Magi’s Grandson

Consideration of the War of the Crash of Civilizations

「はぁ……やっと解放された」

マークとユーリに、車のことを根掘り葉掘り聞かれた俺は、ドサッとソファーに座った。

「お疲れ様です。はい、お茶どうぞ」

「あ、ありがとシシリー」

グッタリしている俺に、シシリーがお茶を差し出してくれた。

アールスハイドでお茶といえば紅茶を指すのだが、クワンロンで出てくるお茶は中国茶みたいだった。

器も、ティーカップではなく湯吞みみたいに取っ手のついていないもの。

それを受け取り、熱々のお茶をすする。

「はぁ」

「それにしても、シン殿は美味しそうに飲みますね。そんなに気に入ってくれましたか?」

疲れた身体にお茶が染み込み、思わず溜め息を吐くとシャオリンさんはちょっと嬉しそうに聞いてきた。

その顔はさっきに比べれば大分晴れやかだ。

自分の心情を吐露したことと、その解決案が見つかったからだろう。

「もしよかったら、お土産として茶葉を持って帰られますか?」

「え? いいの?」

シャオリンさんのその提案に、俺は思わず飛び付いてしまった。

「構いませんよ。そうだ、茶器も必要でしょうから、それもお付けしますね」

「そ、そんな! 申し訳ないですよ!」

おお、茶葉だけでなく急須と湯吞みもつけてくれるのか。

俺は単純に有難いと思っていたのだが、シシリーがすごく恐縮している。

そんなシシリーに、シャオリンさんは首を横に振る。

「いいんです。これは、今までずっとシン殿を疑惑の目で見てしまっていたお詫びの意味もあるんですから」

「そう、ですか」

「ええ。ですから、今回は、贈らせてください」

「今回は、ですか?」

シシリーの疑問に、シャオリンさんはフッと微笑んだ。

「ええ。今は為替レートも確定していませんしね。次回からご購入頂ければ」

今回はお詫びなのでタダであげるけど、次は買ってね? と言っているシャオリンさんに、シシリーも笑みを返す。

「ふふ。では、御好意に甘えさせていただきます。ありがとうございます」

「はい。今後とも御贔屓に」

シシリーとシャオリンさんは、お互いに微笑み合っている。

さっき、あんなことがあったとは思えないほど和やかだなあ。

「それにしても、あの遺跡にはまだ利用価値のあるものがあったんですね」

さっきまでシシリーと微笑み合っていたシャオリンさんが、今度は俺に話しかけてきた。

「俺からしてみれば、あの遺跡は宝の山ですよ。なんで、放置されてるんだろ?」

あれだけ高度な文明の遺跡が遺っているのに、なぜ手付かずなのか俺には不思議でならない。

「それは、遺跡から発掘される出土品でそのまま使えるのが武器だけだからです」

「そのまま……あ、そういうことか」

「はい。武器以外のものは、腐食したりして原型を留めていないものが多いのですが、武器だけはそのまま出土するんです」

「ふーん。ということはあれかな? 日用品は壊れてもいいけど、武器は壊れちゃマズイから原型を留めておくような付与でもされてたのかな?」

「おそらくはそうかと」

「え? どういうこと? 日用品も同じ付与すればいいじゃん」

俺とシャオリンさんが話していると、アリスが不思議そうに聞いてきた。

「武器ってさ、敵を倒すためのものであるけど、同時に自分の身を守るものだろ? 壊れてもらっちゃ困るんだけど、日用品はある程度壊れてもらわないと駄目なんだよ」

「なんで?」

「壊れないと買い替えてもらえないだろ?」

前世でも、家電って古いものほど壊れにくく、新しいものほど壊れるイメージがある。

買い替えてもらったり、消耗品を購入してもらわないと企業が儲からないからな。

「うわ、ズッル!」

「しょうがないッスよアリスさん。日用品はある程度で買い替えてもらわないと、利益が出ないッスから……」

企業側の思惑をズルいと断じるアリスだが、マークは理解を示した。

工房の息子だしな。

「……ひょっとして、マークんとこの魔道具って、壊れやすいようにしてる?」

「そんなことしてないッスよ! ただ、遺跡から出てくる武器みたいに壊れない付与はしてないってだけッス! それに、そんな付与しても意味ないッスし」

「なんで? 壊れないならその方がいいじゃん」

「付与したって、ずっと魔力を流し続けないと意味ないんですって」

「あ、そうか。ってことは、遺跡から出てくる武器は、魔石が使われてんの?」

アリスが聞くと、シャオリンさんは頷いた。

「状態維持用なので極小さいですけどね」

「ほええ、なんて贅沢な」

西方世界で魔石はまだ希少だからな。

これだけ贅沢に魔石を使えるとなると、人工的に作っていたという説が濃厚になってきた。

前文明が崩壊してから今まで絶えず魔石が採掘できるとなると、その魔石鉱山にある人工魔石製造機は魔力を取り込んで魔石を生成する、その魔石をエネルギーとして利用する、また魔石を生成する、というサイクルが出来上がってるんだろう。

ある意味永久機関だな。

「それにしても、わざわざ魔石を使ってまで武器の状態維持に力を入れるとは……前文明とは、それほどに殺伐とした世界だったのだろうか?」

武器に状態維持の付与がされていることに、オーグが眉を顰めた。

「どうなんでしょう? あれだけ高度な文明が築かれているということは、そんなに頻繁に戦乱が起きていたとは考えにくいですけど」

「しかし、建物の損傷を見るに、どうみても戦争が行われたとしか思えんで御座る」

「魔物対策なのだろうか? シャオリン殿、武器の類はどういった遺跡から発掘されるのだ?」

トールたちと話し合っていたオーグが、シャオリンさんに話を振った。

「今回我々が行ったような遺跡で見つかることはほぼないですね。ただ、見つかるときはまとめて大量に見つかります」

「ふむ、軍の武器保管庫のようなものだろうか?」

「おそらくそうだと思います」

今日行った遺跡は、オフィス街っぽかったからな。

そんなところに武器なんて置いてないか。

でも「ほぼ」ってことは、たまに見つかるんだろう。

自衛のためか犯罪に使うためかは分からないけど、持ってる人もいたと。

で、まとめて出てくるってことはオーグの言った通り武器保管庫みたいなところだろうな。

今も昔も魔物被害は出てるってことか。

「となると、ハオはあの武器を軍の武器庫から発掘したということか」

オーグがそう言うと、シャオリンさんは神妙な顔をして頷いた。

「その通りです。将軍が言うには、ハオが謀反を起こそうとするほど強力な武器が保管されている武器庫が見つかったという報告は受けていないそうです。現在、ハオの私兵から事情を聴取しておりまして、間もなく場所が特定されると思います」

「その辺りの管理は厳重になされているということか」

「今回のような武器が再度発掘され、それが良からぬ思想の持ち主の手に渡った場合、最悪の事態も考えられますから」

「軍も躍起になるか」

「はい」

ハオが引っ張り出してきたレールガンは弾が装填されていなかったからなにも被害は起きなかったけど、もし弾が装填されていてあの場で発射されていたら……。

クワンロン皇帝がどこにいるかは知らないけど、万が一皇帝がいる場所に向かって発射したらひとたまりもない。

皇帝暗殺による政変勃発まったなしだ。

「ここ最近、新たな遺跡は見つかっていないのですが、今回のことで遺跡探索に力を入れると思います」

「遺跡探索か……」

シャオリンさんの報告を聞いたオーグは腕を組んで考え込んだ。

「どうした?」

「いや、クワンロンではこうも容易く遺跡が見つかるというのに、我らの地域では全く見つかっていないのだなと思ってな」

「そういえばそうですねえ。そのせいで、アールスハイドでは前文明は都市伝説扱いですし」

オーグの疑問に、都市伝説大好きなトニーが食いついた。

「前文明は、この辺りでだけ発展してたとか?」

「あんな凄い街を作れるのよ? その方が違和感よ」

アリスとマリアも話に参加してきた。

オカルトが苦手なマリアも、失われた前文明という都市伝説なら怖くはないか。

「でもでも、クワンロンにはこんなにいっぱい遺跡があるのに、なんでアールスハイド周辺にはないのさあ?」

「……跡形もなく、木端微塵に吹き飛んだから……かな?」

アリスの言葉に、ついそんな言葉を漏らしてしまった。

その瞬間、皆の視線が俺に集中した。

「多分、今のアールスハイド周辺にあった国と、クワンロン辺り……東方世界にあった国が衝突したんだろうな。で、西方世界にあった国は、完膚なきまでに叩き潰された。それこそ、街や村、一つ残さずに」

「ば、馬鹿な……そんなことが可能だというのか……」

俺の推測に、オーグが震える声でそう言った。

まあ、この世界の常識じゃあ信じられないよなあ。

「可能だったんじゃない? どうも空も飛べたみたいだし」

俺がそう言うと、トールは合点がいったという顔をした。

「それは……つまり、空から極大魔法を撃ち込んだ……」

「魔法とは限らないんじゃないか? それこそ、魔道具をばら撒いたのかも」

空から、極大魔法級の威力がある魔道具が大量に降ってくるところを想像したのだろう。

皆が青い顔になった。

「どういう経緯でそうなったのかは分からないけど……どちらかがそれを先に使ったんじゃないかな? それで報復として同じような魔道具を使った。結果、お互い引くに引けなくなって、どちらかが殲滅するまで戦い続けたんじゃないか?」

一線を超えてしまったことと、引き際を見失ったこと。

この二つが、前文明崩壊に繋がったんじゃないだろうか

「戦争が終わったあとの世界はどうなってたんだろうな? 片方は完全に消滅し、もう片方も文明を維持できないほどのダメージを受けた。恐らく、人類は一度滅びかけてるだろうね」

前文明の記録が完全に消失しているんだ、どれだけの破壊だったのか想像もつかない。

それでも、僅かに残った人類は少しずつ数を増やし、ようやく今の世界が出来上がったんだろう。

「まあ、記録が残ってないから全部想像なんだけどね」

俺がそう言うと、黙って俺の話を聞いていた皆が揃って息を吐いた。

「お前……なんて恐ろしい想像をしているんだ」

そう言うオーグは、ドン引きの顔をしている。

ええ? あんな高度な文明が崩壊してるんだから、結構思い付く話じゃないの?

だが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。

「ホントに想像なの? なんか、確信めいた感じがしたんだけど……」

マリアの言葉に、他の皆も首肯した。

「確信なんかないって。シャオリンさんから聞いた話と、あれだけ高度な文明が滅んだこと、アールスハイド周辺……っていうか西方世界に遺跡が全く見つかってないことを考えたら、そう考えるのが自然じゃない?」

前世に酷似したあの世界で戦争が起こったらこういうことが起きる……というのを予め知ってるとは悟られないように、こういう段階を踏んで推測したと伝えると、一応ちらほらと納得する顔も見えた。

「空から無差別に攻撃したのなら、一般市民も巻き添えにしてしまうのも無理はないですか……」

「戦争に一般市民を巻き込むなど信じたくはないが……しかし、それならば納得はできるか。理解はできんがな」

「それでいいよ。っていうか、そうじゃないと駄目でしょ」

そもそも戦争なんてするもんじゃないけど、国家間での利害の不一致とか、領土問題とか、争いが起きることはある。

そんな国家間の争いに、一般市民は関係ない。

それなのに前文明時代に起こった戦争では、国が丸ごと無くなっている。

ということは、一般市民が大勢犠牲になったということだ。

……多分だけど、子供に前世の記憶を呼び起こさせる行為を人為的に行っていたと思われる前文明。

倫理観もかなり破綻していたのかもしれない。

そう思ったのは俺だけではなかった。

「国民丸ごと滅ぼすなんて……シュトロームみたいだね」

アリスにしては珍しく、沈痛な顔をしてそう呟いたその言葉は、皆の心情を代弁していたようで、揃って暗い顔をしていた。

「前文明時代にも魔人はいたのかしら?」

マリアの疑問に、オーグは思案顔をした。

「もしかしたらいたかもしれんが、もっと恐ろしいのは、それを普通の人間が行った場合だ。むしろ、その可能性の方が高いのだろうな」

シュトロームやそれに従っていた魔人たちは、帝国に恐ろしいほどの恨みを持っていた。

そのため、皇帝や貴族に留まらず一般市民まで虐殺した。

しかし、前文明で起こったのは戦争だ。

恨みによる報復じゃない。

それなのに、敵国全てを滅ぼすまで戦うなんて……正気の沙汰じゃない。

「それにしても、その魔道具を作った者は、そういう可能性を考えなかったのだろうか? 文字通り世界が滅んでしまっているではないか」

「まさか、本当に使うとは思ってなかったんじゃない?」

オーグの疑問に答えると、話を続けろとばかりに俺を見てきた。

「製作者は抑止力のつもりだったんじゃないかな? こっちにはこんな武器があるんだぞと、敵国が迂闊に攻め込んでこないようにけん制しようとした。けど、相手国もそれに対抗して同じような武器を作り出した。そして、どちらかの国が、実際に使ってしまった。あとは報復合戦……かな」

俺の発言に、皆言葉を失くして黙り込んでいる。

そんな以外なことだろうか?

状況を推理すればたどり着きそうな仮説だけどな。

「開発者も実際に使わないように念押ししてたと思うけどね、前文明の為政者はその開発者の意図を察知できなかったんだろうな」

強力な魔道具だから使った。

ただ、それだけだったんだろう。

前文明がどんな政治体系だったのかは知らない。

専制君主制だったのか民主制だったのか。

為政者の一族に前世の記憶を持っているものがいたのなら、その魔道具を使わないように進言することもできただろう。

けど、前世の記憶を思い出させるには一度幼子を死の淵に追いやる必要がある。

為政者の子供に、そんなことをするとは思えない。

結果、使ってはいけないことが分からない者がトップに立っていた。

そして、崩壊は起こった。

そんな前文明崩壊の予想を立てていると、アリスが思いもよらないことを言った。

「うーん、これはあれだね。あの説が俄然真実味を帯びてきたね」

「あの説?」

なんのこっちゃ。

そう思っていたが、続いて発せられた言葉に心臓が跳ね上がった。

「シン君が、前文明時代の記憶を持ってるって説だよ!」