ユーノとの戦いから一か月ほどが過ぎた。

俺はシャーディ王国の辺境にある森に小さな小屋を作り、シアやユリンと暮らしている。

川で魚を獲ったり、森で木の実を採ったりといった自給自足に加え、ときには近隣の村で食物を仕入れたりもする。

俺たち三人は勇者ユーノに仇(あだ)なした者として、各国に知れ渡っている危険があるため、村に出向くのは主にユリンだ。

彼女の【魔人】としてのスキルを駆使すれば、正体を隠して食べ物などを仕入れるのは簡単だった。

今のところは、取り立てて変化のない日々だ。

──いや、復讐の旅で死や戦いと隣り合わせだった日々から比べれば、大きな変化か。

そういえば、もう一つ『変化』がある。

かつて禁呪法『闇の鎖』を受けた影響で極端に衰えた俺の身体能力が少しずつ──ほんの少しずつだが回復している。

ユーノを打ち倒し、【光】に属するユーノを俺の【従属者】として屈服させたことで、奴の【光】を取りこむ形になったらしい。

【光】を取りこむ──それが『闇の鎖』を受けた者が回復するための条件だ。

まだまだ、普通の人間に比べればかなり弱々しいものの、俺は回復しつつあった。

まあ、焦る必要はない。

復讐はすべて終わったんだ。

平穏な時間の中で、少しずつ取り戻していけばいい──。

そんなある日の夜、俺はシアやユリンとともに夕食を取っていた。

「えへへ、なんだか家族みたいですね」

シアがにっこりと笑う。

「毎日三人一緒にごはん食べたり、お話したり……」

「家族……か」

つぶやく俺。

その隣でユリンが熱いため息をついた。

「私たち三人の新婚生活……はふぅ」

「ユリンちゃんが妄想モードに!?」

「あ、すみません、ちょっとあっちの世界に飛んでいたみたいです」

「ユリンちゃんって、けっこう妄想キャラだよね」

「シアさんだって意外と……」

「うっ、そうかも」

二人の掛け合いを見ていると、心が和むのを感じる。

今までの復讐の旅路では、常に心を尖らせていた。

二人と接して気持ちが癒されることは多々あったが、それでも俺の根底にあったのはユーノやイリーナたちへの憎悪だ。

奴らにどう復讐するか。

復讐を成し遂げるために、どう戦うか。

常にそれを考え続けていた。

シアやユリンに癒されていても、それは心の片隅にとどめておくものだった。

だけど、今は違ってきているのかもしれない。

復讐を終え、俺の中から少しずつユーノやイリーナたちへの気持ちが薄れていくのを感じる。

もちろん彼らを忘れることなんてない。

憎悪も、悲しみや絶望も完全に消えることなんてない。

それでも徐々に……ほんの少しずつだが、薄くなっている気がする。

代わりに、俺の心の中心にはシアとユリンが住まい始めている。

「どうしました、クロム様?」

「私たちの方をジッと見ていましたね」

シアとユリンが微笑みながら俺を見つめる。

「はっ!? まさかクロム様もあたしたちとの新婚生活妄想モードに!?」

「クロム様も妄想キャラだったんですか?」

「いや、妄想はしてないが……」

俺は思わず微笑む。

それから、気づく。

そうだ、復讐を終えてから──シアやユリンと一緒にいて笑うことが増えたな、と。

「……一緒にいてくれて、ありがとう。シア、ユリン」

「き、急にどうしたんですか、クロム様」

「照れちゃいます……ふふ」

「いや、勇者パーティとの決着をつけてから、ちゃんと礼を言ってなかったからな」

俺はもう一度微笑んだ。

「あたしの方こそ。一緒にいられて幸せです」

「私もです、クロム様」

シアとユリンが左右から俺に寄り添う。

俺は両手で彼女たちの肩をそれぞれ抱いた。

平穏で幸せな日々。

恋人や家族のような温かな絆。

そんな未来を、二人とともに歩むことを思いながら──。