Magi Craft Meister
27-15 Test Flight
5月15日午前7時半、蓬莱島では試作宇宙船のテスト飛行の準備が整っていた。
研究所裏手の発着所には、10メートル級試作宇宙船『イカロス2』が、静かに打ち上げの時を待っている。
名前はギリシャ神話から採った。
名前の元になった人物は、太陽に近付きすぎて墜落した、などと突っ込んではいけない。
仁としては、某公営放送の5分間歌番組で流れた楽曲から採っただけなのである。
『それでは最初に、『転送機』利用の打ち上げテストを行います』
老君の声が響く。
今回は地表から飛び立つのではなく、転送機で衛星軌道まで送り出した後に飛行開始するテストをまず行う。
これは、いずれ『宇宙基地』を設け、基本的にはそこから発着するための布石でもある。
『5……4……3……2……』
カウントダウンが響く。どちらかと言うと気分である。
『1……0!』
転送機が作動し、『イカロス2』は消えた。
ほぼ同時に、『ウォッチャー』からの映像が魔導投影窓(マジックスクリーン)に映し出される。
『成功です。誤差もプラスマイナス1m以内』
転送距離からしたら、とんでもない精度である。とはいえ、『ウォッチャー』がマーカーの役目をしているというのも大きい。
「おお、いいな」
仁も、身を乗り出し気味にして魔導投影窓(マジックスクリーン)に見入っている。
『これより、対物防御バリアの試験に入ります』
幾つかのアイデアを出した仁であったが、机上の検討だけでは結論が出せなかったのである。
『発進』
画面内のイカロス2が動き始めた。
『力場発生器《フォースジェネレーター》使用ですので、乗員に加速圧は掛かりません』
老君が説明している間にも、イカロス2は加速を続け、小さくなっていく。
『映像を切り替えます』
進行方向にある『ウォッチャー』からの映像に切り替わる。ぐんぐん大きくなるイカロス2。そしてある瞬間を境に、また小さくなっていく……。
『円錐状障壁(バリア)使用中。これより、『慣性消去障壁(バリア)』の試験を行います』
「うん? それは何だ?」
『はい、御主人様(マイロード)。アンの提案で試作した障壁(バリア)で、艦体に慣性を消去する結界を張ります。そこに入り込んだ物質は、衝突しても脅威にはなりません。それを『固体避け結界』で艦の後方へ送り出します。その時点で慣性が回復すれば、相対的な速度は衝突前のものに戻りますから、一瞬で置き去りにできます』
慣性を消去するのは、魔族が使っていた重力制御魔法の応用だ。
名前こそ『重力』制御魔法であったが、その実は質量も変化させられるのである。むしろこちらが主な効果だ。
そうでなければ、局所的に重力を増やしたりすると、ダウンバースト……強烈な下降気流が起きることになるからだ。
正確に言えば慣性を完全に0にはできないが、ほぼ0であれば、宇宙塵レベルでは脅威にはなり得ないので十分実用的である。
「おお、これなら有効かな?」
『はい、御主人様(マイロード)。これから、意図的に隕石の多い場所に向かいます』
老君がそう告げると、画面内のイカロス2は少し方向を変えた。
原因や由来はわからないが、細かい岩塊が密集したエリアがあるのだ。
とはいえ、密集しているといっても、拳大の岩塊が、平均1キロメートル離れて漂う、直径300キロくらいの球状の範囲であるが。
『天文学的に見たら密集しているといえるのでしょうね』
とは老君のセリフである。
その密集エリアに、時速10万キロという高速で進んでいくイカロス2。
『ウォッチャー』からは、望遠レンズで追うかのように、映像が送られてくる。真空の宇宙なので、距離が離れても劣化はほとんど無い。
イカロス2は、10分ほどでそのエリアに接近した。
『突入します』
老君の宣言と同時に、イカロス2は隕石群の中へ突入した。
が、何も起こらない。
『成功です』
「だな」
短いやり取り、だが、成功の喜びに溢れている。
8分ほどで隕石群を抜けたイカロス2は、Uターンし、再度突入。
今度は時速30万キロに増速してである。
その速度でも、まったく問題はなく、船殻にぶつかった隕石は皆無であった。
続いて時速60万キロ、そして100万キロで試験を行い、いずれも問題無し。
『御主人様(マイロード)、完全に成功です』
「ああ、やったな!」
『慣性消去障壁(バリア)』と、『固体避け結界』の組み合わせ効果は抜群だ。
これで、宇宙空間を航行する際の懸念が一つ減った。
「巨大な物は破壊すればいいしな」
『いえ、御主人様(マイロード)……』
老君が、珍しく言い淀む感じで発言をしてきた。
『そのことですが、今の隕石群を見ていて気付きました。破壊したら、その破片が更に危険なものになるでしょう』
「え? ……ああ、そうか!」
仁も、老君が何を言いたいのか理解した。
巨大隕石を破壊しても、小型隕石・微小隕石になるだけである。
「『慣性消去障壁(バリア)』が一番と言うことか……」
『加えて、大きな物はレーダーや光学機器で早期発見し、転送機で飛ばしてしまうのがよいでしょう』
「それがよさそうだな」
こうして、航行時の防御も目処が立ったので、老君はこの日最後の試験を行うことにした。
『最後は宇宙服のテストです』
自動人形(オートマタ)もしくはゴーレムに試作宇宙服を着せて、使い勝手を調べるというものである。
『これだけは実物大が望ましいので、再編成した隠密機動部隊(SP)から、一番小柄な『パンセ』と『ビオラ』に実験的に着てもらっています』
直径10メートルと、そこそこ大きいが、内部は精密に作られており、余計なスペースは少ない。
そんな中、身体を折り畳むようにして窮屈な体勢で搭乗できるのもゴーレムならでは、である。
『パンセ、ビオラ、外へ』
老君の指示により、2体はハッチを開け、真空の宇宙に飛び出した。
圧力差で、パンセの着ていた宇宙服が一気に膨らむ。
『……なるほど、軟らかい素材ですと、このようなことが起きるのですね』
ゴーレムであるからなんとか動けてはいるが、仁だったら身動き取れないかもしれない。
それほどまでに、膨らんだ風船状の宇宙服は動きづらそうに見えた。
『パンセの服は、地底蜘蛛樹脂(GSP)メインで作ったものです』
しなやかで丈夫な素材ではあるが、これでは動きづらそうである。
一方、ビオラが着ているのは『古代(エンシェント)竜(ドラゴン)』の抜け殻を要所に使用したものであった。
具体的には可動部分、すなわち関節だ。
『やはり、古代(エンシェント)竜(ドラゴン)素材は優秀ですね。魔力を流してさえいれば、着用者の意志を反映してくれます』
老君の説明によると、身体の動きに合わせて関節部が変形してくれるよう、流す魔力を調整しているという。
「それって、パワードスーツに応用できるんじゃないのか?」
『はい、御主人様(マイロード)。以前、礼子さんの皮膚に応用しましたね。あれからずっと研究してきました』
老君は、一度仁が作ったものなら、独自に研究できる反面、新しい物の開発には仁の許可が必要になる。
今回は、既に使われた技術であるので、自由に研究できたというわけである。
『単独ではなく、複合素材にしました』
外側に古代(エンシェント)竜(ドラゴン)の革、中間に軟質魔導樹脂を挟み、内側は地底蜘蛛の糸で織った布。
この軟質魔導樹脂部分により、着用者の意志を反映して変形するように調整したのだという。
「そう聞くと簡単そうだが、大変だったろう?」
意志通りに動くように調整するというのは根気のいる仕事である。意志より大きく動いたり、逆に動かなかったりというのは着心地の悪さに繋がるからだ。
『いえ、私にはそういう感情はございませんので』
ただ仁のため黙々と、何百回何千回もの試行錯誤をこなしただけ。それを仁は言外に感じ、改めて礼を口にする。
「ありがとう、老君」
『恐縮です、御主人様(マイロード)』
この複合素材はなかなか優秀であった。
ビオラは、宇宙船の船外でいろいろな動きをして確認したが、特に問題は見つけられず、宇宙服の試験もここに終了。
『本日のテストはこれまでです。帰還しなさい』
優秀な結果が得られ、老君も仁も満足したのであった。