携帯電話を手に取った。では問合せでもしてみるか。ためらっている時間などない。でも、緊張する。深呼吸をして、番号を入力し通話ボタンを押した。電話をかけるとすぐに声が聞こえてきた。

この世界に入り込んでから初めて電話が繋がった。予想通り、ゲームの中で得た連絡先にはいくらでも電話をすることが可能なようだ。

「もしもし?」

聞こえてきたのは女の声。朱峰本人だろうか。俺はそう思いながら携帯電話に向かって尋ねた。

「もしもし? 知り合いに名刺を貰ったので加入の問合せの電話をしたのですが。」

「恐れ入りますが、誰の紹介でしょうか。紹介人がいないと加入は少し厳しいです。」

何がそんなに複雑なのか。どうしようかと少しためらったが、その時、ベッドに並べた名刺が目に入った。

「有賀さんに名刺を頂きました。」

いつかばれるとしても、とりあえず突っ切ってみようという気持ちで適当に名刺を取り名乗った。すると携帯電話の向こうでしばらく沈黙が続いた。返事がきたのは1分後くらいだった。

木元「私は担当の  と言います。有賀さんがこちらの社交パーティーの会員なのは確かなのですが…。では、とりあえず一度面接をする必要があるのでお会いできますでしょうか? 有賀さんから頂いた名刺もご持参ください。」

木元と名乗った女は時間と場所を言うと俺の個人情報を尋ね始めた。うっかり本名を言ってしまうと、わかったと言って電話を切った。木本か。朱峰ではなかった。主催者がこんな電話にまで出るわけがないか。

目を開けると朝だった。いつの間に眠ってしまったのだろう。いろんな悩みが俺の頭をかき乱していて、俺も知らぬ間に眠りについてしまったようだ。窓の隙間から差し込む陽ざしが朝が来たことをを知らせてくれていた。急いで起き上がり携帯電話を開く。約束の時間は朝10時。その時間まであと1時間。慌てて顔を洗い、スーツを取り出す。まだ3回しか着ていないスーツ。

社交パーティーという名前。そして面接。どう見ても、加入することも接近することもお金がかかるような気がした俺は通帳を取り出した。ATMの機械では大金を引き出すのに限界があるから通帳を持って行かなくては。

他の人たちのように社会的地位はないからお金を自慢したら接近できるのではないか?

俺は持ち物を揃え、スーツでめかしこんでバスに乗り地下鉄の駅へと向かった。地下鉄に乗って待ち合わせ場所のカフェに移動した。約束時間を5分残し、俺はようやくカフェを見つけた。朝だからか、店内はとても閑散としていた。お客はたったの一人。後ろ姿を見せる女。

会うことになっている相手に間違いない。昨日電話の相手ではと思い、近づいて行った。しかし、女の顔を確認するや否や驚いた。

テーブルに座っている女は、まさに朱峰だった。昨日電話を受けた女は単なる加入案内の担当者なのだろうか。朱峰が直接来るとは思わなかったが、俺はむしろ好都合だと思い、話しかけた。

「こんにちは。もしかして加入面接をして頂ける方ですか?」

「あなたが長谷川さんですか?」

「はい。」

昨日電話で本名を名乗ってしまったためにそのまま朱峰に伝わってしまったようだった。俺がうなずくと彼女は手で反対側の席を指す。座れということか。なら座らねば。俺はうなずきながら反対側の椅子を引いて席に座った。

俺が座ると彼女はすぐに手を差し出した。

「まず、先に名刺を見せて頂けますか?」

名乗りも挨拶もなしにいきなり命令だ。少し腹が立ったが、我慢するしかない立場にあるため、ポケットから名刺2枚を取り出し、彼女に渡した。知り合いだと嘘をついた有賀の名刺と加入案内メッセージが書かれた名刺。名刺を受け取った彼女は表と裏のあちこちを見渡し始めた。偽造でもしているのではと調べている様子だ。

「名刺は間違いなく本物ですね。しかし、昨日、有賀さんに聞いてみたら長谷川さんのことは全く存じないとのことでしたが、どういうことか説明して頂けますか?」

彼女の言葉に俺は唾をごくりと飲み込んだ。まあ、当然連絡するとは思った。どうやらあまりにも考えが甘かったようだ。彼女の目つきが鋭くなる。清純な顔してあんな表情が可能だとは驚きだ。こうなったからには厚かましく出てみることにした。

「はい? この会合について話を聞き、ぜひ加入したくて取り次いでもらい紹介を受けたものでして、詳しいことは言いかねます。しかし、俺も闇事業を営んでいるので人脈も必要だし女も必要です。俺にはお金しかないから会合に迷惑になることはないと思います。それに、その名刺は本物です。信用できる人にしか渡していないのではないですか。俺は有賀さんが信用できる方から紹介されました。」

話を聞いていた彼女は少し顔をしかめた。眉間にしわを寄せ、何か考え事をしている様子とでもいおうか。

「その人は誰ですか? 確認させてもらえますか?」

「それは内緒にすることになっています。しかし、心配は要りません。俺も正々堂々商売をしている人間ではないので、外部にこの会合についてのことを漏らすことは絶対にありません。」

やましくない商売。闇事業。俺はよく知らないくせに、インターネットで流れている単語をぬかしながら強気でほらをふいた。これでも通じなければ仕方がない。

「ううんっ, こちらの会合は加入費用が現金で100万円。さらに、毎回参加するたびに寄付金100万円を払ってもらわなければなりません。あ、加入費用は今すぐお支払いになります。」

現金100万円。まさに今、俺を試しているようだ。 用意できないと言った瞬間アウトだろう。お金はたくさんあるとほらをふいたのに、お金を持ってこられないと言うのもおかしい。少し高い気はするが100万円くらいなら用意することは可能だ。[アイテム]1つの金額くらいだ。勿体ないが、クリアをすればそのくらいのお金が入ってくることを考えれば必要不可欠な資金だろう。

「問題ないです。そのくらいなら今すぐお渡しできます。」

「実は加入費用は紹介人を明かして頂けない場合、担保として受け取っています。紹介人を確実に明かして加入費用の免除を受けて頂いても構いません。」

彼女はそう言いながら時計を見た。俺は仕方なく席を立った。

「今すぐ行ってきます。」

うなずく彼女を後ろに、カフェから出て銀行へ向かった。お金が必要になるとは考えていたが、100万単位だとは思いもしなかった。とにかく銀行に駆けつけて現金を引き出し、朱峰の前に札束を置いた。

「100万円です。確認してみてください。」

彼女は傲慢な表情でお金を数えるとバッグにしまいながら言った。

「まあ、いいでしょう。会合に加入されたこと、おめでとうございます。こちらの会合の目的は性の開放とその開放感を満喫しながらの集まった参加者同士の人脈構築にあります。 いわゆる乱交とも言うでしょう。」

「なるほど。それは期待が大きいですね。」

「偉い政治家の方々に会うこともできるし、請託をするなら別途でお金を渡す必要があるとは思いますが、そんな方々と憚りなく会うことのできる場であるということ自体が素晴らしいことだということはおわかりでしょう?」

「はい。まあ…。」

「いいでしょう。夕方 7時までに参加費用を持参してここへお越しください。」

彼女は場所が書かれた案内状を渡してきた。案内状には何の文章もなく特定の場所の地図だけが書かれていた。

「では、夜にお会いしましょう。」

朱峰は俺が渡した100万円の入ったバッグを手に取ると後ろを振り返ることなく出ていった。なんとか加入はしたものの、これからどうすれば。この会合を世の中に暴露でもしなければならないのだろうか。未だに攻略条件がわからない。情報には、ただ社交パーティーから接近しろとそれだけだった。

とりあえず会合に行ってみるか。しかし、指定された時間まではまだまだ時間がある。会合の場所はこの近辺。家に帰るのはいろんな意味で無駄だ。俺は時間を潰すところを探し、さまよい始めた。

***

繁道景遥ビルの最上階を買い占め、改造して作られた社交パーティーの事務所。VIPルームには朱峰の最初の恋人ともいえる が座っていた。

「100万円をその場で持ってきたの?」

繁道が札束に触れながら言うと朱峰はうなずいた。

「そうです。紹介人を隠そうとしながらも、お金はありそうに見えたのでとりあえず加入させました。」

「有象無象にみんな受け入れちゃったら困るよ。」

「心配要りませんよ。お金づるにすぎません。」

「ふーん、また薬でお金を巻き上げようとでも?」

「はい、紹介人を明かそうとしないのを見ると、たまたま名刺を手に入れただけのたいしたことない男のようでしたので、中毒にさせてしまうのが一番です。」

「後腐れなくやれよ。」

繁道の言葉に朱峰は心配しすぎだという顔で笑った。

「それはそうと、あなたは立矢会をいつ掌握するつもり?結構お金をつぎ込んだのに、ちょっとかかりすぎでは?」

「心配ないよ。もうそろそろ始末する。明日、その政治家に突き出す女は用意できてる?」

「はい、最近売れている子を有賀さんに頼んでおきました。」

「よしよし。怪しそうなやつは薬でお金を巻き上げて、 上層部の人らは女でお金をむしり取る、ふははっ。お前の薬の効き目のおかげで、ここまで来られたようなものだが。」

朱峰は繁道の言葉に口を尖らせながら文句を言った。

「そういう風に言わないでもらえます? イラつくから。」

「この社交パーティーは人脈の場でもあるのに、そんな考えをしているとは、悪事には本当に頭の切れる人だ。」

そう言うと男はソファーから起き上がった。スーツの上着を手に取ると外へ歩いて出ていく。

「もう行くわ。」

「はいはい。見送りはしませんよ。」

「ご勝手に」

男は手を振ってVIPルームから出て行ってしまった。部屋には朱峰だけが残った。

***