Maou No Utsuwa

The end of the raid

ディア王国の王都ウエストミッド市街地の北の外れ。かつて貧民街であったその場所は、今は焼け残りの瓦礫ばかりが転がる廃墟と化していた。

もちろん全く人気がないわけではない。雨露を凌ぐために焼け残った建物に住み着いた者たちは少なからず存在している。

だが、それはかつての貧民街の一部の光景。歓楽街として驚くほどの発展を遂げた姿はどこにもない。

貧民街が焼けてしばらくして、周囲にある歓楽街を移転しようという話もあったのだが、それはそれを営む者たちの賛同を得られずに、立ち消えになった。

廃墟となった貧民街にまた新たに建物を建てる費用を負担することなど出来なかったのだ。では、その費用を国が持てばという検討もなされたのだが、それも受け入れられなかった。

移転どうこうではなく、貧民街の住人たちが消えたことで、王都歓楽街の各店を営む者は将来を見切っているのだ。

合法非合法の、貧民街の内と外という垣根を越えて、王都歓楽街全体の発展の為に協力し合ってきたのだ。協力し合ってといっても、見目麗しい魔族やエルフ族を抱える貧民街のほうが遥かに集客力を持っていた。その存在がウエストミッドの歓楽街を支えていた。

それがいなくなった今、ウエストミッドの歓楽街は他の街のそれと何ら変わらないものになっている。

皇国時代であればまだ良かった。皇国の都として広大な領土の各地から人が集まってきて、その人たちを相手に商売が出来た。だが、今のディア王国はウエストミッド周辺、かつて皇国中央と呼ばれていた領土しかない。都を訪れる旅人は以前とは比べものにならない少なさだ。

さらに特需となっていた帝国駐留軍もいなくなっては、もう商売を続けていくのも厳しくなる。これまで稼いだ金で余生を暮らすか、それを元手にもっと賑やかな別の街に移ろうと思っている者は、かなりの数に上っていた。

ただ今は歓楽街の将来は重要な話ではない。重要なのは廃墟となり、わずかな家を持たない貧しい人々が住むだけのはずの貧民街に多くの人影が見えることだ。

それも貧民街の住民には間違っても見えない人々が。

「……本当にたどり着いた」

辺りの様子を眺めながら、呟いているのはディートハルト王太子だった。廃墟の中に佇んでいるには相応しくない、とも言えない鎧姿だ。

戦場の跡に立ち尽くしていると言われれば、そのように見えるのだが、貧民街が戦いの場となったのは随分と前の話だ。

「殿下。周囲に敵軍の姿は見えません」

先行して物見に出ていた騎士が戻ってきて、報告を始めた。

「……貧民街の外の様子は?」

「それほど先まで調べたわけではありませんが、怪しい様子はありませんでした」

「罠ではなかったのか」

何故、ディートハルト王太子が貧民街に立っているか。それは一週間前に遡ることになる――。

ウエストミッド城を奇襲する為に、少数精鋭の決死隊を率いて、移動していたディートハルト王太子。

人目に付かないようにと夜を選んで行軍していた決死隊であったが、ウエストミッドまで後七日ほどでたどり着くかとなったところで、いきなり正体不明の集団に周囲を取り囲まれる事態に陥った。

囲まれたといっても数は多くはない。夜の闇の中でも、同数程度かと見て取れた。だが、ディートハルト王太子は部下に交戦の指示を出さなかった。

周囲を取り囲む者たちの、闇の中に光る瞳がそれを躊躇わせたのだ。

「共和国の者たちか?」

集団から進み出てディートハルト王太子は周囲を囲む者たちに問い掛けた。それに対する応えはない。

「……カムイ・クロイツの仲間か?」

言葉を変えて問い掛けてみる。

「それは否定出来ないね」

今度は答える声があった。その声とともに相手方からも一人、前に出てきた。闇の中では、小柄だということしか分からない。その男の瞳は光っていないということと。

ただ仮に顔を見ることが出来てもディートハルト王太子は相手が何者かは分からないだろう。カムイの仲間としてダークが表舞台に出たことはこれまで一度もないのだ。

「カムイ・クロイツの仲間が何の用だ?」

「おっと、そう来るか。これはなかなか興味深い人だね」

「……どういう意味かな?」

興味深いと言われる意味がディートハルト王太子には分からない。

「カムイの仲間と聞けば、味方してくれるのが当然という態度を取ると思っていた」

「カムイ・クロイツが我が国に協力することはない。利用することはあっても。違うか?」

「……勿体ない。仲良くなるべきはお兄さんのほうだったね」

カムイとの関係をきちんと見極めることが出来ているディートハルト王太子は、カムイに甘えているディーフリートよりはマシだとダークは考えた。

ディーフリートと接点のないダークは、見る目に甘さがないのだ。

「今更だな」

「そうでもない。身分を捨てて、国を捨てて、家族を捨てれば間に合うかもね」

「……それは出来ないな」

「そうだね。それが出来るのであれば貴方はここにいない」

国を捨て、家族を捨てられるなら死を覚悟してウエストミッドに向かう必要はない。これがダークには分かっている。

「……お見通しか」

自分たちの計画はカムイに漏れている。それを知ったディートハルト王太子の顔に自嘲的な笑みが浮かぶ。

やはり内通者が、それもかなり中枢にいた。もしかしたら、今この場にいる決死隊の一人かもしれないとまでディートハルト王太子は考えた。

「それは仕方がないよね? そもそも先の見通しも持たないで北部に侵攻するのが悪い」

「一応は持っていたはずなのだが、何を間違ったかな?」

反乱計画はそれなりに検討を重ねて作られたものだ。それをダークは無計画だと言っている。ディートハルト王太子はその理由に興味を引かれた。カムイの仲間の考えというものを聞いてみたかったのだ。

「カムイを反乱に引きずり込むなら北部に手を出すべきではなかった。北部をオッペンハイム王国が押さえたことは、せっかくの帝国との火種をわざわざ消したようなものだよね?」

「……そうなるのか」

「まあ、それ以前に急ぎ過ぎ。もっと帝国を調子に乗らせておけば良かったのに」

「調子に乗らせるとは?」

「たとえば心から臣従していると帝国に信じさせるとか。帝国はカムイを恐れていたけど、さすがに全ての国が臣従したと信じれば、帝国のほうから仕掛けていた」

帝国がカムイを恐れていたのは、共和国単独の力ではなく、それに協力して動くであろう国々を加えた力だ。それがないとなれば、帝国はもっと強硬な態度に出ていた可能性が高い。いずれは滅ぼしたいという気持ちはずっと持ち続けているのだ。

「我が国だけがそれをしても」

オッペンハイム王国とカムイとの繋がりは薄い。ルースア帝国が気にするのは中央諸国連合などの他国だとディートハルト王太子は考えている。

その通りだ。だが、その中央諸国連合が曲者なのだ。

「他の国も同じことをしたと思うな。それで帝国がカムイに喧嘩を売り、カムイが買ったところで手の平を返す。カムイの仲間ってそんな奴ばかりだ」

「……まずはカムイを動かすこと。反乱の成功の前提はそこにあったのだな」

ディートハルト王太子にも分かっていたことだ。分かっていて、それを進言もしていたのだが、父であるオッペンハイム国王は受け入れてくれなかった。

その時からだ。ディートハルト王太子の言葉よりもディーフリートの言い分をオッペンハイム国王が採用するようになったのは。

「それ以外に何が?」

「そうだな。他に勝つ道はなかった」

「そっちが勝手に動いたせいで、こっちは目算が狂った。なかなか厳しい戦いになりそうだ」

「……まさか我が国だけでなく、シドヴェスト王国も切り捨てるつもりなのか?」

オッペンハイム王国は、少なくともウエストミッド奪回作戦はカムイに嵌められているとディートハルト王太子は考えている。ルースア帝国にオッペンハイム王国をぶつけて、消耗させるつもりだと。

だが、シドヴェスト王国まで切り捨てるとは思っていなかった。それをしては、帝国との戦力差はとてつもなく開くことになる。

「さあ? それはカムイの気持ち次第だね。でも、仲間を嵌めようとした相手をカムイが許すとは思えないね」

「……ディーフリートは仲間ではないか」

「本人にその気がないからね。仲間って言っているけど、それはカムイが望むからであって、僕たちは皆、カムイに忠誠を誓っている。対等だなんて思っている奴は一人もいないね」

「なるほどな。そういうことなのだな」

ただでさえ分かりにくいカムイの考え。それを見極めることが出来ても、カムイの動きは読めない。本人の意思とは微妙に異なる周囲の意思がカムイを支えているのだ。

「カムイを王に。それもこの大陸を統べる覇者にする。仲間たちの想いはこれにある。これが分かっていれば、ディーフリートのような真似は出来ないから」

「覇者に出来そうか?」

「う~ん。大陸の覇者とかいう問題ではなくなったみたいでね。それでも、まあ、カムイならやってくれると思うよ」

「……そうか」

ダークの前半の話は意味が分からないが、とにかく勝算があることだけは分かった。実際のところは分からないが、カムイの仲間たちはそう信じているのだと。

「さて、そろそろ本題に入ろうか。城への奇襲は帝国にもばれている。それでもやる気かな?」

「……やる」

カムイに知られていると分かった時点で、帝国にも知られている可能性は考えていた。それでもディートハルト王太子は引く気にはなれない。これはもう意地だ。

「そう。じゃあ、もう少し情報を。帝国はウエストミッドの手前で待ち構えている。どんなに隠れて移動しても、目的地が分かっていればいくらでも待ち伏せは出来るからね」

「そうか」

このダークの話を聞いても、ディートハルト王太子の決意が揺らぐことはなかった。

「だから抜け道を教えてあげる。恐らくは帝国にもディア王国にも気付かれずに、ウエストミッドに侵入出来る」

「何だって?」

「信じるかどうかはそちら次第だけど、信じたほうが良いと思うよ。少なくとも外の待ち伏せは躱せるし、ウエストミッドへの進入に悩む必要はなくなる。まあ、城にもそれなりの数が待ち構えてるだろうから結果は変わらないだろうけどね」

「……信じよう」

――という出来事があり、教えられた進入路、地下道を通ってきてみれば、この場所に辿り着くことが出来た。

貧民街から城まではそれなりの距離がある。それでも、どうやら気付かれることなく王都内に侵入出来たのは大きい。

「暗くなるまでは一度下がろう。行動は夜になってからだ」

夜になれば城の門は全て閉じられる。ディートハルト王太子は当然、それは分かっている。分かっていてそれを選ぶ理由がある。

西方伯家の野心。これは百年以上の時を経て、受け継がれてきたものなのだ。

◇◇◇

――その日の深夜。

ウエストミッド城内は、突然現れた百人を超える襲撃者たちによって、大混乱に陥っていた。

城内の、それも王族の私的空間である奥にいきなり現れたディートハルト王太子率いる決死隊は、警備の騎士たちがその存在に気付かないうちに一気に、さらに奥深く突き進んだ。

目的の場所は国王であるクラウディアの寝所だ。

さすがにそこにたどり着く前に護衛の近衛騎士団に発見され、戦闘が始まった。入り乱れて戦う騎士たちの怒号、侵入者の存在と応援を求める警鐘が廊下に響き渡っている。

「突破口を開け! 急げ!」

戦いが長引けば長引くほど、オッペンハイム王国側が不利だ。警鐘を聞いてディア王国側の騎士たちが集まってくることになる。

「うぉおおおおっ!」

決死隊と名付けたそのままに、一人の騎士が廊下を塞ぐディア王国の騎士の集団に向かって突入していった。防御など全く考えていない、ただ敵を倒すことだけを考えて、ガムシャラに剣を振るう騎士。

「乱れたぞ! 突き崩せ!」

命を賭した突撃によって乱れた敵の隊列を一気に突き崩そうと、さらに数人の騎士が体当たりをかますような勢いで突進していった。

「守れ! 決して通すな!」

守る側も必死だ。奥側にいる近衛騎士はそれほど数が多くない。ここで突破を許せば一気にクラウディアの寝所まで進まれてしまう可能性が高いのだ。

なんとかこの場で時間を稼いで、味方が集まってくるのを待つしかない。

「押し開け! 数人でも良い! 突破させろ!」

「守れ! 決して先に進ませるな! 援軍はすぐに来る! それまで耐えろ!」

攻める側と守る側、双方の必死の声が廊下に響いている。その声はその先の寝所で震えているクラウディアの耳にも届いていた。

「……は、早く行って、倒してきて」

クラウディアは一人ではない。ウエストミッドに残った八神将の二人グスタ・ハギトとホルスト・アストロンと一緒だ。その二人にクラウディアは侵入者を倒してくるように言った。

「い、いや、ここで最後の守りとなったほうがいいと」

「そ、そうです。敵は百人程度と聞いております。その数であれば守り切れるはず。警戒すべきは混乱の中で、運よく抜け出てこれた者。それから陛下を守る為に我らはこの場にいたほうが良いと思います」

よくわからない理由を語って、二人はクラウディアの命令を拒否した。

「ここは一人でいいよ。どちらか一人が行って、全員倒してきて」

「いや、一人で百人も倒すなんて」

「二人は勇者でしょ?」

「我らはまだ選定の儀式は終えておりません」

勇者選定の儀を行わなければ、特別な力は手に入らない。この場にいる二人はまだその儀式を終えていない。

今はまだ剣術大会を勝ち残った少し強い普通の剣士だ。

「そんな……じゃあ、どうするの?」

廊下の喚声はますます大きくなっている。敵が近づいてきているのだとクラウディアは思った。

「心配は無用です。敵が突破してくることなどあり得ません」

全く根拠のない言葉を口にして、クラウディアを安心させようとホルストはしてきた。だが、これは口にしてすぐに無駄になる。

「探せ! この中のどれかのはずだ!」

はっきりと聞こえてきた言葉。それと同時に扉が荒々しく開けられる音も耳に届く。

ディートハルト王太子たちが近くまで来て、クラウディアを探しているのだ。

「き、来たよ! 逃げないと!」

「どこに逃げれば良いのですか!?」

「どこかに逃げ道があるはずなの!」

「どこかって、どこに!?」

万一の時の脱出路。それは確かにある。だが、それは国王であるクラウディアが知っているべきものだ。グスタとホルストが知っているはずがない。

「人の声だ! 奥にいるぞ!」

さらにクラウディアと二人の声がディートハルト王太子たちを引き付けてしまう。廊下を駆けてくる音。そして。

「蹴破れ!」

衝撃音とともに入り口の扉が吹き飛び、ディートハルト王太子たちが乱入してきた。

「……クラウディア王」

「……ディートハルト……さん」

二人は全く知らない仲ではない。何度か顔を合わせるくらいの機会はあった。

「恐れながら、お命を頂戴いたします」

「……い、嫌」

カムイの時は殺してと自分で言ったクラウディアが、今は怯えて震えながら嫌だと言う。

「申し訳ありませんが、貴女には死んでもらう必要があるのです。ご覚悟を」

「嫌! グスタさん! ホルストさん!」

グスタとホルストの二人に助けを求めるクラウディア。だが、二人の反応は。

「降参! 降参する!」「俺もだ!」

「えっ?」

クラウディアに視線を向けることもなく、両手を挙げて降伏を訴えていた。

「哀れな。ご安心ください。苦しまないようにひと思いに殺して差し上げます」

「…………」

震えながら、ゆっくりと後ずさるクラウディア。そうしたからといって逃げ道があるわけではない。ただ剣も持って自分に近づいてくるディートハルト王太子から逃げているだけだ。

「……お覚悟を」

ディートハルト王太子がクラウディアに向かって剣を振りあげたその時。

大きな音を立てて、隣室につながる扉が吹き飛んだ。

「押し返せ! 一人残らず討ち取るんだ!」

「オスカーかっ!?」

現れたのはこの場にはいないはずのオスカーと、そのオスカーに率いられた王国騎士団だった。オスカーの部下たちが一斉にオッペンハイム王国の騎士たちに切りかかっていく。

あっという間にクラウディアの寝所、そして目の前の廊下は多くの敵味方が切り結ぶ戦場になった。

「ディートハルト殿。何故、暗殺などという卑怯な真似を」

周囲の喧騒をよそに、オスカーは静かな声でディートハルト王太子に尋ねた。

「国を守る為だ。それにこれはクラウディア王の為でもある」

オスカーの問いにディートハルト王太子も落ち着いた様子で答える。

「……どうして命を奪うことが陛下の為になる? そんなことはあり得ない」

「我が国がウエストミッドを落として、クラウディア王を捕らえた場合、クラウディア王はどうなると思う?」

「そんなことはさせん」

「そうではない。仮にそうなったらどうなるかと聞いているのだ」

「……陛下のお命が奪われる」

「そうであれば私はこんなことはしない。クラウディア王は生かされて、父か弟の妃になると私は思っている」

「何だと……?」

ディートハルト王太子の話は、全くオスカーの想像の外にあった。

「皇国の復興には皇家の血筋が必要だ。そして、それは男性ではなく女性であることが望ましい。オスカー殿。貴殿はクラウディア王がそんな扱いをされることを望んでいるのか?」

「……そんなことはさせん」

望むはずがない。そうであっても、オスカーはクラウディアを殺させるわけにもいかない。

「……それもそうだな。貴殿の立場であれば、そうとしか言えない」

説得など無駄なこと。二人はもう皇国の臣下ではない。それぞれの国があり、敵味方に分かれたのだ。

「その通りだ。ディートハルト殿と俺は立場が違う。お互いに守るべきものが違うのだ。そうであれば、ただ己の信念に従って雌雄を決するのみ」

「そうだな。では……参る!」

剣を構えてオスカーに向かって一歩踏み出すディートハルト王太子。オスカーもそれに応えて構えをとる。

二人の命を賭けた戦いが始まる……はずだった。

「ぐっ……」

「なっ?」

ディートハルト王太子の体を貫いている一本の剣。心臓を貫かれたディートハルト王太子は、その場にゆっくりと崩れ落ちていった。

「殿下ぁっ!!」

ディートハルト王太子が倒れたのを見て、オッペンハイム王国の騎士が駆け寄ろうとする。だが、その背中をオスカーの部下の剣が襲い、その騎士もまた床に倒れていった。

他のオッペンハイム王国の騎士も同じ。対峙する相手を倒して、何とかディートハルト王太子の下に向かおうとするが、その焦りが隙を呼び、次々と敵の剣の前に倒れていった。

制圧は時間の問題。だが、それをオスカーは喜ぶ気になれなかった。

「……ハーラルト・ファレル。卑怯ではないか!」

ディートハルト王太子を背後から襲ったのは八神将の一人。勇者選定の儀式を終えた本物の一人だ。そのハーラルトに向けて、オスカーは非難の声を口にする。

「相手は暗殺を企む卑怯者だ。堂々と戦おうなんて思うほうがおかしい」

「何だと?」

「怒るな。何よりも大切なのは陛下の御身。それを守る為だ。手段を選んでいられない。しかし……何故、お前がここにいる?」

オスカーはディア王国軍を率いて北部にいるはずだ。そのオスカーがここにいる理由をハーラルトは尋ねてきた。

「陛下の身に危険が迫っていると聞いたからだ」

「我らがいるのにか?」

「そのお前らは陛下を守れなかったではないか!?」

オスカーが現れなければ、クラウディアは討たれていた可能性が高い。

「お前らと言うな。残った二人がポンコツだっただけだ」

「お前も陛下のお側にいなかった」

「ウエストミッドの手前で待ち構えていたのだ。それを見事に躱された。その秘密も確かめなければだな。まあ、その前に残った奴らを制圧しなければか。せっかくいるのだ。それはお前に任せる」

「……もうやっている」

「それでは速やかに終わらせろ。それを陛下はお望みだ」

「……陛下。行ってまいります」

「あっ、うん」

ハーラルトに指示されるのは癪だが、襲撃者の制圧は確かに速やかに行う必要がある。部下の指揮をする為に、オスカーはクラウディアに挨拶をして、寝所を出た。

目の前の廊下ではすでに戦いは終わっていた。生き残ったオッペンハイム王国の騎士も、これ以上の交戦は無理と悟って退却に移ったのだ。

戦いの喧騒が消え去った廊下。その静けさが届かなくて良い会話をオスカーの耳に届けてしまう。

「陛下。お怪我はありませんか?」

「う、うん。大丈夫」

「残した二人が不甲斐ないばかりに申し訳ございません。この二人も速やかに儀式を終わらせ、陛下のお役に立つようにしなければと思います」

「でも……レナトゥスくんは」

「勇者となった仲間はすでに五人います。これだけいれば雑魚の手など借りる必要はございません。準備を整えて、仲間を集めて儀式を執り行うことにします」

「……そうだね。それで皆強くなれるものね」

クラウディアの言葉を聞いて、オスカーの胸に暗い感情が広がっていく。

儀式の準備、それは生贄を用意するということだ。それが分かっているはずのクラウディアが、あっさりと儀式の実施を受け入れてしまった。

オスカーの諫言は何の意味もなかったということだ。

「ディートハルト王太子殿下の遺体を、いや、オッペンハイム王国の騎士の遺体は丁重に埋葬するように」

近くいた部下にオスカーは指示を出す。

「それは……」

「頼む」

「……はっ」

ディートハルト王太子の邪魔をしたことは果たして正しかったのか。こんな思いがオスカーの心に湧いてきてしまう。