Mob, if I were a high school student, could I be an adventurer, too, Leah?
Episode XVIII: No solicitation on campus
翌日の放課後。俺たちは依頼人へとクエスト終了の報告をするため都内某所の大学へとやってきていた。
通常のクエストでは、ギルドに報告書や目的の物を納品するだけで終わりとなるが、こういった人の生き死にが絡むクエストでは、最後に依頼人に直接報告して締めとするのが一種の慣例となっていた。
ギルドから無機質に報告されただけでは納得できない依頼人も、直接遺体を見た冒険者に報告されれば納得するケースも多い。
「はぇ~、これが大学かぁ~。なんかみんなお洒落で大人っぽいッスね~」
正門を潜ったアンナが、周囲をキョロキョロと見渡しながら感嘆の声を上げた。
初めて訪れた大学という場所は、高校のそれとは違い解放感に溢れ、洗練されているように見えた。
辺りの大学生たちは皆お洒落で清潔感のある服装と髪形をしていて、俺たちと数歳しか違わないというのに態度も落ち着いているようにも思えた。
中学生の頃に高校生を見た時も随分と大人びて見えたものだが、高校生から見た大学生はまた一つ世界を隔てて大人びて見えた。
……もっとも、いざ高校生になってみればそんなに中身は変わっていないことに気付いたように、大学生になってみればそんなに大人じゃないことに気付くのかもしれない。
「……あの、先輩。なんだかウチら見られてません?」
高校の制服でやってきている俺たちの姿は周囲の目を引くらしく、先ほどから大学生たちの好奇の眼差しが集まっている。
いや、違うわコレ。目立ってるのはカラフル過ぎるアンナや織部の髪の色のせいだわ。
俺たちが居心地悪い思いをしていると、正門近くの噴水脇で立っていた男性がこちらへと近づいて来た。
「あの、もしかして依頼を受けてくれた十七夜月さんですか?」
そう声をかけてきたのは、二十歳ほどの温和そうな青年だった。
すぐにその青年の正体に思い至ったのだろうアンナが答える。
「あ、はい! もしかして、青木さんでしょうか?」
「はい。青木誠也です。この度は依頼を受けていただき、ありがとうございました」
そう言って、青木さんは頭を下げた。
「ここではなんですし、とりあえず部室の方で」
「あ、はい」
青木さんに案内され、サークルの部室へと案内される。
部室は思いのほか狭く、中央のテーブルが場所を取り、壁際にはいろいろな物が詰まれていて、五人か六人も入ればぎゅうぎゅうという感じであった。
大学の部室と言うと、高校のそれよりも豪華という印象があったので、思いのほか貧相な様子が意外ではあった。
だがそんな部室でもアンナにとっては十分だったようで、眼を輝かせて部屋を見渡していた。
「先輩、先輩! 部室ッスよ、部室! いやぁ、狭くて動き辛そうで、これぞ弱小サークルの部室って感じッスよね~!」
「こ、コラ!」
この子ったら、なんて失礼なことを!
慌てて織部と二人でアンナの頭を下げさせる。アンタが馬鹿なことするとママたちが恥ずかしい思いをするんだからね!
そんな俺たちの様子を見た青木さんが苦笑して言った。
「いやぁ、すいません、何分数人程度の小さいサークルなもんで。冒険者部の方はもっと大きな部室で人数も多いんですよ」
「あ、そうなんですか……」
部とサークルの違いも良く分かっていない俺は、とりあえずそう返すことしかできなかった。
「それで……翔子の遺体を発見してくださったとか」
「あ、はい。こちらが遺品確認証書となります」
そう言って、アンナはギルドから発行された証書を手渡した。
それを受け取り、青木さんは頭を下げる。
「ありがとうございます……。やはり、翔子は死んでいたんですね……」
悲し気に呟く青木さんに、俺は聞いても良いものかと迷いつつ、問いかけた。
「……あの、佐藤翔子さんとはどういう……」
「彼女とは、恋人でした」
「そうでしたか……」
恋人を失い目じりに涙を浮かべる青木さんに何と声をかけてよいかわからず、俺とアンナは沈黙した。
その時、部室に入ってからずっと黙って周囲を観察していた織部が不意に口を開いた。
「……こちらは、冒険者サークルなのですか?」
「え?」
突然の質問にきょとんとする青木さん。
「先ほど……冒険者部の方は広いとおっしゃっていたので。それと、壁際に冒険者用品が積まれていますし」
そう言って織部が指さした先を見ると、そこには段ボールの中から少しだけ飛び出したボディーアーマーのようなものが覗いていた。
アイツ、良く見つけたな……。
「え、ええ……。はい。ウチは冒険者サークルです。ガチ系の冒険者部と違って、数人程度でエンジョイする系の……ですが」
「なるほど……彼女さんとはよく迷宮へご一緒に?」
「はい。付き合いだしたきっかけが、僕が彼女の指導担当になったことでして。彼女が使っていたカードも、元は僕がレンタルしたものだったので、自然に……」
それを聞いて、俺は「マジかよ! そんな彼女の作り方があったのか! 俺もやっぱ大学に進学しようかな」と衝撃を受けつつも、頭の片隅に何か引っかかるものを感じた。
「へぇ! 後輩の指導を任されて、カードをレンタルする余裕もあるなんてすごいですね!」
織部が、今まで聞いたこともないようなキャピキャピとした声で、媚びるような笑みを浮かべて言う。
それに俺とアンナがギョッするのを他所に、青木さんが満更でもなさそうにはにかんだ。
「いや、そんな……。まあ、一応これでも二ツ星ではありますが」
ん!? 二ツ星……?
俺はそこでようやく青木さんに抱いていた微かな違和感の正体に気付いた。
織部が、媚びたような表情を取り払い、怪訝そうな表情で鋭く切り込む。
「二ツ星……? あの、大変失礼ながら……ご自身で佐藤翔子さんをお探しには行かなかったのでしょうか?」
「ッ! そ、それは……」
織部の言葉に、言葉を詰まらせる青木。
そこで俺もようやく違和感の正体に気付いた。
そうだ。彼も冒険者で、しかも二ツ星の冒険者であるというなら、自分の手で恋人を探しに行ってもおかしくないはず。いや、むしろその方が自然だ。捜索依頼を出したこと自体が、不自然なのだ。
場に、緊迫した空気が流れ始める。
その時、部屋にノックの音が鳴り響いた。
「うぃ~す。あれ!? お客さん?」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、ジャニーズ系のイケメンで……。
「あれ! 北川くん!?」
「……あっ! 青木、さん?」
驚いたように俺を見つめる青年の正体は、あの日迷宮で出会いカードをトレードした、駅前逆ナン待ちの冒険者……青木さんだった。
「……って、青木って!」
驚きつつ、二人の青木さんを見比べる。
見比べてみれば、イケメン度に差はあるものの、その顔立ちには共通したものがあるように思えた。
もしかして……?
「あ、紹介します。一個上の兄の青木 実(みのる)です」
「よろしく! いやぁ北川くん久しぶりだねぇ」
「お、お久しぶりです」
そう言って、朗らかな笑みを浮かべながら手を差し出してくる実さんと握手を交わす。
すると耳元で彼がささやいてきた。
「……いやぁ、心配してたんだよ。ホラ、迷宮があんなことになっただろ? 俺も気がついたらダンジョンマートで倒れててさ。事情聴取とかもされて……。北川くんもだろ?」
「あ、はい。そうか……青木さんもあの日潜っていましたもんね」
「そうそう。……実はアレ、君がやったとか?」
「まさか!」
俺が驚き顔を振ると、彼は少しだけ観察するようにこちらを見ていたが、やがて「だよね!」と笑って顔を離した。
「それで、これって何の集まり?」
「ああ、ホラ。翔子の捜索クエストの件で」
その誠也さんの気まずそうな言葉に、実さんはスッと顔を引き締めた。
「ああ……そうか。……この度はありがとうございました」
「いえ……」
と首を振り、思い出す。
そうだ。実さんも三ツ星以上の冒険者のはず……。
「……ところで、実さんも三ツ星の冒険者ですよね。翔子さんの捜索を依頼したのはなぜですか? お兄さんに頼めば依頼料も払わずに済んだのでは?」
「ん? ああ、そうか。そりゃ不思議に思うよな。理由は、俺が自分で探しに行こうとする弟を止めたからだよ。だって、危ないだろ?」
「危ない?」
「ああ、だって、曲がりなりにも一年のキャリアを持ち、しっかりと育成されたDランクカードを持つ翔子ちゃんが行方不明になったんだぜ? そりゃあ何か起こってるに決まってるじゃん。それに、最近妙にFランク迷宮で行方不明が多いし。そりゃあ行くのを止めるでしょ。実の弟なんだから」
「それは……そう、ですが……」
「…………………………………………」
あっけらかんと答える実さんに、沈痛な面持ちで俯く誠也さん。
……実際、実さんの意見は正しい。三ツ星にふさわしい冷静さだ。危機回避という面では、俺よりもよほどクレバーだろう。
だが、仮にも後輩であり、自分の弟の彼女の危機に、あまりに薄情すぎるのではないだろうか。
それに、今となってはあの日彼が俺と同じ迷宮に居たことも気になる。
疑い過ぎるのも良くないとはわかっているが、ドラゴネットとライカンスロープをトレードしたことすら疑わしく思えてきた。
……しかし、これで誠也さんが依頼を出した理由もわかった。
自分よりも優秀な兄に正当な理由で止められ、しかもその兄も頼りにならないとなれば依頼を出すしかないだろう。
「その、おかしなことを聞いてすいませんでした」
「いえ……」
三人で頭を下げると、誠也さんも思うことがあったのかあっさりと許してくれた。
今日は、もう帰るか……。
「では、すいませんが、これで」
「ああ……今日はわざわざありがとうございました」
「いえ」
微妙な空気の中、部屋を後にする。
そのまま無言で正門を抜けたあたりで、不意に織部が呟いた。
「あのサークル……星母の会と繋がりがあるようだな」
「えっ、どうして?」
驚き、織部を見るアンナ。
「壁際に絵画が張られていたのには気が付いたか?」
……絵画? そんなのあったっけか? ごちゃごちゃしてて全く気が付かなかった。
が、部屋をやたら見渡していたアンナには覚えがあったらしく。
「あ~、なんかありましたね。山よりも大きな巨人の絵……でしたっけ? なんか安っぽい変な奴」
「ああ、この絵だ」
そう言って織部はスマホの画面をこちらに見せてきた。
そこには、山よりも大きな全裸の美女に、その周辺を無数に飛び回る黒い翼の生えた人々……おそらく堕天使と思われるモノが描かれていた。
何かの宗教画のようだが……すぐに検索して出てくるような有名な絵なのだろうか?
「これは、星母の会が良く売りつけてくると噂の油絵だ。星母の会では、あのアルビノ聖女さまは、嘘か誠か、堕天使のカードと人間の母との間に生まれたハーフらしい。つまり、現代のネフィリムというわけだな」
ネフィリムとは、旧約聖書に出てくる堕天使の集団グリゴリと人間との間に生まれた巨人のことだ。
グリゴリは本来『見張る者』という意味を持つ天使の集団で、地上へは文明の技術を教えるために降り立ったが、男子校の生徒のように男しかいない集団だったため美しい人間の娘たちに骨抜きにされてしまった、という悲しい逸話を持つ。
性欲と女の身体を知ってしまったグリゴリたちは、神から教えてはならないと言われていた『宇宙の秘密』……様々な良くない知識を教えてしまい、地上に堕落を蔓延させた挙句、堕天使と人間の子、ネフィリムまで生み出してしまう。
ネフィリムたちは美しい容姿を持つが身の丈1350メートルもあり、どう猛な性格をしていて、手当たり次第に食い物に手を付け、しまいには共食いすらするという怪物であった。
結果、この有様に激怒した神は『あー、もうこれはリセットしかないわ!』と、大洪水をおこし、一部の人間と動物たちを除き、地上のすべてを洗い流してしまう。
これが、かの有名なノアの大洪水である。
しかし……あのアルビノ聖女が、堕天使と人間のハーフという設定だったとはな。
当然のことながら、いまだカードと人間や動物との間にハーフが生まれたという話は聞いたことがない。
女の子カードやイケメンカードとの間にエッチな行為をするマスターは世界中におり、それでいて一人たりとも子供ができていないのだから、カードとの間に子供を作るのは不可能なのだろう。
つまり、星母の会の主張は嘘ということになるのだが、なぜ敢えてキリストなどのメシアではなく、堕天使と人間のハーフであるネフィリムを選んだのかは気になるところであった。
「このネフィリムの絵画は、星母の会に入信するとやたらと購入を勧められるらしい。まあ、カルト宗教によくある話だな。ツボとか。値段もこれ一枚で数十万もするそうだ」
「え、ぼったくりじゃん」
失望しました。聖女ちゃんのファン辞めます。
「ところが、大学の冒険者サークルなどでは、徐々にこの星母の会に所属する団体が増えているらしい」
「え? なんでッスか?」
「答えは、迷宮関連で星母の会の手厚いサポートを受けられるからだそうだ。カードや魔道具の交換会や高額買取、不慣れな新人のための指導や講義など、いろいろ幅広くやっているらしいぞ」
……なるほど。
安心してカードのトレードができる場というのは、冒険者にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
そのコネが手に入るとなれば絵画の一枚や二枚、会員カード代わりに購入してもおかしくない。
……しかし、佐藤翔子さんの所属していたサークルが星母の会と繋がりがあったとは。
もし……もしも、の話だが。
猟犬使いが、星母の会を利用していたとすれば、カード交換会や新人講習に出席していた冒険者サークルの名簿等を手に入れるのは簡単なのではないだろうか?
カード交換を装って冒険者サークルに近づき、手ごろな獲物を探す……。
グレムリンのカードも集めることができ、一石二鳥の策。
エンジョイ勢ばかりの冒険者サークルは、反撃されるリスクも低く手頃なように思える。
それに、青木兄弟。完全な白と言い切るには疑わしい点が多すぎた。
……さすがに考え過ぎだろうか?
決めつけは、捜査の妨げになる。
そう思いつつも、カルト宗教に対する不信感もあいまって、俺の頭の片隅には、星母の会への疑惑がしこりのように残るのだった。