Magical Device Craftsman Dahlia Won’t Hang Her Head Down Anymore
111. Authorized delivery and expedition stoves
「ダリヤ嬢、礼を言う。よい物をありがとう」
少し気分を落ち着かせたくなり、ダリヤは化粧直しに席を立った。
応接室に戻るとき、廊下で声をかけてきたランドルフに、半歩下がって会釈をする。
「ランドルフ様、もったいないお言葉です。先日はお教え頂いて、ありがとうございました」
「いや、細かいことを言ってしまったかと考えていた。短期間にそこまで覚えられたこと、敬服する」
「ありがとうございます」
無骨な武人を思わせるランドルフがふと表情を崩し、やわらかな笑顔になった。
女性としては背が高めのダリヤでも、二メートルを超す彼の前だと見上げる形になる。赤の強い茶色の目がダリヤにむかい、少しだけゆるんだ。
「ヴォルフは、商業ギルド長と服飾ギルド長の出迎えに行っている。間もなく来るだろう。ダリヤ嬢の迎えを希望していたが、『お前もロセッティ商会の関係者なのだから、接待に回れ』と隊長に言われてのことだ」
ヴォルフについて、聞いてもいないうちに説明されてしまった。
ロセッティ商会の迎えならともかく、まさか自分の個人名になっていたのだろうか。疑問はあったが、聞けないまま、共に応接室に戻った。
それから間もなく、ヴォルフの案内で、商業ギルド長であるジェッダ子爵、服飾ギルド長であるフォルトゥナート子爵が応接室にやってきた。
ヴォルフは黒の騎士服、ジェッダとフォルトゥナートは、王城向けらしい三つ揃えだった。
いつもながら視線を集めるヴォルフに、壮年の白髪白髭でありながら、凜としたものを感じさせるジェッダ、立ち姿まで華やかな金髪碧眼のフォルトゥナートと、三者三様の存在感が密集する。
横に座るルチアが、息をのんだのがわかった。
「では、ロセッティ商会より正規納品のご挨拶をさせて頂きます」
全員がそろったテーブル、イヴァーノの進行で、ダリヤは型通りの挨拶を行う。ほぼ定型の丸暗記であり、グラートからも似た型の了承が返ってきた。
その後、ジェッダ、フォルトゥナートの短い挨拶をはさみ、ルチアと共に羊皮紙の書類三枚にサインをする。
これで初回の正規納品は終了。今後は服飾魔導工房と服飾ギルドが、王城とやりとりすることになる。
ロセッティ商会は、服飾ギルドから毎月利益配分を受ける形だ。
ようやく商会としてそれなりの額の安定収入が決まり、イヴァーノや新しく雇う者達に給与の心配もなく、今後の不安を少しは感じないでもらえる――そのことにダリヤはとても安堵した。
とはいえ、これだけではまだ足りない。少なくとも、三年は何もしないでも商会が揺るがないだけの『土台金』はあった方がいい。
イヴァーノから教えられたことを思い出していると、その当人が銀枠の白封筒を取り出した。
「初回お取引の記念と致しまして、ロセッティ商会より、『靴乾燥機』五台を贈呈させて頂きます。こちらが目録となります」
「『靴乾燥機』とは?」
イヴァーノの言葉に、グラートが怪訝な顔で聞き返す。
五本指靴下と中敷きのおかげで、靴内は劇的に改善された。靴自体の乾燥と言われても、ぴんとこないのだろう。
「遠征用ブーツから革靴、布の靴まで、傷めずに短時間で乾かせる、温風による乾燥機です。靴の傷みや臭いが減らせるかと思います。靴用のドライヤーとお考え頂き、雨の日や、靴を洗った際にご利用頂ければと思います」
「なるほど、通常のドライヤーでは革が傷みますからね。便利そうです」
「遠征後の軍靴にもよさそうだな。後で試してみるとしよう」
「『靴乾燥機』も明日より販売となりますので、どうぞよろしくお願いします」
笑顔で売り込みをかけるイヴァーノに、フォルトゥナートが首だけを動かした。その目はダリヤに一度向き、すぐずれて、イヴァーノに向いた。
「……メルカダンテ君、後でお話がしたいのですが、時間をとって頂けますか? できれば早めに」
「ええ、もちろんです、ルイーニ様」
ジェッダの方は表情をまったく変えることなく、静かに紅茶を飲んでいる。
隣のヴォルフに視線を向ければ、真面目な顔で会話を聞いているが、目が笑っていた。
靴乾燥機はヴォルフと二人で作り出したものでもある。魔物討伐部隊の環境改善につながるのがうれしいのだろう。
「さて、これで手続きは終わりだが、もう少々時間はあるだろうか? 予定のある者は遠慮なく言ってくれ」
グラートの言葉に答える者はない。彼が軽くうなずくと、ヴォルフが立ち上がって部屋を出て行った。
「面白いものを教えられたのでな。話のひとつに、ここで皆にも紹介しようと思う」
興味深そうにする面々の中、隣のイヴァーノが書類を取り出した。
「会長、もし必要なら、こちらをどうぞ」
ダリヤに手渡されたのは、遠征用コンロの仕様書と設計書だった。
「これは……ヴォルフ、様から、何か?」
「いえ、何も。ただ、たぶんそうかなと。外していたらすみません」
ささやきで会話を交わしていると、ヴォルフと緑髪の隊員が入ってきた。
持ってきたのは、ダリヤ達の作った遠征用コンロと、銀のカップ、そして小さく切られたベーコンである。
遠征用コンロ二台は、広いテーブルの上に載せられると、さらに小さく見えた。
「小型魔導コンロの派生で、『遠征用コンロ』だそうだ」
「ずいぶんと小さいですね」
グラートの紹介に、フォルトゥナートが面白そうに見つめている。
ダイヤルを回された遠征用コンロは、ゆらりと熱を上げ、フライパンを温め始めた。
「こちらが鍋部分、こちらがフライパン、兼、鍋のフタになります」
ヴォルフが説明と共に、切られたベーコンを皿からフライパンに移す。
応接室内でこんなことをしていいのかと思うのだが、誰も注意しない。少量だとはいえ、豪華な絨毯や布壁に臭いがつかないのか、かなり心配だ。
「火力は?」
「小型魔導コンロとほぼ一緒です」
不意のジェッダの言葉に、あわてて答えた。
「使用魔石は?」
「小型の火の魔石を使用しております」
「持続時間は?」
「小型魔導コンロより短くなりますが、四、五時間は可能です。気温や場所で前後します」
「遠征中でしたら、火魔法の使える者が充填致しますので、問題ありません」
「ならば、使用に耐えうるな」
ダリヤ、ヴォルフと続いた説明に、ジェッダが黒い目を細めてうなずいた。
「これは執務室に一台欲しいですね。これを端に置いておけば、いつでも熱いコーヒーが飲めそうです」
意外なところで希望があった。室内、しかも執務室とは考えつかなかった。
「フォルトゥナート殿は、ご自分でコーヒーをお淹れになることが?」
「いえ、まずないですが。夜など人が少ないときに、コーヒー一杯でわざわざ呼びつけたくはないので。小型魔導コンロですと少し目立ちますが、こちらなら簡単に隠せそうです」
「寒くなれば、寝室でホットワインもいいですな」
ジェッダの言葉に、ふとガブリエラを思い出した。
彼女に小型魔導コンロを贈ったとき、ホットワインの話をしていた。おそらくはジェッダとも話したのだろう。
ガブリエラにはお世話になりっぱなしだ。遠征用コンロと靴乾燥機を追加で贈ってもいいかもしれない。
「もう火が通ったか、早いな」
人数分の小皿に移された焼きベーコンと共に、小さな銀のカップが配られる。匂いからして、中身は白ワインのようだ。
王城で昼に飲んでいいものなのだろうか。グラートに勧められたのだからいいとは思うが、これは暗記カードにも、オズヴァルドに教わった作法の中にもない。
「水というのも味気ない。手持ちの少し古い『葡萄ジュース』を出した」
銀のカップを手に、上機嫌な隊長による、かなり無理な説明を聞く。
ルチアは目を丸くし、ジェッダの表情は変わらず、それ以外の者は困った顔になっていた。
「これがワインだったなら、『今回の正規納品に感謝し、それぞれの幸運を祈って、乾杯』というところだが、葡萄ジュースだ。まあ、気分として近くの者とグラスを合わせてくれ」
各自、左右の者と軽く乾杯する。
少しだけ琥珀がかったワインを一口含み、飲み流せなくなった。
香りの立ち上るワインだとは思ったが、口に入れるとさらに香りが広がった。白の辛口だと思うのだが、舌あたりはとても丸く、ほのかに木の香りが立ち上る。
ワインの銘柄はあまり知らないダリヤでも、これがとてもいいものだというのはわかった。
「おいしい……」
ルチアも驚いたらしい。ため息まじりの声が聞こえた。
顔を上げると、ヴォルフは少しずつ飲んで味わい、フォルトゥナートはまだ苦笑しており、ジェッダは満面の笑みだった。
「では、小皿の方もお試しください」
緑髪の隊員が勧めてくれるのに合わせ、ベーコンに添えてある金属ピンを刺す。三センチほどの小さい燻しベーコンだが、少し厚めだ。
一口でいっていいものかどうか迷ったが、皆に合わせて口に入れた。
まだ熱さの残るベーコンは、塩がしっかり利いた、肉が甘めのいい味だった。焼いて溶けた脂が塩のきつさをやわらげてくれる。これはパンもワインも合いそうだ。
「遠征の干し肉の一部を、この燻しベーコンに代えてもいいかもしれません」
「予算の許す限り替えていこう」
「それにしても、これはいい。遠征中、温かい食事が作れるようになりますな」
「食材の匂いで、魔物や動物が寄って来ませんか?」
「今も野営の際は、風魔法で飛ばすか、消臭剤を使うなどしている。試してみないとなんとも言えんが。いざとなれば、野営地に来たものをすべて倒せば問題ないだろう」
あっさりと言っているが、それは本当に問題がないのだろうか。いきなり大きな動物や強い魔物が来たりしないのか、つい心配になる。
逆に考えると、匂いにつられてきた魔物や動物がかわいそうという話になるが。
「というわけだ。ロセッティ商会長、この遠征用コンロ、百台の見積を依頼する」
けふっと、通ったはずのワインが戻ってきた気がした。ダリヤは急いでグラートに向き直る。
「あ、ありがとうございます。できるかぎりの価格で……」
「いや、継続購入できるよう、無理のない範囲で頼みたい。予算が間に合わなかったら、私と余裕のある個人で徐々に購入してもかまわない」
「これならば個人でも買う者は多いかと思います」
ヴォルフがさらりと笑顔で言っているが、待ってほしい。
遠征用コンロはけして安くない。魔物討伐部隊には、庶民も下位貴族もいるのだ。皆の財布がそれほどに重いわけではない。家族や家を背負っていることもあるだろう。
「こちらもロセッティ商会でしたか。すばらしいですね」
「ありがとうございます、フォルトゥナート様」
フォルトゥナートの賞賛に礼を返しつつ、たらりと汗をかく。
服飾ギルドには遠征用コンロは関係ないというのに、付き合わせてしまっている。ちょっと申し訳ない。
「冬の遠征のときまでにはそろえたいですな」
「ああ。これなら討伐の後で、焦げたコーヒーを飲まなくて済みそうだ」
凍える冬の遠征、危険な討伐の後、焦げたコーヒーを飲む――想像しただけでやりきれない。
この国、この世界は、魔物を止められなければ、人への被害はとても大きくなる。村や町が魔物によって滅びたというのは、歴史であって、物語ではない。
そんな魔物と戦うのだから、魔物討伐部隊は、もっといい待遇を得てもいいはずだ。
そこまで考えて、ダリヤはふと思い返した。
以前、ヴォルフに小型魔導コンロでの料理を出したとき、『いっそ魔物討伐隊(うち)に使い方を教えに来ない?』そう言われたことがあった。
自分は、遠征の食生活向上の手伝いができればいいと、深く考えもせずに答えた。
王城に入る日が来るとは夢にも思わず、ヴォルフの冗談だと流していた。
今、自分がこの場所にこうしているのは、あの日からのつながりだろうか。
もし、縁があったと言うことを許されるならば、ヴォルフを含め、部隊に少しでも貢献したいものだ。
「会長、さらに忙しくなりそうですね」
「ええ。ありがたいことです」
隣のイヴァーノの言葉に、素直に笑って応えられた。彼は紺藍の目を少しだけ丸くし、笑い返してきた。
「商会長らしい返事ですね」
「いえ、魔導具師らしい返事ですよ」
甘いワインの香りと、燻しベーコンの焼けた香り。応接室にそれらが残る少しの間、なごやかな歓談が続いていた。