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0153 words
レイの挑発に乗って、ナイフを手に突っ込んで来たチンピラ。そんなチンピラの動きを視界に入れながら、思わず呆れたような溜息を内心で吐く。
(身体の動きも何もあったもんじゃないな。ただ相手にナイフを刺そうとして突っ込んで来ているだけだし、動きそのものが鈍い)
「遅い」
自分の間合いに入って来た哀れな獲物へとデスサイズを振るうレイ。
ただしガラハトとの契約により殺してはならないとされているので、刃の付いている方ではなくその反対側を打ち付ける。
もし刀であったなら峰打ち、と言われていただろう。
レイの人外染みた腕力で振るわれたデスサイズは、例え峰であろうととも……否、斬る心配のない峰だからこそ鈍器としての力を十分に発揮した。何気なく振るわれたその一撃がチンピラの左足へと吸い込まれていったのだ。
ゴキュッ!
そんな、聞き苦しい音を立てて太股の骨を砕かれる男。幸いだったのは砕かれたのが太股の骨であって一番脆い膝でなかったことだろう。複雑に骨が組み合わさって、それ故に脆い膝をデスサイズで砕かれていたとしたら……治療されたとしてもこれまで通りに歩けるようになるかどうかは微妙な所だったからだ。
「がっ、がぁぁぁぁぁっ、痛ぇ、痛ぇよっ! くそ、くそがぁぁぁあっ!」
持っていたナイフを地面へと落とし、そのまま地面へと倒れ込んで痛みの余りに転げ回るチンピラ。
そんなチンピラに対してまるで路傍の石でも見るかのような視線を向け、再び自分達を包囲している者達に向き直る。
「安心しろ。殺すような真似はしないさ。そういう依頼だからな。ただし、殺さないと怪我をしないというのは同じ意味じゃない。手足の1本や2本が折れる……いや、無くなる覚悟のある奴から掛かって来い」
再びデスサイズを大きく振るい、ブオンッという不気味な音を立ててからその切っ先を向けるレイ。
『……』
痛い痛いと足を押さえて喚きながら地面を転げ回っているチンピラ。そちらへと視線を向け、そして再びデスサイズを構えているレイへと視線を向ける。
人数に関しては自分達の方が圧倒的に多いのだから、何の問題も無く終えられる依頼だと思っていた。しかし、その結果が目の前で泣き喚いている男の姿だ。自分達は絶対にああなりたくはない。レイ達の周囲を囲んでいる男達の気持ちは間違い無く1つになっていた。
だが、だからと言ってこのままここから逃げ出すという訳にもいかない。結果的に周囲を包囲している者達に出来るのは、そのままの現状を維持することだけだ。せめて屋敷の中にいる高ランクの冒険者達が援軍に来てくれるまでは、と。
そんな様子を数秒程黙って眺めていたレイだったが、たった今足の骨を折られた男が泣き喚く声が周囲に響くだけで誰も近付いてこないのを見ると再度溜息を吐く。
「取りあえずお前はちょっとうるさいな。黙ってろ」
そう告げ、デスサイズの柄の部分で地面を転がりながら泣き喚いている男の鳩尾を突いて気を失わせる。
「で、お前達はいつまでそうやって周囲から眺めている気だ? こっちとしてもあまり時間を掛けていられないんだ。そっちから来ないなら俺から行くぞ?」
『……』
そこまで挑発しても尚誰も向かっては来ない。最初の1人を倒す時にやり過ぎたか? そうも思ったレイだったが、とにかく有言実行とばかりに1歩を踏み出す。そしてその時にボルンターの屋敷の中から人影が現れ……
「ええいっ、邪魔だ有象無象共が! どけ!」
チンピラや低ランク冒険者達がレイ達を囲んでいる為に前へと進めずそう怒鳴るのだった。
「……ん?」
その声に軽く首を傾げるレイ。
(今の声、どこかで聞き覚えがあったような……)
そう思いつつ、声の主が現れたことで事態が進展するのを期待して歩を進めるのを一旦止め、割れた人垣の中から出て来る人物を待ち受けるレイ。
人垣を割るようにして出て来たのは粗野な外見をしている20代程の男。周囲の者達に見下しきった視線を向けながら進み出る。
「……?」
出て来た男の顔を見て、やはりどこか見覚えがあるとばかりにレイは首を傾げる。
レイ本人はその人物が誰かは分からなかったが、当の本人は違っていた。人垣の中から進み出て、背負っていた戦斧を手に持ち、凶悪な笑みを口元に浮かべながら口を開く。
「お前とこうして会えるのを楽しみにしてたぞ、レイ。以前の屈辱、ここで晴らさせて貰おうか!」
ブンッ、と戦斧を大きく振るう男。見ただけで今の一撃には力が十分に伝わっているのが分かる。それ程の一撃だった。少なくても低ランク冒険者に出せるような音ではない。
(だが……どこで会った? 俺を知っててあそこまで敵意を向けているとなると、どこかで絡んできた奴か何かか?)
内心で呟き、目の前の男の顔を思い出そうとするが……何しろ、自分の見た目が見た目だ。これまで絡んできた相手はかなりの数になり、それこそそんなどうでもいい相手の顔を覚えている程にレイは親切ではなかった。
それ故に次の一言が口から飛び出す。
「……悪いが、お前が誰か思い出せない。名前くらいは名乗って貰えないか? もしかしたら名前を聞けば思い出せるかもしれないしな」
そして当然男にとってレイの発言は自分を取るに足らぬ存在だと言われたにも等しく、怒りで顔を赤くする。
「おい、あれってもしかして……」
「ああ。鷹の爪を率いていたバルガスさんだよ。皆の見てる前でレイに面子を潰された」
(……ああ、そう言えばそんなのもいたな)
周辺を囲んでいた者達が呟いている声を聞き、ようやく目の前にいるのが誰なのかを思い出す。
「悪いな、たった今思い出した。そうか。ゴブリンの涎を率いていた奴か。お前との賭けで貰ったパワー・アクスはかなり高性能な品だったな」
「ふざけるな! あれはなぁ、俺が必死にダンジョンに潜って手に入れたマジックアイテムだぞ! それをいきなり奪いやがって……」
怒声、というよりは吠えるという表現が正しいような声を上げるバルガスだったが、レイは溜息を吐いてそれに返す。
「そもそもお前が俺に絡んできたのが原因だろうに。自業自得って言葉を知ってるか?」
「……細かい話はいい。それよりも俺から奪ったパワー・アクスはどうした? 今日はそれを返して貰う」
その言葉に、ふいっと視線を逸らすレイ。
「あー、悪いな。あの斧に関してはちょっと事情があって臨時でパーティを組んだ相手にやった。……いや売ったか」
「なっ! お前、パワー・アクスの価値を知ってて言ってるのか!?」
「ああ。けど安心しろ。そいつの斧使いとしての才能はお前よりも上だったからな。マジックアイテムとしても自分を使いこなしてくれる相手に使われた方が幸福だろう」
「ふ、ふ、ふ……ふざけるなぁっ!」
怒声を上げ、そのまま持っていた斧を振り上げてレイとの間合いを縮めてくるバルガス。さすがにランクD冒険者と言うべきなのだろう。最初にナイフを持って襲い掛かってきたチンピラとは、その速度も身体の動きも何もかもが違っていた。我流で磨いてきたであろう一撃の為に狙いが分かりやすいという欠点はあったが、それを補って余りある程の力が込められてる。
普通のランクD冒険者ならその一撃を受け止めることはまず無理だろうと思える一撃。何しろ戦闘力だけで言えばランクCと同等と言われていたバルガスの一撃なのだ。だが……バルガスの不幸はやはりレイという存在を敵に回したことだった。
「甘いな」
袈裟懸けに、左肩へと振り下ろされた斧をデスサイズの柄の部分で受け止める。
ガキィンッ、という金属音が周囲に響き渡るが、周囲にいた者達が見たのは両手で振り下ろしたバルガスの斧をデスサイズを片手で持ったまま受け止めているレイだった。バルガスの一撃をまともに受け止めたというのに1歩も動いていないその有様は、凄いというよりも異様だという印象を周囲の者達に与える。
「おい、嘘だろ? バルガスさんの一撃だぞ? それを片手で受け止めてやがる」
「……あのバルガスって奴が弱いだけなんじゃねぇの?」
「馬鹿、お前バルガスさんのことを知らないのか!?」
「いや、だって俺別に冒険者じゃないし」
「ったく、これだから……いいか、良く聞け。あのバルガスって人は実力だけで言えばランクCは確実って言われた人だったんだ。色々と問題行動を起こしていたせいでランクはDのままだったけどな。……こうして見ると、やっぱり鷹の爪をあのレイってのが1人で相手にして圧倒したって噂も本当なのかもしれないな」
冒険者とチンピラの話している声を聞きつつ、レイは必死に両手で斧を押しつけてくるバルガスへと視線を向ける。
斧を持っている腕の筋肉に限界まで力を入れ、しかも両手を使っているというのにレイは片手で自分の斧を受け止め、尚且つ表情一つ変えていない。そんな異常な状態ではあったのだが、それでもバルガスの顔に狼狽の色はなかった。むしろ実力の差を思い知らされて逆に怒りが収まり、冷静になっていた。
(妙だな。さっきまでの様子を見る限りだと頭に血が昇りやすい奴だった筈なんだが)
内心で疑問に思いつつも、斧を受け止めているデスサイズへと徐々に力を込めて次第に押し勝って行く。
「ぐっ、く、くそがぁっ! けどなぁっ!」
バルガスとしても、そのままだと純粋に力の差で負けると思ったのだろう。デスサイズの柄を斧で受け流すようにしていなし、後方へと大きく飛ぶ。そして……
「今だっ!」
レイから離れるや否や大きくそう叫ぶ。同時に夜の空気を斬り裂くようにして聞こえて来る飛翔音。
「ちっ、こざかしい真似をする」
聞こえてきた飛翔音に会わせるようにして、魔力を込めたデスサイズを大きく振るう。
キンッ!
金属同士がぶつかり合う音が周囲へと響き、次の瞬間にはレイの近くに鏃を縦に2つに斬り裂かれた矢が落ちていた。
「……随分とやることが汚いな。今のがお前の余裕の根拠だったのか?」
侮蔑した目を向けるレイに、切り札をあっさりと破られたというのに自らの有利を確信したような笑みを浮かべるバルガス。
「へっ、つくづく化け物だな。けど、飛んでくる矢を斬り捨てるなんて真似が出来るのはそうそう多くない。それに……」
チラリとガラハトの方へと視線を向けるバルガス。
「聞いてるぜ? お前、まだ怪我が治ってないんだってな。その状態で飛んでくる矢を防げるのか?」
「……人質、か」
軽く眉を顰めるレイ。だが、現状においては怪我の影響で動きの鈍いガラハトを人質に取るというのは間違い無く有効な戦術ではあった。何しろ弓で狙っているのが何人いるかが分からないのだ。1人ならレイが何とでも出来るが、それが数ヶ所同時に矢を放たれれば守り抜くのは難しいと言わざるを得ない。
「俺がそうやすやすとガラハトさんをやらせる訳ないだろ!」
そう吠えるムルトだが、実力的には一行の中で最も低いのだ。ムルトに対処させるくらいなら、まだガラハトが自ら動いた方が助かる確率は高いだろう。もっとも、それこそ怪我の影響がある以上悪影響が出るのは間違い無いのだろうが。
それを悟っているのだろう。バルガスは馬鹿にしたような視線をムルトへと向ける。
「へっ、お前程度の雑魚が何をしようとも結果は変わらねえよ。……レイ、事態が分かったらこれ以上動くなよ? 大人しく俺に叩き切られろ」
自らの勝利を確信したバルガスが勝ち誇った笑みを浮かべ1歩進み出るが……
「詰めが甘いんだよ、馬鹿が」
呟いたレイが矢の飛んできた方へと向けてデスサイズを振るう。
「飛斬!」
振るわれたデスサイズから斬撃がそのまま形作って空を飛んで行き……屋敷の庭に生えている樹の枝へと命中。次の瞬間には足場の枝をスッパリと切断して枝諸共に男が悲鳴を上げつつ地面へと落下する。
「こっちもだ、飛斬!」
再度放たれた飛ぶ斬撃。次に向かったのは、ボルンターの屋敷の2階にある窓の部分。建物を破壊すると言うよりは文字通りに斬り裂くという形でスッパリと窓ごと壁を斬り裂き、射手は斬り裂かれた壁や窓に吹き飛ばされる。
「なっ!?」
飛斬を連続して使うレイを見て驚愕の声を上げるバルガス。まさかレイにこのような飛び道具があるとは思っていなかったのだろう。だが、すぐに視線を屋敷の方へと向けてニヤリとした笑みを口元に浮かべながら短く叫ぶ。
「撃て!」
バルガスの合図と共に屋敷から放たれる矢。そう、隠れていたのは今レイによって対処された2人だけではない。まだ1人存在していた。屋敷の中に残っている数少ないランクC冒険者。バルガスは知らなかったが、ムルトが裏道を逃げている時に矢を放っていた冒険者だった。
(それを見抜けなかったお前のミスだ!)
内心で喝采の声を上げ、勝ち誇った笑みを浮かべたバルガスが次に見たものは……飛んできた矢を鷲爪で呆気なく弾くグリフォンの姿。そして……いつの間にか自分のすぐ前まで移動してきたレイがデスサイズを振り上げている場面。
次の瞬間、ゴキッと自分の体内で音がしたのと吹き飛ばされた衝撃でバルガスの意識は闇へと沈んでいくのだった。