだ執務室にいる。

元ギルドマスターと、現ギルドマスター。

その二人が直接会うのは久しぶりなだけに、色々と話すこともあるのだろうと、レイはそのままダスカーと共に部屋を出たのだ。

「今日は楽しかった。これでまた暫く仕事に集中出来るというものだ」

「毎日書類仕事をするというのは、素直に凄いと思います。少なくても俺には出来ない……訳じゃないでしょうけど、やりたいとは思いませんね」

レイも、日本では高校に通っていた身だ。

当然ながら、レポートを出したりといったような真似はしていたので、書類仕事をやろうと思えば出来ると、そう思えた。

だが、当然ながらレイとしては自分がそのような仕事に向いているとは思えない。

……また、レイがエルジィンに来てから、それこそ数年が経っており、今でも日本で高校生活をしていた時のようにレポートを書けるかと言われれば、正直微妙だろう。

そういう意味で、レイとしてはあまり自分が書類仕事に向いているとは思っていなかった。

「それはそうだ。俺だって、好んで書類仕事をやりたいとは思わない。だが、それが領主の仕事である以上、しょうがない」

「……領主って大変ですね」

ダスカーの仕事量を、レイは詳細に知っている訳ではない。

だが、それでも増築工事が始まってから領主の館にある執務室に行く機会はそれなりにあり、その度に机の上には書類の山が積まれているのをその目で見ている。

レイが今まで会ってきた冒険者の中には、戦争やそれ以外の何でもいいから手柄を挙げて、貴族になりたいと言っている者もいた。

そのような話を聞いた時はそういうものかといったようにしか思っていなかったが、こうしてダスカーが毎日のように書類の山を処理しているのを見れば、とてもではないが自分は貴族になりたいとは思わなかった。

もっとも、世の中の貴族の中には仕事を下の者に押し付け、自分は遊んでいるといったような貴族も多いのだが。

そして、そのような貴族に限って問題を起こすのだ。

「そうだな。何にでも大変だというのはある。だが、それを疎かにすれば、最悪の結末に向かってもおかしくはない」

レイの言葉に対し、ダスカーが言ったのは心の底からの同意。

実際にギルムで領主という仕事をしているだけに、もし自分が書類仕事を適当にやった場合、どうなるかが分かっているのだろう。

ダスカーも、決して書類仕事が好きな訳ではない。

だが、自分の生まれ故郷をしっかりと運営する為には、書類仕事を部下に投げたり、適当にやるといったようなことは、絶対に避けるべきことだった。

もしそのような真似をすれば、それこそギルムが回らなくなる。

そうなれば、ギルムにいる多くの者がその影響を受けてしまう。

そして……最終的に、ギルムそのものが壊滅状態になってもおかしくはなかった。

「頑張って下さい。エグジニスで書類仕事に役立つようなゴーレムとかマジックアイテムがあったら、買ってきますね」

ダスカーの忙しさに、レイはそう告げる。

レイとしても、今のギルムは非常に居心地のいい場所だ。

勿論、何の問題もない訳ではないし、色々とトラブルに巻き込まれることもある。

それこそ、今までギルムで一体どれだけトラブルに巻き込まれてきたのかを考えれば、決してギルムが平穏な場所とは呼べないだろう。

だが、レイがこのエルジィンで最初にやって来たのが、このギルムだ。

そうである以上、どうしてもギルムの流儀に慣れてしまっている。

ギルムが辺境だからこそ、レイのような色々な意味で規格外な存在であっても、無事に受け入れて貰えたというのもあるのだろうが。

そのように、レイとしてはギルムは第二の故郷……いや、佐伯玲二からレイの身体になったという意味では、本当の意味で故郷になるのかもしれない。

もっとも、レイの身体の故郷となると、あるいは魔の森にあるゼパイル一門の隠れ家がそうなのかもしれないが。

ともあれ、レイがギルムという街を重要視しているのは事実だ。

それだけに、エグジニスというゴーレムに関しては高い技術を持っている街で、何らかの書類仕事が楽になるようなゴーレムやマジックアイテムがあればと、そう思う。

(ボールペンみたいに、わざわざインクにペン先をつけなくてもいいような、そういうのなら作れそうな感じもするけど……まぁ、難しいんだろうな)

ボールペンの類は、レイもどういう構造なのかは知っている。

正確には大雑把に知っているというのが正しい。

ボールペンを分解するというのは、当然のようにやったことがある為だ。

だが、その分解した部品がどのように作られているのかといったことは、レイも知らない。

だからこそ、大雑把に知っているといった状況だった。

(ボールペンを製品化すれば、間違いなく売れるんだろうけどな。……あ、でも鉛筆とかってどうだろ? 炭をどうにかして……うん、無理だな)

鉛筆の芯は炭を加工しているといったようなことを聞いた覚えがあったレイだったが、それが具体的にどのように加工しているのかというのは、分からない。

そうである以上、やはり鉛筆も作るのは難しいと判断するしかなかった。

もっとも、その炭を加工する方法が判明すれば、後はそれを日本の鉛筆のように木で覆うなり、それが無理でも布か何かで覆うなりといったような真似をすればいいのだから、仕組みの全く分からないボールペンよりは完成する可能性が高かったが。

「書類仕事の件はともかく、お前はこれからどうするんだ? ああ、エグジニスに行くという話ではなく、今これからどうするかって話だ」

「そう言われても……今の状況で街中を出歩くと、絶対に大勢が集まってくるでしょうし」

ランクA冒険者となったレイと知り合いになっておきたい者や、クリスタルドラゴンの素材を何とか譲ってくれないかといった商人や錬金術師。そして貴族の使いの者も、その中にはいるだろう。

そのような者達を相手にするのは、レイとしても面倒な一面がある。

「出来れば、屋台とかで色々と楽しみたかったんですけどね」

屋台の店主達にしても、ランクA冒険者となったレイが買い物に来てくれたというのは、大きな宣伝となる。

今日は祭りということで、多くの屋台が出ている。

そんな中で、レイが来たというのは大きな宣伝になるのは確実で、当然だがレイが来たということを声高々に周囲に知らせるだろう。

そうなれば、当然のようにレイがそこにいるというのは周囲に知られ、結局大勢が集まってきてしまう。

レイにしてみれば、それはまさに最悪の状況。

その為、折角の祭りではあるが今日はそれを楽しむことは出来ないだろうと諦めていた。

あるいは、ドラゴンローブを脱いで変装し、セトを連れ歩かなければレイだと認識されない可能性もあったが……その辺りに関しては、レイは諦めている。

自分が変装するのならともかく、セトを置いて自分だけ祭りを楽しむといったような真似は、とてもではないが出来そうになかった。

また、もう少し時間が経ったらクリスタルドラゴンの死体をミスティリングに収納して倉庫に移し、解体して貰うといったようなこともしないとならない。

昨日はゆっくりと休み、今頃クリスタルドラゴンの解体を担当するギルド職員達はやる気満々でその時を待っているのだろうと、そう予想出来る。

(待ってるどころか、もしクリスタルドラゴンの死体を公開するといった必要性とかを考えてなければ、それこそあの舞台の上で解体とかしかねないしな)

そんな訳で、クリスタルドラゴンの扱いもある以上、レイとしてはこのままギルドに残るというのが、最善だった。

「取りあえず、倉庫の方に顔を出してみます。解体を任されたギルド職員達が、そこで待っている筈ですし」

「そうか。……レイもこれから色々と大変だろうが、ギルムの為に力を貸してくれると助かる」

「無理なものは無理でしょうけど、出来る限りのことはやりたいと思っていますよ。ダスカー様も頑張って下さいね」

カウンターの内部を移動しつつ、そんな会話を交わすレイとダスカー。

当然ながら、ギルド職員達は先程の説明だけではなく、もっとレイからクリスタルドラゴンについての話を聞きたいと、そう思っていた。

だが、レイがダスカーと話しているのを見れば、さすがにそこに割り込むような真似は出来ない。 ……レイは別にそんなつもりはなかったのだが、ダスカーの存在を盾にしたような形だ。

そうして、ダスカーと会話をしながらカウンターを出ると、ダスカーはそのまま表に出るのではなく、別の場所にある扉から外に出る。

「では、レイ。これからもよろしく頼む」

最後にそう挨拶をして。

レイはそんなダスカーを見送ると、ギルド職員の何人かが自分に視線を向けているのに気が付き、いつまでもここにいるとまた面倒なことになりそうだと判断すると、倉庫に向かう。

倉庫の前に、既に何人かの冒険者が護衛として立っていた。

「レイか? 中に入るのか?」

「ああ。けど、何でもう護衛をしてるんだ? クリスタルドラゴンの解体はまだ始まっていないのに」

「ああ、その件か。……現在倉庫には、かなり希少な道具があるらしくてな。クリスタルドラゴンだったか? ランクSモンスターのドラゴンを解体するには、やっぱり特殊な道具が必要なんだろ」

なるほど、と。

レイはその冒険者の言葉に、強く納得出来た。

クリスタルドラゴンの死体を解体するのだから、当然のようにその道具は特別な物となるだろう。

その辺は親方から聞いて知ってはいたが、特別な道具となれば当然だが値段的にも特別にならざるを得ない。

そのような道具だけに、盗まれた場合は高く売れるのだろう。

だからこそ、万が一がないようにこうして今の時点から冒険者を護衛として雇っていたのだ。

(一体、どんな道具なんだろうな)

特別な道具を使うとは聞いていたが、それでもこうしてわざわざ冒険者を雇って守っているのを見れば、興味を抱くのは当然だった。

ミスリルを使っているといったようなことは聞いていたが、それだけではここまで厳重に警備をするとは思えない。

ミスリルは希少な魔法金属であるのは事実だが、それでも金があれば購入出来る。

……高値で売れるからこそ、盗む者にしてみれば狙い目であるのは事実なのだが。

「で、親方達はどうした? もう倉庫の中にいるのか?」

「いるぞ。ただ、全員が集まっているって訳じゃない。倉庫の中にいるのは、大体半分くらいか。他の奴はまだ祭りを楽しんでるよ」

冒険者の言葉に羨ましそうな言葉が混ざっていたのは、決してレイの気のせいではないだろう。

この冒険者が、一体どのような理由で祭りの最中に倉庫の警備をしているのかは分からないが、本人にしてみればやはり祭りを楽しんでみたいと思っているらしい。

とはいえ、本人が自分で決めた仕事である以上、レイにはそれにどうこう言うつもりはなかったが。

「そうか。じゃあ、中に入れてくれ。もう少し……いや、それなりに時間は掛かるだろうけど、そうしたらクリスタルドラゴンの死体をこっちに持ってくるから、一応言っておいた方がいいと思って」

実際には、今の状況で特にやるべき必要はない。

だが、現在のレイはいるべき場所がなく、そういう意味で暇潰し的な意味の方が強かったのだが。

「クリスタルドラゴンの死体か……もう少ししたら交代だから、そうしたら見に行ってくるよ。ああ、そうそう。レイ、昇格おめでとう」

「ああ、ありがとう。……ん? ここで警備をしていた割に、よく知っていたな」

「ダスカー様の声はここまで聞こえてきたし、レイの声も聞こえてきた。それに、ついさっき差し入れを持ってきてくれたギルド職員から話を聞いたしな」

そう言われると、レイも十分に納得出来る。

こうして祭りの日に警備をしているのだから、祭りで売られている料理くらいは差し入れされてもおかしくはなかった。

「差し入れか。羨ましいな」

レイの言葉に、冒険者達は最初不思議そうな表情を浮かべるも、すぐに納得する。

あれだけ大々的に式典を行い、更にはクリスタルドラゴンの死体も公開したのだ。

表に出て迂闊にレイだと知られれば、間違いなく面倒なことになると、そう理解したのだろう。

あるいは、ここにいる冒険者達もギルドに信頼されている冒険者達だ。

当然のように腕は立つので、希少なモンスターを倒し、その素材を欲した者達に群がられたことがあっても、おかしくはなかった。

レイに同情の視線を向けている者がいるのが、その証だろう。

レイは冒険者達と五分程言葉を交わしてから、倉庫の中に入るのだった。