その日――。

俺のよく知る人物ふたりの友情は、崩壊の危機に瀕していた……。

目の前では、ぷんすこぷんすことほっぺを膨らますツインテールのメイドさんと、口をへの字にしてそっぽを向いている変態駄メイドの姿があり、そしてフィーは泣きながら俺にしがみついていた。

一体、何故こんなことになったのか……?

……話は、数分前に遡る。

※※※

「わぁ……っ! わぁぁ……っ! ミアちゃん、ミアちゃん! やっぱり、アルトくんたち、可愛いよぅっ!」

大きなおめめをキラキラさせて抱擁撃を繰り出してくるのは、ツインテールのメイドさんこと、イフォンネちゃんである。

ミアのいっこ下なので現在は十四歳のはずだが、相変わらず小学生高学年くらいにしか見えん童顔っぷりよな。

背もあまり伸びてなさそうだし。

久々に『西の離れ』に現れた本館勤めの子爵家令嬢様は、出会って早々に我らクレーンプット家三兄妹に襲いかかって来られたのだ。

ゼーマン子爵家の三女様は、俺たち三人をひとまとめに抱き上げようとして、敢えなく失敗している。

まあ、この娘、ちっちゃいからなァ……。

「うぅぅ~……っ! ミアちゃぁぁぁん! アルトくんたちを、まとめてだっこ出来ないよぉ!」

「イフォンネは欲張りすぎですねー。数を減らせば問題ないはずですねー。私が、くふっ! アルトきゅんをだっこしますから、イフォンネはフィーちゃんとノワールちゃんをだっこすると良いですねー」

脂がべとつくような視線を向けて、くふくふ笑うヴェーニンク男爵家の問題児。

第六感を持っていない俺ですら、酷い鳥肌が立って全身を悪寒が駆け抜けている。

「あ、ミアちゃん流石! 頭良い!」

「さ、アルトきゅんは、こっちですねぇぇ!」

「ぐ、ぐあー! は、離せ、離せェェェッ!?」

「みゅあぁっ!? にーた、たすけてー!」

「あぶ……っ!」

哀れクレーンプット三兄妹は、メイドさんズの虜となってしまいましたとさ! 

フィーよ、お前を助けてあげられない無力な兄を許してくれ……!

……さて、脱出しようともがいている間に、どうしてイフォンネちゃんがやって来たのかを説明しておこうか。

――それは『魔術結社』立ち上げの打ち合わせをするためである。

前述の如く、イフォンネちゃんももう十四歳。

今年中に成人を迎えてしまう。

彼女の生家であるゼーマン子爵家は大変羽振りが良く、その勢力はそこら辺の伯爵家をも上回る。

しかも後ろ盾には王国内に五つしかない侯爵家――ベイレフェルト家が付いており、イフォンネちゃん自身も、もの凄い美少女であり、気立ても良く、頭脳明晰。おまけに魔力までをも有するという超の付く優良物件なのである。

彼女の『早期売却』を防ぐ為――ついでに云えば、沼ドジョウの大量産地として急速に富者となったヴェーニンク男爵家の娘さんの嫁入り阻止の事情も絡んで、我らは『結社』を立ち上げ、相応の成果を上げねばならなくなったわけだ。

しかし、『結社』を立ち上げると云っても、それだけでは方向性が定まらない。

たとえば『研究』として成果を出すのか。

或いは何かを『発見』してのけるのか。

はたまた強大なモンスターを『討伐』するのか。

メンバーは現状のままか? 

それとも今後、増員を許すのか? 

仮に許すとして、その基準はどうするのか?

探索や討伐に出向く場合、どの程度の期間、王都から離れる事が出来るのか? 

何せ俺以外のふたりは、バリバリのお貴族様だから、家の許可だっているだろうし、イフォンネちゃんの家から護衛が出る可能性もある。

話し合うべき事は幾らでもあるし、たった一回の会合で全てが決まるはずもないが、それでも顔を合わせる事で、希望することや物の見方、方向性、或いは気を付けるべき事と云った諸々が見えてくる。

今日はそのための『はじめの一歩』だったということだ。

――結果は、ごらんの有様なのであるが。

フィーとマリモちゃんを愛おしそうにだっこしているイフォンネちゃんは、片手で器用に印を切って、天を仰いだ。

「この様な場を与えて下さった事を、偉大なる『至聖神』様に感謝致します……」

そういえば、この娘って『教会』の熱心な信者だったっけ……。

俺はあの連中はどうにも好きになれないが、他人の信仰にケチをつける訳にも行かないからな……。

「さて、じゃあメンバーも揃った事ですし、第一回、結社に関する話し合いを始めたいと思いますねー。よろしいですかねー?」

おっと、ミアが仕切るようだ。

まあ、メンバー中、俺の前世を持ち出さなければ、一応の最年長だしね。

ここはお任せしておこう。

「うん。それでミアちゃん、今日は何を話し合うのかな?」

「もちろん、一番大事なことですねー。それは、我らの『結社』の名前ですねー」

えぇっ、そこっ!? 

もっと他に、考えるべき事があるだろうに?

するとヴェーニンク男爵家の三女様は、チチチっと指を振った。

「アルトきゅん、分かっておりませんねー。名前というのは、とっても大事なんですねー。考えてみて欲しいですねー。これで『結社名』が、『生ゴミ軍団』とか『ゴキブリの楽園』とか『ドブ川の音色』とかだったら、モチベーションに係わりますねー。そもそも、人様に堂々と名乗れなくなりますねー」

何その極端なたとえは。

酷くなければ、なんだって良いじゃんかよー……。

「もう、アルトくん、ダメですよ? 素敵なお名前じゃないと、たとえばメンバーを増補するときも、応募が来てくれないかもしれないんだよ?」

うーむ……。

ミアだけでなく、イフォンネちゃんも拘り有りか……。

しょうもないとは思うが、当人たちがそれで満足なら、パパッと決めてしまうほうが良いのかもしれない。

「……じゃあ、ふたりには何か考えがあるの? 俺は名前に関しては口を挟むつもりはないから、ふたりで決めちゃってよ」

俺の言葉に、ゼーマン子爵家のご令嬢が頷く。

「まず、第三者にどのような集団であるかを分かって貰う為に、『魔術』の二文字は入れたほうが良いと思うな」

「そうですねー。『○○魔術団』。それで私も構わないと思いますねー」

ふぅむ。

あまり変な方向へは行かないで済みそうかな? 

後は上に『何か』が付くだけか。

するとそこに、当家の妹様が元気よく手を挙げた。

「はい、はーい! ふぃー、動物! 動物さんが良いと思う!」

その言葉に、示し合わせたかのように貴族家の令嬢ふたりは笑った。

「それは私も、」

「同感ですねー」

親友は目を合わせ――。

「ネコ!」

そう宣言した。

この人ら、そういえばネコ好きだったか……。

「ふぃー、ブタさんのが良いと思う……!」

なお当家の妹様の提案は、丁重にスルーされてしまった。

フィーって免許持ってないから、魔術団のメンバーじゃないからね、しょうがないね……。

「うぅぅぅぅ~……! にぃたぁぁぁぁ……っ!」

「おお、よしよし……」

縛めが解かれ、失意のマイシスターは、俺に抱きついてきた。

マリモちゃんは――母さんが素早く回収しているな……。

「えっと……じゃあ、名前は、『ネコの魔術団』とか?」

「ん~……。ネコちゃんだけだと寂しいですねー。種類とか色とかを加えたいところですねー」

「シンプルに、色で良いと思うな」

さいですか。

好きにして下さい。

ふたりは今度も相性の良さを発揮し、ニンマリと笑った。

そして、こう云ったのだ。

「白猫魔術団!」

「黒猫魔術団ですねー!」

――そこで、時が止まった。

ふたりとも、笑顔。

けれども、妙に迫力のある笑顔。

「……ミアちゃん、どういうことかな?」

「それはこちらのセリフですねー。まさかこんな簡単な事で、イフォンネと意見を違えるとは思いもよりませんでしたねー」

風も地鳴りも起きてないのに、ゴゴゴゴゴゴ……って効果音が聞こえるんですが。

(これ、マズいんじゃないの?)

なまじ両者ともネコに対して拘りがあるから、どちらも引かないのでは。

(ここに軍服ちゃんの妹――フレアがいたら、更に揉めてたかな?)

あの娘、茶トラを飼ってたし。

「…………」

「…………」

そして、冒頭の如く不穏な気配になってしまった。

なんと当魔術団は、結成前から崩壊の危機に直面してしまったのである。

――しかしやがて、イフォンネちゃんは無言で立ち上がり、何故か柔軟を始めた。

一方、駄メイド様もあらぬ方向を向いて、シュッシュとシャドーボクシングしているが、繰り出される拳はヘロヘロだ。

「え? ちょっと……。一体、何を……?」

「何って、話し合いをするんだよ?」

「いくら親友でも、譲れない時もあるんですねー」

え? 何? 

まさか武力でカタを付けるつもり? 

君ら、魔術の使い手ですよね? 

と云うか、良いとこのお嬢様ですよね?

「うにゃぁぁぁぁぁ~!」

「ふぬうぅぅぅぅぅ~!」

こうして始まる、ドラネコ二匹のキャットファイト。

無力な俺は、ただ呆然とその様子を眺めているしかなかった。

なお両者の戦いは泥仕合の果てに、『黒猫魔術団』で決着が付いたのでありました。