森の拠点に滞在して一週間。レナさんはせっせと糸を紡ぎ布を織ってくれている。

 妹は料理と服作りに励んでいるし、セレスさんは建物を二つも完成させた。

 リンネは食料から各種の素材集めまで大活躍だ。

 俺は特になにもしていない。

 というか、出かけようとするともれなく妹がついてくるので、妹に服作りの作業に集中してもらうためには、ずっと傍にいなければいけないのだ。

 部屋の隅でじっとしているだけという、簡単で鬱(うつ)になりそうなお仕事だ。まぁ、元引きこもりの俺には楽勝だけどね。

 香織とレナさんは同じ部屋で時々相談をしながら作業をしているので、俺も合間を見てレナさんに話を聞いてみる。

 たしか飼育のスキルを持っていたのでそれとなく訊いてみた所、以前は糸を取るための動物を飼っていたのだそうだ。羊みたいなものかと思ったら、どうも鳥らしい。

 コウセンチョウというツバメくらいの黒い鳥で、年に一回生え変わる長い尾羽から繊維が取れ、それを縒(よ)り合わせた糸は、一本で家一軒を持ち上げるくらいの強度を誇るらしい。

 一メートル作るのに20羽分の尾羽が必要という、大変貴重なものだそうだ。

 飼うといっても籠(かご)や小屋に閉じ込めるのではなく、放し飼い状態で手懐(てなず)けると、エサと交換で抜けた尾羽をくれるという賢い鳥らしい。

 俺のイメージする飼育とちょっと違うが、レナさんはこの場所でもコウセンチョウを見つけて手懐(てなず)けたいと、明るい表情で話してくれた。凄い速さで手を動かしながら。

 三日かけて糸を紡ぎ、二日かけて織り上げた50センチ×7メートルくらいの布が、おおむね服一着分になるらしい。

 五日で一着分と考えるとずいぶん効率が悪い気がするが、これでも布加工Lv6のレナさんは、普通の人間よりずっと速いペースで完成させているのだろう。手元の動きほとんど見えないし。

 何日もかけて作った布をさらに切って縫って服を作るのだから、この世界の服が高いのも当然だ。

 前の世界でも布が通貨の代わりに使われるくらい貴重な時代があったし、産業革命も紡績の分野で花開いた事を考えると、そういうものなのだろう。

 布を作る所までがレナさんで、服を縫うのが香織という分業でやっているが、盛大に手間がかかる服の手縫いでさえ布を作るペースより速いのだから、ホントに大変だ。

 布作りできる人もっと沢山必要かもしれない。紡績機なんて存在は知ってても構造はさっぱりだからね。

 祠(ほこら)に敷かれていた布で作った最初のドレスは綺麗な純白で、ウエディングドレスみたいだった。

「お兄ちゃん、どう?」

 と体に当ててこっちを見る妹に、思わず見惚(みほ)れて固まってしまった。

 妹がお嫁に行く時、俺は泣いてしまうかもしれない。

 ちなみにレナさんはしきりに『実用性が……』と首をかしげていた。

『こんな服で森を走ったら、半日でボロボロになってしまいますよ』と言っていたが、大丈夫、多分ドレスを着て森を走らない。

 やたらと多いフリルなどの装飾にも首をひねっていたが、ファッションとはそういうものなのだ。いや、俺もよく知らんけどね。

 商品としては五日で一着というのは物足りない気がするが、お金持ち向けの高級ドレスなんて早々売れるものでもないだろうから、こんな物かもしれない。

 新しい住民用の服や寝具も作らないといけないので、俺達が街へ向かった後は半々のペースで製作に当たってもらうようにお願いする。

 俺達はそれからさらに一週間村に滞在し、ドレス三着と布一着分を手に街に向かう事になった。

 レナさんはかなり頑張ってくれてお疲れの様子だったので、『次に来る時なにかお土産を買ってきます。なにがいいですか?』と訊いてみたら、『殴られる事もなく、好きな事をやってご飯もお腹いっぱい食べられているので、これ以上望むものなどありません。お土産はいいですから、他のエルフ達を早く助けてあげてください』と、すごく重い事を言われてしまった。

 そういえば作業をしている時のレナさんの表情、肉屋の裏で包丁を研いでいた時の陰鬱なものとは全然違って、輝いていたもんな。

 ちなみにセレスさんにも同じ事を言われ、大きなプレッシャーを背に街へ向けて出発する。

 雪の積もる森を10日間歩き、王都近くの森に到着した所で、キヨウの実を拾いに来ている人を探して、手紙を冒険者ギルドに届けてもらうようにお願いする。

 一応リンネが木の上から見張っていて、なにかあったらすぐに弓を射てもらう体勢だったが、頼んだ男の人は銀貨一枚のお礼が効いたのか、二つ返事で引き受けてギルドへ向かってくれた。

 翌日の朝には早速ライナさんが迎えに来てくれ、リンネには一ヵ月後にまたここでと約束し、ライナさんと合流して街に向かう。

 街の拠点に向かう途中で開店予定のお店に寄ってみたが、大通りに面した小さいながらも二階建ての、小奇麗な建物だった。

 学校を卒業して今はここの二階に住んでいるというリステラさんに会って、早速ドレスを見てもらう。

「遠方から仕入れた珍しい布で作ったドレスなのですが、いかがでしょう?」

 嘘は言っていないと思う言葉と共にドレスを渡した瞬間、リステラさんの目が点になった。

「こ、これは……」

 リステラさんはしばらくの間、ドレスを眺めたり、指先で撫(な)でたり、灯りに透かしてみたり、ほんの少し引っ張ってみたり色々していたが、やがて深い溜息と共にこちらに戻してきた。

「あれ、ダメでした?」

「いえ、今のは感嘆の溜息です。これほど素晴らしい生地も、これほど洗練された作りのドレスも今までに見た事がありません。間違いなく上級貴族、ひょっとしたら王族の買い手がつくかもしれません」

 女の子らしく、うっとりと顔を赤らめて言うリステラさん。おお、かなりの高評価だ。香織とレナさんの努力の結晶が無駄にならなくて良かった。

「今の所は完成品が三着と、生地が一着分しかありません。今後の供給も、上手くいって月三着程度なのですが、商売になりますかね? あ、それと。通風や吸水が悪かったり、あまり丈夫じゃなかったりするんですけど」

 俺の言葉に、リステラさんがうっとりした女の子の顔から一瞬で商人の顔に戻る。

「もちろん商売になりますとも! 挙げられた欠点も高級なドレスにおいては欠点ではありません。一着だけでも店を経営するのに十分すぎるほどの金額になるでしょう。なるべく高く売るためにはそうですね……しばらくは店に展示して関心を集めた所で、オークション形式がいいでしょう。最初のうちは希少感を出して半月に一着のペースでゆっくりと売り、ある程度行き渡った所で注文生産や生地の販売に切り替えます。この雪のような白もいいですが、ドレスは派手な色も好まれますので、染める技術の確立も急がなければ」

 すっごい早口でまくし立てるリステラさん。かなりテンション上がっているな。

「それは良かった。あの、なるべく出所は探られないようにしてくださいね」

「承知しました……ところで、この布はなんという名前なのでしょうか?」

「なまえ?」

 はて? 布に名前なんてついているものだろうか? しばらく頭をひねったが、そういえば前の世界にもブランド化された布があった気がする。大島紬とか……他は知らないけど。

 しかし名前か……『サルクワーム布』とかだと製法がもろバレだよな。見た事ない品だって言ってたし、なるべく情報は隠すとして、さて……。

「……これは、カレサ布(ぬの)という布です」

「カレサ布……聞いた事がありませんが産地は……いえ、そのような事を訊くのは商売の掟(おきて)に反しますね。特産品の仕入先など、秘中の秘ですから」

 香織のカと、レナさんのレと、サルクワームのサの組み合わせでたった今考えたんだから、聞いた事なくて当然だと思う。でも深く追求されないのはありがたい。さすがわかっていらっしゃる。

 とりあえず明日から店に飾り、最初のオークションは2月の15日にやるそうだ。その間に染めの研究をして、四着目は色つきで仕上げたいとの事で、香織と相談をしている。

 とりあえずドレスを一着と布の一部をリステラさんに預ける事になり、ドレス二着と布の大半は街の拠点に持ち帰る事になった。

 全部預けようとしたのだが『警備はつけますが万が一という事がありますので、とてもそこまでの責任は負いきれません』と辞退されてしまった。

 一点物のドレス。しかも公開済みの物なら盗んでも公(おおやけ)の場では着れないと思うのだが……ああ、生地は危ないかもね。

 ともあれ商品がかなり好評そうで安心した。流行るといいなぁカレサ布のドレス……。

大陸暦419年1月25日

現時点での大陸統一進捗度 0.001%(リンネの故郷の村を拠点化・村人3人)

資産 所持金 5540万9800アストル(-2万)

配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長)