Manowa

Episode 749: Let's look back calmly

「う、うわぁああああ」

「バカやろう。その方はッ!?」

屋敷の入り口に立っている金髪の弓花に、ボルネオファミリーのひとりが勢いよく飛び出していった。

それは血気盛んな行動だといえば聞こえは良いかもしれないが、それは目の前の存在に対する恐怖に耐えきれなくなって、ただ暴走しただけであった。

それには周囲の誰しもが顔を青ざめて止めようとしたのだが間に合わず、そのアウターは金髪弓花へと拳を振り上げながら飛んだ。

一方で金髪弓花はそれに対してはまったく動く素振りも見せない。そして悲鳴が響き渡る。

「ギャンッ!?」

それは男の悲鳴だった。殴りかかった男の拳は金髪弓花の身体に届くよりも先に発せられていた雷に接触し、その場で男は悲鳴を上げて崩れ落ちたのである。

背負った槍を構えるまでもなく、まるで姿勢も変えず、まったく何でもないことのように自分たちの仲間が倒された。

「これが……ムータンの崇める、暴力の化身の……血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク)」

誰かがそう呟き、唾を飲む音がいくつも聞こえた。

そこに自分たちでは越えられない壁があると彼らは実感した。

目の前の血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク)が真に自分たちを害そうと考えたならば、まず間違いなく皆殺しであると。

そう思わせるほどの威圧を放ちながら、金髪弓花は周囲を見回しつつ口を開いた。

『ムータンがそちらのファミリーを乗っ取ってしまったことは申し訳なく思います』

そう言った後に弓花は両手で掴んだ男たちを前へと突き出した。

『そちらには金輪際近寄らせないように徹底するので、今回はこのふたりの制裁をもって手を打ってください』

そのズタボロになっている男たちはパーティ『ドドリアン』のリーダーであるメーデスと『 熊殺し団』のリーダーであるジーゴであった。

ふたりの姿を見て、アウターたちが再びざわめいた。

両組織がひとつとなったことで、ここ数週間でムータンとボルネオファミリーの繋がりはかなり密接なものとなっていた。

だからこそ彼らはメーデスとジーゴの実力を知っているし、それが目の前でぼろ切れのようになっている状況を見れば、彼らとしても驚かずにはいられなかった。

それから金髪弓花は再び周囲を見回すと、

『特には何もないようですね。それでは』

誰も動かぬのを異論なしと見て、踵を返して去ろうとしたのである。

「ま、待ってくれ」

しかし、立ち去る金髪弓花の背を見て、ジジルは己の硬直を解くと大きく声を上げた。その声を聞いた弓花は足を止め、それからゆっくりと後ろを振り向いてジジルを見ると『ふぅ』とため息をついた。

『私は手を打ってと言ったのだけれど? 聞いてませんでしたか?』

その言葉と同時に金髪弓花の足下の石床にビシリとひびが入る。それは発生した強大な威圧により、場の床の石が耐えきれなくなって崩れたために起きた現象だった。

「う……あ」

金髪弓花の視線を受けたジジルが思わずうめいた。

それからジジルは強ばった顔をしながらも、自分へと視線を向けている金髪弓花を見返した。今の弓花は全身に雷を纏い、髪を金色にして逆立てており、その口元には牙があった。

そして、そんな弓花に対して、ジジルは冷や汗をかきながら一歩前へと進む。発せられる凶悪な圧力は本来であればジジル程度では近付くこともかなわぬのだが、今のジジルはその恐怖を押し殺してでも進まざるを得ない事情があったのだ。

「すまないが話を聞いてほしい。決して……決してアンタの名を借りて悪さをしようってわけではないんだ。事情があるんだ。この通りだ」

そう言ってジジルは、金髪弓花の前で膝を突いて手を合わせ、頭を地面に叩きつけるように下げたのだ。

それは東方の国の最高位の感謝と謝罪の所作『DOGEZA』であった。ジジルは風音や弓花がジャパネス出身であるという話を聞き、こういう日が来る可能性を考えて、事前にDOGEZAをマスターしていたのである。そして、それは金髪弓花に対して絶大なる効果があった。

『な、ちょいワル美形が私に跪いて……』

金髪弓花が微妙に顔を綻ばせ始めていたのである。

周囲の誰もが理解できてはいなかったが、ジジルの顔は整っていて、弓花の乙女の部分がそれに反応していたのだ。

また弓花の意識の目覚めと同時にその身を覆っていた放電現象が解かれ、併せて髪や目の色なども元の色へと戻っていった。

「あれ?」

そして、同時に弓花は己の意識を取り戻したのだ。

(えーと、これは一体?)

弓花は今の自分の状況を確認する。その手にはボロボロになったムータンメンバーが掴まれていて、周囲をアウターファミリーの柄の悪そうなお兄さん方が取り囲んでいる。しかし、何故に自分はここにいるのか? それが今の弓花には分からない。

そしてこの状況を紐解くためには、今より少し前の時間に遡る必要があった。それは、早朝の訓練から帰ってきた弓花たちに届いた一通の報告書が発端であったのだ。

◎ゴルディオスの街 白の館 昼前

「うーん。確かにムータンはボルネオファミリーを吸収してるみたいだね。で、用心棒とかそういうのではなくて、ボルネオを傘下に収めた形で組織として成り立ってるみたいってのがルネイさんからの報告だよ」

ゴルディオスの街へと帰ってきた翌日。

弓花から相談を受けていた風音は、町に辿り着く前にすでにルネイ経由で情報を集めてもらっており、その情報を纏めたものが今朝方に白の館に届いていたのである。

それは弓花の後援組織ムータンが、ゴルディオスの街のアウターファミリー『ボルネオ』を吸収したことに関する報告書。魔道大国アモリアの商人ゲハーノから聞かされた話はどうやら正しかったようで、風音からそのことを弓花は苦い顔をしながら聞いていた。

「うーん。そんなことをする人たちではないと思ったんだけど」

一通りの報告を聞き終えた弓花がため息混じりにそう呟いた。

ムータンは本来『弓花をアイドルに祭り上げた人たち』が『弓花を応援するためだけ』に存在する組織なのであって、何かしら実利を伴う集まりではないのだ。それがアウターファミリーを吸収して別の方向に走ってしまっている。それは弓花にとって到底看過できる話ではなかった。

その親友の様子に風音は「まあ、とりあえずは話でも聞いてみたら?」と口にする。

「会って話してみれば分かることもあると思うしさ」

その風音の言葉に、弓花も「ま、そうだよね」と頷いて返した。

風音の言う通り、実際に話を聞いてみないことには何も始まらない。弓花としてもできることなら信じていたい。ムータンの仲間たちを疑いたくはない。しかし、己の携わってしまったものが間違った方向に進もうとしているのなら、

「最悪はこの手で……」

ギュッと拳を握りながら弓花はそう呟いた。そして悲壮な決意を秘めてムータンのたまり場の酒場へと足を運んだのであった。