Mob, if I were a high school student, could I be an adventurer, too, Leah?
Episode XIV: The Little Devil's Little Business
翌日、俺たちの迷宮攻略は完全に行き詰っていた。
「うーん、おかしいな。なんで階段がねぇんだ?」
アプリのマップを見ても、地図は完全に埋まっている。行き止まりは自分で入力するシステムのため、勘違いで行き止まりとしてしまった可能性はゼロではない。
だが、ちゃんと壁を視認してからアプリに打ち込む形としていたため、入力ミスや勘違いに対する自信はあった。
他に考えられる可能性としてあるのは、二つ。抜け道があるか、あるいは複数回廊か。
前者ならもう一度注意深くこの階層を巡ればよいが、後者だった場合は最悪だった。
複数回廊とは、途中の階層で複数のルートに階層が枝分かれしている構造のことを言う。
いわば一つの迷宮に複数の迷宮が内包されているようなものであり、その場合の攻略時間は激増する。高ランクの迷宮ではすべての回廊の最奥にいるモンスターを倒さなければ主へのルートが開かれないなどのギミックがあるとも聞く。高ランクの迷宮攻略が遅々として進まない最大の要因だとも。
しかしこの迷宮は所詮、Eランク。そんな迷宮に複数回廊? ちょっとピンとこない。
その一方で、これはギルドの試験だ、いろんなケースを内包していてもおかしくない、とも思った。
現に、この迷宮に出てくるモンスターは非常に幅広い。
一階から十階まではFランクモンスターが出てきていたのだが、これまで踏破したFランク迷宮の総集編のような多様さだった。
であれば、罠やギミックも数こそ少ないが一通り揃えている可能性があるのではないだろうか?
考え過ぎだろうか? いや、しかしそんな経験を積ませるためにこの迷宮の情報をすべて封鎖していると考えれば辻褄は合う。
「いつまでも考えていてもしょうがねぇだろ。とりあえず、この階層をもう一周隅々まで巡ってみようぜ。駄目だったら上の階でまたやる。それを延々と繰り返せばいい。別に、今回落ちたって何度でも挑戦できるんだろ?」
「ん、ああ……そうだな」
今回の試験、攻略期限は一月と定められているが、回数などは特に決められていない。むしろ三回失敗したらギルドで情報を購入出来るようになるなど恩情措置が図られているほどだ。
……確かに蓮華の言うとおりだ。トライアンドエラーの気持ちでやってみるか。
イライザに頼み、階層の入り口まで転移した俺たちは右手まわりにこの階層をもう一巡することにした。
一度倒した部屋のモンスターたちもすでに再出現しており一からの攻略となっていたが、むしろ経験値を稼ぐ機会だと割り切って戦うことにした。
そうして六部屋目の扉を開けた時。
「ん? おおおおおおおお!?」
俺は部屋の中にいたモンスターの一体に目を見開いた。
そこに居たのは、三体のモンスター。内二匹はもはやお馴染みとなったヘルハウンド。だが残りの一匹は、十センチほどの大きさの小さな少女だった。
小さな身体、褐色の肌、蝙蝠のような羽……間違いない、インプだ!
冒険者となって初めて遭遇した野良の女の子モンスターに、俺は興奮を抑えきれなかった。
「うぉぉぉ! 行け! 倒せ! なんとしてもあのインプを手に入れろ!」
そんな俺に蓮華が呆れたように言う。
「何興奮してんだ? インプなんて今までも遭遇しただろうが。カードも落ちただろ?」
「馬鹿野郎、それは男だろうがッ。女の子じゃあ全然話が違うんだよ!」
「……まあ倒すけどさぁ。あんま期待すんなよ」
ため息を吐き、蓮華が光弾を放つ。それが戦闘開始の合図となった。
まずは、二体のヘルハウンドを片付ける。これまで何度も戦ってきた相手だ。ユウキとイライザは作業染みた動きで黒犬たちを叩き伏せ、首を噛み千切った。
インプは部屋を縦横無尽に飛び回りながら魔法を放っていたが、蓮華の魔法に防がれ、途中からは逃げ惑う一方となっていた。
この小悪魔の厄介なところはその回避能力で、小さく飛び回ることもあってとにかく攻撃が当たらない。最初会った時は、とにかく倒すのに苦労させられたものだ。
しかし今となっては対処法の分かった敵に他ならない。
俺はマスクをかぶると、仲間たちを後ろに避難させ催涙スプレーを噴射した。
殺虫剤を浴びた虫のようにポテッと地面に落ちるインプ。その可愛らしい顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしてのたうち回っている。そこに、無慈悲にユウキの前足が振り下ろされ、あっさりと死んでしまった。
前足を上げたユウキが言う。
「あ、マスター! インプのカードが出ましたよ!」
「なにぃ!? マジか、でかした!」
俺は駆け寄ると、インプのカードを拾い上げた。
カードの中には、生意気そうな笑みを浮かべた銀髪の少女が描かれている。外見年齢は蓮華と同じくらいか? 西田の奴が泣いて羨ましがりそうなロリ美少女だった。
「うぉぉぉ、マジで女の子カードって落ちるんだなあ!」
「当たり前だろ、すべてのカードはそうだっつの」
冷めた目で蓮華が言う。それに少しだけテンションを下げながら俺は説明した。
「いや、そうなんだけどさ。あんまりにも女の子モンスターと遭遇しないもんだから、どっかで生産されて極少数が市場に出回ってるんじゃないかと」
「んなわけねーだろ。で、それは使うのか? Eランクだけど」
「ん、そうだな」
蓮華の質問に俺は少しだけ考えた。
売るか、使うか。売るというのも正直悪くはない。Eランクカードの買取価格は一万から十万。このインプは女の子カードなので、最低でも5、6万は行くだろう。
が、それはあくまでギルドに売った場合の話。女の子カードの場合はギルドではなく直接冒険者に売るという手もあった。
ギルドは別に個々人のカードのやり取りを禁止してはいない。ただ、それによって発生したトラブルに対しても何もしてくれないだけだ。
現に、個人トレードはトラブルが非常に多いと聞く。
しかし、取引の主導権を握れる売り手側ならトラブルを避けることも難しくはない気がする。
支払いは現金のみ。直接会っての取引ならば、トラブルに発展する可能性は低い。なんせ、最大の要因である売る側の詐欺、詐称がないのだから。
もう一度カードを見てみる。
【種族】インプ
【戦闘力】65
【先天技能】
・妖精悪魔
・初等魔法使い見習い
【後天技能】
・小悪魔な心
・一途な心
スキルについて調べてみると以下のように出た。
妖精悪魔:悪魔の妖精。妖精が悪魔に転じた存在ではなく、悪魔という種族の中の妖精的存在。魔法に対するプラス補正。
初等魔法使い見習い:初等の攻撃・回復・補助・状態異常魔法の一部を使用可能。
小悪魔な心:小悪魔的な性格。気まぐれに命令を無視する。自由行動に対するプラス補正。
一途な心:想い人に対する一途な心を持つ。恋愛対象への行動に強いプラス補正。
……これは中々悪くないスキルなんじゃないか?
戦闘力こそ低いが、この手のカードを欲しがる者たちにとってそこはご愛嬌だろう。
小悪魔の気まぐれに命令を無視するというところが少しマイナスの印象だが、そこを一途な心が補っている。インプを惚れさせる必要があるが、そこに燃えるという奴は多い。そうなれば、逆に小悪魔な性格がたまらなくなるはずだ。
うまく売れば市場価格と同じくらい、いやそれ以上の価格で売れるだろう。少なくとも40万は堅い……。
先月までの稼ぎと合わせれば、もう一度パックが引けるな……。
悪魔の誘惑が頭を過る。
強烈な成功体験が、俺を一発でガチャの虜にしていた。
その一方で、自分でこれを使いたいという思いもあった。
それはスキルがどうとかではなく、初めて自分で手に入れた女の子カードだというのが大きかった。
せっかくだから自分で使ってみたい。しかしEランクか、パーティーの平均戦闘力よりも大きく落ちる。いや、それでも各種魔法を全部使えるというのは魅力的だし、何より召喚枠も一つ余っている。だが使ったところでどうなる……ただの賑やかしになるだけだ、それよりも売ってガチャの足しに……。
頭の中で二つの思いがせめぎ合う。
悩んで悩んで悩んで、決めた。
「とりあえず、使ってみるわ」
俺が選んだのは、保留だった。
名前をつけなければ売ることはいつでもできる。なら、ちょっと使ってみてからでも遅くないと思ったのだ。
「わ、じゃあ新しい仲間ですね! 楽しみだなぁ」
「後輩だからな、舐められないようにビシっと行くぜ」
「………………」
無邪気に喜ぶユウキ、張り切る蓮華、無表情ながらも楽し気なイライザを見て、俺は思った。
あれ、これもう迂闊に売れなくない? と。
ま、まあとりあえず呼び出してみよう。
「よし、インプ、出てこい!」
カードが光を放ち、ポンと小さな人影が飛び出してくる。
「――ジャジャーン! インプちゃん登場!」
現れたインプは、きょろきょろと周囲を見渡してから俺に目を止めると、下から上までジロジロと眺めだした。
「うーん……」
「な、なに?」
「60……いやおまけして70点かな!」
「はぁ?」
え? 採点? まさか顔とかじゃないよな? つかここでもそのぐらいの点数かよ。
「それは、いい意味なのか悪い意味なのかどっちなんだ?」
「不合格じゃあない、伸びしろがある。好きな方を選んで?」
ニコリと笑うインプ。可愛らしくも小憎たらしい、なんとも小悪魔的な笑みだった。
「で?」
「え?」
「だーかーらー、私は? どう? 合格、不合格? アタリ、ハズレ?」
ズイッと身体ごと近づけてそう言ってくるインプ。俺は反射的にインプを観察した。
健康的な褐色の肌に、艶のある銀髪。髪型はサイドを長めにした前下がりボブで、お洒落な感じ。眼はサファイアのように蒼く、少し猫っぽい。身に纏うのは、キャミソールのような薄いワンピースだけで、スラリと長い脚が覗いていた。
結論、外見だけなら百点満点だ。個人的にはもっと巨乳が好みだけどな。
というわけで。
「90……いや、80点かな」
「えー? なんで十点下げたの?」
インプは不満そうに口をとがらせた。
「将来性を加味して、さ」
俺の答えに、インプは少しだけ眼を丸くした。ようやく見せた、年頃のあどけない表情。……どうやらちょっとはやり返せたようだ。
「いいね! その答え気に入ったわ! あと5点プラスしてあげてもいいよ」
「ありがとさん」
「それで、あなたたちが私の仲間かしら?」
インプがくるりとカードたちへと向き直る。
「……イライザと申します」
「ユウキです、よろしくお願いします」
まずはイライザが、次にユウキが前に出て挨拶する。最後に、蓮華が自信満々に名乗り出た。
「そしてアタシが蓮華だ。足だけは引っ張んなよ、新入り」
「ふぅん……全員名前貰ってるんだー」
インプはそう呟くと俺の方に振り向いた。
「ね、ね。私の名前は? とびっきり可愛いのがイイな!」
「はぁ!?」
それに真っ先に反応したのはなぜか蓮華だった。
「新入りが名前なんて図々しいぞ! もっと活躍してから言えや!」
「ハ? なにそれ。貴女に関係ないでしょ?」
「ああ? アタシは先輩だぞ!」
「だから? さっきからウザいなー」
「テメェ!」
蓮華がインプへと手を伸ばすが、スルリと躱される。そこへユウキが割って入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「ああん? お前、どっちの味方なんだよ!」
「どちらも、ですよ。ボクたち仲間じゃないですか」
「仲間? いいや、アタシはコイツを認めないね。先輩に対する敬意がない!」
蓮華はインプを指さし怒鳴った。
コイツ……意外と上下関係にうるさかったんだなぁ。まあ、不良ってそういうとこあるよな。
「別に認めてもらわなくていーもん」
一方でインプはそう言うのが嫌いなタイプのようで、興味なさげに髪を弄っていた。それを見た蓮華が、顔を真っ赤にして俺を睨む。
「テメェ、わかってんだろうな。コイツに簡単に名前をやったらアタシは承知しねぇぞ!」
「わかったわかった」
そう言って蓮華を宥めると、今度はインプの方から苦情が来た。
「えー? なんで? 私にも名前頂戴~。仲間外れは酷くない?」
彼方を立てれば此方が立たず、か。とは言え、今回は俺も蓮華側の意見だ。名前をつけるのはまだ不味い。
「名前を考える時間くらいはくれよ。インプもその間に皆に認められる活躍をしてくれ。これでも、名前をつけるまでにはそれなりのドラマがあったんでな」
「ふぅん……ま、いいや。イイのを考えておいてね。……そこのよりさ」
そう言うと、インプはひらりとユウキの肩に飛び乗った。
……どうやらインプはユウキを自分の庇護者と認識したようだ。そう言えばコイツはこれでも妖精なのか。妖精の番犬クーシーにとって、インプも守るべき対象に見えたのかもしれない。
それがまた、蓮華にとっては面白くないようだった。
二人の眼が合う。
『……チッ』
実に息の合った舌打ちであった。