Muimui-tan

11-30 return, toward the last pile

―1―

「いつ、他のフィアが来るか分かりません。急ぎましょう」

「そうやね」

来栖二夜子が気絶している迷彩服の女性を揺すり起こす。

「う、ううん、ここは?」

「わるいんやけど、急いで出してもらいたいんよー」

迷彩服の女性が頭を振り、すぐにハンドルを握る。

「皆さん、乗ってください」

迷彩服の女性がハンドルを切り、車を後退させる。俺たちは、そのまま車に乗り込む。普通に動くか。さすがに丈夫な車だな。

「杭なら、先輩が破壊したぜ」

「了解です。凱旋ですね!」

迷彩服の女性が車を発進させる。

「周囲に――この近くには、まだフィア反応ありません。駆け抜ければ、このままアマテラスまで行けます!」

雷月英が獣耳をピクピクと動かしている。やはり、それ、レーダーだよな?

車が速度を上げ、木々の間を抜けていく。だから、コレ、怖えぇって。ぶつかったら死ぬぞ。

車の縁に捕まり、木々の波が過ぎていくのを待つ。

「先輩、さっきは助かったぜ」

改めてどうした? それ、さっきも聞いたぞ。

「それで、思い知らされたんだけどさ。先輩がやっていた、言っていたアレだ」

安藤優が照れたように横を向き、器用に、車の縁を掴んでいない方の手で頬を掻いている。やっていた? 言っていた?

「連撃だよ、連撃」

あー、そう言えば安藤優に見せていたなぁ。

「今回さ、アレが出来ていれば、さっきのフィアの――フェイズ4個体の反撃を許さなかったはずだ。俺一人で倒し切れていたはずだ。俺も人の限界とかを言い訳にしている場合じゃないぜ」

人の限界か。もしかして、俺が、あの技を使えたのも、真紅妃の瘴気に触れて人を止め始めていたからだったんだろうか。いや、今更だな。それは、今、重要なことじゃない。にしても、こいつは、人のまま、人の限界を超えようとしているのか。

「だからよ、もし出来たら、先輩の前でドヤ顔をさせてもらうぜ!」

安藤優がサングラスを持ち上げ、ニヤリと笑う。

「ああ、待ってるぜ」

こいつなら、何とかしてしまいそうな気がするな。

「あのー、そういう話は二人っきりのときにしてもらえますか?」

雷月英が獣耳をピクピクと動かしながら、笑いを我慢していた。

「二人っきりの世界やねー」

来栖二夜子はニヤニヤとこちらを見ている。

「おいこら、姐さんたち、ふざけんなよ!」

安藤優は慌てたように怒っている。俺はただ、肩を竦めるだけだ。

そのまま木々の波を抜け、道へ、海岸へと出る。そこでは、ハッチを完全に開けきった上体でアマテラスが待っていた。開いたハッチの前では円緋のおっさんが腕を組み、立っている。

「円緋のおっさんじゃねえかよ!」

おっさんだな。

「ふむ。おぬしら、戻ったか!」

円緋のおっさんが腕をほどき、大きく笑う。

「襲われていたんじゃないのかよ」

円緋のおっさんが顎に手をやり、ニヤリと笑う。

「杭を壊したのだろう?」

「もちろんだぜ」

「逃げていきおったわ!」

円緋のおっさんが大笑いする。逃げた、か。まぁ、何にせよ、これで安全に帰還出来るな。

「さあ、休むがよかろう!」

その後、作戦の報告よりも先に休息をと言うことで、割り当てられた個室に向かい休むことになる。

そして、次の日。

その次の日になっても、リッチと無形は戻ってこなかった。

皆で作戦会議室に集まる。でも、報告ってさ、報告する相手の無形が居ないのに、誰に報告するんだ?

「ゆらと、無形が居ないのに、誰に報告をすればいいんだ?」

「昨日のうちに二夜子さんが報告しているよ。それに無形隊長なら、現地で合流になるんじゃないかな?」

ゆらとはぽちぽちとタブレットをいじっている。

『:p』

アルファと通信でもしているのかな?

「あらーん、おまたせ」

そして、いつもの妖しいおっさんがやって来た。あー、この人が居たか。この人に報告でも良かったのかな?

「最後の場所には、三日後に到着予定よ」

三日後? またか。長くないか?

「三日後とはよぉ、随分、のんびりなんだな」

安藤優の疑問ももっともだ。最後の杭もさ、国内にあるだろうし、行こうと思えば今日中にでも到着出来るはずだ。

「あらーん、仕方ないのよ。向こうの港の受け入れ体勢が整ってないんですもの」

「ちっ、人の問題かよ。そういった状況じゃないと思うんだけどよ」

安藤優が悪態を吐いている。ゆらとも呆れたように肩を竦めている。

「こればっかりは仕方ありません」

巫女服に戻った巴も諦め顔だ。

「ところで!」

そして、そのまま俺の目の前にやって来た。な、何かな?

「今日は真紅妃を持ち歩いておられないようですが……」

いやまぁ、真紅妃も一人になりたい日があるだろうしさ。

「それに、先ほどから右手を隠されているようですが」

な、何かな?

「見せていただけますか!」

巴が俺の右手を無理矢理持ち上げる。俺の右手は、赤黒く錆びたように硬化していた。

「やはり……」

巴は、その手を見て、大きくため息を吐いていた。

「杭を壊せるのは俺だけだ。止めるなよ?」

「分かりました。その代わり、あなたが異形の姿に――フィアに変じたときは、全力で息の根を止めさせてもらいます」

こ、怖いなぁ。まぁ、でもさ、そのときはよろしく頼むよ。俺も、あんな化け物みたいな姿になって、自分の意識すらなくした状態で生きたくないしな。

「ああ、頼む」

「頼むではありません。そうならないように、してください!」

巴って意外と小言系だよなぁ。学校とかでは委員長とかをやってそうだ。