Master’s Smile

Lesson 189: The Resurrection of the Forest

僕は長老の身体から魔剣『クラーラ』を抜き取る。

生命力を根こそぎ奪われてしまった彼の身体は、原形をとどめることなくボロボロに崩れ去っていった。

これが、この魔剣の強力な能力である。生命力をすっかり奪われてしまえば、爪一つたりともこの世に残ることはない。

あまりに強すぎるので、僕も普段は使わない。

それに、割と魔力も吸い取られるんだよね。あと、ついでに生命力も。

まあ、強力な魔剣なんだから代償だってそこそこのものを要求されるよね。

それに、僕は人より魔力量が多いし、生命力だって多分多いだろうから大丈夫だ。

「……いえ、多分無事なのはマスターだからだと思いますけど」

「だって、あの魔剣って凄いんでしょ?」

「はい、多分……。私が見た限りですけど、おそらく魔力は大魔法使いでも数分使っただけでカラカラになるほどで、生命力は常人ですと十秒程度で奪い尽くされてしまうかと……」

「……マスターって何者?あなたもそうだけど、本当に普通の冒険者?」

「冒険者ギルドですよ。……まあ、普通ではないですけど」

「ちょっと。最後に小さい声でなんて言ったのよ」

ぼそぼそと二人だけで会話をするシュヴァルトとルーフィギア。

仲がいいことはよろしいんだけれど、ちょっとさみしいかも……。

「……それにしても、まさか長老がこんなことをするなんてね……」

ルーフィギアは長老がいた場所を、少し悲しげに見つめる。

彼の遺体は存在しない。

『クラーラ』によって生命力を全て奪われてしまっては、この世界に髪の毛一本残すことなく消滅してしまう。

……少々、やり過ぎただろうか?

僕としては、正直それほど恨みもなければ怒りもなかった。

ただ、僕が戦わなければシュヴァルトに手を出そうとしていたので、親として娘を守るためという心情でやっつけたのだけれど……。

エルフの集落の頂点であった長老の死に、ルーフィギアは思うところがあるだろう。

「言っておくけど、私にマスターを非難するつもりなんて毛頭ないわよ?これは、どう考えても長老が悪いんだもの。あの人は、たくさんの同胞を殺した。なら、因果応報よ。……エルフではないマスターにけじめをとってもらったということが、ちょっと情けないけどね」

「本当ですね。自分たちの問題にマスターを巻き込まないでください」

「うぐ……。私だって、長老があんなエルフだとは思っていなかったわよ……」

シュヴァルトの毒に、うっと言葉を詰まらせるルーフィギア。

僕は彼女を見ながら、ほっと安堵のため息をつく。

よかったぁ……。もし、許さないなんて言われて襲い掛かられたりしたら、ショックだったからね。

しかし、長老はどうしてこのような暴挙に及んだのだろうか?

彼は宿願がなんだこうだと言っていたようだけれど……。

凄く気になるのだけれど、すでに僕が殺してしまったのだから聞きだすこともできない。

うーむ……殺してしまったのは失敗だっただろうか……。

「長老もいなくなったことで、私たちは大きな変化を求められるわね……。それに、この森でだって、もう私たちは生きていけないわけだし……」

ルーフィギアは少し悲しそうに周りを見渡す。

緑豊かな光景ではなく、『クラーラ』によって生命力を奪われて黒ずんだ光景が広がる深緑の森。

森と共に生きるエルフは、この死んでしまった森ではもう生きていけないだろう。

……いくら、長老を倒すためだったとはいえ、やり過ぎてしまったか……。

しかし、安心してほしい。

僕だって、森を殺して後は知りませーん……などと言うつもりもないのだから。

「……マスター?何を……」

再び、大地に剣を突き刺した僕を見て、シュヴァルトは首を傾げる。

ルーフィギアは顔を青くして、これ以上追い打ちをかけるつもりかといった表情を浮かべる。

いや、違うから安心して……。

僕は『クラーラ』の中に取り込まれていた生命力を流し、大地に還元させる。

すると、黒くなって命を奪われていた森が、急に色を取り戻して命を吹き返す。

魔剣『クラーラ』は命を吸い取るだけの魔剣ではなく、吸い取った生命力を流し込むことだってできるのだ。

「す、すごい……。私たちの森が、生き返った……っ!!」

ルーフィギアは嬉しそうに破顔させて、目にはうっすらと涙も浮かび上がっている。

仕方のないことだと言っていても、やはり森が死んでしまったことは悲しかったのだろう。

ふぅ……これくらいでいいかな……。

僕は魔剣を通して生命力を流し込むのを止める。

あまりやり過ぎると、この土地が元気になり過ぎてしまうからね……。

「ま、マスター。お身体は大丈夫ですか?一つの森を復活させるほど生命力を流し込んだら、何か不具合を生じさせてしまうかもしれません。痛い所はないですか?苦しい所はないですか?」

生命力を流し終えると、シュヴァルトが僕の身体をすりすりとさすりながら泡を食ったような表情を浮かべる。

いや、大丈夫だよ。ぶっちゃけ、吸い取ったものを返しただけだし。

心配してくれるのは、凄く嬉しいけれどね。

「別に、マスターがこの森を復活させなくてもよかったんですよ?マスターの命の方が圧倒的に大事です」

いやー……一応、僕が殺してしまったんだから、責任は取らないといけないと思うし……。

それに、それほど無理もしていないから、大丈夫だよ。

「マスター!」

ぐぇ……。

いきなり飛び込んできたルーフィギアの頭が僕のお腹に当たり、何とも情けない声を出してしまう。

うぅ……鈍い痛みが残る……。

ルーフィギアは抱き着きながら僕を見上げ、キラキラと目を輝かせている。

「ありがとう、マスター!長老を倒してくれただけじゃなく、森まで復活させてくれて……っ!!」

感極まったように、涙を目じりに溜めるルーフィギア。

いやいや、森を一度死滅させてしまったのは僕だからね。これくらい、当然のことだよ。

……隣でシュヴァルトが凄い顔をしているのは、ルーフィギアには見せないでおこう。絶対にひくから。

「子供たちの救出から、ドワーフとの戦争。それに、集落を壊滅させた長老を倒してくれた……。私たちにとって、恩を返しきれないほどの恩人よ」

うーん……といっても、成り行きだったからなぁ。

別に、ルーフィギアたちに恩を感じてもらうことなんてないよ。

「どんな恩返しができるかわからないけど、私だったら何でもするわよ!そうよ!私と結婚して、エルフの長に……っ!!」

「おい」

「ぎゃっ!?」

何やら色々と凄いことを口走っていたルーフィギアを止める声。

いや、声だけではない。

後ろからルーフィギアの頭を鷲掴みにし、まるで万力のように強く握りしめる。

それは、いつも以上に無表情で目が凍りついたシュヴァルトの為すことだった。

「何をペラペラとわけのわからないことを口走っているんですか、あなた。あなたの身体など、マスターが求めるはずないでしょう。身の程を知りなさい」

「い、いたたたたたた……っ!!」

「それに、結婚ですって?認めるはずがないでしょう、虫が。虫は虫同士で乳くりあっていればいいんです」

「痛いってば!!もう言わないから、離してぇ……っ!」

僕は苦笑してシュヴァルトとルーフィギアの掛け合いを見る。

多分、エルフの集落を復興させるために僕の力を求めたんだろうな。

僕を引き留めるために、結婚という手段に打って出たんだろう。

残念ながら、僕は九人のメンバーを抱えるギルドのマスターである。エルフの長になることはできない。

……あ、ルーフィギアが全身の力を抜いてブラブラし始めた……。

「恩返しなら、別のことを頼めばいいんじゃない?」

おや……?

声のした方を見ると、僕のよく知る人物がいた。

『救世の軍勢(イェルクチラ)』のギルドメンバーである、クーリンとリースである。

おぉ……この組み合わせは、リッターと巻き込まれた王国の騒動の時以来だね。

「…………」

「痛い!?また、強くなってきたっ!?」

シュヴァルトは表情こそ無であるけれど、何やら冷たい雰囲気を醸し出している。

彼女に頭を掴まれたままのルーフィギアが、悲鳴を上げ始めた。

「そう怒るなよ、シュヴァルト。マスターの一大事かもしれないと思ったら、駆けつけるのが普通だろ?」

「そうですね。別に、あなたたちは必要ないですけど」

苦笑しながら宥めるリースに、シュヴァルトは視線を合わさずにぷいっとそっぽを向いてしまう。

久しぶりに会っても、嬉しくないのだろうか……?

「必要ない、ですって?なら、さっきの森全体を覆った現象はなんだったのよ。死を撒き散らしたと思ったら、今度は生を撒き散らす。異常事態が起きていたんでしょ?」

「ああ、確かにあれは驚いたな。私がクーリンを掴んで飛ばなければ、死んでいたぞ」

「死ねばよかったのに」

僕は彼女たちの言葉に、ビクッと身体を震わせる。

も、申し訳ない。この集落にいたエルフたちは、比較的僕と近かったから制御できたんだけれど、まさか二人がこの森にいるとは思わなかったから……。

リースが機転を利かせて逃げてくれてよかったよ……。

もし、僕のせいで二人が死んだとなったら……想像するのも嫌だね。

……だから、シュヴァルト。ボソリととんでもない毒をぶっこんでくるのはやめようか。

「あれって、なんだったの?」

「言う必要はありません。あれは、私とマスターだけの秘密です」

「はあ?」

いや、ルーフィギアもガッツリ見ちゃっているんだけれど……。

しかし、シュヴァルトが心なしか満足そうに言っているので、余計なことは言えない。

クーリンとシュヴァルトが睨み合っているのをしり目に、ルーフィギアがこちらに近づいてくる。

「な、何なの、この二人は……?」

ああ、二人とも、僕のギルドに所属しているメンバーだよ。

敵ではないから、安心してほしい。

「ええ。まあ、マスターの知り合いなら信用するけど……何でこんなに険悪なの?」

さあ?それは僕にも……。

「マスター。大丈夫だったか?何か嫌なことはなかったか?私が解決してやるぞ」

リースは僕に近づいてきて、そんなことを心配そうに言った。

うん、大丈夫だよ。

……その解決って、物理的な意味だよね?君が物理でいくと、とんでもないことになりそうだ。

「……シュヴァルトに負けないくらい、他のメンバーも濃そうね」

個性があって、皆とても可愛いんだ。

呆れた目で僕を見てくるルーフィギアに、リースが声をかける。

「えーと……あんたがマスターに依頼を出したんだよな?」

「え、ええ」

「マスター。もし、報酬を決めていなくて、しかも決めるつもりもないんだったら、私に……というよりも、私たちに決めさせてもらっていいか?」

ルーフィギアに確認をとり、次にリースは僕を見て聞いてくる。

うん、それは別に構わないけれど……。

「詳しいことはアナトの奴が上手いことやるだろうが……まあ、楽しみにしておいてくれ」

リースはニヤリと笑ってそう言った。

……なんだろう。嫌な予感がするぞ?