Manowa

Episode 524: Break the Door

「うわッはははははははははは!!」

ジンライが猛り笑う。

同時に凄まじい破壊音が発生し、瓦礫が吹き飛び、砂埃が舞う。

「グォォオオオオオオオンッ!!」

その様子に風音に預けられて共にいる狂い鬼が両手をあげて絶叫する。目の前で起きている破壊の威力に狂い鬼も大興奮しているようだった。

「ナー!」

そして壁をつたってジンライの元へとやってきたシップーが風の障壁で周囲を護っていて、飛んできた瓦礫を防いでいる。ユッコネエは「にゃーにゃー」と頷きながらシップーの様子を見守っていた。

「ふむ。なかなか硬いようだな」

雷神砲(レールガン)で五発撃ったジンライが、目の前の壁がまだ崩れていないのを見て呟いた。とはいえ負荷により本来物理的な攻撃をすべて防ぐはずの魔法障壁はすでに崩壊している。

そしてジンライが撃ったのは、サイズを縮小した上で球ではなく杭状にしレールとの接触面積を増やした弾丸だ。鉄などではプラズマ化して弾丸そのものが消滅しかねないが、そこは強度の高いアダマンチウム製である。こうして消滅することなく発射できている。

「まあ、次で終いだが」

そう言ってジンライが続けて三発撃ち放つと、目の前の壁は見事に破壊されたのである。

「はっはーーー、どうだ。これで中に入れるだろう?」

「ウガァアアアアア!」

「にゃーーー!」

「なーーー!!」

笑いながら義手を元に戻すジンライに、狂い鬼とユッコネエ、シップーがそれぞれ笑う。

「いったいなんだ、あれは?」

「ミンシアナの護衛だった男だぞ? なんでそいつが攻撃してくるんだ?」

「くそっ、ミンシアナが我らに戦いを仕掛けてきたのか?」

崩れ落ちる壁の前で兵たちがようやくの凶撃の終わりに、身体を強ばらせながら立ち上がる。

先にジンライに向かった兵たちはすでにそこらに無残に転がっていた。そして、一歩退いた兵たちの前でジンライは雷神砲(レールガン)を撃ち放っていたのだ。その間、彼らは一歩も動かなかった。いや、動けなかった。

あまりにもそれは恐ろしすぎたのだ。どれほどの威力があったのか。物理攻撃では破壊不可能なはずの障壁が力任せに完全破壊された。どれだけの勇気を持っていようと、何の意味もなく挽き肉にされる選択を選びたいと思う者はいないのだ。

「隊列を整えろッ!」

「ベネット様!?」

唐突に響いた声に兵たちが視線を向ける。非常用なのだろう隠し階段からベネットと、四本足の赤い獣型ゴーレムが五体歩いてくる。

「ほお?」

ジンライの目が細まった。

ベネットの周囲にいるゴーレムを見て、それを強敵だと判断したのだ。ヒヒイロカネ製の高速戦闘用ゴーレムジャガーである。そして、崩れた壁の中からは半人半馬のゴーレム兵が出てきた。

「タツヨシくんケイローン、ここにいたのか」

ジンライの視線がケイローンに向けられる。その姿は以前に見たものよりも多少ゴテゴテしていた。装甲が追加され、大盾とランスを握っていたのだ。

「ジンライ・バーンズ。何故にお前がここにいるのかは聞かない」

そう言ってベネットは、未だ健在な兵たちに視線を向ける。

「すでに一階も襲撃を受けている。連中は魔王の手先だ。もはやミンシアナ王国の客人などではない」

その言葉に兵たちに緊張が走る。

「まさか、ミンシアナが魔王の手に落ちていたとはな。なるほど、ダンガーを抑えつけた黒鬼か。まさしく魔王の従僕には相応しい姿よ」

「グォォオオオッ!!」

狂い鬼が褒められたと考え、高笑いをしている。それにユッコネエが対抗心で「にゃーにゃー」と鳴いていた。

「ここで貴様等を止めてみせる。クーロ、手伝え」

「あ、僕は無理です」

すでに壁が崩れ落ちた封印の間の中から、クーロの拒絶の声が響いた。

「なんだと?」

予想外の言葉にベネットがクーロを睨みつけるが、クーロは涼しい顔でベネットに言う。

「兄さんからは許可を取っています。僕は二人の治療を行っていますので、ここを護るだけで精一杯です」

瓦礫などをアダマンチウムの折り紙の壁で防いでいたクーロはそう答える。ベネットが怒りの眼差しをクーロに向ける。

「貴様、裏切るのか?」

「いいえ。僕は役割を果たすだけ。ジンライさん、どうであれ、僕はこちらの二人をお守りします。それをお忘れなく」

「ほお?」

ジンライが目を細めてクーロを見る。嘘を言っている様子はない。ジンライとしても中立でいるようならば特に問題はなかった。

「クーロくん……」

そしてクーロの後ろではユズが気遣わしげな表情で、自分の弟を見ている。

「姉さん大丈夫だから」

クーロは姉に笑顔を向ける。

「まったく、なんか変な空気だけどジンライさん、こっちはいいからやっちゃって」

「ナイラか。その腕はどうした?」

ユズと共にいたナイラに視線を向けてジンライは尋ねる。ナイラの右腕は手首より先がないようだった。

「あーちょっと喰われちゃって。あはははは」

ナイラが力なく笑う。実のところナイラの右腕は地下迷宮にいる間に魔物に喰われ、長い間放置されていたために再生魔術も効かない状態となっていた。

冒険者においてはそうした事態も決して珍しいワケではない。ナイラとて覚悟がないわけではなかったのだろうが、やはり失ったものを考えて気落ちはしているようだった。

ジンライはそのナイラを見ながら、大きく息を吸い、吐いた。慰めはしない。例え状況はどうあれ、彼女は冒険者だ。それを受け入れるだけの心を持っているとジンライは考える。しかし、その身に宿った憤りを隠す気もない。

「待っておれ、すぐに解放する」

そう言ってジンライは槍を構えた。

(こいつは……化け物か?)

ベネットの額に冷たい汗が流れ落ちる。彼女らの心を揺るがすほどの気迫が放たれたのだ。そしてジンライは狂い鬼、ユッコネエ、シップーと共に一斉に駆け出した。

*********

「あーあ、ユズさんもボロボロ、その上ナイラさんは手までなくしちゃったか」

通路をカツンカツンと定期的な音が鳴り響く。

「はぁ……」

風音はため息をつきながら、通路を歩いていく。

(モンドリーさんも、オルトヴァさんも、オーリさんも、バックスさんも、アグイさんも……)

風音の脳裏にはここまでのことが思い浮かぶ。自分が上手くやっていれば防げたかも知れない、傷付けられた人たちだ。

(マッスルクレイにケチを付けたり、ケイローン奪ったり、ミンシアナにも色々と嫌がらせしてくれたみたいだしね)

風音の意志により瞬時にロクテンくんが魔法陣から呼び出された。『空間拡張』が『真・空間拡張』に変化したことで大型格納スペースからの取り出し速度も上昇しているのだ。ロクテンくんのサイズであれば、すでに普通の召喚のように呼び出せるようになっていた。

「そんじゃあ、全部まとめて利子付けて払ってもらおうよ!」

そして、教祖の間の扉が勢いよく破壊された。

ひしゃげた金属製の扉が教祖の間の床に叩きつけられ、鈍い金属音がその場に響き渡る。

「ほぉ……」

そこには教祖の座に座ったワルギレオが余裕の表情で待っていた。

そして、扉から入ってきたのは黄金色をした六本腕の巨人だった。背には巨大な黄金の翼を羽ばたかせ、炎を背に、また纏っている紅蓮のマントからも炎があがっていた。それぞれの腕には巨大な刀を携え、足には神聖物質(ホーリークレイ)と黒岩竜の角でできた爪が伸びている。

そして放たれる威圧(プレッシャー)は確かにその姿に見合ったもの。また、怒りの波動がにじみ出て周囲が歪んで見えているほどであった。

しかし、その姿を見てもワルギレオは動じなかった。むしろ、その顔は興奮して笑みが自然と浮かび、瞳には獰猛な光が宿っていた。

「なるほど、来たか魔王アスラ・カザネリアン」

黄金の巨人が教祖の間の中程まで来ると、ワルギレオはそう呟いた。そして言葉を続ける。

「いや、違うな」

巨人の動きが止まった。

「カザネ・ユイハマ、それが貴様の正体だッ!」

『なん……だって?』

沈黙を守っていた巨人から声が漏れた。

中にいる魔王アスラ・カザネリアンこと風音に衝撃が走ったのである。それは完全なる不意打ちに近い言葉だった。

ワルギレオは、魔王アスラ・カザネリアンが風音だとすでに見抜いていた。その恐るべき洞察力に風音は目の前の男の驚異度を二段階引き上げた。