Life with my Little Sister
Episode Four Hundred Twenty-two: Lid Sandwich, Later Manju
祭りの翌日。
朝のうちに、バウマン子爵家のお子さんがやって来ていた。
――それも、ふたりも。
ソファに座った俺の左右に双子様が陣取り、マイエンジェルは、膝の上。
遠くでは母さんに抱かれたマリモちゃんが、こっちに来たそうにちっちゃなおててを伸ばしている。
(何でふたりとも、俺に密着して座ってくるんだよ……)
どうにもバウマンズの行動が読めない。
なお妹様は俺の膝の上にいることと、お土産の桃を食べていることで上機嫌だ。
「にーた! 桃! 桃、美味しい! ふぃー、桃好き! 甘いの好き! にーたが好きっ!」
ああぁ、またそんな、口のまわりをベタベタに。
なのでぬぐってあげると、
「ふへっ! ふへへへぇ~っ! にーた、ありがとーっ!」
何とも嬉しそうに微笑むマイシスターなのだった。
こぉの、甘えん坊さんめぇ。
「……で、フレイ。今日は一体、どうしたんだ?」
「おや? 私が親しい者の所へやって来ることが、そんなにおかしいかな?」
云いながら、ナチュラルに身を寄せてくる令息様。
媚びるような艶めかしい演技も上手いが、すり寄る必要なんて無いのに、それを不自然と感じさせないところが、また凄い。流石は王国最高峰の歌劇団員。
(本人がその気なら、ハニートラップの名手にもなれそうなだな……)
俺の視線を受けて、子役スター様は嬉しそうに微笑した。心でも読まれたかな?
一方、役者さんの妹さんは、無言で俺の服をつまんだままになっている。
こっちは恥ずかしいのに、頑張って近くに座っているという感じだ。無理しなくて良いのにねぇ。
ちなみに、朝のこの時間、他の人はいない。
ハトコズは午前中は託児所を手伝いに云っており、爺さんはギルド、ドロテアさんはご近所に出ている。
だから来客者であるバウマン子爵家の令息・令嬢以外は、俺の母と妹たちだけなのだ。
(それにしても、さて……)
軍服ちゃんの云う通り、友人が友人のところにやって来るのは不自然ではないが、問題は時期である。
たとえば昨日の朝はフレイは来なかったが、これは劇の稽古が午前中からあるからだ。夜の舞台に備えて練習をしていたからだ。
それは今日も変わらない。
なのにフレイはやって来た。そこには相応の理由があるはずだ。
「フレイ。もう一度訊くぞ? 朝から、どうしたんだ?」
俺の問いに、妖艶な子どもはふふふと笑った。
「いや、何。昨日の騒動。キミもあれが気になっているのではないかと思ってね? 助けて貰ったお礼も兼ねて、ここへやって来たのだよ」
お礼はフィーが頬張り母さんが後の楽しみとしているフルーツの盛り合わせだろうな。
結構、お高いはずだしね、これは。
「星騎士様へのお礼はぁ……『私自身』で支払っても良いのですよ……?」
潤んだ瞳で見上げてくる演技巧者。
『お礼は私』って意味を分かってるんだろうか?
いやこの子の場合だと、分かっていても全く不思議はないのだが。
「フレイではなく、情報を貰おうかな」
「おや? 私では不服だったかな?」
俺のほっぺたをつつきながら、そんな風に笑う友人。
彼は居住まいを正し、俺に云った。
「その前に、ひとつ。ロニームを捕らえたのは、キミなのだろう?」
「ロニーム?」
誰だろう、それは?
考えられるのは昨晩の辻斬りだが、俺はあいつの名前を知らない。
果たして美貌の友人は、耳元に唇を寄せながら云う。
「たぶん、キミが交戦した男さ」
じゃあ、やっぱりあいつなのだろうな。
耳朶をくすぐるような云い方は、俺に対するからかいの気持ちも多分にあるのだろうが、本質は『うちの母さんに聞かれない為』なんだろうな。つまり、俺に配慮してくれたのだろう。
「めっ!」
しかし膝の上では、俺に過剰に近づきすぎたフレイに、妹様が激怒している。
軍服ちゃんは苦笑しつつ、俺からほんの少しだけ身を離して云う。
「ロニームと云うのは、戦場では相当に知られた傭兵であるらしい。昨年捕らえたガッシュよりも強いのではないか、という話が出るくらいの男さ」
傭兵だったのか、あの男。
確かに、人を斬り慣れてそうな感じはあったが。
(ガッシュってのは、去年の誘拐犯のひとりだよな、確か)
俺のいい加減な判定では、たぶんガッシュという男よりも、昨日戦った辻斬りのほうが強いと思う。
そしてこれもいい加減な判断だが、あの大道芸人――斬られ屋のおっちゃんは、もっと強い気がする。やっぱり単なるカンだけれども。
「アレに勝つというのは並大抵のことではないよ。打倒した者は、凄まじいばかりの戦闘能力を持つのだろうね」
「…………」
勝ったと云っても、実際は『粘水』や『根源干渉』と云ったズル込みだからな。そう褒められたものではないと思うが。
少なくとも、槍一本で挑んだら絶対に勝てなかっただろうな。
「それから、ここに不在の我らが友人が捕らえた女。この私に悪臭卵を投げつけてくれた容疑者のひとりだが――」
「あのおばさんが何か? 名前を出したってことは、両者は別々の事件ではなく、その何とかっていう傭兵との接点でもあったのか?」
「接点、ね……」
軍服ちゃんは、皮肉げに笑う。
「両者の背後関係は、藪の中さ。下手をすると、永遠にね」
永遠。
その言葉の意味するところに、俺は目を見開いた。
けれど、母さんに聞こえないよう、小声で呟く。
「消されたのか」
「表向きは毒をあおっての自殺と云うことになっているよ、ふたりともね」
しかし、これは訝しいことだとフレイは続ける。彼の声も、またちいさい。
「ロニームは負け戦からは素早く身を引く、したたかさのある男だと聞いている。女のほうに至っては卵を投げようとしたところを押さえられただけで、私に命中させた犯人かの確証すらない。そもそも取り調べすら、まだ始まっていなかったようだ。そんな状態で、早々に自裁するものだろうか? それも使用した毒物は、両者全く同じものだと聞いている。これを不自然と云わずに、何と云う?」
不可解――その通りである。
フレイの話の通りなら、確かにおかしな点がいくつもある。
だが、だからこそ逆に確定したこともあるのではないかと思う。
「……つまり、牢屋の中に『手を回せる』立場か、それが出来る身分の者がいるってことだろう? これは同時に、『すぐに犯人たちの口を封じなければ都合が悪い』人物。となると――」
「ああ。私への嫌がらせを『発注した者』。それが犯人なんだろうさ。ガッシュたちも去年、それで冥界の門をくぐっている。ある意味では、ワンパターンと云うべきなのだろうな」
ここでもまた、あの貴族が出てくるのか。
まあ元もと、軍服ちゃんに嫌がらせする人間というのは限られてくるだろうが。
「そうでもないさ」
しかし、美貌の令息は皮肉げに首を振る。
「役者の世界というやつは、中々に陰湿でね。自分よりも才能がある者。自分よりも美しい者。自分よりも脚光を浴びる者。妬み、嫉み、そんな身勝手で理不尽な劣等感が人を突き動かすと云うこともある。何せ私は役者としての美徳を全て兼ね備えている上に、上流階級の人間だからね」
云い切りやがった。相変わらず、もの凄い自信家ぶりだ。
「でもフレイ、それなら個人的な嫌がらせはもちろん、今回の犯人が『そういう連中』に手を伸ばして操る可能性も、今後は充分にあるってことじゃないのか?」
「そこなのだよ。私がここに来た目的のひとつは」
「うん? どういうことだ?」
「それは、こういうことさ」
軍服ちゃんは華麗な動作でソファから飛び降りると、自分の片割れをそっと抱きしめた。
「ふぇぇ……っ!? ふ、フレイ……っ!?」
「ふふふ。暴れない、暴れない」
男女の兄妹のはずなのに、仲良し姉妹にしか見えないのは流石と云うべきか。
「にーた、ふぃーも! ふぃーのことも、ぎゅってして?」
それを見て羨ましくなったマイエンジェルが、俺にハグを要求。
叶えてやると、すぐに笑顔で頬ずりを繰り出してきた。
「ふへへ~……っ!」
その光景を見た軍服ちゃんは、我が意を得たりといった様子で頷いた。
「自分の妹が可愛くない兄――もとい、姉はいないさ」
わざわざ云い直したか……。
しかしフレイの奇行は兎も角として、この男の娘がメカクレちゃんを大事にしていることは、以前から分かってはいたが。
「アルト・クレーンプット。私はキミを、頼りがいのある紳士だと判断している。だから、頼むのだ。キミの手の届く範囲で良い。我が妹が危地にあるときは、どうか手をさしのべてやって欲しい」
それはメカクレちゃんを守ってくれと云うことだろうか。
理屈はわかるし俺も出来るならばそうしてあげたいが、住む場所も身分も違う人間を守ることは困難なのではないか。
そもそも我が家はあまり外出できない。
つまり、危機を知ることすらが難しいと思うのだが。
「云ったろう? 『手の届く範囲で構わない』と。付きっきりで守るが不可能だと云うことは理解しているつもりだ。たまさかキミが傍にいて、偶然危地を知れた――そんなときだけで良いのだ。ヒゥロイトは、王都でも公演があるのだからね。そんな僅かな一瞬で良い。万が一にも縁があれば、フレアを助けてやってはくれまいか」
つまり、防衛システムとしての安全ではなく、精神的な安心感に重きを置きたいということなのだろうか? それぐらいなら構わないと云えば構わないのだが。
「……あまり過度な期待はしないでくれよ?」
「してはいけないものだし、出来ないさ。キミにもキミの事情があるだろう。優先順位もあるはずだ。だからそちらも、深く考えなくて良い。私が望むのは、『偶然と一瞬の騎士』であってくれること、それだけだ」
「……わかった。それは引き受ける。かわりに、うちの家族に何かがあったときは、助けてあげて欲しいんだけどね」
「我が名誉にかけて約束しよう。――アルト・クレーンプット。同盟成立だ」
ぎゅぎゅっと握手。
掴んだ白い手は、女の子のように美しく、繊細だった。
(あれ? でもこれって、子爵家の後ろ盾を得た俺の方が得してないか?)
メカクレちゃんを都合良く助ける機会なんてそうそうないだろうし、過大な要求をしてしまったのではないか?
……でも俺も自分の家族が大事だから、安全網はより多く、より丈夫な方が良いんだよね。我ながらエゴイストだ。
そしてフレア嬢は、立ち上がって俺の服をくいくい。
「うん?」
「フ、フレ、イを、守って、あげ、て、欲しぃ、です……。わ、私、より、ゅ、ゅぅせん、で……」
「…………」
この娘も、兄思いだよねぇ。
でも、どっちかしかっていうのはイヤだな。出来るなら、どちらも助けたい。もちろん、そんなことがないのが一番だけれども。
「ふふふ。ならば私は、騎士様に護って貰えるお姫様ということか。悪くはないな。うん。悪くはないぞ?」
王子様じゃなく、姫宣言ですか。そうですか。そして、とても嬉しそうですね。
「それでは、星騎士様ぁ? 難しい話も終わったことですし、ここからは私を助けて頂くときに備えて、だっこの練習を致しましょうか?」
女優モードになって、ぴとっとくっついてくる軍服ちゃん。
それを見た妹様が大激怒。
ちっちゃなボディを全力で使い、懸命に男の娘様を引き剥がそうと頑張っている。
「めーっ! めーなのーっ! にーたは、ふぃーのなの! くっつくなら、自分のいもーとにするのーっ!」
「うっふふふ……。それでしたら、姉妹揃ってくっつく道を選択致しますね? さ、フレア?」
「ぅ、ぅぅ……。そ、そんな、は、恥ずかしぃ、こと……」
メカクレちゃんは近づいては来ない。
でも、離れもしない。
そのままズンズンと迫ってくるフレイが押すので、俺とフィーは双子様にサンドされてしまった。
「みゅぅ~ん! にぃたぁぁ……っ」
押しつぶされたことと兄貴不如意の状況で、マイシスターに泣きが入っている。
このままだと流石にいたたまれないので、ササッと我が家の天使様を抱き上げ、その場を離脱。
「ほら、フィー。もう大丈夫だ」
「にぃたぁ! にぃたぁぁ! ふぇぇぇぇぇん!」
嬉しさと安堵で、結局泣き出してしまう妹様なのだった。もちもちほっぺが柔らかい。
「むぅ……」
「ぁ、ぁぅぅ……」
そして何故か微妙に不愉快そうな軍服ちゃんと、残念そうなメカクレちゃん。
気のせいか、ジリジリと距離を詰めてきてませんかね?
「あぶぅ……!」
続いて今度は、誰かが俺の足下をてしてし。
見ると、綺麗な黒髪の赤ん坊が「自分も構って!」としがみついてくる。
「アルちゃぁぁぁん! お母さんも構ってよぅ!」
あんたも来るんかい!
結局、その場にいた人、全員でおしくらまんじゅう状態になってしまった。
なんだこれ!