Magi Craft Meister
26-02 Mogi
仁が、宿『砂の薔薇亭』に戻ると、もうみんな起きていて、外から帰ってきた仁を見つけ、一斉に非難した。
「おにーちゃん、1人でおさんぽ行ってきたの? 声をかけてくれればよかったのに」
「ジン、水くさいね。起こしてくれれば喜んでお供したのに」
「ジン兄、薄情」
「悪い悪い。だけどみんなよく寝ているようだったし、起こすの可哀想だったから、つい、な」
「あたしは起きてたよー。一番のおねぼうさんはサキおねえちゃん」
「うっ、ハ、ハンナちゃん、それは言わないでくれ」
確かに、ハンナやエルザと比べると、サキの髪はまだぼさぼさで、ところどころ寝癖が残っていた。
「で、ジン、そのレーコちゃんが持っているのは何だい?」
話を逸らそうというのか、それとも純粋な興味からか、目ざとくヨモギを見つけたサキ。
「ああ、これは俺の知っている名前だと『ヨモギ』っていって、香り付けに使うんだよ」
「へえ、それはまた。で、何の香り付けに?」
これに対しては仁は答えず、にやっと笑っただけであった。
「それはできてからのお楽しみ、さ。お昼時まで楽しみに待っていてくれ」
「うーん、残念だけどそうするよ」
それで話は終わり。みんな揃って食堂へ行き、朝食である。この宿では気を利かせて、連泊客には献立を変えてくれている。
大麦の粥、焼いた燻製肉、それにサボテンのサラダ。
食用サボテンを若いうちに収穫し、トゲを取ってスライスし、塩茹でしたものを細かく刻んで、他の野菜を合わせてある。
甘味の中にほんのり酸味と苦みがあって美味しい。ビタミンやミネラルも豊富……のようだ。
「うーん、ボクはちょっと苦手かな」
ぬるっとした食感があり、サキは苦手なようだが、
「これ、鰹節削って掛けて、醤油で食べたら美味いんじゃないかな……」
オクラを思い出し、割合気に入った仁であった。
好き嫌いのないハンナは黙々と食べ、エルザは少し我慢しながら食べていたようだった。
「さて、どうする? 昨日1日かけて町は見たし、そろそろ出発しようか?」
食後のお茶を飲みながら仁が提案した。
「うーん、そうだね。ボクはいいと思う」
「あたしも」
「私も」
皆、出発には異論がないようなので、仁も心を決めた。
「わかった。それじゃあこの後、オリヴァーさんの店にちょっと寄って、話を聞いたら出発しようか」
オリヴァーはミツホ産の物産を正式に扱うことを許可されたので、いろいろ情報を聞けそうなのである。
「ん、それでいい」
「じゃあ、みんなで行こうか!」
エルザが頷き、サキが声を上げた。
* * *
午前8時、商店は軒並み店を開ける時刻。
仁たちは自動車に乗ってオリヴァーの店を訪れた。
「こ、これは馬なし馬車ですか? なるほど、貴方が『魔法工学師《マギクラフト・マイスター》』……お噂はかねがね。私が店主のオリヴァーです」
自動車を店の前に止めるや否や、飛び出してきた若い男が挨拶をした。
「ジン・ニドーといいます。この後、ミツホへ行こうと思っています。何か気を付けることはありますか?」
「ほう、ミツホへ」
仁が許可証を見せると、オリヴァーは頷き、忠告をくれた。
「なるほど、貴方なら簡単に許可が下りるわけですね。ミツホの人たちは、魔法工学に長けた人を歓迎してくれますから、最初から『魔法工学師《マギクラフト・マイスター》』であると名乗った方がいいですよ」
「そうなんですね」
それについてはジョン・ディニーの時も含めて、何となくそうじゃないか、と思っていた仁だったが、この忠告を聞き、それは確信に変わった。
「それから、大規模の取引はまだ禁止されています」
「ええ、陛下から聞いております」
「それならあとは……街道を西に行きますと、無人の休憩舎に着きます。普通はそこで1泊することになりますね。そこから次の『カリ』集落までは20キロくらいありますので無理はなさらないように」
その他、ミツホの国の人たちの生活様式などを聞いて、仁はオリヴァーの店を辞した。情報料として金貨1枚を置いて。
「よし、出発だ!」
かつてジョン・ディニーが出発した時はこっそりとであったが、間もなく国交が開かれるという今は、堂々と大手を振って旅立っていける。
それに加えて、珍しい自動車を一目見ようと、イスマルの町の住民大勢が西側の塀の上に立ち、仁たちを見送ったのであった。
「ジン、さっき聞いた休憩舎に泊まるのかい?」
サキが尋ねる。行くとなったら1日も早く行きたいという気持ちが透けて見え、仁は苦笑いを浮かべた。
「いや。距離としてはイスマルからカリ集落までは60キロちょっとだ。馬ならいざ知らず、自動車なら一気に行けるさ」
気候や水場の関係上、馬の場合は休憩舎で休むことを余儀なくされるのである。
が、自動車はそんな休憩なしに走り続けられる。
ということで仁は、自動車の運転をエドガーに任せ、自分は後部座席の後ろに設置した転移門(ワープゲート)を使って蓬莱島に飛んだ。礼子も一緒である。
「……くふ、ジンもなんだかんだ言って気ぜわしい性格だね」
「うん。でも、そんなところが、彼らしい」
「おにーちゃんはたよりがいがある、っておばあちゃんが言ってた」
「確かにね。ちょっと女心に疎いのが難点だけどね」
と言ってサキは、ちらとエルザを見た。
「……否定できない。でも、そんなところも含めて、彼、だから」
「あはは、ごちそうさま、だね、まったく」
そんなガールズトークがなされているとは露知らず、仁は蓬莱島で草餅を作っていたのである。
まずは念のため、毒性を『分析(アナライズ)』で確認。次に香りを再確認し、ヨモギである、もしくはヨモギとして使えることを確信し、作業に入った。
横ではペリドリーダーが助手を務めている。この後は彼女に任せれば、美味しい草餅をいつでも作ってもらえるだろう。
「あんこ、黄粉、ああ、黒蜜もいいかも」
団子と同じ上新粉で作るので、黒蜜にも合うかもしれないと思う仁。
「それではご主人様、その3種類をご用意させていただきます」
「お父さま、ヨモギの方はこれでいいでしょうか」
すり鉢で礼子はヨモギをすり潰してくれていた。
「ああ、十分だ。よし、そこへこの新粉餅(しんこもち)を入れて、練ってくれ」
「はい」
4人分の草餅なので、仁一人で作ったら手間取っただろうが、礼子やペリドに手伝ってもらったので効率良く作ることができた。
「あとは丸めて、と。よし、これでいい」
草餅とあんこ・黄粉・黒蜜を分けて箱に入れ、完了。時刻は、自動車のいる現地時間で11時頃だろう。
「じゃあ、戻るか」
仁と礼子は自動車へと戻った。
女性陣はちょうど話の区切りが付いたところだったので、仁もすんなりと会話の輪に入ることができた。自動車は止まっているようだ。
「ちょうどよかった、ジン。ちょうど今、休憩舎に着いたところだよ」
「ああ、そうだったのか」
イスマルから休憩舎までは20キロくらい、時速10キロで2時間の距離である。
「ちょっと早いけど、お昼にしようか」
「うん!」
ハンナが嬉しそうに返事をした。
天気が良いので、車内でなく外で食べることにする。自動車は休憩舎の陰に入れた。
「すごいな……」
話には聞いていたが、岩でできた休憩舎は見事だった。
「奥に水が湧いているんだっけ」
ちょっと確認する仁。
確かに、水が湧いている。古の水道設備であった。
「水量が少ないのは、配管のどこかにヒビか何かがあって水が漏れているんだろうな」
そんなことを思ったが、今は破損箇所を探して直したりしている時間はない。
石でできたテーブルと椅子があったので、そこに座って草餅を広げた。
「わあ! 緑色のおもちだあ!」
「ジン、これは?」
「……きれいな色」
「草餅、っていって、俺の故郷では春に食べるものなんだ。ちょっと工夫してあるから、あんこでも黄粉でも黒蜜でも好きなものを付けて食べてくれ」
「うん、いただきまーす!」
ハンナは迷わずあんこに手を伸ばした。
平たく伸ばしてある草餅の真ん中に、スプーンですくったあんこを載せ、くるむようにして食べる。
「おいしい!」
あんこの甘さとヨモギの爽やかな香りがマッチする。
「うん、これはいけるね!」
サキは黄粉が気に入ったようで、口の周りを黄色くしながら頬張っていた。
「美味しい」
エルザは黒蜜派のようだ。
仁はと言えば、黒蜜を掛けてから黄粉をまぶして食べる。
「あ、それ、美味しそう」
「あたしもやってみる!」
「うん、これもいいね!」
みんな草餅を気に入ったようで、たっぷり用意した草餅も全部きれいになくなったのであった。