Mob, if I were a high school student, could I be an adventurer, too, Leah?
Episode XVII: The unpleasant hunch roughly hits
朝、教室の扉を開けると纏わりつくような視線を感じた。
普段はまるで注目されない俺が、クラスメイトほぼ全員から見られている。
……なんだ、何が起こっている? しかも、朝のまだ早い時間だというのにほぼ全員が来ているのも妙だ。
俺は強烈な違和感を感じつつ、とりあえず挨拶した。
「……おはよう」
「北川さあ……」
俺の挨拶に対し碌に返事もせず名前を呼んできたのは、ナリキンの野郎だった。
ナリキンは、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら俺に言った。
「冒険者、やってんだって?」
クラスメイト達の視線が一気に強くなる。皆が私語を中断してこちらを注視しているのがわかった。
……やっぱ、そう言うことか。小野の奴、みんなにバラしやがったな。
俺は面白そうにこちらを見る小野を見て内心で舌打ちした。
おそらく、クラスメイト達がほとんど揃ってるのも、奴の差し金だ。たぶん、明日の朝おもろいもんが見れるで、とでも昨日SNSに流したのだろう。
東西コンビの姿も見える。不安そうな顔で俺を見ていた。
「なあ、なんで言ってくんなかったんだよ。つかなんで冒険者になったんだ? あ、もしかして南山とか小野の真似?」
明らかにこちらを馬鹿にするようなナリキンの言葉に、奴の友達を中心に「プフッ」という噴き出すような音が聞こえた。
他のクラスメイト達もあまり好意的な視線ではない。
……ヤバいな。そう思った。
どうしちまったんだ、俺は。やっぱ、ハーメルンの笛吹き男と出会ったことでどっか壊れちまったのかもしれない。
こんな吊し上げのような空気なのに、いじめの一歩手前みたいな雰囲気だというのに。
まるで全然怖くなかった。
以前なら動悸がして足が震えるような圧力の中に居るというのに、俺の中にはむしろ強い活力が生まれようとしていた。
「なあ、どんなカード持ってんだよ、ちょっと見せてみろよ」
無言の俺を見てビビってると思ったのか、ナリキンが俺に手を伸ばしながら言う。
俺はその手を躱し、思いっきり顔を近づけるとナリキンを睨んだ。
格下と思っていたはずの相手の威嚇に、ナリキンがギョッと怯む。
「なあ、お前と俺って友達だったか?」
「え、あ……?」
「違うよな。少なくとも俺は、お前のことが好きじゃない」
「う……」
ナリキンは小心者だ。好意を抱いていなかったのはお互い様だろうが、面と向かって嫌いと言われてすぐ言い返せるほど強い芯は持っていない。少なくとも言い返すまでに少しばかりの逡巡がある。そこに更なる追撃をかける。
「馴れ馴れしいんだよ」
いつぞやの体育の時間のように強めに肩を押してやると、ナリキンの眼がキョドキョドと目が泳ぎだした。
本当に弱いヤツにしか強気に出れないんだな、と俺は本気で呆れた。
……まあ、それはみんな同じか。俺を含めてな。
「…………」
俺は素早くクラスメイト達を見渡した。
クラスメイト達の多くは、俺の反撃に少し驚いている。その中でも、あまり気が強くなく、俺と話した事のある古賀という男子を見つけ、俺は問いかけた。
「古賀。俺が冒険者やってるって誰から聞いたんだ?」
もちろん、答えは知ってる。これは、クラスメイトに名指しで犯人を指定させるのが目的だった。
「え、あ、小野くんが、その」
「小野が? なんて言ってた?」
「昨日ラインで明日朝はやく来れば面白いことがあるからって」
「ハァァァ……」
俺はあからさまに大きなため息を吐いた。全身で不満を示す。
「小野、なんだよ、これ。俺、お前になにかしたっけ?」
困惑した顔を作り、小野へと問いかける。突然の悪意に戸惑うフリをした。
「いや、ごめん! まさかこんな空気になるとは思わんくて。昨日北川君も冒険者やってるって知って嬉しくなってついばらしてもうた」
小野の対応は素早かった。まずは謝罪から入る。そして自分の行動が悪意によるものではないとアピールした。……巧い。
リア充グループの小野が謝っているのだ。それが100%嘘とわかっていても、ここでさらに追求すれば、俺が邪推しているということになる。それがクラスカーストの差だ。
「まあわざとじゃあないだろうけどさ。隠してたってことはそれなりの事情があるわけじゃん? それをみんなにバラされるような真似されたら誰だって面白く思わねぇよ。……なあ?」
みんなへと問いかける。
誰だって、秘密の一つや二つあるものだ。それをリア充グループだからと言ってみんなにバラされちゃあたまらない。
クラスメイト達の反応は概ね俺に同意するものだった。
「いや、ホントすんまへん。こういうサプライズは今後無しにするわ」
よし、ここは一先ず俺の一勝だな。
小野から、謝罪と秘密をバラさないという言質を取れた。
これで、今後小野がこういった真似をみんなにすれば誰でもこの約束を持ち出して小野に勝てる。
クラスメイト達の「やるじゃん」という視線を感じた。
だが、小野は一筋縄ではいかなかった。
頭を下げていた小野が、笑みを浮かべて俺を見る。
「――ところで北川君はなんで冒険者やってること隠してたん? べつに隠すようなことじゃないと思うんやけど」
「……………………」
この野郎、突っ込んできやがったな。俺がそこを一番突かれたくないというのをよく理解している。
実際は隠すつもりは全くなく、小野が一足先に冒険者になったせいで言えなかっただけだしな。もしかしてそれを察してこう言ってきてんじゃないだろうな。
しかしどうするか。ここで言いたくないと突っぱねることもできるだろうが、それは少しばかり感じが悪いだろう。
というか、今更だがなぜコイツはこんなにも俺を攻め立ててきやがるんだ?
ナリキンの奴が俺の足を引っ張ろうとしてくるのはわかる。奴にとってリア充に成り上がろうとする俺なんて目障りなだけだろうからな。
だが小野はすでにリア充グループの一員。他の人間など蹴落とす必要なんて……。
いや、いまはそんなことを考えている場合じゃない。とにかくなにか返事をしなくては。
「……まだまだ未熟だし、恥ずかしかったからかな」
俺が苦し紛れに言った言葉の粗を小野は見逃さなかった。
「うん? それどういう意味? もしかしてボクらのこと未熟で恥ずかしいってバカにしてます?」
「!」
う、ヤバイ。そう来たか。確かに、今のは俺が南山と小野というリア充グループの二人を馬鹿にしたようにも聞こえる。
先ほどのこともあって小野は険しい表情は作ってないが、ピリッとした空気を出し始めた。
……やむを得ない。ここはあの路線で行くしかないか。
俺は恥ずかし気な表情を作ると言った。
「あー、いや、そういう意味じゃないんだよ。紛らわしくてすまん。俺はプロを目指してるからさ。だから今はまだ未熟で恥ずかしいって意味」
「プロ!?」
一瞬だけ、小野が本気で驚いたような顔をした。クラスメイト達もざわつく。
無論、嘘だ。二ツ星で十分稼げるのだ、プロにまでなる必要は全くない。むしろ、命の危険が増すだけだ。
先ほどの未熟だから恥ずかしかったという言葉に矛盾が出ないようにするには、目標が高いということでごまかすしかなかったのだ。
「へ、へぇそりゃすごいなぁ。でも、北川君もボクとそう始めた時期変わらないんちゃうか?」
「まあ小野とほとんど同じだよ。なって一月ぐらい」
「それでプロってのは、ちょっと気が早いんとちゃう? まだ二ツ星にもなってないやろ?」
冒険者になっただけの駆け出しのくせに、プロを目指しちゃう勘違い野郎。そんな意味を言外に含ませつつ小野が言う。
クラスメイト達の視線の中に、痛い奴を見る眼が混じり始める。
……ここだ、ここでカードを切るしかない!
俺は何食わぬ顔で言った。
「いや、二ツ星にはもうなったよ」
『なっ!?』
複数の驚愕の声があがる。
「嘘だ!」
そう叫んで立ちあがったのは、南山だった。それを見た小野が小さく顔を顰める。……今までやけに静かだったと思ってたら、小野がなにか制止してたのか?
「南山くん、今はボクにまかせ」
「本当に二ツ星冒険者ってんならライセンスを見せてみろよ!」
小野の小さな声が聞こえなかったのか、南山が興奮しながら俺に詰め寄った。
「ああ、いいぜ」
俺は内心のニヤつきを出さないように気をつけながら、昨日得たばかりの二ツ星ライセンスを取り出す。
南山がそれをひったくるように手に取り、凍り付いた。
「う、ほ、本当に二ツ星ライセンスだ……」
「ちょ、ちょっとボクにも見せて。う、ホンマや。し、しかも、イレギュラーエンカウント討伐実績まであるやん!?」
小野の思わず上げてしまったという驚愕の声に、クラスメイト達がざわつく。
イレギュラーエンカウント。その名と脅威を知らない奴はこの中にいない。
かつてイレギュラーエンカウントの起こした事件はテレビにも教科書にも何度も出てくるのだから。
それがたとえFランク迷宮で出た最弱のイレギュラーエンカウントであっても、それを倒したというのは十分な箔だった。
それこそ、プロを目指しているという言葉に説得力を生むほどに。
俺が薄く笑みを浮かべながら手を差し出すと、小野が引き攣った顔でカードを返してきた。
……ふ、勝ったな。
「……いやあ、北川君てすごい人やったんやなぁ。ボクらも一応冒険者やから余計すごく感じるわ」
「まあ偶然のおかげでもあるけどな」
「いやいや、運も実力のうちやで。しかし羨ましいわ」
「ん? なにが?」
俺が首を傾げると、小野はニヤリと笑った。
「いや、だってこの短期間に二ツ星になれたってことはよぽど強いカード持ってるんやろ? ご理解のある両親をもって、ホンマ羨ましいわぁ。ボクなんかバイトで貯めた金で買ったカードやから弱くて弱くて」
「!!!」
小野の言葉にクラスメイト達の見る目が一変する。
プロを目指す冒険者のクラスメイトから、親の金で調子こいてる冒険者へと。
一瞬にして、俺の印象が切り替わったのを感じた。
こうなると、二ツ星ライセンスもイレギュラーエンカウントの印象もがらりと変わってくる。
「よければ北川君のカード見せてくれへん?」
小野の追撃は、強烈だった。
マズイ……今の蓮華たちを見て、俺が自力で手に入れたと思う奴はいないだろう。今の蓮華を店で買おうと思ったら数千万はするはずだ。そんなカードをなり立ての学生冒険者が手に入れられるわけがない。確実に、親が金持ちで買ってもらったと思うはずだ。
百万のパック一発で当てたという言い訳を信じる奴がどれだけいるか。少なくとも俺は信じない……。
ここからなにか逆転の手は……。
……………………な、ない。なにも、思いつかない……。
「ん? どうしたん?」
小野が微笑みながら俺を勝ち誇った眼で見たその時。
「――――マロっちはちゃんとバイトして金貯めてたよ」
そんな声が静寂を切り裂いた。
ハッとそちらを見る。
声の主は、四之宮さんだった。彼女は机に肘をつきながらこちらを見ている。
「半年くらい前からだったかな。スーパーで毎日汗だくになりながら働いてるの見たし。ねぇ、静歌?」
四之宮さんが隣の牛倉さんにそう問いかける。
「うん、見ない日の方が少なかったくらいだからホント毎日働いてたと思うよ。放課後から閉店までいつ行ってもいたし。家計とか苦しいのかなって思ってたけど、夢のためだったんだね」
リア充グループの中でも女子全体に影響力の強い二人の言葉に、教室の空気ががらりと変わった。
「ハ、ハハ。なんや、四之宮さんらめっちゃ北川くんに詳しいやん。もしかしてどっちか付き合ってるん?」
「――は?」
そんな苦し紛れの茶化しに返ってきたのは、絶対零度の視線だった。
「小野、そういうのツマンナイんだけど」
一瞬だけ、小野の表情が酷く歪んだ。なんだ? つまらないって言葉がそんなに気に障ったのか?
「っていうかさ。バイトしないで親の金で買ったの、小野の方じゃね? いつも放課後だれかしらと遊んでたじゃん」
「ッ! ま、まぁ休日と夏休みメインで働いてたからそう見えたかもしれへんな」
「ふぅん、まあいいけど。あのさ、努力してる人の足を引っ張る様な真似、やめたら? そういうの、見ててホントイラつく」
そう言うと、四之宮さんはもう我関せずという態度でスマホを弄りだした。
「……………………そうやな、なんか、途中から熱くなって変になってもうたわ。堪忍な北川くん」
「あ、ああ」
深々と頭を下げる小野に、俺はなんとか頷いた。
突然の状況の変化にまだ頭がフラットに戻っていなかった。
……なんとか、なった、のか? 四之宮さんは、俺を助けてくれたのだろうか。
あの四之宮さんが? ギャル系グループのトップで、アイドル並のルックスで、読者モデルもやってる彼女が……俺を?
なんだか現実のこととは思えず、ピンとこなかった。
俺がただただ戸惑っていると、頭を上げた小野が不意に言った。
「――――ところで北川君はプロ目指してるってことはあの大会には出るん?」
あの大会?
怪訝そうな俺の顔を見た小野が驚きの表情を浮かべる。
「なんや、知らんかったん? 次のクリスマスに学生限定のモンコロの大会が開かれるんや。テレビ放送もされるんやで」
そう言って小野はスマホを操作し、見せてきた。
なになに? 『集え、学生冒険者! 超新星はだれだ!』か。
超新星って恒星が滅ぶ一瞬のことじゃあ……。ま、まぁいいか。
部門は大学生と高校生以下の二つ。どちらも三ツ星以下のアマチュアクラスのみ。
ルールは三対三のスタンダードルールか。開催日は12/21から23日までの三日間。クリスマスに編集された映像がモンコロクリスマス特番として放送される。
受付締め切りは試合の一週間前まで。ギリギリまで集めるつもりか。
参加賞としてポーション、ベスト4まで残った選手にはDランクカード一枚。優勝賞品は――。
「Cランクカード、ヴァンパイア。しかも……女の子カードか!」
そこには、黒髪にドレスの妖艶な女吸血鬼のイラストが描かれていた。
「どや、凄いやろ? 女ヴァンパイアやで、女ヴァンパイア! めっちゃ欲しいわぁ」
「あ、ああ」
確かに欲しい。しかし、それは他の者も同じこと。全国から学生冒険者が集まるだろう。中には三ツ星クラスもいるはずだ。
そんな中を勝ち残って優勝するのは至難の業。もしかしたらカードを失ってしまうかもしれない。そんなリスクを背負ってまで出場する必要があるのか……。
「北川君はもちろん出るやろ? プロになるならCランクカードは一枚でも欲しいやろうし」
う。クラスメイト達が俺を見ている。
……ここで、出ないとは言えない、か。
そうなれば、プロになるとはなんだったのかとなってしまう。
実際、優勝賞品は喉から手が出るほど欲しい。ベスト4に残るだけでもかなりのプラスだ。
最後の最後に、小野に刺されたか。
まあ、いい。一枚でもロストしそうになったら即棄権だ。
「ああ、もちろん……出るさ」
『おお!』
歓声を上げるクラスメイト達。
小野が言質を取ったと笑う。
「いやぁ楽しみやなぁ! クリスマスはみんなで集まって応援させてもらうで。ってその時は試合はもう終わってるか!」
小野は微塵も俺が勝ち残るとは思っていない様子だった。
どうせ、途中でカードを失って冒険者廃業してしまえばいいとすら思っているのだろう。
だが……これはチャンスだ。確かに、ピンチではあるがそれだけに乗り越えればクラスカーストで成り上がることができる!
ここで確かな実績を残せば、俺が確実にリア充グループの仲間入りだ。
本来は三ツ星にならなければ出られなかったモンコロに出れるまたとないチャンス。
行けるところまで行ってやるぜ……!
俺は密かに闘志を燃やすのだった。