Manowa

Episode One Thousand Twenty-Three: Let's Get Into It

『うりゃりゃりゃりゃ!』

「姉貴のお恵みだ。取りこぼすなよギャオ」

「うるせえ。出された皿を舐め回すぐらいの気持ちでやってるっての」

「は? 姉貴の出した皿を舐め回すだと。殺すぞ?」

「本当にお前、カザネが絡むとメンドいな」

先ほどから急に扱えるようになったスキル『マテリアルシールド』を風音が連続で放ち、その攻撃に門前の魔物たちが態勢を崩しているところを仲間たちが次々とトドメを刺していく。直樹がギャオに一方的に絡んでいたが、それで取りこぼすほどふたりも素人ではなかった。

「これで終いだな」

そして、ジンライが最後の門番を貫くと、風音たちは次々と天帝の塔内部へと入っていった。また入り口付近には罠が仕掛けてあったが、それは風音が『直感』で気付き破壊してことなきを得ていた。さらに風音は、続けて通路の奥へと視線を向ける。再び使用可能になった風音の『直感』が冴え渡っていた。

『奥にいるね』

「ああ、本当だ。数は十二か。遠隔視でも見えてる。普通に待ち構えてるな」

『であれば、ここは余に任せよ!』

その先にいたのは黒化したグレーターデーモンプレジデンスという魔物であった。それを自ら召喚した炎の騎士団(フレイムナイツ)と共に炎の王騎士(フレイムキングナイト)となったメフィルスが突撃して仕留める。

「完全に戦闘勘を取り戻しておりますな」

「メフィルスはそういう機微を見るのだけは上手かったものね」

感心した顔のジンライにルイーズがそう返す。ふたりともかつての頃を思い出しているようだった。ともあれ、周囲に敵なしとようやく確認が取れた風音たちが一旦玄関口に集合する。それから風音が周囲を見回しながら口を開いた。

『うん、魔物や悪魔の気配はないね。敵のほとんどは外で待機してたのかな?』

「そのようだな。それもルイーズ姉さんがほとんど倒しまったのだから、もうこの付近には悪魔たちも残っておらんのだろう」

ジンライの言葉にルイーズがアハハと笑う。

「正直、あたしもあそこまで一気に倒せるとは思っていなかったわ。正直、出来過ぎなくらい」

ルイーズがそう言って肩をすくめるが、そう言いたくもなる程に放たれた魔術は凄まじい成果を出していた。

風音たちは竜船のブリッジから結界内に侵入した魔法殺しの剣を通じて帰還の楔(リターナーズ・ステイカー)の転移でこの場に来ていた。そして、転移直後にルイーズは完全に無防備であった悪魔と魔物たちへと最大威力の魔術ジャッジメントボルトを撃って掃討したのだ。

その結果として魔物の討伐数は数百に及び、数十の悪魔も共に滅びていた。

それには放った本人が一番驚いていたのだが、ともあれ大成果である。そして、これ以上ないくらい見事に彼らは天帝の塔内部への正面突入を果たしていた。

「それでは、一旦ここで別れようか。俺たちは地下の探索に向かう」

この場の三つのチームの内、ミナカ救出班リーダーであるオロチが一歩前に出てそう口にした。彼らの目的は、ミナカが捕らわれている可能性がある牢獄の探索だ。

「俺たちは塔中央の広間だな。ミナカさんがいたら助けるし、トールがいたらぶっ飛ばす」

『だね。まあ、何かしらはあると思うけど、ないならないで暴れちゃえばわけだし』

直樹と風音がそう言い合い、ギュネスとギャオ、それにジローが頷く。そこにタツヨシくんケイローンがォォオオオンと吠えた。彼らの目的はこの地上一階から中階までの探索であった。中心的に動いているトールと戦えればとも考えてはいたが、役割をいえば他の2チームが目的を果たすために敵の戦力を分散させることを目的とした陽動の意味合いが強い。

『余らは塔の上にいるであろう悪魔王か。辿り着く前に、あの怖い女が仕留めてそうではあるが』

メフィルスが眉をひそめながら塔の外へと視線を向ける。この場にいる彼らとは別に、ゆっこ姉とアオ、アカという最大戦力は塔外部から攻撃を仕掛ける手はずとなっていた。そのまま内側から結界も破壊し、竜船も突入させてすべてにケリを付けるのが彼らの筋書きであった。

「その前にこちらで獲物(ユキト)を仕留められれば良いのですがな。あやつがおるでしょうから難しいかもしれませんな」

ジンライが天井を睨みつけながら、メフィルスにそう返す。己の失った右腕から派生したもうひとりのジンライもこの塔内にいるとジンライは確信している。そして、それと戦うのが己であろうことも。 

「骨は折れそうですが……まあ、夢の中でユミカと対策は練りましたし、負けはせんでしょう」

「こいつ、ホント戦いのこととなると嬉しそうな顔するよな」

「ジンライさんは昔からそうだものねえ」

含み笑いをしているジンライに、レゾンとカルティが若干呆れた顔を見せた。

それから彼らは互いを見合う。仲良く談笑している時間はない。今この場こそが死線の境だと彼らは理解していた。ここから先は後戻りできない。すべてに決着をつけるまで止まれない。それを誰もが理解していた。

『それでは諸君、生きてまた会おう!』

そして、この場で最も位の高いメフィルスが剣をかざしてそう宣言して全員が頷くと、それぞれが踵を返して一斉に駆け出した。塔の内部構造は全員が把握している。その足取りに迷いはない。

『ハァ、ジンライさんがあっちにいるのは痛いねえ。悪魔の側のジンライさんと会ったらどうしよ?』

そして、離れていく仲間たちへと視線を向けながら風音がそう口にする。シュミ山での戦いが風音の脳裏に蘇っていた。それに対して直樹が「頼ってばかりはいられないさ」と返す。

「それに、こっちにはケイローンも姉貴もいるしな」

『ま、今の私はあのときの私とは違うしね。どうにかなるかな?』

風音は少しばかり首を傾げながら、そう返した。魔力を得る手段はある。『マテリアルシールド』もそうだが、何よりも『直感』を取り戻したのは大きい。戦闘における風音の総合戦闘力は確かにシュミ山でオールドジンライと戦ったときを大きく上回っていた。

「それにジンライ師匠曰く、狙われるとすればそれは自分だけだろうって言ってたな。まあ、敵の大将に向かうジンライ師匠たちの方が出逢う確率は高いそうだけど」

『そうだね。けど、その前にゆっこ姉が全部終わらしちゃうかもしれないけどさ』

風音が窓の外を見る。天帝の塔の上空では、すでに飛行型の魔物とアオアカコンビの戦いが始まっており、またゆっこ姉が乗っているフレイムゴーレムも空中で浮かびながらバキバキと変形し始めているのが見えた。

◎天帝の塔 上空

「チッ、雑魚ばかりかよ」

『油断しない。私たちはユウコさんのフォローです。ガイエルの気配にも気を配りなさい』

「へいへい」

まるで日常のような雰囲気で言葉を交わしながら、アオとアカが迫る魔物を片付けていく。

ドラゴンの姿となったアオの頭の上に人の姿のままのアカが乗り、竜殺しの魔剣ドラキルから発生させた不可視の刃で魔物を叩き切る。それはシュミ山でアオがスザと組んで行った戦法だが、長年のパートナーであるアオとの連携は、やはり即席のものとは大きく違っていた。

アカは移動も防御もアオに任せることで、己の竜気を攻撃の一点に集中できるのである。故に振るわれる不可視の刃はドラゴンであるとき以上の威力であった。

またアカアオコンビが戦っている間にもゆっこ姉とフレイムゴーレムの準備は続いていた。

フレイムゴーレムが内側からめくり上がって花弁のように広がっていくと、中にはティアラが風音に与えられたものと同系統のサポートスパイダーが収納されていた。

それにはマッスルクレイとアダマンチウムでできた翼が生えており、心臓球が動力であり、言ってみれば小型竜船と同質のものであった。ただ、背負った蓄魔器の大きさから形状自体はティアラのサポートスパイダーよりも蜘蛛のフォルムに近かった。

その様子を見たアカが「つーか、本当に人間かよ」と呟く。

蓄魔器が接続された今のゆっこ姉の魔力はアカの竜気をはるかに上回る量となっている。そんな異様な存在をアカは見たことがなかった。そして、その言葉にゆっこ姉が笑みを浮かべながらアカに言葉を返す。

「あら。私、もう人間ではないんですよ。ほら、このように」

そう言ってゆっこ姉がユーコーの仮面を外すと、全身から炎が吹き上がった。

ゆっこ姉が炎の女王としての本来の姿へと戻っていく。肉質は魔力体へと変わり、最上位の精霊としての真の力を解放させる。そして同時に英霊召喚の指輪から英霊ユーケーが出現し、その場に炎の嵐が吹き荒れ始めた。

それが人類側最強と悪魔にも認識されている、ゆっこ姉の全力の姿であった。