Mobile Fortress Saratoga ~Silvery Sword Princess Became My Servant.
Episode 141: The Girl Who's Not A Lover Yet
朝日が赤い色を失って、空の青に溶け出す頃。
砂漠の民の兄妹は、朝市が立ち並ぶ首都の大通りを歩いていた。
道の左右には、朝食のパンや粥(かゆ)を鬻(ひさ)ぐ屋台が、賑やかに軒を連ね、多くの人でごった返している。
そんな通りを下って行く内に、連なる屋台の向こう側、砂漠に面した方角に、巨大な建造物の姿が見えた。
「おおっ! あれが機動城砦って奴かァ!」
「に、兄さん、やめてください! 目立ちますから」
いきなり素っ頓狂な声を上げる兄――ナリアキラの袖を、ミナヅキが大慌てで引っ張る。
きょろきょろと周りを見渡せば、案の定、往来を行き交う人達が、フードマントを目深(まぶか)に被った田舎者丸出しの青年と、その隣を歩く少女の事を、珍しい物でも見る様な目で眺めていた。
思わず目が合ってしまった人達に、愛想笑いで会釈して、ミナヅキは内心、兄へと毒を吐く。
しかし、そんな妹の心中を察しようともせず、
「かかっ! でけえ! でけぇぞ、ミナヅキ!」
と、ナリアキラは彼女の指を振り払って、屋台の間をすり抜ける様に、機動城砦の方へと駆けていく。
「だから兄さんッ! 目立っちゃダメですって!」
ミナヅキは慌てて、兄(バカ)を追いかける。
見た目的には貴種(ノブル)と差の無いミナヅキと違って、ナリアキラはどう見ても砂漠の民。
百歩譲って良く言えば、『無邪気』と言えなくもないこの兄には、自分が貴種(ノブル)に蔑まれているのだという自覚が欠けている。
自分はそれで良いのかもしれないが、一緒に居る方は堪(たま)ったものではない。
機動城砦の城門の前。
やっとの思いで追いついたミナヅキへと振り返り、ナリアキラは能天気な声を上げた。
「かかっ! なんだなんだミナヅキ。お前、こんなの見て、よく落ち着いてられんなァ」
「私は、キサラギちゃんが攫われた時にも見てますし……」
「かかっ! そうか、そうか! いやぁ、すげえよなァ。どっかから中へ入れねえかな?」
「どこかから中へ入れないか」などという不用意な発言に、機動城砦の門前にいた衛兵が、ギロリとナリアキラを睨み付ける。
次の瞬間、
「ふぐっ!?」
ミナヅキは衛兵へと愛想笑いを振りまきながら、兄の脇腹へと拳を叩きこんだ。(命名:いもうと☆ギャラクシーフック)
一万歩譲って良く言えば、『自信家』と言えなくも無いこの兄は、本当に死ねばいいのに。……じゃなくて、怖いものなど、いやマジで死ね。…じゃなくて。何も無いらしい。
微妙に思考が荒(すさ)み始めているミナヅキは、悶絶する兄を引き摺る様にして、一刻も早くその場を離れようとするが、一方の兄は、踏みとどまる様にして、抗議の声を上げる。
「い、痛いじゃねえか!」
「痛い様に殴ってるんです! 兄さん、死ね……じゃなくて、分かってます? 砂漠の民が入り込んでるってわかったら、百万回死ね……じゃなくて、惨たらしく死ね。でもなくて、大事(おおごと)になるんですよ!」
「思ってること洩れすぎィ! どんだけ俺の事殺したいのよ、オマエ!?」
「……聞きたいですか?」
「あ、いや……うん……やめとく」
思わず目を逸らして、ナリアキラは誤魔化す様に、あらためて機動城砦を見上げる。
「で、キサラギを攫った機動城砦ってのは、この中にあんのか?」
見える範囲にある機動城砦は3つ。
目の前にあるドーム屋根が印象的なもの、その隣の黒いもの、遥か遠くに辛うじて見える、城壁に迷彩塗装が施されたもの。
ミナヅキは少し考えて、小さく首を振る。
そのいずれも、ミナヅキの記憶にある機動城砦とは異なっていた。
「そうか……ナナシの野郎は、キサラギを攫った機動城砦を追ってったってんだから、その機動城砦さえ分かりゃ、足取りも掴めるんだが……なッ!」
途中までは何気ない呟きだった筈が、言葉の終わりとともに、ナリアキラは強引にミナヅキの手をひいて、自身もその場から飛び退く。
背後に殺気を感じたのだ。
ナリアキラが腰の得物へと指を這わせながら、目を向けた先、そこには少女が一人、鋭い目つきでナリアキラを睨み付けていた。
旅装らしき、臙脂(えんじ)の長いマントを羽織った、貴種(ノブル)の少女。
外に向かって跳ねた髪が印象的で、気の強そうな顔立ちをしている。
腰の両側が少し膨らんで見えるのは、そこに剣を吊っているからだろう。恐らく双刀使い。
良く見れば彼女の背後には、腰の辺りにしがみ付く様にして、じっとこっちを見ている幼い女の子の姿が見える。
その幼い女の子の方は、貴種(ノブル)ではない。
燃える様な紅い髪に赤い瞳。
貴種(ノブル)どころか、この国の人間ですら無いらしい。
「お前ら、地虫(バグ)か?」
少女のその不躾(ぶしつけ)な一言にミナヅキは思わず眉根を寄せ、口を開く。しかし、それより早く言葉を発したのは兄の方であった。
「かかっ! 俺らは自分が虫だと思った事は無ぇな」
「……そりゃそうだ。配慮が足りなかった。すまん」
あっさりと頭を下げる少女に、ミナヅキは肩すかしを喰らった様な気がして、ぽかんとした表情になった。
「お前たちの話に知人が出て来たんでな。……ナナシがどうしたって?」
「あんた、ナナシを知ってんのかい?」
「質問したのは、私の方が先なんだが?」
睨み合う二人を他所(よそ)に、ミナヅキは少女をじっと観察する。
声音こそ柔らかいが、少女は鋭い目つきで二人を値踏みしている。
言葉づかいは男の様。どうやら、この少女は見た目通りに気が強いらしい。
そして、兄(バカ)の質問には意味が無い。
ナナシを知っているからこそ、この少女は殺気を纏(まと)っているのだ。
「兄さんはややこしくなるから、ちょっと黙っててください。あと死ね」
「死ね死ね、言い過ぎじゃね!?」
驚愕の表情を浮かべる兄を放置して、ミナヅキは愛想笑いを浮かべる。
「すいませんねぇ、兄が馬鹿なもので。私達、ナナシ君と同郷の者で、彼を探しに来たんです」
「同郷? おめぇは地虫(バグ)っぽくねぇが……?」
思わず、ムッとするミナヅキ。
その表情を見て、少女は申し訳なさそうに頭を掻く。
「ああ悪ぃ、砂漠の民だったな。悪いがナナシはこの辺りには居ねぇぞ」
「どこにいるかは、御存じありませんか?」
「さぁな、行き違いで、お前らの集落にでも戻ってんじゃねえのか?」
ミナヅキは、じっとアージュの目を見つめている。
「な、なんだ?」
「アナタ、ナナシ君の恋人か何かですか?」
「なっ!? ば、馬鹿な事いってんじゃねぇぞ、ま(・)だ(・)そんなんじゃねぇよ!」
「まだ?」
「いや、あの、なんだ、そういうことじゃなくてだな。わ、悪いが本当にナナシがどこにいるのかは知らない。こっちから呼び止めておいてなんだが、先を急ぐから……。じゃあな!」
ミナヅキの問いかけに、少女は急に激しく取り乱し、スタスタと足早に去っていく。
その背中を見送りながら、ナリアキラは楽しそうに笑った。
「かかっ! 変な女だな」
「でも兄さん、あの人、ナナシ君がどこにいるか、知ってましたね」
「ああ、間違いねェ」
別に、二人が少女の心を読んだ、という事では無い。
砂漠の民に伝わる技術の一つを使っただけだ。
ナナシの居所を聞かれた時、彼女の瞳が一瞬、右側へと揺らめいたのだ。
人間は過去の事を考える時、一瞬、眼球が左側へと動く。
逆に未来の事を考える時には、右側へと動くのだ。
眼球が右側に動いたという事は、彼女は事実を思い出そうとしたのでは無く、新たに答えを作り出した。
それはつまり、嘘を吐いたという事だ。
ちなみに恋人かどうかという質問については、左右にブレまくっていたので、実際のところどうなのかは、良くわからなかった。
「まあ、手掛かりにはちげぇねえな、あの女を尾けるぞ、ミナヅキ」