Manowa
Episode 813: Let's get into the hotel.
◎金翅鳥(こんじちょう)神殿 第七十四階層 廃ホテル前
「スキル・チャージ及びキリングレッグかかと落とし!」
その声がマシンナーズブッチャーに届いた直後、機械の頭部が火花を散らしながら真っ二つに斬り裂かれていった。鬼皇の竜鎧の脚甲の足裏から突き出ている竜爪が、マシンナーズブッチャーの頭部へと振り下ろされたのだ。ただでさえ鋭いその爪は、スキル『チャージ』によってさらに威力を増し、頭部から胴体までを一気に一刀両断していく。
最近では跳び蹴って次にコンボを繋げたりするために、竜爪での斬撃よりも通常の蹴りをメインとしている風音だが、一撃の必殺力はやはり竜爪の方が上であった。
「いっちょ、上がり!」
そのまま風音が地面に着地するのと同時に、マシンナーズブッチャーが左右に分かれて、ゆっくりと崩れていく。
「ふんぬっ」
その風音より少し離れた場所では、ジンライがゼロ距離で『雷神槍』を放ち、もう一体のマシンナーズブッチャーを仕留めていた。メタルカザネJも周囲のマシンナーズソルジャーを二体貫いていて、仲間たちもそれぞれに割り与えられたマシンナーズソルジャーを始末することに成功していた。それらを見回しながら、風音が頷く。
「どうやら、上手くいったみたいだね」
風音が立てた、パーティ全体を『空身』と『インビジブルナイツ』で隠して至近距離から一撃で仕留めようという作戦は見事に決まったようである。それぞれバッテリーを避けて攻撃をしているために、爆発も起きていない。
「近付いたときは気付かれるんじゃないかと肝が冷えたけどな。結構あっさりと倒せたもんだな」
ライルが槍をマシンナーズソルジャーから引き抜いて、そう口にしている。
この階層のエネミーたちは魔物たちとは違い、気配を読まずにセンサーの情報を元に相手を判断している。そのため、魔物たちと接するように戦うと、まったく予測しない反応を示すことがあるのだ。そして、ライフルの一撃は強力で、特に前衛組にとっては流れ弾も含めて脅威となっていたのである。
ともあれ、風音が観測していたホテル前のエネミー十四体を仕留めることに白き一団は成功した。
しかし、エネミーはそれだけではない。風音が把握しきれないホテル内部にもエネミーはいるはずなのだ。そして、風音がホテルの中へと視線を向ける。
「ジンライさん、中の様子は?」
「うむ。奥に言ってしまったようだが、問題なかろう。む、戻って来たぞ」
そう言ってホテルの中を見ていたジンライの瞳に、銀色の二メートル半の銀の狼の姿が映った。
『師匠。片づきましたよ』
その手にマシンナーズソルジャーの残骸が突き刺さった神槍ムータンを持って、堂々と完全狼化姿の弓花がホテルの中から出てきた。
「うむ。ご苦労」
ジンライが弟子を見ながら、労いの言葉をかける。今回、もっとも難易度の高い仕事をしたのは弓花であった。一撃の必殺力を持つ風音とジンライがマシンナーズブッチャーに相対せねばならぬため、ホテル内部は弓花に任せられていたのだ。
「ウオンッ」
さらに完全狼化弓花の後ろから麒麟化したクロマルや、銀狼のシロとキバも共に歩いてきた。彼らも今回弓花と共にホテル内部を駆け回ってマシンナーズソルジャーたちを倒した功労者である。
「それでユミカ、中はどうなっておる?」
『はい、師匠。一応一階は全部倒したので問題ないと思います。二階への階段はバリケードで囲われてて、上がろうとした形跡もありませんでしたし、こいつら一階メインで動いてたみたいですね』
「んー、そうなると上層階には敵はいないっぽい?」
風音の問いに弓花が『どうだろ?』と首を傾げる。
『敵の気配を察知はできなかったけど、いても数は少ないんじゃない? 別にこいつらだって、ホテルでくつろぎたくて、ここにいたわけでもないんでしょ?』
ホレホレと槍の先に刺さったマシンナーズソルジャーを見せながら弓花が言う。風音も「そりゃ、そうだねえ」と頷く。
状況から見ればマシンナーズソルジャーたちはホテルに侵入しようとした相手を倒すために陣取っていたのだ。それは恐らく、いるはずもないホテルに滞在していた人々を護るために動いていたのだろうと風音は考えた。
「じゃあ、ひとまずは手分けしてホテルを探索してみよっか。なんか掘り出し物があるかもしれないし」
その風音の言葉に仲間たちも頷いてチームを分けて動き出し、見張りをタツヨシくんケイローンやアダミノくんに任せると、ホテル内の探索を開始したのであった。
◎金翅鳥(こんじちょう)神殿 第七十四階層 廃ホテルロビー
「収穫は……あまり、ないわね」
ホテルに入って三時間後。
内部の探索を一通り終えて、全員がホテルのロビーに戻っていた。そして戦利品の確認を終え、弓花ががっくりした顔でそう口にする。
「まあ、隠し部屋も見つからなかったし……こんなもんだと思うよ」
風音も少しばかり落胆した顔であったが、ここまでの階層のビル内などを探索したときも大したものは発見できなかったので、ある程度は諦めもついていた。つまりは見回った結果、風音たちの満足いくアイテムの発見はなかったのである。
二階より上にいたのは、すでに風音が始末していたマシンナーズスナイパーのみでエネミーもいなかったのだが、成果は汚染メーターや抑制剤、それにエネミーの所有していた銃器や肉切り包丁、それに弾丸を大量に発見したぐらいであった。後は腐って食えなくなっている非常食や壊れた電子機器を見つけただけで、地下の発電室にあった大型バッテリーも当然使用不可であった。
「ふーむ。完全にハズレだね。見た目でかいホテルだけど、本当にあの機械兵たちは一階だけを陣取って構えてたんだね」
「そうね。しっかし、なんなんだろう? このホテルとか、建物もそうだけど、妙にリアルっていうか」
「本当にあったみたいだよね。私たちの時代よりも未来の……」
「はは……まさか」
風音と弓花がそう言い合っていると、直樹が眉をひそめながら「止めろよ」と口を挟んできた。
「元の世界は、ダンジョンの最深層から戻れるんだろ? 余計なこと考えてると頭痛くなるぜ」
「ま、そうだねえ」
直樹の指摘に、風音と弓花もそのことを口にするのを止める。これが実際にあった未来だとすれば、元の世界に戻ったところでそこはもう風音たちの世界とは到底呼べない。今はゆっこ姉の言葉を信じて、最深層へと下りていくしかないのだ。
「結局……抑制剤と汚染メーターと銃弾だけかよ。ショボいな」
『けど、スナイパーライフル用の銃弾もいっぱい手に入りました。これで好きに撃っても当分はなくなりません』
渋い顔のレームに、タツオがくわーと鳴く。
風音が使用していたレールスナイパーライフルは、動作確認が取れればタツオが使用することになっていた。
反射されやすいメガビームに比べて扱いやすく、風音同様にスキル『チャージ』が可能なタツオが使用すれば必殺の威力にもなる。
「ま、ひとまずは手に入れた抑制剤を飲んでおくか。それなりに汚染度も増してるようだしさ」
そう言いながらレームが自身を汚染メーターで測ったところ、汚染度はすでに13パーセントを超えていた。
「ナノマシンコロニーが近くにあるのかなあ。私には、まったく効かなくなったんだけどさ」
「ああ、あのスキルの……なんとかバイタリティとかいうヤツの効果だっけか?」
「むう。それを口にするのは止めて」
「けど、飲まず喰わずで一ヶ月は保つとかスゲー便利じゃねえの?」
レームの言葉に風音が「ぐぬぬ」と唸る。
「その出自が嫌なんだよ。微妙に便利で手放しにくいし」
風音がため息をつきながら、そう返す。
風音が例のヤツを倒して手に入れた『Roach Vitality』のステータスの説明はすべて英語だったが、ゆっこ姉に英文をメールで送って翻訳してもらい、その内容はすでに確認できている。
どうやら書いてあることを信用するならば、毒や汚染などの状態異常をほとんど無効化し、一ヶ月は飲まず食わずで生きていけるスキルらしかった。
それはサバイバルをするのには非常に有用なスキルではあったが、名前と出自が風音の心にダメージを与え続けていた。
そして、風音は己の内側にあるもののことを考えて唸り続けていたが、不意にホテルの外へと視線を向けた。
「む、匂いがする」
「こりゃあ、オーリさんたちじゃない?」
風音だけではなく、弓花やタツオ、ユッコネエの『犬の嗅覚』持ちも同時にそれには反応した。どうやら外から、風音たちの知り合いの匂いが近付いてきているようであった。