Life with my Little Sister
Episode 263: On the night of the blink, you and (Part XIII)
空に虹が架かるように。
私たちを乗せたクラゲは、空をアーチ状に飛んでいきました。
驚くべき事に、揺れたのは最初の一度だけ。
後は呆れる程に、安定をしていました。
(何これ? どうやって揺れを制御しているの!? 魔力の安定性が異常なレベルで突出している……!)
魔壁を足場にするのも飛び抜けた発想ですが、使われる魔術の制御も、また異常な精度を示していました。
「こ、これは、フェネル様のお力ですか……!?」
「いいえ。私は何も。飛行型の魔物が来ないとも限りませんし、そちらの警戒で手一杯です」
「う……!」
私は自分の不明を恥じました。
こんな状況でも、フェネル様は『防衛』と云う任務を果たしているのです。
「守ることに集中しなさい」と直接云わなかったのは、彼女なりの慈悲なのでしょう。
(しかし、こんなグニャグニャの水なんて、作れるものでしょうか……?)
暗に護衛に集中しろと指摘されても、不可解すぎる現象に心が引かれてしまいます。
云うまでもなく、水はこんな風にはなりません。
一体、どうやって作っているのか……。
水の派生魔術である、氷の魔術も使えない私には、見当も付きません。
それにしても、空を行くことの安全であること。
最短距離を安全に移動する。
何百という魔物がひしめく街中で、いとも容易くこんなことを成し遂げられる魔術師を、私は知りません。
(そう、魔術だ……!)
これは、目の前のちいさな少年が成していること。
信じがたいことに、目の前の幼児は、魔術の心得があると云うことになるのです。
「こ、この水は、貴方が出しているのですよね……?」
くだびれた雰囲気の少年に、思わず訊いてしまいます。
彼はこんな状況でも、腕の中の少女と、傍にあるぼんやりとした女の子を気遣って、優しい言葉を掛けているようでした。
そこに割り込んでしまうのは申し訳ないとは思いますが、ついつい口をついてしまったのです。
彼は云います。
「術式の構築と起動は俺ですが、『出資元』は違います。だから、まあ、合作と云う所でしょうかね……?」
出資……?
動力となる魔石か魔道具を持っていると云うことでしょうか?
しかし、それで少し安心しました。
これだけの魔力量を、子供に――いいえ、人間に出せるわけがありません。
そう云えば彼は、魔術の発動に詠唱もしませんでした。
となれば、これは魔道具が成したことで、この少年は『運転技術』に長けていると考えるべきなのでしょうか?
きっと、それに違いありません。
フェネル様が、彼が私よりも強いかもと云ったのも、この視点で見るべきなのでしょう。
おそらく彼は、魔道具を精密に操作する才に長けているのです。
確かに未知の魔道具を不意に使われたら、後れを取るかもしれませんから。
しかしそれでも、ハイエルフが認める程の操作技術は、流石と云うしかないでしょう。
「成程。貴方は天才なのですね?」
「ないです、ないです。過大評価は心に来るんで、マジで勘弁して下さい……」
彼は暗い顔で呟きました。
一方、彼の妹さんは、自分の兄は凄いのだと連呼し、何故か頭を撫でることを要求していました。
※※※
「ここ……ですか」
降りたったのは、石造りの家。
この辺は貴族の持ち屋も多く、所有者もコロコロと変わるので、把握することが難しいのです。
警備担当者としては自分の住む街の状況は知っていなくてはならないのですが、持ち主たちが、無関係の商会に情報提供をしてくれるはずもないので、自分たちで調査しなくてはいけません。
(ええと……。ここはアッセル伯爵家の持ち家……? いえ、どっちかの子爵だったかしら……?)
手を伸ばし、そして驚きました。
「ふ、封鎖結界……!」
その建物は、かなり強固な魔術で封印されていました。
おそらく、特定の魔術か魔道具で開閉するタイプで、無理矢理に破壊しようとすれば、どのようなカウンターがあるか、分かったものではありません。
いずれにせよ、魔壁とは違う、見えない壁が行く手を阻んでいることに違いありません。
「フェネル様、解錠の方は……?」
「簡易的なツールなら持っていますが、これは本格的なものですね。私の持つ魔道具では、破るのは無理そうです」
簡易的と云っても、ハイエルフの持つ道具なら、並みの結界など解いてしまう逸品でしょうに。
この結界は、それだけ強固と云うことなのでしょうか?
「おそらく、年単位で術式を構築し、強化していますね。仮に解除魔術の専門家がいたとしても、解放までに時間が掛かるかもしれません」
私には結界の堅さしか読み取れませんでしたが、フェネル様は、即座に分析を完了していました。
流石はハイエルフの魔術師と云った所でしょうか。
「破壊は愚策ですよね?」
わかりきってはいますが、一応、訊いてみます。
「簡単に読み取れた範囲でも、アラームと軽度の呪いが付与されているようです。下手に力業に出れば、街中の魔獣をこの場に呼び寄せかねませんね」
「トラップの種類まで見通されているのですか!」
私は驚きの声をあげます。
偉大なるハイエルフは、「それでも全部ではありません」と慎重な態度を崩しませんでした。
一方、年少者たちのほう。
彼らは、異常な行動に出ていました。
「な、何をやっているのですか……!?」
「何って、変装です。地べたに降りてきたんで、いつ、誰に見られるか、わかったもんじゃないですからね」
幼い兄妹は、真っ白なシーツを頭から被っていました。
のっぺりとした目と眉毛だけが描かれている、珍妙な姿です。
「むん……。羨ましい……! 私も着たい……!」
ぼんやりとした女の子が、指を咥えて、羨望の眼差しを送っています。
意味が分かりません。
この奇妙な怪人の姿を、彼らは『メジェド様』と呼称しました。
何故、様付け……?
「へ、変装なら、覆面でも良かったのでは……?」
「めーっ! メジェド様、格好良い! 優先するの、当然!」
私の提案に、何故か、ちいさい方のメジェド様が怒り出します。
彼女なりに、譲れない美学があるようです。
私はそれ以上の口出しを諦めました。
大きいメジェド様が、ちいさいメジェド様に話しかけています。
「フィー、魔力はこの結界か?」
「みゅ! 昼頃から、急に強くなった!」
結界の起動が、昼に行われたと云うことでしょうか?
確かに、これ程の結界が常時展開しているなら、セロに住む我々が気付かないはずがありません。
中に何があるにせよ、後付けで起動させたと考えるべきではあるのでしょう。
貴族の持ち物なら、普段は通常の警備で充分でしょうし、大規模な結界など張っていたら、却って目立つでしょうから。
「しかし、この結界を何とか出来なければ、内部の調査が出来ませんね」
フェネル様が指で叩くと、結界はコンコンと堅さを感じさせる音を出しました。
「はいはーい! ふぃー! ふぃーなら、これ壊せる! えいやーってするの! 全部吹き飛ぶ!」
ちいさい方のメジェド様が、物騒なことを云い出しました。
まさかあの子に、破壊用の魔道具を持たせているのでしょうか?
物騒すぎます。配慮が足りません。
が、余程の魔道具でもない限りビクともしないでしょうし、仮に壊せても、内部のものも吹き飛ぶに違いありません。
あらゆる意味で、採用は見送られるべきでしょう。
「アルト様には、何か妙案がおありなのですか?」
落ち着き払っている少年に、フェネル様が問いかけます。
メジェド様なる怪人を見ても態度が変わらないこの方も、相当ですね。
「別に妙案は無いですけど、開けるくらいなら出来ますよ」
いやいやいやいや、無理でしょう、この強固な結界では、何をやっても。
彼はきっと、この魔術の頑強さが理解出来ていないので――。
「開きましたよ」
――は?
今、彼は結界に軽く手で触れただけです。
大した時間も経っていません。
私が手を伸ばすと、建物に触れることが出来ました。
結界は、そこにはありませんでした。
「え? え? 正規の鍵をお持ちだったのですか? それとも、天啓具並みの解錠アイテムが存在するのですか?」
「いいえ? 強固とか複雑とか、そう云うのは、あまり関係がないんですよ。閉鎖手段が魔術であり、基礎動力が魔力だというのなら、俺にとっては皆、同じなので」
「お、仰る意味が……?」
私が呆然としていると、フェネル様に肩を叩かれました。
「驚くのは、後にして下さい。屋内に入れるようになったのであれば、我々の役割に集中せねばなりませんよ?」
そうでした。
私の役目は、皆様を守ること。
一番最初に突入し、安全を確保せねばなりません。
私は扉に手を掛けて、そっと開きます。
「風よ……!」
私は風の魔術を送り込み、内部の把握を試みました。
中に誰がいようとも、私の魔術の前では隠れ潜むことなど――。
「中、誰もいない! ふぃー、それ分かる!」
「えぇ……っ?」
ちいさなメジェド様に自信満々に云いきられて、私は眉をひそめました。