Maouyome
♪ 60 days high and the sky is clear one ♪
悪夢のような一日が終わり、夜が明けた。
森は静寂を取り戻し、砦の中もどこか落ち着いた雰囲気に満たされていた。
亡者達の氾濫は、終わったのだ。
……何か色々と大変だったけど。
砦の最上階で魔法陣による儀式魔法を使った後、どうやら私は気を失って別室で寝かされていたらしい。
途中で目を覚ました記憶がかすかにあるんだけど、どこかあやふやで、はっきりとは覚えていない。
何か夢を見ていたような気がする。
とても爽快で気持ちの良い、……でも何か恐ろしいものを見てしまったような、夢を。
何だろう? この感覚は。
まだ寝ぼけているんだろうか。
……。
まぁ、分からんもんは分からん。
深く考えるのは止める。健康にも悪い。
「おはようございますっ! 魔王様っ!」
聖女様の『祝福』の残滓か、どこかさっぱりと清々しい空気に満ちた砦の内部。その一室に呼ばれた私は、元気よく声を張り上げて扉を開けた。
「だから取り次げっ! お前はっ!」
ほどよく広い部屋の中には、魔王様の他にも数人のお客さんがすでにいた。
「おはようございます。レフィアさん」
天使のような微笑みで、私の天使様が振り返る。
聖女マリエル様、マジらぶ。
部屋に差し込む朝の陽光に照らされ、その美しさに更に磨きがかかっているかのようだ。
……ってか、事実昨晩よりも綺麗に見える。
何だろう……?
どこか凄みを増した美しさに目を惹かれる。
聖女様の隣りに並ぶ二人にも頭を下げる。
法主様と疲れ果てた感じの勇者様だ。
何だろう……?
どこか凄みを増したボサ加減にちょっと引く。
「またえらく元気のええ娘っ子だがね」
魔王様の横にちっこい女の子がいた。
凄く美少女然とした、お人形さんみたいな子だ。
何か、訛り方にどこか聞き覚えがある。
よく見ると、似てなくも無いような……。
ベルアドネの妹さんだろうか。
うん。妹さんの方が確実に美人だな。
……頑張れ、ベルアドネ。
「はじめまして。レフィアです」
「シキ・ヒサカだがん。……おんしゃには馬鹿娘のベルアドネがえらい迷惑をかけやーせたなあ。すまんこって。母として一言、礼を言わせてもらやーすわ」
……。
はい?
あれ?
シキ・ヒサカってどっかで聞いた事あるような気がする。
確か、ベルアドネのお母さんだったような……。
……。
待て待て待て待て。
「……って、 ベルアドネの……、お母さん?」
「うちの馬鹿がようさん世話になったな」
「嘘っ!? こんなっ、ものすっごい美少女がベルアドネのお母さん!? って、は? 嘘、マジでっ!? 若っ!」
ヤバくない? 犯罪? 何それ。
魔の国の風紀って乱れまくりまっくま?
「あっはははっは。えらい久しぶりな反応だがね。肝もよう座っとらっせやーす。わんしゃ今年で92になりやーすでな。若く見られるんはいつまで経っても嬉しいもんだて」
「……きゅ、92!?」
……ロリババアだ。
伝説のロリババアがここにいるっ!?
本当にいたんだ。こんな妖怪じみたロリババア。
「レフィアさん」
あまりの衝撃に唖然としてると、聖女様から声をかけられた。
だって凄くない? 90過ぎてこの容姿って。
人間と違うとは思ってたけど、超絶犯罪級だ。
「私達は早々に砦を立ち、国元に戻ろうと思います」
あ、……そうか。そう、だよね。
聖女様も忙しいんだし、そりゃ早々に帰るよね。
何だろう。……ちょっと寂しいかも。
「……はい。色々とご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。無駄足を踏ませてしまっただけでなく、こんな危ない目にまで会わせてしまって。……謝ってすむ事では無いかもしれませんが、……ごめんなさい、ありがとうございました」
本当の本当に、ありがとうございます。
「言う程無駄足という訳でも無いので、それほど気にしないで貰いたいのだが、……良いかな? レフィア殿」
「法主……、様?」
いや、何をどう見ても無駄足じゃないの?
「我々は魔王に拐われた哀れな娘を助け出す為、自らの危険を省みる事なく魔の国へと赴いた。……というのは、周りに余計な不安を広げない為の表向きの理由であった」
「……はい?」
「我々は、聖女マリエルが感じとった『厄災』を探るべく現地へと赴き、そこで『亡者の行進』の発生に行き当たる。我々も窮地に陥るが、聖女マリエルの奇蹟の御業により亡者達は一掃され、『厄災』は無事に取り除かれた。……という次第で話がまとまったのでね」
……えぇっと。何? それ。
どういう事なんだろうと魔王様へと視線を送ると、魔王様はそっぽを向いて後ろ頭を撫でていた。
「まぁ……、そういう事だな。言っただろ、こちらとしても今は無用な波風を立てるつもりも無いと。法主達がそれでいいと言ってるんだ。特に構わんだろ」
「……まるきっり出鱈目じゃないですか。そんなの、誰が信じるんですか?」
「事情を知らなければ信じるだろ。特に人間の国々が信じればそれでいい。……レフィア、昨晩聖女が構築した『祝福』の魔法陣、どのくらいの大きさだったか知ってるか?」
『祝福』の魔法陣の大きさ?
夢の中で見たのだと相当広かったけど、はて。
……夢? そんな夢なんて見たっけか私。
あれ?
何だろう、思い出そうとすると靄がかかる。
「5キロくらい、……とか?」
禁忌の森が半分はいる……くらいかな?
考えれば考える程、訳が分からなくなる。
こういう時はあれだ。
考えるのを止めよう。
直感で生きるべし。直感で。
「1500キロだ」
……。
……。
は?
「シキに計算してもらったら、魔法陣の幅は、少なくとも1500キロ以上にはなっていたらしい。アリステアと魔の国をすっぽり包んでおつりがくる広さだな」
魔王城と禁忌の森までがだいたい300キロぐらいだった気がするから……、その5倍?
その5倍の大きさの、……魔法陣?
「……ごめんなさい。大きさの想像もつきません」
「全く同感だ。おかげで奈落の穴ごと亡者達が消えたのは助かったが、今頃は人間どもの間では大騒ぎだろうな。法主達にはそいつらが納得するようなネタを、是非とも持って帰っていってもらわんと色々と面倒になる。……つまりは、そういう事だ」
改めて思う。
聖女様、マジ半端ねぇ。
尊敬の眼差しを聖女様に向けると、聖女様は何故か憂いを含んだかのように寂しげに苦笑した。
……どうしたんだろう。
「……心苦しいですが、それで丸く収まるのであれば」
「お前がやった事に変わりは無い、胸を張って帰れ。……という訳で聖女の働きに免じて人質を解放する事にした。とっとと砦から出ていけ人間ども」
「……感謝する」
「するな。俺達は貴様らを人質に取って聖女を無理矢理働かせたに過ぎん。それを忘れるな」
体面を気にしなきゃならないのは分かるけど。
……メンドクセー。
「……もちろん、決して忘れはしないとも。私の名誉にかけてでも」
「ふっ。強情っぱりめ。……達者でな」
「また会える事を望む。魔王リー」
ガンっ!
魔王様が盛大に壁に頭をぶつけた。
……どした?
「なっ、なっ、何でその名をっ!?」
「付近の村で、それが魔王の名だと聞きましたし、レフィアさんからもそう……」
聖女様が不思議そうに答える。
「付近の村でっ!? 広まってるのかっ!?」
「……違うのですか?」
「違っ!? ……う事もないかもしれん。違わない」
「……どうしたんですか? 魔王様」
魔王様が私をチラ見しながら語尾を弱くしていく。
何でこうも挙動不審なんだろう、この魔王様は。
「……いいからとっと帰ってくれ」
何故そこでいじける……。
さっぱり訳分からん。
「あ、法主よ。お前達の働きにも報酬を用意しておいた。帰りに下で受け取って行け」
「……報酬? いや、そんなものを受けとる訳には」
「荷馬車5台分の食料だ。持って行って貰わんとせっかく用意した手前、処分に困る。いらなきゃ途中で捨てていけ」
あっ、そうだ。食料から何まで全部、岩荒野の陣営に捨ててきたんだった。
手ぶらのまんまじゃ国元まで帰るに帰れないじゃん!
「……すまない。何から何かまで」
「正当な報酬だ。当然の顔をして持ってけ」
法主様と勇者様が頭を下げて退出していく。
魔王様……、やるじゃん。
「レフィアさん」
「あ、はい」
「約束、覚えていますか?」
「……もちろんです。いつか必ず」
「ええ、いつか、必ず」
落ち着いたら、必ず、会いに行きます。
私も聖女様と一度ゆっくりお話してみたいから。
約束を確認すると、聖女様も部屋を後にした。
一緒にいた時間は短かかったけど、密度が濃かった所為か、何かこう……、寂しさを感じてしまう。
村にいた頃から話だけなら散々聞いていたけど、聖女マリエル様は思っていた通り、素敵な人だった。
うん。美人は大好きだーっ!
「さて。次だな」
……次?
「アスタスをここに連れて来いっ!」
魔王様が扉の向こうに声を張り上げた。
さっきまでのどこか穏やかな雰囲気ががらりと変わる。
アスタス……。
誰だ?
しばらくして、アドルファスとモルバドットさんが帯剣して入ってきた。どこか様子が物々しい。
何だろう。
「あっ……」
二人に続いて入室してきた姿を見て、思わず声を上げてしまった。
さらにリーンシェイドとベルアドネに付き添われて入ってきたのは、あの濃紺色の毛並みをしたファーラットだった。
自分の足で歩いている……。
よかった。無事だったんだね。
アスタスって、彼の事か。
「って、……え? 何?」
目の前まで来るとアスタスは床に跪かされた。
アドルファスとモルバドットさんが抜剣して、その首元に白刃を押し当てる。
「申し開きがあれば聞いてやる。精々喚け」
魔王様のドスの聞いた低い声が響いた。