Level 99 First Territorial Management by Adventurers

6. Covenant of the Aerial Garden (after)

「ここが、空中庭園か」

首から悪神ダスクトゥムの聖印を下げた男が、思わずといった風情で言う。

夜陰に紛れ、《飛行(フライト)》の呪文により降り立ったリムナスは、ダスクトゥム教団で司教(ビショップ)の位階を持つソービェフをして、平凡な台詞を口にさせるほど美しい。

しかし、ソービェフはそれ以上の感銘を受けなかった。

用があるのは、空中庭園の地下。赤火竜の宝物庫なのだから。

「こいつは、なかなか期待できそうですな」

「時間は……そうでもないが、人も金もかけたのだ。そうでなくては困る」

悪の神に仕える暗黒騎士(ダーク・ナイト)のシュリオスがにやりと微笑み、上長であるソービュフに語りかけた。

聖堂騎士(パラディン)の対極に位置する暗黒騎士は、享楽を旨とする。成功したときのことを考えると、笑いが止まらないのだろう。

「まあ、そうですが……。とりあえず、偽情報に踊らされたなんてことにならずに、なによりですな」

闇に生きる悪神の使徒にも、いや、だからこそ独自のネットワークが存在する。そこから得た情報を基に、たどり着いた空中庭園リムナス。

裏だけでなく、冒険者たちの間でも空中庭園の巡行ルートが判明したという情報は密かな話題になっていた。

二つの情報を照らし合わせて確信を得た男は、教団に与する魔導師(ウォーロック)に《対竜迷彩《コンシール・フロム・ドラゴン》》や、《対竜耐性《レジスト・フロム・ドラゴン》》といった呪文を修得させ、襲撃計画を整えた。

ソービュフやシュリオスの背後に控える傭兵たちも、その計画の一環。大枚を叩いて雇い入れた、金のためなら命も顧みないならず者ども。

そう。金は、すべてを克服する。

ソービュフが司教として取り仕切るダスクトゥムの教団はロートシルト王国にあるが、同じ国に金の力で善を為す者たちがいた。

ならば、同じように世界を悪で満たすこともできるはずだ。

そう。金さえあれば。

決意を新たにする悪神の司教に、傭兵のリーダーが声をかける。

「おう、旦那。ドラゴンがいるな。情報通りだぜ」

「無視して構わん。行くぞ」

闇に浮かぶ、巨大なドラゴンのシルエット。

眠っているのか、身じろぎひとつしない。

呪文に守られてはいるが、実に好都合だ。

「へへへ。楽な仕事は大歓迎だ。おい、呪文があるとはいえ、足音はたてるんじゃねえぞ」

「へい」

殺しも人攫いも、悪事と呼ばれるものは一通りこなしてきた傭兵たちにとっては、むしろ簡単すぎて不平が出そうな仕事。

莫大な成功報酬を思い浮かべながら、美しい花々を踏みつぶし白亜の城へと近づいていく。性根は腐っても実力は充分なようで、余計な物音は立てない。

城の入り口の前にいるためドラゴンの脇を通らねばならないが、臆した様子もなかった。

(実験をした甲斐があったというものだな)

まだかなり若かったが、黒竜(ブラック・ドラゴン)の巣を襲撃して実際に確かめただけあって、実に落ち着いている。

この分なら、大過なく仕事を終えられるだろう。

――そのはずだった。

「……うん?」

先頭で警戒しながら進む傭兵が、不穏な気配を感じて天を仰ぐ。

具体的に、なにかがあったわけではない。ただ、直感に従っただけ。今までも、それに救われたことが何度もあった。

目の前には、彫像のように微動だにしないドラゴンの姿。

明かりがないため分からないが、赤竜(レッド・ドラゴン)に違いない。

しばらくそうしていても、動きはなかった。あるはずがない。

「どうかしたのか」

耳元でささやく声で、我に返った。

驚きで声を上げなかったのは、僥倖だろう。

「いえ、気のせいだったようで」

なにもない。なにもないはずだ。

自分に言い聞かすように、確認をしにきたリーダーへ答える。

だが、それは誤りだった。

今回も、彼の直感は正しかった。

惜しむらくは――それが働くのが遅すぎた。

「なんでぇ。脅かす――」

最後まで言い終えることはできず。

代わりに、硬質で巨大なドラゴンの爪が、リーダーの肉体を貫いていた。

動きやすさや静穏性を考え、革鎧(レザーアーマー)を身につけていたのは確かだ。けれど、その爪の鋭さは桁違い。仮に、魔化された金属鎧を装備していても、結果は変わらなかっただろう。

「汝ラ邪悪ナル者」

声が響く。

機械的な――と言っても、ブルーワーズの住民には通じまい。

聞いたこともない感情も抑揚もない声に、傭兵たちはパニックに陥った。

自分たちは、いったいなにに襲われているのだ。

「破壊、破壊、破壊。スベテ破壊スル」

爪が、牙が、翼が、尾が。

あらゆるドラゴンの部位が傭兵たちを破壊していく。

空中庭園に血の花が咲いた。

「ぐぁぁっぁ! 俺の足がぁっっ」

「この鱗、かてぇぞ。斬るな! 鈍器で殴れ!」

「逃げろ! 押しつぶされるぞ!」

あっという間に、傭兵団がひとつ壊滅する。

それを雇った悪神の司教と暗黒騎士は、予想外の事態にも動じず、あっさりと見捨てた。

ならず者たちを置き去りにして、白亜の城へと向かう。むしろ、分け前をやらずに済んでちょうど良いと言わんばかりに。

「便利な呪文も、頼りすぎると足をすくわれますな」

「だが、中に入ってしまいさえすれば」

その通り。

入ることが――だが。

「なぁっ」

白亜の城の入り口に、もう一頭ドラゴンがいた。

闇の中でも、その赤く美しい鱗は月明かりを反射し光り輝いている。

『くくくくく。かかりおったかかりおった。愚かな羽虫どもよ』

竜語を解せぬ者には、嗜虐的な咆哮にしか聞こえなかっただろう。

ソービュフとシュリオスは、竜語も操ることができたが――その意味を理解できたかは疑わしい。

絶望するのに、忙しかったはずだから。

ここまでの騒ぎになれば、さすがの《対竜迷彩》も意味はなかった。また、ただのドラゴンであればまだしも、竜神の元配偶者の前には、《対竜耐性》も力不足は否めない。

赤火竜パーラ・ヴェントの顎が開き、灼熱の吐息(ブレス)が吐き出された。

二人の視界が赤に染まる。

心奪われるほど美しいその光景は、ある意味で救いだった。少なくとも、死の恐怖を忘れることはできただろうから。

悪神の司教と暗黒騎士を一切の呵責なく焼き尽くした吐息だったが、奇妙なことが起こった。焼き尽くし、塵と化したのは、肉体だけだったのだ。

財宝の魅力に取り憑かれ天上を放逐された赤火竜パーラ・ヴェント。彼女の吐息は、ひとつの特性を持つに至った。

万物を焼き尽くす灼熱の吐息。

けれど、一定以上の価値を有する財物には傷を付けないようにすることもできる。

ゆえに、悪神の司教ソービュフと暗黒騎士シュリオスだけが跡形もなく焼き尽くされたのだ。

二人が装備していた魔法具(マジック・アイテム)――聖印や武器・防具、特殊能力を持つ指輪など――と、手持ちの金貨が、その場に残される。

それだけが、彼らがこの世に生きた証だった。

ユウトが赤火竜の宝物庫で発見したのは、魔水晶(シャード)と呼ばれる魔力の塊だった。

大気中の魔力を蓄え結晶化した物とも、滅びた神の残滓ともされる――つまり、製法は確立されていない――それは、魔法具(マジック・アイテム)を作製する際に大いなる力となる。

赤火竜の宝物庫にも、ふたつとない秘宝具(アーティファクト)。

現実的に、いつやって来るか分からない侵入者に、いちいち対処するのは難しい。ならばと、とびきり大きなそれを核に、ユウトが生み出したのはドラゴン型の魔導人形(ゴーレム)だ。

竜細工師のウルダンには、骨格のしっかりしたドラゴンの遺骸を用意してもらう。

ドラヴァエルたちには、大量の酒と引き替えに、その骨格を覆うドラゴンの肉体を金属で作ってもらった。酒に関しては、報酬と言うよりは、彼らを動かす燃料だ。

滅多にない――というよりも初めての――依頼に、ドラヴァエルたちが大喜びで取り組んだのは言うまでもない。

宝物庫から持ち出した鉱石から精錬したアダマンティンで全身を覆われたドラゴン・ゴーレムは、吐息攻撃こそできないものの、直接的な攻撃力では並のドラゴンを大幅に上回っていた。

性能試験に立ち会ったエグザイルも、まったく問題ないと太鼓判を押している。

また、感覚器官も鋭く、悪の相を見分ける機能も有していた。

ダスクトゥム教団を撃退した際のように、悪の相を持つものには問答無用で攻撃するが、そうでない場合は、しっかりと警告してからでなければ行動しないようになっている。

さらに、ドラゴン・ゴーレムではあるが、種族としてのドラゴンではないため、対ドラゴン用の呪文は意味がないというのも大きなアドバンテージだろう。

このドラゴン・ゴーレムと赤火竜パーラ・ヴェントの組み合わせであれば、侵入者など、自らの装備を献上するために命を捨てに来た酔狂な存在に過ぎない。

実のところ、この襲撃にも裏があった。

ラーシアが中心となって、空中庭園の情報を流したのだ。

赤火竜の宝物庫のこと。

巡行ルートのこと。

空中庭園にいる生物は、パーラ・ヴェントだけであること。

それらを、悪の神を奉じる教団や、悪の相を持つ亜人種族の集団、ならず者たちへだけ伝わるように。

「世界平和に貢献できて、とっても清々しい気分だね」

と、さわやかな笑顔を浮かべる草原の種族だったが、ヴァルトルーデでさえ、言葉通りには受け取ることはなかった。

とにかく、作戦は成功し、しばらくしたら巡行ルートも変更をする予定となっている。そうすれば、空中庭園にも安息の日々が訪れることだろう。

なお、襲撃者たちから得た戦利品は売却して折半する予定なので、ユウトたちにも利のある話だった。

ことの経緯を聞いたアカネは、こう感想を口にする。

「CPUに委任統治してる領地とか船団から、資金がじゃんじゃん降ってくるみたいな感じね」

ユウトは、一言も言い返すことができなかった。