Life with my Little Sister
Episode 228: Let's go to the city! (Part IX)
「ふへへへへへ……! ふぃーとにーた、ふたりっきりで、お出かけ!」
結局、押し切られてしまった……。
今、俺はフィーを抱え、ひとりで歩く軍服ちゃんを追尾中。
言葉通りに余人がいないからか、妹様の機嫌は天井知らずだ。
「にーたは、ふぃーが独占! にーたとふぃー、これが正しい……!」
この娘はもう、完全に俺とふたりきりなことだけで頭がいっぱいのようだ。
たぶん、セロのこととか理解していないか、頭から吹き飛んでいるのだろうな。
まあ、まだ三歳児だし、どうこう云うつもりもないが。
一方、軍服ちゃんの歩き方は堂に入ったものだ。
ちゃんと警戒する素振りを見せながら歩いている。
対象に発見されやすく、でも一見すると、慎重に追っ手を撒こうとしながら、バウマン邸へと向かっているように思えるルートを通っているのだ。
道筋の策定は、我が祖父、シャークが考え出した。
この辺の目利きは、流石は土地勘のあるギルド職員と云った所か。
軍服ちゃんは、ごく自然な動きで、人気のない通りへと入っていく。
――その瞬間だった。
「――――ッ!?」
軍服ちゃんが、声にならない声をあげた。
物陰から出て来た男たちが、サッと口を塞ぎ、縛り上げ、麻袋に、彼女をつめる。
流れるような動きで、こういうことに慣れているのだと分かった。
(凄いな。屋台通りで保護できていなかったら、こうやって連れ去られていた訳か……)
文字通り、一瞬の出来事だ。
「フィー、追うぞ!」
「みゅ? ふぃー、にーた好き!」
うん。
ほっぺにキスする場面じゃないからね?
※※※
追跡した先は、寂れた通りの、地味な建物だった。
流石にデネン子爵邸に直行するようなマネはしないらしい。
(と云っても、全くの無関係な建物じゃないよな……?)
場合によっては、彼女の『処理』もするのだろうし。
男たちが軍服ちゃんを運び込むと、扉はすぐに閉じられた。
「フィー、変身するぞ」
「――ッ! する! ふぃー、メジェド様になる!」
ふたりで、白いスーツを被る。
自分で作っておいてなんだが、エイベルと王宮に忍び込んだ時以上の怪しさだな……。
「窓から入ろう。フィー、人がいない箇所は分かるな?」
「みゅみゅっ! ふぃー、わかる! 前の入り口と、後ろの入り口に、ふたりずつ! あとは、皆、同じ部屋にいる!」
流石は魂命術の使い手だ。
潜入で一番難しい人数の把握と配置を、こんなにも簡単に。
「フィー、凄いぞ?」
「ふへへ! にーたに撫でられた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、もっとにーたの役に立つ! もっと撫でて貰う!」
窓の傍に回り込む。
消音魔術を使うので、音を気にしなくて良いのが楽だ。
やって来た場所は、ガラス窓ではなく、木戸で覆われた、四角い窓。
これも魔術で、ちょちょいと開ける。
フィーを抱えたまま内部に侵入する。
これって、マイエンジェルやマイティーチャーみたいに、魔力感知できる奴がいたら、きっとバレバレなんだろうな。
だが、魔力感知持ちは、そもそも激レアらしいし、デネン子爵の配下には、あまり優れた魔術師がいないことも把握済みだ。
この辺は治安維持を担っているが故の弱点だろう。
伯爵やバウマン子爵家と警備のすりあわせをする都合上、完全ではなくても、ある程度の手札は晒さなければならないのだから。
軍服ちゃんからも爺さんからも、その辺の情報は聞いている。
もちろん、件の従魔士は警戒せねばならないが、うちの妹様が、そもそも、その(・・)魔力感知が出来るのだ。
近くに魔術師がいたり従魔がいれば、魔力の大きさ込みで、把握出来てしまう。
戦闘の根本は情報にこそあるが、それをいとも容易く得られるマイシスターは、矢張り規格外の存在なのだろう。
スルスルっと内部を進み、軍服ちゃんが連れ去られた部屋へとやって来る。
物陰に潜み、影の魔術で我が身を見えにくくする。
後は一旦、様子を見守ろうか。
「う……ッ!? く……ッ! こ、ここは一体、どこだ……!?」
麻袋から出され、縛られたまま、口だけを自由にされた軍服ちゃんが、もがいている。
目隠しをされているせいで、周囲が把握出来ないらしい。
「よう。気分はどうだ、フレイ様」
室内にいる男たちは五人。
彼らは、薄い笑いを浮かべている。
「何者だ!? この私が、誰だか分かっていての狼藉か!?」
「おいおい。『様付け』までしたんだ。分かっているに決まっているだろう? なぁに。ちょいと質問があるだけさ。素直に答えてくれれば、ちゃあんとおうちに帰してあげますよ」
彼らは一様にナイフやらショートソードやらを装備している。胡散臭いこと、この上ない。
しかし彼らとて、軍服ちゃんから情報は仕入れておかねばならないのだろう。
まず第一に、メンノと確信をしたのか。
そして第二に、それを誰かに伝えたのか。
ただ単に『疑わしきを処分しました』では済まされない。
王族に攻撃を仕掛けた魔術師を匿っているのであれば、情報収集も完璧にしたいはずだ。
どうあっても、軍服ちゃんに話を聞かねばならないだろう。
「こっちのお話、分かりましたかねェッ!?」
おっと、脚を振りかぶったか。
まずは暴力を振るって、ビビらせて喋らせるつもりのようだ。
(風の魔壁……!)
水を粘水に変える要領で、『柔らかい風』を軍服ちゃんの腹に展開する。
ドムッと結構いい音がしたぞ?
防がなかったら、内臓とかヤバかったんじゃ?
男の方も柔らかい感触だから、まさか魔壁で防いだとは思わないはずだ。
そして軍服ちゃん。
彼女に、俺がついてきていると伝わったはず。
ちゃんと守るから、安心してくれよ?
「く……ッ! うぅ……ッ」
痛くないだろうに、ちゃんと痛そうな演技をする軍服ちゃん。
と云うか、さらわれる前からここまで見ていて思ったけど、彼女、やけに演技上手いね。
「ほぉら、痛いだろう……? お兄さんたちも、手荒なことはしたくないんだ。これから、いくつかお話を訊くけど、ちゃんと話してくれるかい?」
「……何が、訊きたいと云うんだ……!?」
目隠しされているのに、ちゃんと声のする方を睨め付けている。
「いや、何。実は、俺たちは冒険者でね……? 最近、悪さをする子供がいるから、調査してくれと依頼があったのさ」
どうせ嘘だろう。
そんな話があるなら、街へ出る際に、シャーク爺さんに注意されるはずだ。
冒険者と云うのも訝しい。
バカ正直に、デネン子爵家の手下でございと云う訳にも行かないから、身分を偽っているのだろう。
「調査……だと……?」
「そうだ。調査だ」
「ならば、冒険者ランクと登録ナンバーを云ってみろ! もし本当に冒険者だと云うのならば、貴族の子である私に、この様な扱いはしないはずだ!」
軍服ちゃんは貴族らしい堂々とした態度で、矛盾点をついた。
この人ら、別段、云い訳とか設定とか考えてなかったんだろうね。文字通り、子供だましな発言だった。
いや、だませていないけれども。
「くくく。よく口が回るねェッ……!」
二発目の蹴り。
これも魔壁で防ぐ。
「う……ッ! ぐ……ッ!」
「俺はさぁ、質問に答えてくれと云ったんだ。下らない揚げ足取りやインネン付けは、やめてくれるかなぁあぁ!?」
「――――ッ」
軍服ちゃんは、悔しそうに唇を噛む。
てか、本当に演技上手いな?
いや、上手すぎだろう。
蹴りを入れた男とは別の男が、若干、優しい声色で、彼女に話しかける。
「さっきも云ったように、俺たちは別に手荒なことはしたくないんだ。これはギルドの執行部からも頼まれている重要な案件でね。ちゃんと協力して欲しいんだ」
何が執行部だ。
シャーク爺さんが、こんな蛮行を許すわけないじゃないか。
嘘八百を並べているのは、軍服ちゃんも分かっているだろう。
けれど、指摘をせずに口をつぐんでいる。
「大人しくしてくれるようだな? では、質問をするぞ? ――俺たちが巡回中、キミは、ある屋敷の近くで、何かに気付いたかのように、急に走り出した。この理由を訊きたいんだ。まさか盗みを働いたとか、悪いことをしたんじゃないよなぁ?」
成程。
そう云う態で、聞き出すつもりなのか。
まさか「メンノを見たか?」とは、云えないだろうからな。
藪蛇になる。
「別に……何も悪いことはしていない……!」
「じゃあ、何であんなに焦っていた? 子供が突然走り出すなんて、よくあることだが、ギョッとして走り出すのは、何かあったと考えざるを得ない。正直に、話してくれるかい?」
「…………人を、見かけただけだ」
「ほう……! 人! 人をねぇ……っ!」
男たちの瞳が、ギラついたものに変わった。
明確にナイフに手を伸ばした者もいる。
軍服ちゃんの目的は話を逸らすことではなく、件の従魔士を追うことだから、大胆に斬り込んだのだろう。
「じゃあ、その『人』と云うのは、何者だったのかな? 教えてくれるかい?」
男たちの言葉に、軍服ちゃんは口ごもった。
彼らは、ある種の確信を得たようだった。