Manowa
Lesson 839: Find out who the arthropods are
「直樹ぃぃいい」
その場にガッシリと最愛の弟を抱きしめている姉がいた。
ここまで弟の身が心配で心配で心配で心配で仕方がなかった風音が、直樹を発見できたことで感極まり、お姉ちゃんの本能の赴くままに行動しているのだ。その光景は、お気に入りのぬいぐるみを取り戻してジャレつきまくっているチワワに似ていた。
もっとも直樹の意識は未だ闇の中である。直樹は人生で最大級のボーナスチャンスを逃していた。そして、それを知るすべすらなかったのである。
「あーもう。あの子は……」
その様子をやれやれと見ている弓花もジンライがその場にいることに安堵していた。背に付いていたらしい卵もすべて破壊されていて、弓花たちが来るまでもなく、タイムリミットについては心配なかったようであった。
「仁美さん、オーリさん。ありがとうございます。みんな、無事ですね」
『なーに。うちらも先に発見しただけだしねー』
「ええ、さすがにナオキたちがこっちにいるのには驚きましたけど」
JINJINの言葉にオーリが苦笑して答える。
現在、風音たちがいるのはライルたちが囚われていた部屋であった。JINJINから連絡があり、こちらに直樹たちがいると聞いて急いでやってきていたのだ。
そして、今彼女らの前にはバグモーフに囚われた全員の姿があった。未だ意識はないようだが五体満足で命に別状もなさそうである。
「けど、なんで直樹たちがこっちに……エクス。あんたがやったの?」
「ガカカカカカッ」
弓花の問いに、その場に浮いている狂骨の闇魔王剣エクスが笑って頷いていた。周囲にはエクスが召還したデスダガーレインの群れが一緒に浮いている。どうやら、それらに乗せて直樹やジンライにガーラ、シップーをここまで運んできたようだった。
「だとしても……」
もっとも、エクスがここまで直樹たちを運んだということにはいくつかの疑問もある。狂骨の闇魔王剣エクスは、かつて直樹がテイムしたときよりも成長している。例えバグモーフ相手でも一対一であれば倒せるだろうが、かといって外で見た死屍累々の山を築けるかといえばそこまで強くはなっていないはずだ。それにライルたちの部屋の場所を知っていたというのも妙な話であった。
「アンタだけではないわよね?」
「ガカカカカッ」
再度の弓花の問いにエクスが頷くが、言葉が半競るわけではないので、エクスと共にそれを為したのが誰かまでは分からない。
そして、そのことに首を傾げる弓花に、そばにいたJINJINが声をかける。
『あのね。実は、ここに入る前に変な魔物と遭遇したのよ』
「変な魔物?」
眉をひそめた弓花に、JINJINが頷く。
『そうそう。えーと、なんか六本足の変な虫っぽいのでね。ねえ、オーリくん?』
「ええ、そうですね。強力な威圧を放っていて、槍のような尾を生やして、信じられない動きをしていました」
「六本足で槍のような尻尾を持った魔物? そんなの見たことないけど……」
弓花がそう口にする。それにはJINJINもオーリも同様で三人がみな首を傾げていたのだが、その答えを口にしたのはチンチクリンであった。
「あ、それは多分シンディだね」
弟に構うのを飽きた風音が話に加わり、三人の視線が風音に集中する。
「シンディ? 義手の?」
弓花はそう言われてから、ジンライの右腕に義手がないのを確認し、それからシップーの背にも義手シンディが設置されていないことに気付いた。
「うん、そうだよ。補助腕(サブアーム)は六本あるし、槍のような尾って、それって普通に槍を握ってただけだと思うんだけど」
「ああ、そうだ。体液で色形が見えにくかったけど、あれジンライさんの槍だった」
オーリが思い出したとばかりに声を上げた。
バグモーフの体液によってグチョグチョではあったが、シルエットを思い出す限りでは、あの節足動物はジンライの聖一角獣(セイントユニコーン)の槍に一致していたことにオーリも気付いたのだ。そして、どこかで見かけたていたような……という違和感が解消されて納得した顔になっているオーリの横ではJINJINが驚きの顔をしている。
『ちょ、ちょっと待ってよ、風音。私さ。アレに魔法障壁破られるし、爆弾は不発にさせられるしで……義手単体でそんなに強いものなの?』
「ははは、まさか……ディアボのヤツと同じ障壁でしょ。そんなん造れるんならゴーレム無双してるよ」
そう返した風音が、口にした後で「え、破られたの?」と口にする。ディアボの魔法障壁はかつて風音たちを苦しめ、英霊ジークの攻撃でようやく破壊できたほどのものである。それを自律起動した義手が単体で破壊できるなど、風音にも到底信じられるものではなかった。
「まあ、確かに、ここまでのバグモーフを仕留めるのってエクスにシンディを加えても無理だとは思うけど……となるとジンライさんが動かしてるのかなぁ?」
「師匠。こんな感じだけどどうやって?」
弓花が白目むいている若い男性を持ち上げた。見た目完全に十代の若者であるが、それはジンライである。とても何かを思考しているようには見えない。
「どうやってかまでは分かんないけど、それでシンディは今どこに?」
『それがいきなりだったんでちょっとやり合っちゃって……そのままどこかに行っちゃったのよね』
「で、中に入ったらライルたちだけでなく、ナオキやエクスもいたんだよカザネ。今思えば仕掛けたのはこちらで、あっちは何も攻撃はしてきてなかったみたいだし」
オーリの言葉に、JINJINが「ははは」と乾いた笑いになる。その言葉を聞いて風音が眉をひそめる。
「仮にシンディをジンライさんが動かしているとして……ライルたちを運んでJINJINたちがここに来たわけだよね」
「うん。仁美さんとオーリさんのことは師匠も知ってるわけだから、誤解を招くよりは離れて、そのまま直樹たちのことを任せようって判断したのかも」
「けど、そうなると、ジンライさんがどこにいったかってことだけど」
「うーん。師匠なら、多分」
弓花が部屋の外を見る。仲間の救出が済んだのであれば、ジンライが行うことなど考えるまでもないことだった。
**********
(ふーむ。まさか、いきなり襲いかかられるとは思わんかったな)
ジンライがそうボヤキながら六本の補助腕(サブアーム)をガッシャガッシャと動かしながら進んでいく。アストラル体のジンライは今、義手シンディにとり憑いて移動している状態であった。
例え生身の体は動かせずとも義手は操作できる……と、ジンライは昨日に気付いていた。シップーの背に設置してあったために気付くのに遅れたのだが、義手だけはジンライの意志に従って動けていたのだ。
それからジンライは補助腕(サブアーム)を使って移動しながら宇宙基地内を探索し、ライルたちを見つけ、鞘に収められていた闇魔王剣エクスを抜いて、主のためと説得して眷族を召還してもらい、直樹たちをライルたちの場所に運び出すことにも成功していた。
もっとも、今のジンライにとって、それはもう過ぎたこと。今考えるのはつい先ほどの一戦だ。
(しかしあのJINJINという者の技。確かにディアボと同一のものであったな。だがワシの槍は貫けた。であれば、ありえぬだろうが……仮にあのディアボと再戦になったとしてももう負けはせぬということだ)
アストラル体のジンライがニンマリと笑う。
ジンライは己が負けたからといってそう簡単に腐るような男ではない。だが、忘れるかといえばまったくそんなことはなかった。次にどう勝つかを考え、常に研鑽し続けていく。それが今のジンライに繋がっていた。
(ともあれ、あの場にはエクスもおるし、問題はなかろう)
ジンライはつい先ほど味方と誤って交戦していた。直樹たちをライルたちのいる部屋へと運び込み、迫るバグモーフを迎撃していたのだが、その場にJINJINとオーリが近付いてきて、攻撃を仕掛けられたのだ。
その攻撃を防いだジンライだが、さすがに相手を倒すわけにも行かず、そのまま退いたのだ。JINJINの実力があればライルたちを護るには十分だろうという考えも当然そこにはあった。
(あのJINJINなるものがおるということは、ユミカやカザネも来ているのかもしれんな。悪魔ならではの特殊能力を使いひとりで転移して来たのかもしれんが)
悪魔の転移にはまだ分かっていないことも多い。そうしたことも可能なのかもしれないとジンライは考えた。
ともあれ、であれば自分はどうするか……ということの答えは簡単だ。
(リベンジだ。あの化け物にはひと槍浴びせねば気が済まんわ!)
ジンライは己が負けたからといってそう簡単に腐るような男ではない。だが、忘れるかといえばまったくそんなことはなかった。ようするにジンライはかなり根に持つタイプであったのだ。