Magi Craft Meister
18-33 At the end of the commotion
「巨大ゴーレムが……赤熱!?」
その様子は上空からもよくわかるほど。
「あのブラックボックスか!」
仁が懸念していた通りになってしまった。このまま行けば、爆発か、それとも融解してしまうか。いずれにしても古代遺物(アーティファクト)である巨大ゴーレムは失われてしまうだろう。
「『魔法無効器(マジックキャンセラー)』!」
咄嗟に礼子は腕輪に仕込んだ魔法無効器(マジックキャンセラー)を作動させた。
だが赤熱は止まらない。
「距離が遠すぎるようですね!」
魔力素(マナ)を強制的に自由魔力素(エーテル)に戻してしまう魔法無効器(マジックキャンセラー)の欠点は射程がやや短いということである。
ペガサス1に搭載されているものは射程距離を伸ばすため、強力な魔力源を備えているが、礼子が持つ腕輪では目の前の敵くらいにしか通用しない。
そして巨大ゴーレムはいささか大きすぎたのだ。
「私の魔力素(マナ)を上乗せすれば!」
出力不足と判断した礼子は、すぐさま体内の魔力反応炉(マギリアクター)の出力を上げ、発生した大量の魔力素(マナ)を腕輪に注ぎ込んだ。
そして10倍にもなった魔法無効器(マジックキャンセラー)の波動は、今度こそ巨大ゴーレムのブラックボックスを停止させたのであった。
赤熱した外装が少しずつ暗くなっていく。温度が下がっている証拠だ。
「……礼子、よくやった」
「ジン君、あなたの自動人形(オートマタ)……いいえ、娘さんのおかげで、我が国の宝が失われずに済みました。どうやったか……は、あえて聞きません」
外装が黒くなっていく。どうやら今の過熱により、表面のミスリルメッキが酸化してしまったらしい。
その時、ぱきんと音がして礼子の腕輪が砕け散った。10倍の出力を続けるのに無理があったようだ。
〈自由魔力素(エーテル)回復。最終手段動作停止。危機回避。自己防衛レベル0〉
〈上腕部動作不良40パーセント。前腕部動作不良30パーセント。両脚部動作不良20パーセント。進行には支障なし〉
巨大ゴーレムは再びゆっくりと歩き始めた。
「まだ止まらないの!?」
それを見た女皇帝は悲鳴にも似た声を上げた。
「『作動』」
仁はできあがったばかりの魔導具を動かす。
「周波数調整……ん?」
巨大ゴーレムの制御核(コントロールコア)から漏れる魔力と共振を用いて比較する方式で調べていくのだが、その途中で仁は共振レベルが僅かにぶれるのを感じた。
直接手に持っていたから感じ取れたような僅かなぶれであるが、問題はその原因がすぐそばにあると言うことだ。
「……陛下?」
女皇帝が持つ固有魔力と、巨大ゴーレムの制御核(コントロールコア)から漏れる魔力には共通点があったのである。
「……もしかして……?」
仁の脳裏にとある考えがひらめく。だとすると、操縦装置が見つからなかったわけが説明できる、と。
「陛下、飛行船をもう少し降下させます。そうしたら、あの巨大ゴーレムに向かって『停止(スタンドスティル)』と命令していただけますか」
「え? ジン君、それって……」
「ジン殿! 陛下を危険にさらす気ですか!」
「フローラ、控えなさい」
だが仁は飛行船の操作に集中しなければならず、説明できる状態ではなかった。女皇帝はそんな仁の様子を見て取ると、疑問は一旦棚上げにして、仁に言われた行為を行うべくタイミングを見計らう。
飛行船は高度30メートルまで降下。巨大ゴーレムの腕がぎりぎり届くか届かないか、という高度である。
「陛下、お願いします」
「『停止(スタンドスティル)』!」
その命令は正に魔法の言葉だった。
〈停止命令受領。動作停止。待機状態に移行〉
巨大ゴーレムは城壁まであと3メートルのところで停止したのである。
* * *
「……危ないところでした」
危機が去った事を確認した仁は飛行船を中庭に降下させ、女皇帝、女性騎士らと共に降り立った。
中庭に生じた被害を応急的に片付けたあと、事態の収拾にとりかかったのである。
「……操縦装置が無かったのも道理です。巨大ゴーレムに命令できるのは、おそらく皇帝陛下のお血筋だけなのです」
仁は急ごしらえの魔力測定器で調べたところ、女皇帝陛下の固有魔力と巨大ゴーレムの制御核(コントロールコア)が放つ魔力が同質であることに気が付いた、と説明した。
「なるほど……」
その説明に居並ぶ面々——女皇帝陛下、ユング宰相、デガウズ魔法技術相、魔法技術匠《マギエンジニア・マエストロ》ゲバルト・アッカーマン、そしてマルカス——らも納得し、頷いた。
「ジン・ニドー卿には感謝してもし足りないですね。そもそも、地下に戻すよう進言してくれたのを、体面に拘って中庭に出したままにしたのは私たちの決定なのですから」
女皇帝が後悔するような口調でしみじみと言えば、宰相も頷く。
「まったくですな。まさかあのような機能を持っているとは思いませんでした」
あのような機能、というのは赤熱、そして融解もしくは爆発する自壊機能のことである。
「戦争用ということで、敵の手に落ちた場合、機密を盗まれないよう、またできるだけ被害を与えるように、との機能なのでしょうね」
「今の魔法技術では考えられない高度な機能だな……」
「取り除くなり、機能停止するなりさせられないのだろうか?」
ユング宰相が仁の顔をちらっと見ながら呟いた。
皇帝の血筋だけが命令を下すことができる、ということは、取りも直さず血筋が絶えた場合に国そのものが危険になると言うこと。
表立って『血筋が絶えた場合』と口にするのは不敬に当たるので遠回しな表現になってしまったが、言わんとすることは仁だけでなくその場にいる全員に伝わった。
「そうですね……必要な魔力情報がわかりましたから、緊急停止の魔導具なら作れるかと思います」
「おお! 是非頼みたい! いや、お願いする!!」
仁の答えに宰相は一も二もなく飛び付いた。
仁は素材さえあればすぐに作る、と確約したのである。
こうして、巨大ゴーレム騒動は終わりを告げた。
熱で傷んだ部分の修正はゲバルトとマルカスが行った。変形させられて動かなくなった『ゴリアス』はこの後ゆっくり修理するらしい。
仁はその日のうちに緊急停止用の魔導具を作り上げた。
そして今度こそ巨大ゴーレムは地下に保管されたのであった。
* * *
「今回、ジン・ニドー卿の働きは見事であった。よって、その功績を認め、『帝室名誉顧問』とする」
『帝室名誉顧問』とは、女皇帝と宰相が考えに考えた末考え出した役職であった。
事実上の名誉職で、拘束力はない。が、待遇は伯爵より上、侯爵より下となる。
つまり、無届けで宮城(きゅうじょう)に出入りすることができ、アポ無しで皇帝への面会を申請できるという権利を有するのである。
これは仁が最初であり、他に与える予定のない、特殊な地位であった。
説明を受けた仁は最敬礼を行う。
「光栄です」
それを見た女皇帝はほっと胸を撫で下ろした。
名誉伯爵を与える、領地を与える、なども考えたのであるが、拘束されることを嫌うだろうという女皇帝の判断で、最終的にこうなったのだ。
そしてそれは正解であった。
「これが身分を示すローブです」
黒地に仁の家紋、『丸に二つ引き』が左胸と背中に銀の糸で刺繍されており、右胸にはショウロ皇国の紋章が金の糸で刺繍されていた。これも一品物である。
「ありがとうございます」
このローブを着ていれば、宮城(きゅうじょう)の出入りはほぼフリーパスとなると言われた。
「『ほぼ』というのは戒厳令などの戦時下です」
「あ、はい」
「ああでも、むしろそういう時こそジン君の存在が大きいわねえ……『ほぼ』なんて取り払おうかしら」
どこまでも女皇帝であった。
「そして、レーコ・ニドー。あなたに名誉従騎士の称号を与えます」
「いえ、私は……」
礼子が断ろうと口を開きかけたその時、老君からの助言が入った。
(『礼子さん、お受けなさい。それはとりもなおさず、御主人様(マイロード)の栄誉となります』)
「……謹んでお受けします」
カーテシーを行い、頭を下げた礼子。
その肩に、黒地に仁の家紋が入ったマントが掛けられたのである。
自動人形(オートマタ)が称号を受ける、これは前代未聞のこと。
この出来事は魔素通話機(マナフォン)を通じて各国に伝わり、『魔法工学師《マギクラフト・マイスター》』ジン・ニドーの名と、その自動人形(オートマタ)レーコ・ニドーの名は広く知れ渡るようになるのであった。