――皆への土産物をグリーンホロウへ配送してもらう手続きを済ませた後で、俺達はコリンから教えられた武器屋へと向かうことにした。

コリンは敵情視察なんて表現をしていたが、俺としては王都の武器屋を敵だのライバルだのと認識したことはなかった。

理由は褒められるようなものではなく、単に実感がないだけだ。

武器屋を始めたり、ミスリル製品を取り扱うようになったりしてから、まだまだ日が浅いせいだろう。

現役冒険者だった頃に自分と他の冒険者を比較してきたのとは違って、この分野で自分と他人を比較するという発想があまり浮かんでこないのだ。

これから何年も続けていけば、売上だのミスリル装備の品質だのを比較して気を揉むことになるのかもしれないが、少なくとも今は目の前の仕事をこなすだけで手一杯なのだ。

歩きながらそんな自己分析をする俺の隣で、ガーネットが振り返りながら声を張り上げる。

「こそこそついて来んじゃねぇよ。堂々としやがれってんだ」

「ち、違いますって……! 俺もその武器屋に用事がですね……」

物陰に隠れながら俺達の後ろを進んでいたコリンだったが、観念したように姿を現して俺の斜め後ろに付けてきた。

この状況で会話の一つも交わさないのは如何なものかと思ったので、俺の方からコリンに話題を振ってみる。

「ところで、その武器屋はどんなところなんだ?」

「ええっとですね。ビルっていう武器鍛冶屋が、自分とこの工房でこしらえた商品を売ってる店です」

「武器屋に卸(おろ)してるんじゃなくて自分の店で売ってるのか」

「感心しちゃダメっすよ。武器屋とトラブル起こして仕入れてもらえなくなったから、やむなくやってるんだって噂ですから」

コリンは眉をひそめて手を横に振った。

「……あんまり評判は良くないんだな」

「ミスリル加工師としても黒い噂がちらほらありましてね……あ、俺の用事ってのは加工師の連絡網みたいなもんで、単に伝言を持ってくだけですよ」

こんな用事がなければ行きたくなかった、と考えているのが露骨に透けて見える。

世の中の全員が善人なら生きるのも楽なのだが、生憎とこの世はそんな風にはできていない。

冒険者業界もそうだったが、際どいやり方や露見すればただでは済まないやり方に手を染める奴も、必ず一定数は現れてしまうものだ。

そして、そういう奴は真っ当に活動している連中から毛嫌いされ、さり気なく距離を置かれるものだと相場が決まっている。

「白狼のを敵視してる奴らって、まさかろくでもねぇ奴ばっかりなのか?」

「さすがにあいつが変なだけですよ。ほとんどは普通の人で普通に対抗心とか燃やしてるだけですから」

なら安心だ。

手段を選ばない集団に目をつけられているなんて、想像するだけで頭が痛くなる。

やがて、コリンは四階建ての建物の前で立ち止まり、その一階部分を指差した。

「ビルの店はあそこです……って、あれ……いませんね……」

小振りなその店は、不用心にも開店状態のまま無人で放置されていた。

俺達は『いないなら仕方がない』と引き返すこともできたが、連絡を伝えなければならないコリンはそうもいかず、弱りきった様子で周囲を探し始めた。

放置して立ち去るのも気が引ける。俺達も探すのを手伝うとしよう。

「ビルってのはどんな奴なんだ?」

「俺の親父と同年代です。あんなにゴツくはなくって頭は白髪交じりで……けっこう日焼けしてたと思います」

「クレイグさんと同じくらいだな」

さっそく手分けをして店の周囲を探してみる。

建物脇の裏路地を覗き込むと、コリンが説明した特徴に合致した中年の男と、もう一人別の男が話し込んでいるのが視界に入った。

言い争いをしている……というのは少し不正確だ。

態度を荒げているのはビルらしき男の方だけで、相手の男は平然とビルの剣幕を受け流している。

相手の男はこちらに背中を向けていて、顔は全く見えない。

服装からすると冒険者か。鎧姿と呼ぶには軽装であるが、私服と呼ぶには頑丈過ぎる。

「すみません。あそこの武器屋の店長さんですか?」

こそこそしていても始まらないので、まずは堂々と声を掛けてみる。

ビルらしき男がこちらに気付き、相手の男もこちらに振り返り――そして俺は思わず言葉を失った。

「――はは。お前、ルークか? 白狼の森のルークだな?」

「まさか、ブルーノ……なのか……?」

「ブルーノさ(・)ん(・)と呼べって何度言ったら覚えるんだ、この万年Eランクが。おっと、もう辞めちまったんでランクは関係ないんだったか」

昔から俺を見下してきた――能力的に見下されて当然ではあったのだが――Aランク冒険者、血染めの刃のブルーノ。

グリーンホロウのドラゴン騒動のときに声を掛けても応じず、事態が魔王軍との戦争に発展しても遂に来なかったAランクの一人。

しかし目の前にいるその男は、記憶の中のブルーノとは大きく様変わりしていた。

屈強だった肉体は一目で分かるほどにやつれ、顔色が悪く頬も痩せこけている。

体のどこかを病んでいることは明白であった。

どうしてロイはこいつが変わり果てたと言わなかったのだろうか――と考えて、すぐに認識の相違に過ぎなかったのだと納得する。

俺は数年振りにブルーノと会ったので急激な変貌に感じたが、ロイはその間何度も顔を合わせていたはずだから、あいつが認識するブルーノの姿は俺のそれとは大きく違っていたのだろう。

だから、俺との会話でブルーノに言及したときも『最近は冒険者としての実力も落ちてきた』『Aランクらしいこともあまりしていない』という程度のことしか言わなかったのだ。

「ブルーノ……お前、体を壊してるのか」

「うるせぇな、俺を憐れむつもりか? 最底辺でもがいてたくせに、随分と偉くなったもんだな」

唯一、かつてと変わらない眼差しが俺を見据える。

野心にぎらぎらと輝く瞳。ブルーノという男の印象を決定づける最大の特徴だ。

冒険者として順調に活動していた頃は向上心の塊のようにも思えたが、今となっては――

「ビルから聞いてるぜ。どんな手を使ったのか知らねぇが、ミスリル加工師になって武器なんざ作ってるそうじゃねぇか。だよなぁ、ビル!」

ブルーノにいきなり名前を出され、鍛冶屋のビルはたじろいたように後ずさった。

まるで、自分とブルーノの関係を知られることを恐れているかのように。

「あ、ああ……私達が長年苦労してきた研究をあっさり成功させた加工師だ。しかしな、ブルーノ。ここであ(・)の(・)こ(・)と(・)を言うんじゃないぞ? 分かっているだろうが、その……そう、同業者に知られるわけにはいかんのだからな!」

酷く焦った様子で、ビルはブルーノに対する警告をまくしたてた。

察するに、ミスリルを使った製品開発に関する秘密を、何らかの形でブルーノに知られてしまったのだろう。

それなら俺が話しかける前の荒い態度も納得だ。

「んなこと分かってるっての。協力はするし、もちろん秘密も守るさ。そういう約束だろ? なぁ、ビル」

「だ……だったら良いんだ」

こいつは約束というより脅迫だな――俺はそう直感した。

「けどよ、これくらいは言ってやっても構わねぇだろ」

ブルーノは肩を組もうとするかのように俺の肩口を掴んできた。

――細い腕だ。

もちろん俺と比べれば大差ないのだろうが、剣の実力でAランクまでのし上がった頃を思い返せば、時間の無情さを感じずにはいられない。

そんな俺の反応などお構いなしに、ブルーノはやつれた顔を近付けて、憎悪すら感じる声色で聞いてもいないことを言い放った。

「誰にも俺を見下させねぇ。憐れみなんざ抱かせねぇ。そんな奴らはぶった斬ってやるよ。手始めにお前も――があっ!?」

突如、ブルーノは苦悶の声を上げて俺から手を離した。

ブルーノの前腕を、更に細く小さな手が握り締めて骨を軋ませている。

「手始めに、なんだって? オレの聞き間違いじゃねぇなら、腕の一本は覚悟しとけよ」

「テ、テメェ……! 放しやがれ、クソガキが!」

ガーネットは乱暴に突き飛ばしながらブルーノの腕を放した。

腕を掴んでいたのは左手で、右手は油断なく腰に下げた剣に添えている。

もしもブルーノが剣を抜く素振りを見せていたら、間違いなく流血沙汰になっていたことだろう。

「ちっ……萎えちまった。いいか、忘れんじゃねぇぞ、ルーク。俺の邪魔はしないことだ」

苦々しく言い捨てて、ブルーノは裏路地から出ていった。

いつの間にか鍛冶屋のビルも姿を消している。

恐らく裏口あたりから店に戻ったのだろう。

裏路地に俺達以外の姿がなくなったのを確認してから、ガーネットはやれやれとばかりに肩を竦めて首を横に振った。

「分かりやすい捨て台詞だな。ああいう手合いには関わらねぇ方がいいぜ。どうせ周りの奴がみんな敵に見えてんだろ」

「ああ……けど、あまりいい関係じゃなかったとはいえ、よく知ってる奴がこうなるのはやっぱりキツいな」

「このお人好しめ。そこで『ざまぁ見ろ』とか思えねぇから苦労するんだぜ」

ガーネットは俺の顔を覗き込んでにいっと笑った。

「ま、お前らしいって言えばそうなんだが。とにかく今日のところは帰ろうぜ。いい加減に腹も減ってきたしな」