Master’s Smile
Episode 235: The Invasion of the Oak King
現在、この小国は思っている以上に危険な戦況にあるらしい。
そもそも、大して軍事力を持っていなかった国で、圧倒的な戦力を誇る魔王軍にはろくに抵抗することもできなかった。
さらに、最悪な事態として、魔王軍側を指揮するのが四天王の一人であるオークキングだということだ。
彼の部下ももちろんオークであり、そうなると彼らに制圧された街は、それは悲惨なことになる。
降伏を受け入れる頭もないオークたちは男を皆殺しにし、女を捕まえれば尊厳を奪うようなことをいたるところで行う。
まさに、地獄絵図といった現状のようだ。
「奴らの侵略を食い止めることができず、最早残った主要な都市はここだけになってしまいました。ここだけは……ここだけは何としても守り抜かねば……っ!!」
「我々も全力で支援します」
顔を悔しそうに歪めて、悲壮な決意を抱く小国の騎士。
派遣された騎士も、義憤にかられた様子で頷く。
どうでも良さそうな表情をしているのは、ララディくらいである。
ソルグロスは幸いなことに布があるから表情は窺えないが、おそらくはララディと同じような表情をつくっているだろう。
基本的に僕は他人がどうなろうと……というドライな考えを持っているんだけれども、この話を聞けばやる気は出てくる。
うん、僕も頑張ろう。
もともと、魔王軍とは戦うつもりだったけれども、敵の主力がオークと聞いて余計に頑張らなければいけなくなった。
ララディやソルグロス……僕の娘のような存在を、オークなんかに好き勝手にやらせるわけにはいかないからね。
そんな決意を固めていると、良いことを思い付いたように目をきらりと輝かせるソルグロスとララディ。
「マスター。拙者、オークなんぞに純血を散らされるくらいであれば、マスターに奪ってほしいでござる。早速、今からでもお願いするでござる」
「あっ!ずりーですよ!ララも!ララもお願いします!」
ここぞとばかりに凄い勢いで近寄ってくる二人に、僕は愕然としてしまう。
何を言っているんだ、君たち……。
『マスター、大人気だね。何だったら、僕の純血も……』
余計な混乱を招くから、リミルは黙っていてね。
……しかし、ギルドメンバーの教育はやはり間違っていたのか。
どうしてこうなった……。
「はははっ。マスターさんは、とてもギルドメンバーから慕われているようですな」
「ああ。テルドルフ団長の言う通り、人格的に優れた人なんだろう」
えぇ……。
二人の騎士があまり気にしない優しい人で良かったんだけれど、何か違う気がする……。
親代わりに純血を与えようとする乙女ってどうなの?
それ、純粋に慕っているだけで済む話なのか?
「……なんだ?」
僕が困惑していると、何やら外が非常に騒がしくなってきた。
僕たちが様子を窺おうと外に出ようとすると、強く扉が開かれてあわただしく騎士が飛び込んできた。
「た、大変ですっ!!」
「どうした!?」
小国の騎士が聞くと、飛び込んできた彼は顔を上げる。
その顔は、気の毒になるほど蒼白になってしまっていた。
そして、この場を凍りつかせるような情報を伝えてくれたのであった。
「はぁ……はぁ……!ま、魔王軍が……魔王軍が、この街目がけて迫ってきております!!」
「な、なにぃっ!?」
魔王軍の侵略が始まったのであった。
◆
外に出ると、すでに阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。
おそらく、魔王軍に滅ぼされた街から逃げてきた者もいるのだろう。
トラウマを再発して地面に倒れこんでしまうような者もいた。
逃げ惑う人々の間をすり抜け、何とか魔王軍が迫ってきている方向の城壁にたどり着く。
「くっ……魔王軍めっ!!」
「……ここまでとは……」
城壁の外に広がる光景に、騎士たちが汗を垂らす。
何故なら、外は地面が見えないほど大量のオークたちによって埋め尽くされていたのだから。
……うわっ、くすんだ緑色が視界いっぱいだ。
オォォォォォォォォォォォォォォォ――――――!!
そして、凄まじいオークたちの雄叫びが上がる。
これから、人間たちを蹂躙してやるぞという歪んだ意思がひしひしと伝わってくる。
オークという魔物の凶悪さを知っている者からすれば、卒倒ものだ。
騎士たちが立っていられるのは、ひとえに彼らの精神力が高潔な決意で固められているからだろう。
「うっせーですね!ヴァンピールですか!」
「ここでヴァンピール殿を出してくるでござるか。……オークと同列に扱えば、流石の彼女も怒りそうでござる」
まあ、女なのにこのように余裕のある子たちもいるんだけれどね。
女の敵と断言できるオークをこれほどの数を前にして、いつも通りでいられるのは彼女たちくらいだろう。
「ぐひひひひひひひひっ!!人間~、無駄な抵抗は止めて出てきた方がいいぞぉ……!!」
オークの集団の中から、どこかねっとりとした耳障りな声が聞こえる。
普通のオークは話すことができないはずなんだけれど……。
そう考えていると、知能が低いはずのオークが道を開けていく。
そこからのっそりと巨体を表したのは、汚らしい王冠を被ったオークであった。
「……あいつが、我が国で暴れまわる最悪の魔物!魔王軍四天王の一人、オークキングです!!」
忌々しそうに顔を歪めて、小国の騎士が僕たちに教えてくれた。
緑色の皮膚に、とってつけたようなボロボロの王冠を被るオーク。
その身体の大きさは、体格のいい平均的なオークよりもさらに立派だった。
なるほど、オークキング。
時折、オークの中で現れるという突然変異種だね。
「ぐひひっ!ケード様だぁ。しっかり名前を憶えろよぉ、人間~!」
大きな口を歪めてせせら笑うオークキング、ケード。
……なんかありきたりな悪役っていう感じがして凄いなぁ。
『ねっ』
僕の考えにリミルも同意してくれるようだった。