Magi Craft Meister

12-09 World's Two Automatas

翌24日、仁とラインハルトは、朝食を済ますとすぐ工房に籠もった。

ラインハルト邸に泊まったサキと、今回はベルチェも一緒に付いてきた。

「それじゃあまず骨格からだ」

昨夜、夕食のあと、仁とラインハルトは相談の上、自動人形(オートマタ)の仕様をあらかた決定していた。

*   *   *

「中性的というのはどうだろう」

「男とも女とも付かない、と言う意味かい?」

「ああ、そうだ。そもそも自動人形(オートマタ)に明確な性別を付けるというのもどこまで意味があるか」

そう言った時、後ろにいた礼子がちょっとだけ寂しそうな顔をした事に仁は気づかなかった。

「とはいえ、基本は男性型だろう?」

「それはそうだ。ただ全体的に細身にして、髪も少し長くしてみよう」

「ふむふむ」

「例えばだが、普段は執事で、必要に応じて女装させて侍女としても働けるようにするんだ」

「なあるほど! それは面白い! 多目的に使えるわけか!」

*   *   *

「骨格は軽銀がいいだろうな」

そう言った途端、サキが驚いたように口を出した。

「なっ! ラインハルト、軽銀と言ったら、キロ200万トールはするんだぞ!」

さすが錬金術師、高級素材の相場は把握していたようだ。……経済観念は無い癖に。

「ああ、大丈夫さ。ジンが寄付してくれたから」

「寄付って……」

「そのうちちゃんと教えるから。ジンと付き合っていくなら既成概念に囚われていたら駄目だぞ」

笑ってそう告げたラインハルトだが、サキはたっぷり1分間無言で俯き、言われた内容を消化しようと努めていた。そして。

「……くふふふ、分かったよ、ラインハルト。ボクの負けだ。世界の常識に囚われていては新しい発見などできない、というのが錬金術師の信条なのにね。お恥ずかしい限りだよ」

妙にさっぱりした顔で納得した。

ベルチェの方は経済観念が薄いのか、それとも素材知識が無いのか、それほど驚いた顔はしていなかった。

中断していた作業を再開する。

身長は160センチ。大体仁と同じくらい、サキよりほんの僅か高いくらいである。

体形は細身。体重50キロが目標値だ。

「まずは骨格だね。僕もジンのゴーレム作りを見て、いろいろ考えていたんだ」

そう言って軽銀の塊を用意した。実は夜中のうちに、仁が蓬莱島から持ってこさせたのである。

それをラインハルトが形にしていく。仁もラインハルトと何度か一緒にモノ作りをしたが、彼が今回ほど本気で工学魔法を使うところを見るのは初めてだ。

ラインハルトの実力も相当なもので、仁のやり方を見て勉強したというのは伊達ではなかった。

15分ほどで基本骨格は完成したのである。

「どうだい、ジン? 意見を聞きたい」

ラインハルトの問いかけに仁は素直な感想を述べた。

「すごいな、ラインハルト。ちょっと見ただけでこれだけのものを作るとは! 強いて言うなら、指と手首だな。ボールジョイントと言うんだが、少し動作が重そうだ」

ラインハルトに意見を述べた仁は、今度は自分の番だと、アダマンタイトの小さな塊を手にし、関節部にコーティングしつつ、微調整していった。

「なるほど! 関節のすり減りを減らすと共に、動作を軽くしているのか。勉強になるな」

そこで、黙って見ていられなくなったサキが口を挟んできた。

「2人とも、熱心にやっているところ悪いとは思うが、ちょっと言わせてくれ。……それは、人間の骨格を元にしているのかい?」

その問いに答えたのは仁。

「ああ、そうさ。自動人形(オートマタ)は人間を模して作るもの。だったら、骨格から似せようとしないでどうする?」

ふうむ、と唸ったサキは、作業台に横たわる骨格を丹念に眺めていく。

「肋骨とか骨盤は簡略化されているんだね。……邪魔して悪かった。続けてくれたまえ」

今度は仁メイン。魔法繊維(マジカルファイバー)で出来た魔法筋肉(マジカルマッスル)を配置していく。

順序よく筋肉を取り付けていきながら、ふと仁は、先代は解剖学の知識をどうやって得たんだろう、などと考えていた。

一方でラインハルトとサキは、仁の手腕を目を凝らして見つめていた。ベルチェだけは、よくわからない顔であったが。

「完了」

5分ほどで筋肉の取り付けは完了した。仁としてはかなりゆっくり行った方である。

「いやあ、ジン、参考になった! ありがとう!」

ラインハルトは興奮気味にそう言って仁の肩を叩き、

「ジン、いろいろと勉強になったよ」

サキは物静かに礼を述べた。

それからは、ミスリル銀で魔導神経を配線したり、制御核(コントロールコア)を用意したり。

今はもう必要無いか、とラインハルトが言ったが、仁は魔族のことを知っているので、念のため、と言ってシールド構造にしてみたり。

「さあて、いよいよ触覚センサーの配置だ!」

ラインハルトの楽しげなセリフ。仁も同感である。

「くふふ、いよいよ世界初の機能を搭載させるんだね」

サキも期待に満ちた顔つきである。ベルチェだけは『?』といった顔をしている。

あらかじめ作って置いた触覚センサーは40。それを掌に2つ、足裏に2つ、これを左右に、合計で8ヵ所。胸と腹で5つ、背中に3つ、尻に2つで計10ヵ所、というように複数配置していく。

複数というのは1つが壊れても大幅な機能低下をしないようにと言う意味もあるが、それぞれのセンサーからもたらされる信号の強度から、刺激の中心を割り出せるようにという目的もある。

腕や脚には左右それぞれ4つずつ、計16ヵ所。そして頭部にも5ヵ所配置し、完了。

「うーん、あと1つあるが、予備にしておくか」

仁がそう言うと、サキが提案してきた。

「試作的な意味もあるんだったら、全部配置してみようじゃないか。口の中というのはどうだい?」

「うーん、なるほど、物を噛んだりしたときだな。いいかもしれない」

ということで、40個の触覚センサーは全て配置を終えた。

それらは専用の副制御核(サブコントロールコア)に情報を送り、副制御核(サブコントロールコア)はその情報を整理して主制御核《メインコントロールコア》に送る。

これにより、主制御核《メインコントロールコア》の負担が減ると共に、より繊細な身体制御が出来るはずである。

「礼子、追跡(トレース)と精査(インスペクション)を使って、魔力の流れを追ってみてくれ。俺とラインハルトはそれぞれの触覚センサーに刺激を与えてみる」

「はい、わかりました」

計測のような精密作業は礼子が得意とする分野である。

仁とラインハルトは、ある時は同時に、またある時は個別に、各所の触覚センサーに刺激を与え、そこから発せられる魔力信号が副制御核(サブコントロールコア)に送られ、処理される様子を追いかけた。

そんな地味な作業を2時間。とりあえず納得のいく結果が得られたので、先へ進むことにする。

「皆様、そろそろお昼時ですわ。ちょっと休憩してお昼ご飯を召し上がれ」

今まで所在なさそうにしていたベルチェが、庭にある日時計を見ながらそんな声をかけた。

「ああ、もうそんな時間か」

「夢中になっていると時間の経つのは早いな」

「くふふ、まったく同感だね」

似た者同士の3人はそれぞれの思うところを口にしながら、作業の手を止めた。

「ベルチェ、すまないね。君には退屈だろうに、悪いと思っているよ」

手を洗ったラインハルトは、そう言ってベルチェの肩を優しく抱いた。

「……もう、ラインハルト様ったら。そんなお言葉をかけられたら何も言えませんわ!」

ちょっと拗ねたような顔をしていたベルチェは、そんなセリフを言いながらラインハルトの肩に頭を乗せた。

そのまま動かない2人を見て、仁とサキは苦笑いしていた。

「……ごちそうさま、だね」

「ああ、まったく、仲良きことは美しき哉、だな」

サキと仁はそれぞれ2人を見て同じように目を細めつつ、それぞれの感想を述べる。仲がよいのはいいことだ。

やがて、まずラインハルトが気付いてベルチェの肩を抱いた手を離す。その動作でベルチェも我に帰り、仁とサキが笑みを浮かべて見つめているのを見て顔を真っ赤に染めた。

「ららラインハルト様、それではお食事にまいりましょう」

「あ、ああ、そうだな、ベル。……ジン、サキ。昼食を食べに行こう」

照れ隠しのセリフを口にしながら、ラインハルトは仁とサキにも声をかけ、母屋へと向かったのである。