――エイル・セスルームニルを交えた会合が終わってすぐに、俺とヒルドは揃って応接室を後にした。

陛下と公爵は王侯貴族としての外交に戻り、アンジェリカ団長も王宮を後にしてしまったので、俺達は二人だけでパーティー会場へと戻ることになった。

「ルーク団長、先程は大変堂々とした振る舞いだったと思います」

「そいつはどうも。緊張で本当に死ぬかと思ったけど、最終的には上手くいってよかったよ」

俺達はすぐに会場まで引き返さず、ゆっくりと時間を掛けて移動しながら会話していた。

いきなり会場へ戻ってしまったら精神的な温度差で参ってしまいそうだったし、何よりさっきの会合の内容について、ヒルドと意見を交わしておきたかったのもある。

「エイル・セスルームニル……本人と直接会ったのはこれが二回目だけど、まさかあそこまで価値観に違いがあったなんてな。表面的に接している分には話せる奴だと思ってたんだが……」

やはり長い年月を生きた魔族だからだろうか、なんていう発想を言葉にすることはなかった。

同族の中では相対的に若い方とはいえ、ヒルドもまたエルフという魔族の一人。

魔族だから価値観の相違があった、なんて受け止められるような発言はするべきじゃないだろう。

「私も正直、驚きでした。私の出身地でもある『白亜の妖精郷』は、歴史的に北方諸国と友好関係にあって、その縁で力を貸しているのだと考えていましたが……あの方にとってはそれすらも些事だったのですね」

ヒルドがフードの下で小さく首を横に振る。

「もしかしたら……あの方にしてみれば、古代魔法文明を生きたハイエルフと滅亡以降に生まれた普通のエルフでは、根本的に別の存在だという認識だったのかもしれません」

「あの女の時間は、アルファズルが生きていた頃で止まっているのかもしれないな」

そう考えれば、むしろエイル・セスルームニルは哀れな存在なのかもしれない。

古代から生き続ける長命種でありながら人間の男に懸想し、最期を平穏に看取ることもできず文明崩壊と共にその男を失い、男が遺した次の時代を見守りながら、いつ訪れるかも分からない復活の時を待ち続ける――

ああ、個々の要素だけを並べ立てれば、実によくできた悲劇のヒロインだ。

俺が盛大にとばっちりを受けた立場でなかったら、可哀想にと他人事のように思っていたかもしれない。

もちろんそんな仮定が現実になることはなく、俺としては『よくもあいつまで巻き込んでくれたな』『無断で罠を仕掛ける暇があるなら、まずは口頭で説得くらいしたらどうだ』などと、全力で投げつけたい愚痴や文句が勢揃いなのだが。

「……少なくとも、人間は信じてなさそうな気はするな。ガンダルフみたいに見下しているわけじゃないにせよさ。もしも対等に見ているなら、まずは『危険だからこれをするな』くらいの説明はしてるだろ」

「その理屈なら普通のエルフも信用されていません。秘密を解き明かそうとしたら問答無用で厳罰でしたから」

ヒルドも珍しく怒りを露わにして愚痴を零している。

「多分、あの方は私達を子供同然に考えているんだと思います。ほら、子供の躾だと説明しても理解しないからとにかく叱るというでしょう?」

「どこの家庭もそうしているわけじゃないと思うんだが……そういう方針の家も確かにあるな」

「地上に混乱をもたらすから広めてはいけない知識であると、どうせ理解できないだろうから……とにかく駄目だと叱り飛ばして、罰を与えて、手に届かないように遠ざけて……本当に傲慢です」

俺達を子供同然に考えている――ヒルドがエイルについて言い表したこの比喩は、実に言い得て妙だ。

ヒルドが並べ立てたように、エイルはまるで幼すぎて理解力に乏しい子供を躾け、まるで保護者のように危険から遠ざけようとしている。

エイルの思考と行動を端的に表現する比喩としては、これ以上に的確なものはないのではないだろうか。

「ところで、あの女が隠蔽しようとした秘密なんだが、虹霓鱗騎士団の方で調べがついてたりはしないのか?」

「我々の方で、ですか?」

「別に教えろとか言うわけじゃなくて、国の方が把握しているかどうかくらいは知りたいなと思ってさ」

「そうですね……あの方が言っていた通り、世に広まれば大きな混乱を引き起こすものだとするなら……」

ヒルドは腕組みをしながら口元に手を当て、少しばかり考えてから俺の質問に返事をした。

「仮に同じ知識を探り当てていたとしても、現に王国が混乱に陥っていない以上、ごく限られた人物しか知らされていないのでしょうね。研究の責任者と騎士団長、大臣級の貴族と国王陛下……これ以外は秘匿対象になってしまうかと」

「やっぱりそうなるか。動機が全然違うとはいえ、結果だけ見ればあの女と似たような真似をすることになるってのは、何だか癪だな」

本当に王国を混乱させる世界の真実が隠されていて、更にその存在を騎士団や王宮が把握していたとしても、真相を世間に対して隠す以外の選択が取られることはないと断言できる。

地上で生きる人間達に真相を隠すという点だけを切り取れば、エイルの考えと大差はない。

もちろん他の部分は大違いであり、これだけを理由に両者を同一視するのは短絡的この上ないのだが。

そんな会話を交わしている間に、俺達はパーティー会場の手前まで到着してしまっていた。

ここから先には他の人々が大勢集まっているので、さすがにさっきまでの話を続けるのはまずいだろう。

ガーネットと話していたときのように周囲の煩さに紛れる可能性はあるが、楽観視するには情報の機密性が高すぎる。

――というわけで、俺とヒルドは申し合わせるまでもなく話題を切り上げ、騎士団長とその部下としてごく自然にパーティーの喧騒の中へと入っていった。

「さて……ガーネット達はどこに行ったかな……」

「えっ、ガーネット卿は不参加では?」

「……おっと、そうだった。いつもあいつと一緒にいるから、たまに別行動するといないことを忘れがちなんだよな」

うっかり漏らしてしまった呟きを、それらしい理由で取り繕って苦笑する。

実際、そういう別行動中の勘違いもとても多いので、決して嘘はついていないのだ。