前回のあらすじ。

 足引っ張ることの無い程度に強くなりたいと本に注文を付けたら理解不能と断られました。

 な、なぜに理解できない?それこそ私には理解できない。

 そんなにおかしなことなのか!?理解できない程度にはおかしなことなのか!?

 な、泣きそう。

 ……とりあえずノーカンになったのはなったんだ。

 という事は、残りは4つ。

 うん……メイドはメイドらしくしぶとく生きる事に望みを費やすよ……。

 強くなりたいというのがノーカンなら、多分、それに準ずるスキルや補正もノーカン扱いで無効だろうなあ。

 ま、一応。

「私以外の異世界からきた人たちに掛かってるっぽい補正について詳しく説明して」

『あれは異界の者がこの世界へ渡る際、目的を持つ者にのみ、手段として与えられる。力を目的とする者には与えられず』

 ああ、成程、単に強くなりたい、じゃあ、駄目なんだ。何かがしたい、その為に強くなりたい、っていうことなら、強くなれるんだろう。

 ただし、それ、この世界に吹っ飛んできた時に決まったことらしい。

 つまり、現在変更不可。

 私、無補正のまま。

 ……弱っちいまんま、決定。

 しかし、この世界に吹っ飛んだ時の事なんてよく覚えてないんだよね。

 何を望んだかなんて、ちょっと分かんないです。

 私以外の皆さんには補正が掛かってるみたいだけども、皆さんの目的ってなんだったんだろうね。

 というか、私の目的は何だったんだ?そっちのが気になるぞ?

 多くの人が補正付きになってブイブイ言わせている現在、補正無しの足手纏いやってるって事は……私の目的は力、だったんだろうか?

 目的が力だから、その手段としては別のものが与えられてる、とか?

 ……うーん、確かに筋肉は欲しいんだけどさ、なんかさ、こう……しっくりこないんだよなぁ……。

 うーん、駄目だ。不毛だ。考えるだけ無駄だ。次行こう、次。

「もしこれからこの世界の住民に接触することになるとしたら、その時私達はどうふるまうべき?」

『汝は異界の者であることを伏せよ。女の召使いは盗まれることも多い。特に異界の者とあらば、狙う者は数多在るであろう。汝は姿形を変え、この世界に溶け込むべし』

 ほー。これで目下の心配事は無くなったかな。

 1Fに行った途端に住民とエンカウント、とかもあり得るからねえ。

 そうか、私は盗まれる可能性が……盗まれるの?え?

 あ、そっか、奴隷制度があるんだったっけね。

 異界の人は盗まれやすいのかあ……。

 ……この世界に吹っ飛ばされた時に1Fにいた女の子、大丈夫だろうか?

 心配してもしょうがないね。次行こう。

「現状私が作れる最強装備のつくり方を教えて」

『ろんぐぱにえ?とやらの如き布で衣を成し、刺繍をするなりして補強していけばよいのではないか?』

 あ、刺繍。成程。それは思いつかなかったなあ。

 よし、帰ったらやってみよう。

 さて。最後であります。

 最後の質問は決まってる。うん。なんならこれを最初にしてもよかったんだけど、さあ。

「ここから帰る方法を教えて」

 そうです、私、出口が分からなくなってたのです。

 このまんま解散しても帰れないと意味が無いからなあ。

 本は暫く沈黙したままで、それからやっと、文字を表した。

『我が帰そうと思えば帰れる』

「んじゃあ帰して」

『もう望みを叶える数は過ぎた』

 うおっ、これ、もしかして帰れない?やばいんじゃないですかね、これ。

「これは契約とかじゃなくて、単なるお願いだよ」

『ならぬ』

「なんでよ」

 つ、つれない。

 あれか、ギャルのパンティの恨みか?

『汝を返せば次に会話できるのがいつになるやら、分からぬ故』

 なんかちまっこい字で新しいページに書かれた文字列が、妙に可愛らしい。

 そっかー。話し相手がいなくなるのが寂しいのかー。

「もしかしてここに来れるのって、一回っきりなの?」

『次に汝がここに来たとしても、望みは叶えられぬ』

 なんかずれてるなあ、この本。

 もしかして、望みが叶えられないならここに来ない、って思ってるんだろうか。

 少し話しに来る位、してもいいんだけど。

「いや、お一人様N点限りの話じゃなくて、ここにはもう来られないの?」

『前例が無い。ここに二度来た者はいない』

 ああ、今までの人がそうだったのね。

 じゃあ帰したくなくなってもしょうがないのかな。

 でも私は帰らないといい加減皆さんが心配する頃だ。

「ならば、私がその前人未到の境地に辿り着いてみせましょう。ということで帰してよ」

『そう言って二度と来ないつもりであろうが』

 ……こいつ、何言っても聞かないな?

 くっそ、腹立ってきましたよ?なんなの?人の話聞いてないの?こいつ?

 しょうがない、じゃあ、存分に煽らせてもらおう。

「あれあれ、仮にも知的活動を行うものとして、知的好奇心が無いんですか?ここに二回来れるのかどうか、証明してみたくはないんですか?お前の知性が泣くぜ?」

『ぐぬぬ』

 知性、という言葉を強調しつつ煽ってみたら、予想以上にぷるぷるしだした。

 あ、本が、じゃなくて、文字が。文字がぷるぷるしてる。

 ちょっと可哀想になってきたので、もうちょっと揺すってみよう。

「知性があるからこそ、私たちは信頼というものを築けると思うんだよね。どうよ?」

『知性があるからこそ』

「知性があるからこそ」

 ダメ押しに知性知性繰り返してみた所、また本が沈黙した。

 そしてやっと、ページがめくれた時には、私の周りで謎発光が起こっていた。

 どうやら帰してくれるらしい。

『汝の知性に賭け、信用してみることにした。必ずやまた来るのだぞ』

 めくれたページの端っこに、ちまっこい文字で書かれた返事は、なんとも可愛らしかった。

「うん。どうもね。また来るからね」

 手を振った所で、意識が遠のく。

 いつもの『共有』から離脱する感じが、もっと長く伸びた感じだ。

「おい、おい!舞戸!返事しろ!」

「うんとかすんとか言え!」

 ……意識が戻ったら、本の中から帰っていた模様。そして騒がしい。

「すん」

 皆さんのご希望に沿って返事してみたら、何とも言えない顔をされた。

 安心半分、呆れ四分の一、怒り四分の一、ぐらいの比率の。

「何故よりによってそっちの返事を選ぶ。というか、さっきのは言葉の綾だ」

 冗談の通じない奴らだなー。

 よっこらしょ、と上体を起こすと、なんか皆さんに囲まれてた。

 あれ、デジャヴ。あ、ヘビに溶かされたときもこうだったね。

「覚えてる?お前、急に倒れたんだけど?」

 そういえば、私、横になってるね。立って本に頭突きしたのにね。

「本引っぺがそうとしても全然はがれてくれないし、ホント心配したー」

 引っぺがそうとしてた、という言葉通り、針生は本を抱えた状態でひっくり返っていた。

 あれだ。多分、本を引っぺがそうとしてたらいきなり剥がれたんで、勢い余って転んだんだろう。

 そいつぁー申し訳なかった。

「急に本が離れたからもしかして、って思ったけど……無事みたいで良かったよ」

 針生から本を受け取って、ページを捲ってみる。

「え、なんで文字が」

 そこには文字が、普通に読める文字があった。

 読んでみたら、私が本に尋ねた事がまとめてあるようだった。

 ふむ、これは記憶力の残念な私の為に本がまとめておいてくれた、ってことだろうか?

 いやー、助かりますわー。

 特にお金の云々のあたり、凄く便利です。

 これは今後役立ちそうだなあ。

 本の回し読みを皆さんがしている間、私は刺繍に勤しみます。

 とりあえずエプロンに目立たない色の糸で刺繍してみることにしてみた。

 案の定というか、『刺繍』というスキルが増えた。うん。ホントに案の定。

 これもスキル様様で、ありえない速度で針を動かして刺繍することが可能。

 そして、やっぱりというか……この『刺繍』も、実験してみたいことが山のようにあるスキルのようです。

 うん、そんな気はしてた。

 皆さん、本を読み終わった様子。

「色々曖昧な事もあるが、とりあえず俺達がやらなきゃいけないことが分かったな。俺達は『世界の欠片』を集めて、元々の形に戻さなきゃいけない。ところで、世界の欠片、って、なんだ?」

「知らん」

 ……ほんと、それ聞けば良かったね。

 うっかりしてたよ。