Manowa
Episode 725: Let's Hand It To Everybody
◎王都コーダ 迎賓館
部屋の中でタツオが、くわーっとご満悦な鳴き声を上げながら飛んでいる。プラチナファーマフラーと、その下から伸びるように出ている不滅のスカーフを揺らしながら、風音の周囲を旋回し続けていた。
『母上ーーー良いでーーす』
そのプラチナファーマフラーはタツオにとってひどくお気に入りになったようだった。
「うんうん、似合ってるよタツオ」
それを見ている風音も満足そうな顔である。
ルイーズと別れた風音はそのまま迎賓館へ戻ってきていた。そして、仲間にプラチナファーマフラーとケープを配り、その場で全員が試着し始めていた。
「しかし、タツオもこんな狭い部屋の中を自由自在に飛べるようになったんだ。子供の成長ってのは本当に早いモンなんだね」
風音はタツオの成長っぷりにも感心しているようだったが、その横では別の人物が感激のあまり声を震わせていた。
「風音、これ。これは!?」
それは弓花であった。
その弓花の手には全員に渡されたケープとは違い、やたら大柄なプラチナのコートがあったのである。
「それはプラチナオーヴァーコートだよ。お揃いも欲しいと思ってケープも用意してあるけどね」
そのコートは、ルイーズのプラチナコートと同じように別で頼んでいたものであった。鎧姿の弓花に合わせて大きく、頑丈に作成してある。
「弓花の神狼の鎧の上からでも着られるようにって、大柄に造ってもらったんだ。ちょいと重いかもしれないけど、今の弓花の力なら問題なく扱えると思うよ」
「な、なるほど。ちょっと着てみる」
興奮した顔の弓花が隣の部屋にカッ飛んでいった。どうやら部屋着から神狼の鎧に着替えて着てみるつもりのようである。
その後ろ姿を見送った後、風音はその場にいる全員へと紅蝶のアミュレットを手渡していく。
「そんで、このアミュレットは精神攻撃の耐性を強化してくれてるものだよ。肌身離さず持っていれば効果があるから、必ず身に付けておいてね」
その風音の言葉を聞きながら、それぞれが受け取って、そのまま首に下げたり、ワッペン代わりに不滅のマントに付けたりしていった。その紅蝶のアミュレットを見ながら直樹が呟く。
「うーん。そういえば、上位の人はみんなこれ持ってたな」
直樹は、ゼクシアハーツ時代に高レベルの、いわゆるランカーと呼ばれるようなプレイヤーたちがその赤いアミュレットを身に付けていたのを思い出していた。
当時の直樹はフーネたんであり、いわゆるオタサーの姫的な立場であった。直樹も別にホモでもよいしょされたいわけでもなかったのだが、姉の姿で男とバレるのはマズいと感じ、周囲とも摩擦を起こさないように八方美人を貫いていた。
結果、ファンクラブが出来、勝手に色々なアイテムをご奉仕してくれる相手も少なくはなかったのだが、そんな直樹でも紅蝶のアミュレットをもらったことはなかった。
「ふむ。よく分からんがカザネが言うのであれば効果はあるのだろうな。少々、洒落過ぎてワシには合わんが」
ジンライもそれを受け取って首に下げた。
「お爺さまは……」
『さすがに余には無理であろうな』
ティアラの視線を受けて、メフィルスがそう告げた。今は普通の人間の姿だが、召喚体であるメフィルスは戦闘中に様々な形態へと変わるため、常に使用する魔導兵装のフレイムドリルランス以外は装備ができない。首に下げるものを装備するのも難しかった。
「お爺ちゃんの紅蝶のアミュレットは、後でフレイムドリルランスに付けとけばいいよ。召喚体はアストラル体と同じだし、精神攻撃は厄介だからね。対策はしっかりしておかないと」
そう風音が口にする。それには「なるほど」とティアラとメフィルスの双方が頷いた。
召喚体とは基本的に精神を形にしたような存在であるため、常時召喚される召喚体は操られやすいという弱点があるのだ。今後ダンジョンを攻略し続けるためにも、メフィルスにも対策をしておいてもらわねば危険であった。
「けど、実際に効果があるかが分かんねえな」
「強い魔力は感じるんだけどね」
そうライルとエミリィが口にする。
紅蝶のアミュレットは基本的には受け身の装備なので、実際に精神攻撃を喰らってみないと効果は分からないのだ。そして言い合っていたふたりの前に、風音がトテトテと歩いていって「ホイッ」と知恵の実を出して見せた。
「お、美味そう……だけど、あれ?」
ライルが思わず舌なめずりをして、直樹がビキビキっとなったが、それからライルはどうしたものかと首を傾げた。
「確かに美味そうで……そのリンゴっぽいのを食べたい気もするんだけど。前みたいな、見ずに入られないって感じはないな」
「あれ、本当だ?」
エミリィも首を傾げながら、知恵の実を見る。
風音のスキルのひとつである『知恵の実』は周囲にいるすべての相手のターゲットを実に切り替えさせる効果があるのだが、それが今のライルとエミリィには利いていないようだった。しかし、そうではないものもこの場にはいた。
「ぐっ、うぉぉおおおおお」
そして部屋の中を獣のうなり声が木霊し、チンチクリン2号が飛んだのである。
「悪霊退散!」
対してもう一体のチンチクリンが、紅蝶のアミュレットを飛んできたチンチクリンに「ていやっ」と言って掲げると、襲いかかったチンチクリンは知恵の実を手に取った途端に固まったのである。
「あれ? 私は何を?」
正気に戻ったレームが、紅蝶のアミュレットを手前に出している風音の前で不思議そうな顔をしていた。
「はい。レームも忘れないように付けててね。これはオマケ」
風音がレームの首に紅蝶のアミュレットをかけて、それから知恵の実も手渡した。
「お、サンキュー」
『私にも下さいレーム』
それからレームと、レームの頭の上に下りたタツオが仲良く分け合って、知恵の実を食べ始めた。魅惑の効果がなくとも知恵の実は美味しいのである。
なお、アミュレットを身に付けていなかったメフィルスがそれを見ながら必死に誘惑に耐えていた。
元王様が子供から奪い取るわけにもいかない……と、おのれの矜持をかけて、メフィルスは踏ん張っていたのだ。
「と……まあ、このように精神攻撃に効果があるのは分かったでしょう」
「なるほど。よく分かった」
息絶え絶えに倒れているメフィルスを見ながらのジンライの言葉に、他のメンバーも頷いた。
「これで知恵の実を使ったストーンタイタン探しもできるね」
風音がそう口にする。
金翅鳥(こんじちょう)神殿に出現する魔物ストーンタイタンは石像に偽装している。知恵の実を使えば相手の注意を強制的に引きつけられるため、その偽装を解除もできるのだが、知恵の実は強力過ぎて同時に仲間たちも引っかかってしまう。そのため、知恵の実を使う作戦を行うには、予め仲間たちにも知恵の実を食べさせて無効化させなければならなかったのである。
それが紅蝶のアミュレットがあれば、仲間のことは気にせずに知恵の実を使うことができるようになる。ダンジョン攻略がより一層捗るはずだった。
なお、極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー)は呪術師専用で誰も使用できないため、そのまま倉庫の肥やしか、オークションでの交換に使う予定であった。
「なるほどなぁ。確かに効果はあるみたいだけど……それで姉貴、明日の商人と会う予定の方はどうなってんだ?」
「レインボーハートとの交換品ですわよね。このアミュレットとの交換……というのなら、どうでしょう?」
アミュレットには予備があるのだ。
だが風音としては、極力これを表には出したくはなかった。ゼクシアハーツ基準で見た場合、このアミュレットは上級素材を使った強力な装備よりも遙かに価値があるものなのだ。
防御型なので効果が見え辛いが、これを身に付けることで精神攻撃のほとんどを気にせずに済むようになる。それは上位の戦闘になればなるほどに、実感されるものなのである。
とはいえ、レインボーハートが手には入らないのも風音としてはあまりよろしくはない。物欲は無限大であった。
「うーん。一応、それも想定のひとつには入れてあるけど。まあ、ルイーズさんの調べてくれた情報でどうにかなるかもしれないし、その情報を元にまずは対策を考えるよ」
その風音の言葉に「対策?」とティアラが首を傾げるが、次の瞬間には隣の部屋のドアが開き、すごいものが姿を現した。
「どう、風音? いい感じ?」
部屋へと入ってきた弓花を全員が驚きの顔で見た。それに対して、鎧がガチャコンと動いて弓花の顔に犬の仮面を被せられた。どうやら恥ずかしかったようである。
「う、うん。すごく似合ってるよ」
「あ、ああ。スゲエ……格好良いぜ」
風音と直樹が頷き、他のメンバーも同意の頷きを返す。ジンライとタツオ、ライルは目を輝かせて見ているが、他のメンツは何とも言えない顔をしていた。しかし、浮かれている弓花にその空気の変化が分からなかった。
プラチナオーヴァーコート。それは、鎧の上からでも着込めるように大きな造りとなっているコートであった。
それを着込んだ弓花の、さらに仮面を被った姿は、まさしく銀狼将軍とかそんな風に呼ばれそうな感じで威厳に満ち溢れていた。
元より華奢であった弓花の姿が、大柄のコートに隠されたことで威圧感を増し、思わず平伏してしまいそうなくらいに異様な迫力を醸し出していたのだ。
それは確かにカッコ良いかもしれないが、恐らく弓花の望んでいるものからは光速で遠ざかっていた。
すごく大物っぽい雰囲気だったのである。