ラヴィスエルの笑みは、次の瞬間には醜悪さが醸し出されていた。だが元の見目が良いので、それすらも絵になるのは不思議だった。イケメンなら許されるというのはこういう事なのか。

ラヴィスエルは金髪碧眼の美青年だ。アギエルには全く似ていない。ストレートな長めの髪はゆるく一つにまとめて横に流している。体格は細身ではあるが、骨格ががっしりとしているのは分かるので、ひ弱なイメージはそこにはない。それが笑い方一つでここまで崩れるなんて、この人の腹黒さは計り知れないと私は思った。

「ふふっ……ここまでとは思わなかったなぁ~」

ソファーに座るラヴィスエルは体勢を崩し、足を組み、それは楽しそうに笑っていた。

「噂はこのままでも良いのかい?」

「元々陛下はそのつもりでしょう? 王妃様が他家の噂をばらまく前に事前にご相談されたはずです。それを止めなかったのだから、故意に噂をばらまいたと変わらないじゃないですか」

私が平然と返すと、ラヴィスエルはにこにこと本当に嬉しそうに笑っていた。

「ねぇ、エレン。私の娘にならない?」

唐突な爆弾発言をするラヴィスエルに、親子共々絶句した。

「陛下! 私の家族には接触を制限しますと申し上げたはずです!!」

「え~? だってこんな聡明な子、他に類を見ないでしょう? 欲しいなーって」

「お断りします。私のとーさまはとーさまだけです!」

抱っこされたままの体勢で、父の首元にぎゅっと抱きつくと、父が感激した声を上げた。

「エレン!!」

可愛い可愛いぐりぐりと私を構い倒す父の姿に、ラヴィスエルは溜息を吐く。

「あー、英雄の本当の姿がこれだなんて。息子達がかわいそうだ……」

「私にはどうでも良いですね」

他人に幻滅されようがどうでもいいと無表情に返す父の姿に思わず笑ってしまう。

「まあいい。紹介だけでもしておこう」

「いえ、結構です」

「誰か! 息子達をここへ呼べ」

ラヴィスエルの言葉に、隣の部屋で待機していた近衛兵が承りましたと返事をした。

「エレン、君もきっと気に入ると思うよ。我が息子ながら頭も見目も大変良いからね。他家の淑女達には既に大人気なんだ」

「実家と見た目とお金と権力目当てで、ですか?」

私が首をこてんと傾けながら言うと、ラヴィスエルは堪えきれないと大笑いしていた。

「そうだな。彼女達の親はそれらが目当てだろうな。だが彼女達自身は違うだろう? 純粋に息子達を慕っている」

「大人気なら私はいりませんね! とーさま、帰りましょう」

「そうだな」

「……ロヴェル、お前の娘は一体何なんだ」

放つ言葉全てが返されるとラヴィスエルは溜息をこぼさずにはいられなかった。

「陛下が私の娘に勝てるはずがありませんよ。親である私ですら勝てないのに」

ラヴィスエルは冗談かと笑い飛ばそうかと思ったが、その言葉は妙に腑に落ちた。先程からのやりとりでロヴェルの娘は大人顔負けの頭脳の片鱗をみせている。精霊の血を引き、更にここまで舌が回るとなると国としてはどうしても欲しい。

他国にロヴェルの娘が精霊の血を引くなどと知られれば、確実に国を挙げての奪い合いになるだろう。そうなる前にどうしてもロヴェルの娘が欲しかった。だからこそ無理矢理息子達と見合いをさせる場を画策したというのに、次から次に想像以上の事が起こる。

「エレン、私の息子達が君のお眼鏡にかなうと良いんだが」

「見目の良さなど、とーさまやかーさまを見慣れているのでそれは難しそうです。と、言いますか私達は王家には……」

私は重要な事を言おうとしたのだが、丁度そこで王子達が到着したと近衛兵から連絡が入った。遮られたと私は黙る。王子達を呼ばれる前に先に言うべきだったと後悔した。

「ああ、入れ」

「父上、失礼します」

「失礼します」

ピシリと礼をして入ってきた王子二人はこちらを見て、目を見開いて驚いていた。

「上がガディエル、下がラスエルという。お前達、英雄ロヴェルとその娘のエレンだ」

ラヴィスエルがそう紹介をすると、二人の王子は息の合ったお辞儀をして見せた。以前、サウヴェルの結婚式の会場で見ていたことがあったので二人の姿は既に知っている。あの時とは違って、二人は英雄を目の当たりにして妙に興奮しているのか、頬が赤らんでいた。

父は重々しい溜息を吐きながら私を下ろし、一応の臣下の礼をとって「ロヴェル・ヴァンクライフトです」と自己紹介をした。私もそれに倣い、淑女の礼をして「娘のエレンです」と自己紹介をした。

「僕はガディエル・ラル・テンバール。英雄にお会いできて光栄です」

「僕はラスエル・ラル・テンバールと言います。ほ、本当にあの英雄なのですか!?」

特に弟の方は父を見て身を乗りださんばかりだ。夢物語の英雄の姿に夢馳せているのだろう。

「こら、ラスエル。失礼だろう?」

「あ、ごめんない……」

兄に窘められている姿から、二人は仲が良い様であった。

だが私は二人の微笑ましい態度とは裏腹に、顔が引きつらないか必死だった。二人はラヴィスエルの血を濃いほどに受け継いでいた。精霊の呪いが吹き出さんばかりに周囲に渦巻いていたのだ。

「……エレン?」

父が私の状態に目敏く気付いたらしく、膝を折って私の顔を覗き込んだ。ラヴィスエルは何を勘違いしたのか、嬉しそうに言葉を発する。

「エレン、照れているのかい?」

その言葉に嫌みを返す余裕がない。だんだんと青ざめていく私の顔に、周囲も首を傾げだした。

「エレンは気分が悪いのかい?」

ガディエルが近付いて私を気遣おうとした。だけど、それは悪手だと分からないのだ。

「近寄らないで!!」

私の拒絶に王家の者達は驚いたらしく、目を丸くしていた。私が呪いに当てられているのだと直ぐ様察した父が私を抱えて王子から遠ざけようとしたその時だった。

ムッとしながらもガディエルが、顔色が悪いならソファーにでも座るべきですと気遣い、手を差し伸べてきたのだ。

私の喉がヒュッと鳴った。ガディエルに取り巻く呪いが、私の存在に気付いたのだ。その呪いは、助けを求めて一気に私に襲いかかろうとする。

「やああああああ!!」

私の叫び声と同時に、陛下と王子達から黒い靄が吹き出す。それは王子達以外にも見えていたようで、控えていた近衛兵達から緊張が走った。

「陛下! 王子!? 何事ですか!!」

「ぐっ……!? な、なんだこれは……」

まともに立っていられない王子達は既に床に倒れていた。ぴくりとも動かないので気絶しているのかもしれない。ラヴィスエルは何とか目を開いてはいたが、靄に包まれて段々と身体が重くなっているらしく、ソファーに座っているのにも関わらず倒れそうになっていた。

靄は叫ぶ私に向かって段々と広がり、そして近付いてきた。その靄からは「助けて! 痛い! 助けて!!」と大勢の声なき声がしていた。

「やめてやめて!! どうしてこんな酷いことをするの!?」

悲痛な声を聞いて泣き叫ぶ私に父が舌打ちをする。

「だから会わせたくなかったんだ!!」

私を急いで抱え上げて母の元へと一瞬で転移した。水鏡で様子を見ていた精霊界の城の者達は私の様子に大慌てになっている。半ば錯乱状態になっている私を、父から受け取った母が優しく撫でた。

「大丈夫。大丈夫よエレンちゃん。少し眠りましょうね」

母が私の頭を撫でると、私はすうっと意識が遠くなり、ぷつんと切れた。

母はぐったりとした私の額に手を当てると、「お熱でちゃったわぁ~」と軽く言い、私を運ぶべく寝室へと足を向ける。その際、父に「向こうも混乱しているだろうから行ってきちゃって頂戴な」と声をかけた。

「オーリ、エレンは大丈夫なのか!?」

「大丈夫よ。やっぱりまだ早かったのね」

「ああ、やっぱり会わせなきゃ良かった……」

後悔するロヴェルにオリジンは笑顔で言った。

「あなた。先方に呪いの事を言っても大丈夫よ。あの腹黒達は、今頃生け贄になった精霊達の声をこれでもかと見聞きしているだろうから、どのみち気付くわ」

「……あいつ等に見えるのか? 呪いが?」

「エレンが原因ね。女神の血筋に気付いた墜ちた精霊の魂達が、エレンに助けて欲しいと手を伸ばしてしまったのだわ」

母の腕の中で眠る私のおでこを撫で、母は私のおでこにキスをした。

「さあ、行って。腹黒達を絶望に落としてきてね!」

よい笑顔を見せる妻の姿に、ロヴェルは溜息を吐いた。

***

先程までいたその場は混乱していた。急遽医者が呼ばれ、使用人達と近衛兵達がラヴィスエルを介抱し、気絶した王子二人の安否確認に奔走していた。

「なんだ……さっきのは……」

呆然としながらも現状を確認しようとするラヴィスエルの目の前に、ロヴェルが現れる。その姿を目にした瞬間、近衛兵達から殺気が迸った。

「いかがですか陛下。長年捜し求めていた答えを聞いたご感想は」

平然と返すロヴェルの態度に、周囲の者達に緊張が走る。

「あれは……あの叫びは……」

「だから私はあの時、私達家族に接触しないようにお願いしたのです。こうなる事が分かっていたから」

「……どういうことだ。あの叫びはなんだ? どうして私達から靄が……」

「おや、お気づきになられないとは混乱しているのですね。いつも聡明な貴方が珍しい」

「ロヴェル殿!!」

近衛兵の怒りの声に遮られる。ラヴィスエルにとって衝撃的だったのだろう。頭では分かっているのかもしれないが、認めたくないのかもしれない。

「我々が王家の者に近付けない理由がそれですよ。その声に引きずられて、我々は狂いかねない」

痛ましそうに顔を歪ませるロヴェルの姿に、近衛兵達はどうしていいのか分からないらしく、陛下の方を見て指示を要求していた。

「これは……これはどうして私達に?」

「気付いているのでしょう? ご先祖様に聞いて下さい」

吐き捨てるロヴェルにまた近衛兵から殺気が迸るが、ラヴィスエルがそれを止めた。

「……息子達は無事か?」

「あれに当てられただけです。熱が出て、起きた時に取り乱す位でしょう。それではご自愛下さい」

ロヴェルはそう言い残して消え去った。これに周囲は騒ぎ立てるが、ラヴィスエルは気にするなと止める。

「ああ……甘く見ていたツケか……」

エレンがもたらした助言から、ただ精霊達に嫌われているだけだと思っていた。だが自分達の身体から迸った黒い靄の正体はそんな可愛いものではなかった。

「恨まれていたのか……」

エレンの泣き叫ぶ声が耳から離れない。先祖が精霊に対してしでかした代償の大きさを今になって知る事になろうとは。

王家の書庫で記録を確認しようとラヴィスエルが立ち上がろうとするが、その身はふらりと傾いだ。

「なりません陛下! お休み下さいませ!!」

自分のままならない身体に舌打ちをする。

ぐわんぐわんと目が回っていた。なんてざまだとラヴィスエルは意識を失った。