「うわああああああああああっ!?」

クルシェの悲鳴がダンジョン内に反響する。

「う~あ~」

「あうああ~」

一方、悍ましい呻き声を上げながら、ふらふらと徘徊している者たちがいた。

青白い顔にボロボロの衣服、所々剥がれ落ちた皮膚。

眼窩から目玉が垂れ下がっている奴や、血だらけの奴もいる。

ゾンビ。

すなわちアンデッドモンスターだ。

「おい、クルシェ。そんな大声で叫んだらどんどん集まって来るぞ」

「~~~っ」

クルシェは慌てて両手で自分の口を塞ぐ。

あまり耳が良くないのが、五十メートルくらい向こうにいるゾンビたちは、こっちに気づいた様子はない。

クルシェと正式にユニットを組んで、しばらくが経った。

俺たちは今、灼熱の火山フロアを超えて、第六層に挑戦している。

この第六層は墓場フロアなどと呼ばれており、ゾンビやスケルトン、ミイラ男といった魔物が出現するという。

その目的はレベル6の課題、高位のアンデッドモンスターがドロップするらしい【怨念石】の入手だ。

「もしかしてクルシェもこの階層に来たのは初めてなのか?」

クルシェは頭を抱えて蹲ったまま、弱々しく首を縦に振った。

「……ま、前に一度だけ来たことがあるけど……断念して逃げ帰った……」

声が震えている。

クルシェはアンデッドモンスターが苦手なようだ。

「だ、大丈夫か?…」

クルシェは蒼い顔のまま、ぶんぶんぶんと頭を左右に振った。

「だだだ大丈夫っ! 今回は一人じゃないし! へ、へーきへーきっ!」

強がっているのが丸分かりだが、本人がそう言っているし、このまま探索を続けよう。

「こここ、こうすれば、へっちゃらだいっ」

恐怖で何だかおかしな言葉使いになってはいるが、クルシェは拳にぐるぐると布を巻き付けていた。

確かに、さすがに素手でゾンビを殴るのは俺でも嫌だな。

手始めにと、俺たちは先ほどのゾンビの群れへと近付いていく。

ちょうど三体だったので一人一体ずつ相手にすることにした。

「あ~あ~」

俺の斬撃がゾンビの右腕を斬り飛ばす。

だがまるで痛みを感じないゾンビは、何事も無かったかのように躍り掛かってくる。

その腹部に刺突を見舞うと、刃が向こう側へと抜けた。

「う~あ~う~」

深く腹に刃が食い込んでいくにもかかわらず、ゾンビ口を開けて首を伸ばし、俺に噛みつこうとしてくる。

……怖っ。

「この耐久力の高さは厄介だな」

『剣にとっても嫌な相手じゃ……』

俺はゾンビの腹を蹴って無理やり刃を抜くと、地面に引っくり返った奴の頭にぐっさりと突き立てた。

するとさすがに絶命した(?)らしく、ようやく灰となってくれた。

ゾンビは腕や足を斬ってもダメだな。

頭を破壊したり、首を斬り落としたりすれば比較的簡単に倒せるようだ。

「うあ~~~」

「燃えなさい」

アリアは紅姫から炎塊を放つ。

直撃を喰らい、全身が炎に包まれたゾンビはやはり平然と彼女に襲いかかろうとしたが、数歩進んだところでその場に崩れ落ちた。

どうやらゾンビは火に弱いらしい。

「なななっ、なんでまだ立ち上がって来るんだよぉっ!?」

一方、心配なのはやはりクルシェだ。

クルシェに殴られて吹き飛ばされるゾンビだが、すぐにまた起き上ってくる。

彼の怪力による拳を何度も喰らったのだろう、ゾンビの顔は見るも無残に凹んでいるものの、動きはまったく変わらない。

……逆に打撃は相性が悪そうだな。

俺は彼に加勢することにした。

背後からゾンビの首を狙って一閃。

頭部が宙を舞って、クルシェの足元に落ちる。

だがそれでもゾンビの生首はまだ動いていた。

口を大きく開け、クルシェに噛みつこうパクパクさせている。

泣き別れた身体の方もフラフラとその場を彷徨っていたが、小石に躓いて転倒。

その後も手足をバタバタさせていた。

「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」

クルシェの口から大絶叫が轟いた。

「目が合った! 今、目が合ったぁぁぁっ!?」

いきなり踵を返したかと思うと、猛ダッシュで逃げ出すクルシェ。

「っ! クルシェ、ダメだ! そっちは……っ!」

俺は慌てて叫ぶ。

だが俺の注意も虚しく、クルシェは〝それ〟を踏んでしまう。

彼の足元に浮かび上がったのは、魔法陣。

マズイ、あれは恐らく転移トラップだ。

転移トラップは、その名の通り転移の魔法によって、強制的にどこか別の場所へと飛ばされてしまうという厄介な代物だった。

さすがに今のクルシェを一人にさせるわけにはいかない。

「クルシェ!」

「……ルーカスくん……っ!?」

俺は寸でのところで彼の腕を掴んでいた。

直後、魔法が発動してしまう。

「ルーカス! クルシ――」

アリアの叫び声が途切れ、俺とクルシェは一瞬にして別の場所へと移動していた。

気が付くと俺は暗闇の中にいた。

しかも息ができない。

何かが俺の顔に押し当てられているせいだ。

転移トラップによってクルシェと一緒に飛ばされてきたはずだが……。

それにしてもなんだろうか、俺の顔を包み込んでいるこの心地よい感触は?

柔らかくて、それでいて弾力があって。

まったく呼吸ができないというのに、至福と言ってもいいかもしれない。

このままずっとこれを味わっていたいとさえ思える。

……ただし、確実に窒息するが。

「うわっ!?」

いきなり上から慌てた声が振ってきて、その感触が遠ざかっていく。

ようやく空気を吸い込むことができ、視界も戻ってくる。

そこにあったのはお尻だった。

クルシェのお尻だ。

どうやら俺の顔に押し付けられていたのは、彼の臀部だったらしい。

恐らく転移の際に微妙に位置関係がズれてしまったのだろう。

「ごごご、ごめんっ! 踏んじゃって!」

「むしろありがとう」

「えっ?」

「……いや何でもない」

思わず礼を言ってしまった。

それほど素晴らしいお尻だった……ただしクルシェは野郎だ。

「……ごほん。……そ、それよりここはどこだ?」