ケーキを買って屋敷に帰ると、ノアがフィーとテラス席で談笑していた。
「ただいま。ノア」
「おかえりなさい。おかあさま」
「ユーリ。お帰り。どこ行っていたんだ?」
「フィー。あなたこそなぜここにいるの? たった今、あなたのところに差し入れに行って来たところよ。会えなかったから、あなたの部下に預けてきたけど」
「えっ? ユーリからの差し入れ?」
「すれ違ったみたいね」
思わず席から立ち上がりかけたフィーの肩を抑えつつ、キランが残念でしたな。と、言う。
「あら。そのマカロンって?」
「今流行の菓子屋に寄ってきたんだ。マカロン好きだろう?」
「ありがとう。でも、奇遇ね。私も買ってきたのよ」
お皿の上に色々な色の小さな丸いマカロンが乗っている。マカロンの箱を見れば、それはたった今、自分が立ち寄ってきた所のお菓子屋のものに違いなかった。
「おかあさまもいっしょにたべよう。フィーおじさんのかってきてくれたマカロン、おいしいよ」
口いっぱいに頬張るノアが小動物のように愛らしい。「ほらほら。口の脇についているぞ。ノア」マカロンの欠片を口元につけてほほ笑むノアのそれを、指先で取ってやりながら、それを口元に運ぶフィーはまるで父親のようだった。
「美味しそうよね。私もフィーの買って来てくれた方を食べようかしら? ドーラ。こっちの箱は皆で食べて」
「奥さま。ありがとうございます」
私はノアの隣の席に着きながら、自分が買ってきた箱の方はドーラに預けた。ドーラはその箱を持って退出して行く。この場には私達母子と、フィーにキランだけが残っていた。
「フィーの所に差し入れに行ったのにどうしていなかったの?」
「宮殿に行っていた。陛下に呼ばれたんだ」
「お仕事忙しそうね」
「ああ。陛下には上手い事、こき使われている」
苦笑するフィーと目線を交し合うと、ノアから「ずるいよ」と、言う言葉が飛び出した。
「おかあさま。おじさんのおしごとしているばしょにいくならぼくもつれていってほしかったな。ぼくもいきたかった」
「あなたはお勉強中だったから。また今度ね。今度は必ず誘うわ」
「絶対だよ」
強請るノアは愛らしい。ノアの頭を撫でてやりながらその隣の席に落ち着く。
「ところでフィーって何の仕事をしているの?」
「あ、俺? 俺は……親父さんの手伝いをしている」
「それは前から聞いていたけど、部下の方もいるのだから単なる一衛兵ではないのよね?」
「まあ、そういうことになるかな」
私の追及にフィーが困ったような様子を見せた。彼は他人のことはよく見ているくせに、自分の事となるとなかなか教えてくれない。
「フィーは秘密主義よね? 謎が多すぎるわ。そう思わない? ノア」
「そうかな? ノア。そう見えるか?」
ノアは私とフィーに話を振られて、私達の顔を交互に見た後で言った。
「おかあさまはおじさんのなにがしりたいの? おじさんのことがすきなの? だとしたらぼくうれしいな」
「ノア」
いきなり何を言い出すのかと思えば、ノアはにっこり笑った。
「ぼく、おじさんがおとうさまになってほしい」
ノアの笑みは影響力が凄かった。私はその後、フィーを見るのが照れくさくなって、ノアの手前、平然とした態度を取りながらマカロンをひたすら齧り続けた。