『申し訳ありません……。わたくしの力が及ばず……聖女様を説得することができませんでした……』

『いや、謝る必要はないって。とりあえず無事でよかったよ』

俺は念話を通じて、セレスが神殿に赴いてからの起こった一部始終を聞かされていた。

どうやら聖女エリエスの説得に失敗し、それどころか、邪神に洗脳されているとの審判を下されてしまったらしい。

現在は神殿内部に幽閉されているとか。

『そ、そうです! ルーカス様、今すぐ逃げてください……っ! 恐らくもうすぐ貴方様を捕えるため、聖騎士たちが屋敷にやってくるはずです!』

セレスが悲愴な声で訴えてくる。

俺は何を言ってるんだ、と嘆息した。

『馬鹿を言うな。セレスを置いて逃げれるわけがないだろ』

このままでは、彼女は異端者に与した罪で処刑されてしまうかもしれないのだ。

『すぐにそっちに行く』

『なっ……! し、神殿は常時、百名を越える聖騎士たちに守護されているんですよっ? わたくし以外の神具の使い手だっていますし、侵入は不可能です! 下手をすれば、ルーカス様まで捕えられてっ……』

『そうなったらそうなったときだ。お前を犠牲にして生き永らえるくらいだったら、捕まって処刑される方が遥かにマシだ』

責任を取ると誓った相手を見捨てて逃げるなんて、そんな情けない生き方をするなら死んだ方がいい。

俺のようなおっさんにだって矜持というものがあるのだ。

まぁそうは言っても、できれば捕まりたくはないが。

『ルーカス様……』

いったん念話でのやり取りを区切り、俺はアリアたちへと告げた。

「俺はこれからセレスを助けに神殿に突入する。けど――」

「わたしも行くわ」

「ぼくも!」

「もちろん私もそのつもりだ」

言い終わる前に口々に宣言されてしまう。

その瞳を見ただけで、もはや何を言ったところで無駄であることを俺は悟った。

「……仕方ないな」

もはやこうなったら神殿と全面戦争だ。

といっても、別に神殿を占拠する気などないし、セレスを救出したらとっとと逃げるつもりだが。

『いっそ聖女を快楽で籠絡し、手駒にするというのはどうじゃ! そうしたら神殿ごとお主のもの! しかも女子ばかりの構成員で一気に巨大ハーレムの完成じゃぞ!』

ウェヌスの酷い提案は例のごとく無視。

『これ! せめて一考くらいせんか!』

そのとき屋敷の呼び鈴が鳴り響く。

すぐに怒鳴るような声とともに、重々しい足音が聞こえてきた。

使用人の悲鳴が上がる。

俺たちが廊下に出ると、屋敷の玄関に武装した一団があった。

全員が女性で、セレスたちと同じ白銀の鎧に身を包んでいる。

彼女たちもまた神殿に属する聖騎士なのだろう。

その中の一人が俺たちに気づいて、こちらに近づいてきた。

「あんたがルーカスかい? あたいは聖騎士団第三騎士隊隊長、ジーナ=ジルガレット。これからあんたたちには神殿まで同行してもらうよ」

彼女の背後では、十人近い聖騎士たちがいつでも行動に移せるよう、すでに臨戦態勢に入っていた。

力づくでも連れていく腹積もりらしい。

「ああ。いいぞ。ただし自分たちで行くから、あんたたちの案内は不要だ」

俺たちの言葉に戦意を読み取ったのか、ジーナは鼻を鳴らした。

「はっ、邪神の剣だか知らないけど、あたいの神具はこの槍。狙った獲物は絶対に逃さない、〈必中〉の能力を持っ――」

「じゃあな」

「――っ!?」

ゼルディアが言い終わる前に、俺たちはクルシェが展開させた足元の影へと潜り込んだ。

「消えた!?」

「一体どこに!?」

「とっとと探すんだよ、あんたたち! まだ近くにいるはずさ!」

外から驚愕の声が聞こえてくる。

『相変わらず便利な能力だな。……真っ暗でどっちに行けばいいかまったく分からないが』

『こっちだよ』

俺の手をクルシェが引いてくれる。

影の中で方向感覚を失わずにいれるのは彼女だけだ。

しかしお陰であの狭い屋敷の玄関での戦闘を避けることができた。

このままずっと影の中を進んでいけば、誰にも見つからずに神殿まで辿り着くことが可能なのだが……さすがにそう上手くはいかない。

『こっから先、影が途切れちゃってるみたい』

移動できるのは影の中だけ。

すなわち影が続いているところしか、進んでいくことができないのだ。

一応、影そのものを生み出すことも可能らしいが、消耗が激しく、また短時間しか維持できないらしい。

「うん、大丈夫そう」

クルシェが影から地上へと顔を出し、外の様子を確認してくれた。

外に出ると、そこは人気のない路地裏だった。

そこからは地上を走った。

何事かと振り返る通行人を置き去りにしながら、俺たちは都市のほぼ中心にある大神殿へと急いだ。

「見て。今日は入り口が閉まっているわ」

アリアが言う通り、前回来たときは開かれていた神殿への門が、今は硬く閉じられていた。

門の前には礼拝のために訪れた大勢の人々が屯していて、どうやら急遽、入殿が制限されてしまったらしい。

……まぁ俺たちのせいだろう。

聖騎士団の隊長が、突如として異端の道に進んでしまったのだ。

神殿内部は大騒ぎで、参拝の対応をする余裕などなく、今日は一般の信徒たちの入場を取りやめたのだろう。

「どうする?」

「飛び越えるぞ。――リューナ、いけるか?」

「問題ない」

リューナが〝天穹〟を顕現させると、それを横向きに倒す形で構えた。

「捕まってほしい」

言われた通り、俺たちはそれぞれ三日月型の弓を掴んだ。

直後、凄まじい上昇気流が発生し、俺たちの身体を空中へと押し上げてくれた。

「すごい! ほんとに飛んでるよ!」

クルシェが感嘆の声を上げた。

そう言えば、あのオークの森で空を飛んだのは俺とリューナだけだったっけ。

「な、何だあれは……?」

「鳥か……っ?」

「いや、人間だぞ!?」

足元から驚嘆する声が聞こえてくる。

まるで翼を広げた鳥のような弓に支えられて、俺たちは門を一気に飛び越えた。

そして神殿の敷地内に着地すると、

「あっ、クウを置いてきちゃった」