Manowa
Episode 798: Let's Be Assaulted
◎ゴルディオスの街 冒険者ギルド事務所 支部長室
「まったく、あんな場所でいきなり話し合いを始めないでいただきたいですね。竜牙衆については一般の冒険者や住民には知られてないことなんですから」
「すまんですたい」
風音は丁寧に謝った。
それからルネイは支部長室へと連れてきた風音たちをソファに座らせると、トールとオロチへと視線を向ける。
「それで、ドッグソルジャーのトールがこの場にいることについてはオロチ、あなたの判断ということですか?」
そう口にしたルネイの言葉には若干のトゲがあった。
証拠こそ掴めてはいないが、トールにはいくつもの容疑がかけられており、冒険者ギルドでは要注意人物としてリストに上げられている。であれば、冒険者ギルドマスターのルネイが不審に思うのも当然のことではあった。
「ああ、俺はこの男の情報は有益と判断した」
「それは、どういう内容なのでしょうか?」
「いえですね。実は私、以前にレクチャーしたことがあるんですよ。竜牙衆にね」
その言葉にオロチを覗く全員の視線がトールに集中する。
「レクチャーですか?」
ルネイが困惑した顔で問うと、トールが笑顔で「まあまあ」と返す。
「今それを話してもいいんですがね。今回はそっちの風音さんらに竜牙衆のことを伝えるために集めたんでしょう? 私はそれに補足する形で説明を入れますよ」
その言葉にオロチが頷き、それを見たルネイも「分かりました。いいでしょう」と言って席に座り、それから用意してあった資料を風音たちの前へと置いた。その資料を手に取った風音がルネイへと視線を向ける。
「これは……竜牙衆のメンバーの資料かな?」
「そうですね。まあ、あまり細かいものではありませんが。首領となるライアンと参謀であるアンテ、突撃隊長であるジドー、主な中心メンバーの情報となります」
「案外少ないね」
「さすがに竜狩りの街を離反してまでという者は少なかったということですね。竜牙衆でも街に居残った人物のリストが届きましたので、引いて大物はその三人ということになります」
そう口にしたルネイの言葉に弓花が「ジドー?」と反応した。
「知ってるの弓花?」
「うん。確か、ハイヴァーンのバーンズ道場で何度か名前を聞いた覚えがある。槍使いのドラゴンスレイヤーとしてはハイヴァーンでもかなり有名な人だったはずよ」
「ええ、そうですね。彼はドラゴンに対しての怨恨もなく個人的にただ強くあるために竜牙衆につき従っている人物とのことです。ハイヴァーン槍術の使い手ですし、かなりの腕前とも聞いていますね」
「俺が出会った当時の時点でも、相当な実力だった。今はどれほどの力を付けたか分からないな」
同じ槍使いとして対峙する可能性を考えたのだろう。ルネイとオロチの言葉を聞いて、弓花の顔が引き締まる。
「続いてはアンテと呼ばれている人物です。彼女はライアンの参謀であると言われています。彼女が入ってから竜牙衆の竜討伐数は急激に上昇したとも聞いていますが、どういった能力を持っているのかまでは……」
「それには私が説明しましょう」
ルネイの言葉を遮って、トールが口を開いた。それにルネイが訝しげな視線を向ける。
「アンテという人物を知っているのですか?」
「ええ、まあ。何せ、彼女を造り上げたのは私ですから」
「どういうこと?」
風音の目が鋭くなり、弓花やタツオもトールへと視線を向ける。
「彼女、キメラなんですよ。それもドラゴンイーターを取り込んだね」
その言葉に風音たちの目が丸くなった。
「時々ね。そういう依頼を受けるんですよ、私は。キメラの制御を上手くできる者なんてそういないですし、その筋では有名なもので」
「でも、トールさんのってウィンドウの制御によるものじゃあ?」
風音の言葉にトールは肩をすくめて笑う。
「いやいや、あなたと同じですよ風音さん。ウィンドウの力に頼るだけでは、その先には踏み出せない。その制御の仕組みをある程度解明してマニュアル化することで、完全とは言えぬまでも適応力を上げることは可能です。アンテは私の作品ですが、取り込む品種を絞ったので暴走の可能性も低いはずです」
「なるほど、ドラゴンイーターか。それなら、討伐数が増えたのも分かりますね」
ルネイの言葉に風音も頷く。使い勝手こそそれほど良くはないスキル『ドラゴンフェロモン』だが、ドラゴンをおびき寄せるのであればこれほど有効なスキルはない。予め準備を整えられるのであれば、罠にはめ殺すことも容易であるはずだった。
「ドラゴンの肉を食べてるって聞いてたから、ドラゴンフェロモンが通じると思ってたんだけどな。そうなると、あっちも当然普段から対策はとってるか」
ドラゴンと違って人間相手ならば、『ドラゴンフェロモン』を利用してそれほど労せずに倒せると考えていた風音の思惑はどうやら外れとなりそうだった。それからトールが続けて口を開く。
「それとライアン・マスタリク。彼は竜種のキメラといっても良い存在です。まあドラゴンの肉を食べ過ぎて、結果的にキメラのような状態になってしまったんですがね。まったくどれほど食べればああなるのは私にも分かりませんよ。しかも、私が指導する必要がないくらいに彼は己の肉体の制御を見事に取っていました」
その言葉に風音の目が細まる。
「強いの?」
「油断はしない方がいいですね。正直言って私は勝てる気がしません」
「そうだな。あれは強い。人型のドラゴンだと……あれに関しては思った方がいい」
オロチが続けてそう口にした。
その言葉に風音はライルを思い出したが、なぜかイメージ的に少しだけ弱体化した気がした。ライルも頑張ってはいるのだが、悲しいことである。
「彼に関しては以前にも申し上げましたが、ゴッドドラゴンスレイヤー、つまりは神竜クラスのドラゴンを討伐した人物です。神滅の剣と竜滅の剣と呼ばれる二振りの大剣を操る強力な戦士だと聞いています」
「ふーむ」
風音が唸る。神竜クラスで風音が知っているのは、神竜帝ナーガ、金翼竜妃クロフェにタツオくらいである。
また以前に浮遊島で出会った蒼穹竜パイモンも神竜ではあるのだがその事実を風音は知らず、ロードゾラン大樹林で遭遇した龍神は神に昇華した存在であり、もはや神竜のカテゴリーでもなかった。
「強いかぁ。けど、この街にはクロフェさんもアカお兄ちゃんもいるからなあ。ふたりにも紅蝶のアミュレットを渡してあるし、ドラゴンフェロモンも効かないから、大丈夫だとは思うんだけど」
「なるほど。紅蝶のアミュレットですか」
そう口にするトールの言葉に風音が「あっ!?」という顔をしたが、トールは「いやいや、お気にせずに」と笑って返す。その反応に風音が目を細めながら口を開く。
「そもそも、なんでトールさんはそんな話をこっちにしてきたのさ。レクチャーをしたってことはライアンって人たちとは知り合いなんでしょ?」
「そうは言いましても、ここを襲われては私も困りますしね。まあ、あなた方の認識している通りの性格なので、あまりそういう拘りは持っていないんですよ」
そう言って笑うトールをやはり信用できないなと風音は思いつつ、ルネイへと視線を移した。
「まあいいや。それで、ルネイさん。この竜牙衆の人たちの足取りってまだ掴めてないの?」
風音の言葉にルネイが苦い顔をして首を横に振る。
「残念ながら……ただ、すでに街内に侵入した可能性はあります。その点はそちらも考慮していただいていますよね?」
「うん。今はティアラたちが外に出かけてるけど、ジンライさんが護衛についてる。直樹たちも……」
現在直樹とライルは早朝訓練の後に追加でジン・バハルと訓練中であった。訓練場所は遠い草原で、戻りもアダミノくんでの転移移動となるため、場所を知られる可能性はほぼゼロである。
「問題はないと思う」
そう風音が口にして、ふと窓の外を見たときであった。
「ん?」
「どうしたの風音?」
弓花が風音の変化に気付いて尋ねるが、風音はそれには答えずに眉をひそめながら窓へと向かう。それからジッと空を見た。
それは違和感だった。空に何かを感じた気がしたのだ。スキル『直感』のわずかな感覚が風音に何かを示していた。そして一度気付いてしまえば、それは『すぐに見えた』。
弓花たちが風音と同じように空を見上げているが気付いていない。風音はそのことに気付き、
「……やられた」
と口にした。その言葉に弓花が、タツオが、ルネイたちが何事かと風音に視線を向ける中、風音は手を前に掲げて叫んだ。
「ポッポさん、あれを止めて!」
その言葉に天より雷が降り注ぐ。それが街へと落ちていく。
「風音、あんた何を!?」
弓花が叫ぶが、その雷は空中で何かと激突してその場で雷を撒き散らしながら、爆発を起こした。そして、ソレは風音以外にも姿が見えたのだ。
「馬鹿な。なぜ誰も気付かなかったんだ」
ルネイが声を上げながら窓へと近付き、空を見上げた。
そこにいたのは巨大なドラゴンであった。20メートルはあろう水色のドラゴンが街の上空を飛んでいて、その背から放たれた何かが突撃したカイザーサンダーバードのポッポさんと激突して相殺されたのだ。
そしてポッポさんが消えていく。この魔素の薄い空間では、例え相打ちであったとしてもポッポさんは己の魔力体を維持できない。
そして消滅していくポッポさんを後目に水色のドラゴンが下降していく。それは、かつて風音が遭遇した蒼穹竜パイモンと同種のドラゴンであった。青空と同化し、風で臭いを消し去り、獲物に気付かせずに奇襲を仕掛けるという世界最大級のサイレントキラー空竜。
そして、その空竜はもはや目的地へと着いていたのだ。後一歩、風音はその発見が遅れていた。
「不味い。あの下って白の館ッ……うぉっと!?」
風音が身を乗り出して窓から出ようとした直後である。窓の下から唐突にドラゴンの首が迫ってきたのは。