Manowa

Let's get to the end of story 921.

「おかしいな」

ダンジョンを進む途中、風音の頭の上に乗っているカルラ王が独り言を呟いた。その言葉に風音が「おかしい?」と首を傾げながら尋ねる。そう切り出せるだけの余裕が今の風音にはあった。

モンスターハウスなどの戦いを経て仲間内でも戦闘の慣れは感じ始めている。無駄がそぎ落とされ、力の入り抜きが上手くなってきていたのだ。

ここまで下りてきて、まだそういう余地があったのかと笑う者もいたが、熟練冒険者であるジンライやガーラなどは最初からできていたことである。それが仲間たちみんなに浸透することで、全体的な底上げとともに多少ではあるが精神的な余裕が見えてきていたところであった。

そんな頃合にずっと考え込んでいたカルラ王が呟いたのだ。風音が気になるのも無理はなく、カルラ王も特にはぐらかすことなく「ああ」と頷いた。

『明らかにダンジョンマスターである方の私はやり過ぎている。元よりダンジョンマスターが全力を尽くすのは当然のこととはいえ、そもそもコスト的にここまで続いている理由が分からん』

ダンジョンで扱える許容量を超えている……そうカルラ王は感じていた。そのことに風音が「むむっ」と唸ってから、以前に聞いた話を思い出して口に出す。

「そういえば魔力の川(ナーガライン)が活性化してるらしいって聞いてるけど、そういうのも関係してるのかも?」

その返しにカルラ王が少しだけ考え込んでから、首を横に振った。

『大元の総量が増している……という可能性は確かにある。だが、私が倒されてからすぐというのは不自然だ。或いは神が力を貸していると言われた方が納得がいく』

「神? ミンシアナの神っていうとミュールって神様だよね?」

『そうだったか……私は良くは知らんが。ともあれ、元々神という存在の本質は魔力の川(ナーガライン)の流れを制御する装置のようなものでしかない。だが装置に意志があれば意図的に自然魔力(マナ)を流してくることはできる。ミンシアナの神がそうする理由が分からんが……まさか、お前たちは何か恨みでも買っているのか?』

「恨み買うっていえば、悪魔ぐらいだと思うけど……」

意図したものではないとはいえ、七つの大罪のことごとくを滅ぼしたのは風音たちである。悪魔にとって風音たちは不倶戴天の天敵のような存在であるはずだった。

「まあ、考えても仕方ないね。攻略は今のところできてるし。なら、先に進むしかないよ。慣れてきたとはいえ体力の限度はあるもの。よし、階段見つけた」

会話の途中で、風音はバラまいた小型ゴレムくんの一体が次の階層に下りるための階段を見つけたのを感じた。

それから一行は何度か魔物たちと遭遇して倒し、わき目もふらずに次の階層へと下りていく。そして、さらに先に進んだところに再び大部屋が見えた。

意識を凝らして見れば、天井に前回と同じく何かしら待機状態の気配があった。もっとも大部屋と通路とでは対象の魔物が違うようで『魔物創造』のリストでも通常の魔物しか表示されてはいない。待機状態なので逆にこちらで生み出すということもできないようだった。

状況は前回と同様。予想通りであれば中に入り込んだ途端にトラップが発動してモンスターハウスが発生するはずだ。それが分かっている今の風音たちにはもう、それは難しい戦いではなかった。

◎金翅鳥(こんじちょう)神殿 第九十八階層 深淵迷宮

「撃てぇええええ」

風音の指示に従って、通路で並んでいる仲間たちから一斉に攻撃が放たれる。

案の定発生した大部屋のモンスターハウスだが、今回は事前にトラップが来ることは予測できていた。

なので風音は小型ゴレムくんたちを部屋に突撃させて、罠とモンスターハウスを故意に発生させていたのだ。

「よーし。距離をとりつつ迎撃。攻撃の手を休めないで。近付かれたら危ないからね」

風音がさらに声を上げる。前回とは違い、風音たちは接近戦にはでなかった。距離を取って遠距離攻撃で大部屋の中へと仕掛けていく作戦に出たのである。

雷神砲(レールガン)、雷神槍、爆裂矢。その他もろもろの仲間たちの攻撃が放たれるだけではなく、接近戦を主とするメンツも、風音が温存していたライフルとミサイルランチャーを所持して撃ちまくっていた。

また、大部屋の内部では先に喚び出した召喚体たちが大暴れして、敵の数を減らしてもいる。

「上の階層と同じクリスタルドラゴンとアダマンスカルアシュラの群れか。おっと、危ない」

溜まらずクリスタルドラゴンが通路の中へと光術であるセブンスレイを放つが、風音が雷神の盾によってそれを防いだ。風音は『直感』を頼りに、クリスタルドラゴンの固有能力であるクリスタルブレスとセブンスレイを完全に防御していた。また、アダマンスカルアシュラたちは攻撃の嵐に通路に入ることもできない。戦いは完全に風音たち有利で進んでいた。

何よりも第九十七階層のモンスターハウスとの違いは、後方に退路があることだ。仮に近付かれても風音たちには逃げ出すという選択肢があった。もっとも、それは逆のことも言えた。つまりは敵が攻め込んでくる可能性である。

「姉貴、後ろから魔物が迫ってる。アーマードミノタウロスだ」

「ガルーダ系統の縛りってどうなったのさ……って、今までも結構いい加減だったか」

風音が嫌そうな顔をすると、横にいたガーラが苦笑しつつミサイルランチャーを置いてハルバードを構えた。

「任せろ。前衛組も良いとこ見せないとな。ジンライ、行こうか」

「うむ。銃というのも嫌いではないがな。槍の方が戦っているという感覚があるわい」

彼らはそう言いあって、他の前衛組とともに後方の通路へと駆けていく。ソレを見ながら風音がポンと自分の手のひらを叩いた。

「あ、そうだ。まずは罠を発動させてっと」

そう言って風音が後方の通路に待機させていた小型ゴレムくんを操作して、床の出っ張りを踏ませる。

それは風音たちがここにくるまでに発見した罠のひとつだ。そしてアーマードミノタルロスたちが通った途端に、壁の上下左右から巨大な槍が突き出して貫くと、その場で連鎖爆発が起きた。

「やったのか?」

「違うな。あれは、りあくてぃぶなんたらというヤツだろう」

ジンライがそう口にした通り、アーマードミノタウロスたちの装甲は狂い鬼やベヒモス・ビーストが使用するものと同じ爆発反応装甲(リアクティブアーマー)であった。もっともそれも罠の槍によって破壊されては、残されたのはただのミノタウロスとなる。

「何体かは防ぎきれずに死んじまったか。まあ相手はすでにただのミノタウロスだ。お前ら、あの程度のヤツらに今更負けんじゃねーぞ!」

ガーラの雄叫びに前衛組が叫び返し、迫る魔物に飛びかかっていく。そして戦闘は前回よりもスムーズに、疲労も負傷も少ない状態で終了し、すべてを倒した風音たちはさらに先へと進んでいく。

**********

「まーた宝石か。ま、これは悪くはないけどね」

移動中である。サンダーチャリオットトレインの御者席で風音がそうぼやきながら、手に持っている赤い宝玉を見て呟いていた。それはモンスターハウスの宝箱で得たものだ。その輝きを横に座っていた弓花がうっとりとした顔で見ながら口を開く。

「上の階層のモンスターハウスで出たのが、また神話巨人の涙だったからソレしか出ないと思ってたんだけど……そういうわけじゃなかったのね」

「多分、レアアイテムの中でも宝石類が出るように宝箱が操作されてるんだと思うけど。ま、こちらの戦力アップをさせないためってんなら、これは失敗だったよね。ティアラ、ほい」

風音が購入することで片が付いている赤い玉がポイッと投げられて、サポートスパイダーに乗っているティアラが受け取った。

「危ないですわよカザネ。あら、赤くて綺麗……けれども、暖かいですわね? あら、紅玉獣の指輪が反応していますわ」

ティアラが拳大ほどのその宝玉を見て首を傾げる。

「至宝十二選の大安売りって感じだけど……それはルビーグリフォンの卵だよ。無精卵のね」

「まあ、紅玉獣の?」

ティアラが驚きのまなざしでソレを見る。

「ルビーグリフォンが生み出した無精卵の中で、ごく稀に有精卵に近いだけの力を注がれた卵が出るんだよ。確か、持っているだけで炎の術の威力が上がるはず……だったよね、オロチさん?」

風音の言葉に馬車の中で休んでいたオロチが頷く。

「ああ、紅玉獣の卵玉というアイテムだ。召喚術も力を増すはずだし、ルビーグリフォンを従えているティアラさんならば、問題なく使いこなせるだろう」

「それをわたくしに……」

「うん、ティアラにあげる。最後の戦いのためにも、ちゃんと装備しといてよね」

その言葉にティアラが改めて赤い宝玉を見て「はい、ありがとうございます」と口にし、大事そうに抱きかかえた。

ティアラとしてももっと強く感謝の言葉を言いたいが、今は警戒しながらの移動中である。地上に戻ってから改めてお礼の言葉を言おうと思い、ティアラはそれを懐にしまい込んだ。

そして、そのアイテムはティアラにとってきっと特別なものになるはずだった。ティアラ自身の旅の終わりに得たものとして、生涯大切にしていくはずのものであった。

そのやり取りの後、オロチが横になっているトールに尋ねる。

「それで、そちらの方はどうだ? 傷は癒えたとはいえ、しばらくは動くのも厳しいとは思うが」

「まあ、ボチボチです。この分なら最後の戦いまでには間に合うでしょう。A級ダンジョン攻略を寝たきりで過ごしましたでは、少々格好が付かないですしね」

「まあ、今も探索はしてもらってるわけだし。何もしてないってわけではないけどね」

風音のフォローにトールが笑う。実際にトールは探知(レーダー)というスキルで周辺の探索を行い続けていた。それからトールは、風音へと向き合って頭を下げた。

「正直、あの場では死を覚悟していました。英霊を使って助けていただいて、ありがとうございます」

「いやもう改めてのお礼は良いってば。私は大したことはしてないし。それよりもトールさんの方が凄いよ。だってミナカさんを庇ったんだもの。以前に直樹も助けてくれたし、私トールさんには本当に感謝してるんだからさ」

「ははは、竜牙衆のときですか。まあ、あのときはね。それぐらいはしないとあなた方の信頼を得られないと思ったからそうしただけです。私は打算的な人間ですよ」

「打算って……死にかけといて、よく言うよね」

「『この』命を捨てても護りたいものもあるってだけです。あのときも、今も……」

その言葉を聞いて、そばにいたミナカが少し照れている。親子ほどの年を離れたふたりだが、トールがミナカを気にかけてフォローしていることは見ていれば分かるし、ミナカもトールを父親のように慕っていることはこの場にいるメンバーは知っていた。だから、それをその場にいる全員が微笑ましく見ていた。それに気恥ずかしくなったのか顔を落としたトールだが、すぐさま顔を上げてカザネへと視線を向けた。

「おや、私の探知(レーダー)スキルが次の階段を見つけたようです」

「お、これで第九十九階層に行けるね」

「ええ、旅の終わりももうじきです。懐かしの世界までもう一歩。頑張りましょう」

そのトールの言葉とともに金翅鳥(こんじちょう)神殿、第九十八階層のマップウィンドウが更新されて第九十九階層への階段の位置が表示され、一行はそのポイントに向けて方向転換して進んでいく。

ダンジョン攻略完了までの道のりはもう近い。風音たちが元の世界に戻るために始めた旅の終わりも、もう目前に迫っていた。