「ダリさん、魔導具とかは好き?」

「大好き。仕事でも関わっているから」

 思わず素で答えてしまったが、ヴォルフ的にはうれしいことらしい。

 美しい黄金の目がきらきら光って、ダリヤを見た。

「なら、ちょっと教えてほしい。見かけたことがないのだけど、民間の魔導具で、剣ってある?」

「剣はないと思う。魔導具としてなら、魔法付与の包丁とかはある。剣は鍛冶屋で、付与するなら魔導師か錬金術師じゃないかと」

 この世界、ダリヤの知る魔導具制作者は、大きく3つだ。

 まず魔導師。

 ダリヤの感覚から言えば、魔法使いであり、攻撃魔法や回復魔法などの外部魔法に優れた者達だ。

 特に、攻撃魔法が得意な者は、国の魔導部隊や冒険者などで活躍の場が多い。治癒魔法が得意なものは神殿や騎士、冒険者としての道もある。

 人によっては魔導具を作ることもあり、魔導具師を名乗る者もある。

 次に錬金術師。

 錬金術師は、創造魔法で様々な物を作り出すことにたけており、ポーションや希少金属、ゴーレムなど、様々な物を作り出す。

 付与魔法を得意とする者も多いので、こちらも魔導具師を兼ねる者がある。

 最後に魔導具師。

 魔導具師は素材や技術を利用し、場合によっては魔法付与などで、魔導具を作るのが仕事である。攻撃魔法や回復魔法などが使えない、あるいは魔力の少ない者が多い。

 残念ながら、魔導師、錬金術師よりは一段軽く見られがちだ。

 もっとも、これ以外でも、学術関係や趣味で魔導具を作る者もいる。

 この世界、魔導具作りは特別なことではないのだ。

「包丁に付与する魔法って、どんなものがある?」

「一番多いのは、錆(さび)防止。あと、研ぎいらずもあるけど、どっちかかな」

「錆防止に研ぎいらずか。剣に付与できたら便利そうだ」

「ヴォルフさんの使ってる剣の付与は?」

「部隊の剣はたいてい硬度強化が入ってる。それでも折れてしまったけど」

「あれ、そういえば、剣って持ってた?」

 ダリヤは心配になった。もしかすると森でなくしてしまったのだろうか。

「ワイバーンを刺したら根元から折れた。だからそのまま、おいてきた」

「今回の討伐って、ワイバーン?」

 ワイバーンと言えば、手強い龍種であり、強靱な翼と鋭い爪のある足をもった魔物だ。

 ダリヤはヴォルフの肩の生々しい傷を思い出した。あれがワイバーンの爪痕だったのだろう。

「ああ、赤のワイバーンだった。1匹倒したらもう1匹いて。手負いにしたら、俺を爪でひっかけて逃げた。俺がいたおかげで、魔導師は魔法が打てないし、騎士が強化弓を使えないし、城に帰ったらたぶん説教と反省文になると思う……」 

「うわぁ……でも爪でひっかけられてって、よくご無事で……」

「いや、下から思いきり刺したら、あっさり落ちたから。落ちる時の方があせった。身体強化はしていたし、木がクッションになったから、なんともなかったけど」

「やっぱり危ない……」

「いや、身体強化していればそうそう怪我もしないし、治癒魔法のうまいのもいるし、滅多に人死にはないよ」

 滅多にない、それでもゼロではないのだと、ダリヤは理解した。

「話を戻すけど、ダリさんは『魔剣』って見たことはある?」

「商業ギルドで『炎の魔剣』を見たことがある。誰も抜けないから、外側だけだけど」

 この世界がファンタジーと感じられるアイテムのひとつ、魔剣。

 精霊や聖霊、英霊などが武器や防具に宿ることがあり、そういったものは通常よりはるかに強く、特殊な力を持つのだと言う。

 以前、商業ギルドに売り物として入ったのは、炎の魔剣だった。

 鞘も持ち手も赤く、金を加えた豪華な模様で飾られていた。残念ながら誰も抜けない為、刃を見ることはできなかった。

 その後にオークションにかかることが決まり、開始値から金貨100枚と、すばらしく高かったのを覚えている。

 大いに盛り上がったオークションの末、買ったのは高名な冒険者だと聞いた。

「炎の魔剣か、それは見てみたかった……」

「ヴォルフさんは魔剣をよく見るの?」

「一番見るのは魔物討伐部の隊長の魔剣かな。『灰手(アッシュハンド)』って言うんだけど、刺すと焼けて一気に灰になるんだ。血族固定の魔剣で、隊長の一族がずっと継承してるから、この国では有名だね。他には誰も抜けないし、抜いているときに触ると隊長以外は火傷するんだけど」

 その剣は、炎の剣の上級ヴァージョンではないだろうか。

 そして、おそらく目の前の青年は、灰手(アッシュハンド)の火傷経験者であろう。

「他にも城に主(あるじ)無しの有名な魔剣が2本あるんだけど、相性が悪くて誰も抜けないんだよね。俺も騎士団に入ってから試したけど、どっちも抜けなかった」

「やっぱり魔力の相性? それともなにかこう特別な資格がいるとか?」

「城にある魔剣は、魂の高潔さとか、強い使命感とかを見るって言われている。俺はどっちもまったくないから、抜けなくて当たり前なんだけれど」

 言い切ってからりと笑うヴォルフは、いっそすがすがしい。

「見たことはないけど、他国には『喋る魔剣』っていうのがあるらしいよ」

「『喋る魔剣』って言うと、孤独な一人旅にも、友達のいない人にも便利そう……」

「ダリさん、それは何気にひどくない?」

「いっそ道案内とかしてくれたら便利なのに」

 前世の喋るカーナビやスマートフォンのマップを思い出し、つい言ってしまった。

「それ、魔剣じゃなくて『喋る地図』の方がいいよね?」

 まさにその通りである。ヴォルフは案外、開発者に向いているかもしれない。

 ダリヤは興味半分で他の物についても聞いてみる。

「喋る盾とか、鎧とかはないの?」

「盾は聞いたことはないな。誰かが隠し持っていればあるかもしれないけど。あと、鎧で喋るとしたら、首無鎧(デュラハン)じゃないかな。流石にあれを着たいとは思わないけれど」

「ヴォルフさん、首無鎧(デュラハン)を見たことある?」

 首無鎧(デュラハン)。ファンタジーならではの魔物だ。

 うっかり遭遇はしたくないが、安全な観察ならすごくしてみたい。どういう原理で動いているのだろう。

「討伐に出向いたとき、洞窟に一人いたよ。『命ガ惜シクバ帰レ』って警告の言葉を告げられて、かなり迫力はあったけど、大神官が同行していたから浄化一回5分で終わり」

「なんかちょっと切ない。で、首無鎧(デュラハン)てどんな形状? 中身は?」

「兜なしの、大きい黒い鎧で長剣を持っていた。どちらもそれなりにいいものっていう感じだった。あと、中身はカラだったよ。神官が浄化した後、城の魔導師が大事に持って帰ってきていたけど、鎧にも剣にも、何も仕掛けがみつからなくて、とても残念がっていた」

「そうなんだ……」

 その魔導師の気持ちがすごくわかる。

 仕掛けや仕組みは、やはり理解したいものだ。

 動力はやはり魂魄的なもので動いているのだろうか、それとも純粋に魔法で人格ならぬ『首無鎧格』を作っているのだろうか。

 単なる鎧と剣になっても、全部分解して裏表をくまなく見てみたい。できれば素材も詳細にチェックしたいところだ。

「俺がダリさんに、その鎧を見せてあげられる立場だったらよかったのだけれど……」

 自分が考え込んでしまったので、ヴォルフを困らせてしまったらしい。

 本日二度目の失態に、ダリヤは首を横に大きく振る。

「ううん、話だけでもすごく面白いし、ありがたい。仕事の種になるから」

 そこではっとした。

 話に夢中になっていたが、ヴォルフの目のことを考えれば、早めに医者にかかった方がいいだろう。

「そろそろ移動しよう。ここから王都まで、けっこうかかるから」

「すまない、話に夢中になってた」

「こっちこそ、長く話し込んでごめん」

 たき火を完全に消し、上から土をかける。地面を来たときと同じ状態にし、馬車に出していた荷物を戻す。

 ヴォルフの服はまだ半乾きなので、とりあえず馬車にひっかけて風にあてておき、鎧は箱馬車の後ろに積むことにした。

 二人で御者台に乗ると、ヴォルフが大きくのびをした。

 ずっと寝ていないのだ。かなり眠いだろう。

「時間がかかるから、王都まで寝てて。王都の壁近くで起こすから、そこで着替えればいい」

「大丈夫。ポーションのおかげかな、そんなに眠くないんだ。邪魔でなければ、もう少し話しててもいいかな?」

「もちろん」

 手綱を握り直したとき、ダリヤは、来るときに飲んでいた白ワインを思い出した。

 袋を開けてみると、馬車の移動で少し泡だってしまっている。

 昼はこちらを自分が飲み、ヴォルフに赤ワインを全部渡すのだったと、ちょっと後悔した。

「どうかした?」

「白ワインの飲みかけ。すっかり忘れてて」

「一口、もらってもいい?」

 ヴォルフに水や赤ワインは渡したが、2日飲まず食わずだったのだ。本当はまだまだ喉が渇いていたのかもしれない。

「飲みかけでごめんなさい! 喉が渇いてるなら全部飲んでいい」

「俺こそタカってすまない! じつは……白ワインは俺の弱点なんだ」

 真面目な顔でそう言って、瓶からワインを飲みはじめた男に、ダリヤはたまらず吹き出した。

 それからの移動時間、二人はずっと魔導具と魔剣の話を続けた。

 ダリヤは王都で庶民向けに出回っている魔導具の話をし、ヴォルフは、王城にある魔剣や魔導具のことを話した。

 お互いに知らないものを紹介し合う形で盛り上がっていると、時間はあっという間に過ぎた。

 王都の門が近くなったところで、一度馬車を止め、荷台で着替えてもらう。

 残念ながら服はまだ半乾きだった。少し寒そうなので、コートはそのまま着ていてもらうことにする。

 結局、ヴォルフは一睡もしなかった。

 やはり騎士だけあって、楽しそうに話していても、ずっと周囲を警戒していたのだろう。ダリヤはそう納得した。

 門の内側には、兵が常駐している建物があると言う。

 ヴォルフはまずそちらに行き、確認を受けてから王城に行くそうだ。

 流石に、庶民の馬車があっさり王城に行けるわけはないので、ここでお別れである。

 建物の前に馬車を止めると、いきなりの雨が降ってきた。

 ヴォルフが御者台から下り、コートを脱ごうとするので、慌てて止める。

「風邪ひくと悪いから、そのまま着てって。砂蜥蜴(サンドリザード)だから、雨通さないし」

「すまない、借りるよ。今日はありがとう。本当に助かった。住所を教えて、後で支払いに行くから」

「いいって。魔物討伐でお世話になってるから、一庶民の応援とでも思って」

「せめて、店で酒でもおごらせてよ」

 これは友情構築のお誘いだろうか。

 ヴォルフとの話はとても楽しかった。できるならばまた会って話したいとかなり思う。

 だが、理由があっても、男のふりで騙したのはやはり失礼なことだ。

 残念ではあるが、このまま終わらせるべきなのだろう。

「街で見かけたら声かけて。そうしたら、しっかりおごってもらうから」

 わざと明るくそう言ってみた。

 広い王都、貴族で騎士のヴォルフと、庶民の自分が再会する可能性は、限りなく低い。

 雨足がさらに強くなった。ヴォルフが何かを言ったが、聞き取れない。

 そのときちょうど、後ろから馬車が来た。

「後ろがつかえてるから、これで!」

 ヴォルフに申し訳なかったが、馬車を理由に話を打ち切り、八本脚馬(スレイプニル)を進ませる。

「……またね、ダリ!」

 自分へ呼びかけた声が、はっきり聞こえた。

 ヴォルフの美しい笑顔だけが、何故かひどく目に残る。

 ダリヤにとっては、有意義な休日だった。