Manowa

Let's have a thousand and forty-eight conversations.

◎???

「よく来たな。つか、こうやって連絡とる手段もあるわけだな」

玉座に座っているガイエルがそう口にして、その場にやってきた少女を見た。

もっとも今のガイエルの姿は小さな少女ではなく、年は二十半ばを超えたぐらいの厳つい男の姿であった。

そして、彼の前にいる少女は風音だ。こちらはいつもの姿でその場に立っている。

それから風音は周囲を見回しながら「ここは?」と尋ねた。今自分がいる場所を風音は見た記憶がなかった。そこは成金めいた装飾の多い、広い部屋であり、ガイエルも周りを見回してから笑う。

「ここは俺の王の間だな。今じゃあ城も朽ちて、この部屋自体はもう崩れて存在してもいなかったが……それでも、ここが一番落ち着くんだろうよ。夢を見るときも大抵はこの場所で配下の連中と戦勝祝いの酒盛りしてるときだったりするしな。ま、俺の夢の名残ってヤツさ。もう終わっちまったな」

そう口にしたガイエルの顔はどこか遠くを見ているようだった。

そして、その表情を見た風音が少しばかりバツの悪そうな顔をする。ガイエルの夢を砕いたのは、六百年前の達良だ。風音の目の前にいる男は大陸全土を支配しようと己の帝国を築き、それを達良がまとめ上げた連合によって潰された。

もっとも、その時代にいなかった風音には目の前の男の心情は推し量れない。達良であれば自嘲したかもしれないし、アオであれば激昂したかもしれないが。

そんな風音の様子に、ガイエルもなんとも言えない顔をしてから口を開く。

「ともかくだ。助かったぜ。わずかに音声入力だけでパーティ登録まで持ち込んだが、こっちもかなりギリギリだったんだ。こういうこともできるんだな、お前」

「情報連携の応用だよ。ま、チャットルームみたいなもんかな」

そう風音が説明したこの場は、パーティ登録をしたことで『情報連携』により用意されたガイエルと精神世界である。風音は知らぬことだが、かつてティアラがルビーグリフォンの中に囚われ、風音に救われた際にいた精神世界と同等のものであった。

「それで、何の用かな山本ガイエルさん? 私、忙しいんだけど」

「おい、テメエ。本名言うな。恥ずかしいだろ。いや、そうじゃねえ。ともかく、こっちもそっちも時間がねえんだから話進めんぞ」

そう口にしたガイエルの玉座の後ろにある窓の外では、ジルベールとロクテンくん、解放神狼(リバティフェンリル)化した弓花の戦いがあった。それは外の世界を中継している光景だ。なお、キングは弓花の背に乗りウルフライダーとなって戦っていた。

「どっちが主人なのか分からないよね、アレ」

風音がぽつりと口にすると、ガイエルがため息をついた。

「この後に及んで冗談も言えるのか。外であんな激しく戦いながら、よくもこっちでも自分を保ってられるな」

そのガイエルの言葉通り、実際の風音は神機兵(マキーニ)化したジルベールとの壮絶な戦いを行っている最中だ。ジルベールは今や神の名に相応しい力を振るって、風音たちを攻撃しているのだ。対して風音と弓花はジルベールの攻撃をどうにか避けながら、一撃を見舞おうと飛び回っていた。そんな状態では、風音はガイエルと精神世界で会話をしているのだから、ガイエルが驚くのも無理はなかった。

「まあね。明鏡止水ってスキルで精神を保ちながら、どうにか両立させてるところだよ。まあ、それはいいけど、時間がないのも確かだね。さっきのジルベールの全方位攻撃も次にいつ来るかも分かんないしさ」

「ああ、それなら今ため込んでるところだな。タイミングは教えられそうだ」

どうやらジルベールの中にいるため、ガイエルは攻撃の出がかりが分かるようであった。

「む、それは助かるけどさ。で、結局ガイエルさんは鎧の中で何してんの? 敵として登場すると思って、アオさんとかすっごく張り切ってたのに閉じ込められているみたいだし」

「見りゃ分かんだろ。捕まってんだよ。アヴァドンの生け贄にされんのは目に見えてたからな。逃げるのも性に合わねえし、ちょいとユキトたちをぶっ殺してやろうと思ったら逆に捕まってジルベールに乗っ取られちまった。まあ、お前たちとの戦いであいつも余裕がなくなったから、ようやく俺も口ぐらいは動かせるようになったし、パーティ登録まで持ち込めたってわけだ。今のあいつは結構必死だからな。見た目ほど余裕があるわけじゃあねえよ」

「けど、ドヤ顔で『神の力を見よッ』とかやってるけど?」

首を傾げる風音に、ガイエルは「ポーズだ」と返す。

「自分を保つために必死なのさ。元々、奪った魂を魔力の川(ナーガライン)の流れの盾にして自我を保ってきたんだ。それが今じゃあ盾は全部剥がれて、自分自身で魔力の川(ナーガライン)と向き合わないといけない。俺がわずかとはいえ、何をしてても気付けないほどにあいつは今戦いに集中してやがるのさ」

そう言ってガイエルが笑い、それから風音を見た。

「でだ。今があいつにとっては本気を出した状態ではあるが、同時に最大の隙を見せている状態でもある。だからよ。その隙を突いて俺を解放しろ。そっちにとってもこれはチャンスのはずだろう?」

その言葉に風音は少しだけ考えてから、口を開いた。

「まあ……止むを得ないけど、そもそもさ。ガイエルさんは世界を造ることに賛同はしてないわけ?」

「んなもん、賛同するわけねえだろ。俺は強制されて動いてただけさ。なんで、あんなクソつまんない世界を作り直さなきゃあいけねえんだよ。ファンタジーだぞ? 異世界だぞ? チート使ってハーレム築いてウッハウハだったんだぜ、俺はよぉ。こっちの方が百倍いいっての。あのデブに邪魔されてこんなザマになったがな」

その言葉に風音は苦笑しつつも、ならばと頷いた。今この場に限っては敵の敵は味方であった。

「それじゃ、どうすればいいの?」

「知るかよ。てめえ、達良のダチなんだろ。なんかねえか。考えろ。あいつはそうしてきた。そんで俺に勝った。アホみたいなアイディアでもいい。なんか捻り出せ」

ガイエルの言葉に風音が頭をかきながら唸る。

「いや……それ完全に丸投げじゃん。なんか方法はないの? ヒントでもいいからさ」

「あん? そうだな。この、ジルベールってのは鎧を依代にしている神だ。だから鎧を全部ぶっ壊せば多分倒せ……なかったとしても力はほとんど使えなくなるはずだ。少なくともそうすりゃ俺の縛りは解ける」

その言葉に風音がどうするべきかと考えながらも頷きを返す。

「そうなれば、帰還の楔(リターナーズ・ステイカー)でこの場を離れることもできるね。じゃあひとまずはあの、ロボットみたいになってるけどジルベールの鎧を外すのを目標にして……見習い解除なら力技で行けるかもしれないけど、もう使っちゃったしなぁ。レベルもまだ上がってないからしばらくは無理だし。いや、でも……」

そう言って風音がガイエルへと視線を向ける。

「ねえ。今のガイエルさんって悪魔ってことでいいのかな?」

「ああ、悪魔だ。どうも封印中に精神体に手を入れられてそういう存在に変わってる。これじゃあ、プレイヤー側ではなくてもう魔物の類だぜ。ちょっとショックではあるな」

そう言って苦々しく笑うガイエルの前で、風音が考え込む。それからウィンドウをいくつか開いてからガイエルのステータスを見て、何かを試してから頷いた。

「うん。だったら、行けるかもしれない」

「それはどういう……む、やべえな」

ガイエルの眉間にしわが寄った。先ほどの全方位攻撃が再び発動されるのを感じ取ったのだ。そしてガイエルがそれを説明すると風音の顔にも緊張が走った。そして、簡単な言葉だけ交わすと、風音はすぐさま現実の世界へと意識を集中させた。

**********

『来るよ。弓花、私の背に! あと手を貸して!』

ジルベールが放つ斬撃を龍神の大剣で防ぎながら、風音が口を開く。今は戦闘の真っ只中だ。ジルベールの動きは素早く、一瞬でロクテンくんから距離を取ると力を溜め始めた。

『おっと、目覚めたみたいね』

『元々目覚めてるけどね。明鏡止水の副作用だよ』

つい今まで風音が使用していたスキル『明鏡止水』は、行動こそ鈍ることはないものの、発動中はどこか虚ろな状態になってしまう。もっともスキルは解いたので現在はいつもの風音だ。

『で、来るわけね。キング、しっかり掴まってなさい』

『分かりました!』

それからキングを乗せた弓花がすぐさまロクテンくんの背後に隠れ、自分の掌をロクテンくんの方に置いた。そして風音はスキル『友情タッグ』を発動させる。

その場で己の力を増幅させながら水晶化ヌリカベくんを『ゴーレムメーカー』で床から生み出し、さらには『イージスシールド』と『雷神の盾』を重ねて正面に発動させる。

『ぬん。直感で察したか。しかし防ぎきれるか?』

そしてジルベールの身体からまた全方位の光が放たれ、それは水晶化ヌリカベくんと『イージスシールド』までは破壊したが、『雷神の盾』は消失ギリギリではあったが防ぎきった。それの様子を見たジルベールが唸る。

『神の力までも操る。まことに厄介なものだな』

ジルベールとはいえ、神気で構築された『雷神の盾』の防壁までは突破できなかったのだ。とはいえ、風音自身の魔力も有限であり、後どの程度防げるかというところではあった。

『危なかった……けど、やったわね風音』

『ふぅ。友情タッグ様々だね。そんで弓花、まだ踏ん張れる?』

『もちろん。突破口は見つかったの?』

弓花の問いに風音が頷く。ガイエル次第ではあるが、ジルベールを倒す目処は立った。後は実行するのみである。

『これであいつに一泡吹かせられる。一気にあの装甲を引っぺがしてやるよ』

そう言って風音は、不敵な笑いを見せながらジルベールを睨みつけた。