Magical★Explorer

23 It's a beautiful night view

今日の花邑家は非常に静かだった。

それは昼間にエルフメイド達がたくさん居たこともあるだろう。幾人ものメイド達が荷物を運べばどうしてもうるさくなってしまう。それと比較すれば静かにだって感じる。

それでも、静かすぎやしないだろうか。このダイニングルームは一人を除いてお通夜状態だ。

どうしてここまで静かなのか? いや、茶番は止めよう。本当のところ理由は分かりきっている。

この場にいれば誰もが口をつぐむだろう。

俺は視線をあげる。

テーブルの上には視線をそらしたくなるような、色とりどりの料理が並んでいた。どこぞのテーマパークの夜景のようにカラフルな料理が並んでいた。そう『昼』ではなく『夜景』だ。

ただ唯一の救いとしては、白米だけはまともそうなことか。

俺は視線を周りに向ける。

「……」

顔面を蒼白にして一言も発さないリュディ。俺が見ていると、彼女はゆっくりこちらを向いた。唇が震えている。だが俺は小さく首を振ることしか出来なかった。

「あ、あらぁ。綺麗ね!」

と、毬乃さんは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。食物兵器が構築されつつあった現場から逃避した毬乃さんこそ、この惨状の一番の原因では無いかと思う。

「自信作」

と、無表情で胸をはるのは姉さん。どこからその自信が出てくるのか、小一時間問い詰めたい。

クラリスさんがここに居ないのはまだ回復していないからだろう。キッチンで倒れている姿を見つけたのは30分前。

彼女の口元に、エメラルドグリーンの何か(光に反射していた)がついていたことで、何が原因だったかはすぐに分かった。多分復活にはもうしばらくかかるだろう。

また、俺はこれのせいでショーツを返すタイミングを完全に見失ってしまった。もう宝物にして封印するしか道は残っていない。

「さあ、食べて」

なぜだろう。姉さんの言葉が、死刑宣告のように聞こえる。

俺は視線を移すと、毬乃さんとリュディがじっと俺を見ている事に気がついた。口には出していないが、先に食べてくれと訴えていた。

俺はスプーンを手にとって、目の前にあった謎の物体をすくった。その感触はプリンに近い。ただ、なぜだろう。まるで海に浮かんだ重油のように、見る角度によって色が変わる。

「お肉をしっかり煮込んだから美味しいはず」

そのお肉は化学変化でも起こしたのかな?

俺は頭の中で美味しいと念じながら、それを口に入れた。

どこからともなく声が聞こえた。それも一人の声ではない。幾人もの女性が、こっちへおいでと俺を誘っている。彼女らが言うには、あちらには美少女がたくさんいて(高校生にしか見えないのに、全員18歳以上らしい!)、美味しいフルーツを「あーん」してくれるらしい。しかも男なのにお嬢様学校に入学出来るんだって。なんて素晴らしい場所なんだろうか。今すぐに行こう。

そう思った瞬間、左脚を痛みが襲った。

「はっ!」

リュディが焦った様子で俺を見ている。どうやら彼女は俺の脚をつねって、現実に引き戻してくれたらしい。

「どうかな?」

と姉さんが俺に尋ねる。

「う、うーん。まだまだ修行が必要そうだよ」

と俺はかえした。いろんな意味で死を覚悟する修行が必要だろう。

「ウッ!」

不意に横から声が聞こえる。見ると毬乃さんが安全パイかと思われていた白米を食べてのどを押さえていた。

「はつみ、あなたまさか、洗剤でお米を洗った?」

「ええ、強力そうなのを使ったわ」

「そ、そう。あのねはつみ、米は洗剤を使わないで水で洗うのよ」

致死性のあるトラップが米にあったらしい。

「ゴメンなさい、次から気をつけるわ。リュディヴィーヌさん、ご飯以外を食べて」

毬乃さんとはつみさんのやりとりを呆然とみていたリュディは、ビクリ、と反応する。

まるでFXで有り金全部溶かしたような表情をしていたリュディだったが、どうやら現実に引き戻されたらしい。

「え、ええ」

彼女は引きつった笑みを浮かべてスプーンを手に取る。

俺はそんな彼女から視線を外し、震える手を抑えながら料理? を口の中に入れる。

味は、苦みと酸味と辛みと苦痛のフルコースと言えば良いのだろうか。噛む度にプチプチとつぶれるイクラのような食感の何かが、気持ち悪くて仕方ない。しかもつぶれる度に苦みと酸味が口の中に広がる。生温かいのもまた気持ち悪さに一役買っている。

口に入れた瞬間にぶわっと苦みと酸味が広がるのに、それが飲み込んだ後も残るなんてどんだけしつこいんだ。

「ああぁぁぁっ……○×■#★〒‡▼※!」

隣から叫び声が聞こえる。リュディだ。

急にリュディは淑女にあるまじき奇声(体からわき上がる悲鳴かもしれない)をあげると、立ち上がって勢いよく部屋から出て行った。

はつみ姉さんは悲しそうに俯いた。それを見た毬乃さんは慌てて口を開く。

「あ、あらあら、リュディヴィーヌちゃんはどうしたのかしら、に、妊娠かしら?」

頭が沸騰したかのような毬乃さんのボケだが、ツッコミを入れる余裕はなかった。ただ悲しそうな姉さんの顔を見たくないと、必死で口の中に詰め込むだけだった。

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さて、俺はいつ部屋に戻ったのだろう。

気がつけば俺は自分の部屋、それも机の前にいる。机の上で開かれたノートには『色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき)』と書かれていた。一体俺は何の真理を見てしまったのだろうか、記憶が無いことが幸いなのか禍いなのかも分からない。

コンコン、と部屋がノックされる。毬乃さんや姉さんではない。彼女達は声をかけてくる。ならばあの二人のどちらかだろう。

俺はすぐにどうぞ、と声をかけた。

ゆっくりドアが開いて顔を出したのは、リュディだった。いつもはピンと立っているエルフ耳は垂れ下がり、顔はまだまだ青白い。先ほどのアレから回復しきってないのは明らかだ。

彼女は何も言わずに部屋に入ると、カーペットの上で正座する。そして重い口を開いた。

「……ねえ、生きるって何かしら?」

重症である。少し前の俺もこんな感じだったのかもしれない。

「……そりゃぁ、幸せになることさ」

「幸せって……何かしら?」

そういうと彼女のお腹から「くぅぅ」と可愛らしい音が鳴る。だけど彼女はほとんど反応を示さなかった。エロゲで見ていた彼女なら、顔を赤らめて「これは、違うわっ! 陰謀よっ!」なんて意味不明な言い訳をしていただろう。でも彼女はゆっくりお腹に手を添えるだけだった。

俺は何も言わずに彼女にカップラーメンを差し出した。コンビニで売っていたラーメンで一番高かった奴だ。

だが彼女は受け取っても動かない。どうやら作り方が分からないらしい。俺は彼女からカップラーメンを渡してもらうと、部屋に置いてあるケトルにミネラルウォーターを入れた。そして作り方を教えながらカップラーメンを作ると、出来たカップラーメンを彼女に渡した。

俺は彼女に割り箸を渡すと、彼女はゆっくりと食べ始めた。

瞳からほろり、ほろりと滴がこぼれる。

「ぅぅっ、おいしいよう、おいしいようぅ……」

彼女は号泣していた。気持ちは痛い程分かる。

ただその泣き顔に、俺は色々な意味で衝撃を受け、なおかつ動揺していた。

そもそも彼女はあまり泣く女性ではない。確かに泣きそうになることは多々あるし、すでにあのホテルで見ている。でもそれだけだ。ゲームでちゃんと泣いているところを見たのは、邪神教との戦いの大一番の時のみだ。それしか見たことがなかった。

しかし今、彼女は泣いている。

ゲームでは邪神教との決戦でしか見せなかった泣き顔を、まさかカップラーメンを食べている時に見るとは…………。