鉱山の経営はなんとか収支プラマイゼロを確保できるようになったが、ローンと税金の支払いは残っている。

 6月の収支は薬師さんの休みを増やしたせいで上質の薬の供給が減った事もあり、薬店から3000万にエイナさんから400万、カレサ布が2600万だった。

 鉱山のローンと、国と地元貴族に払うお金の合計が6800万なので、800万の赤字だ。それを補うべく、かねてから考えていた事を実行に移す決断をする。

 セレスさんが俺と妹のために作ってくれた家の中で、ベッドの下に隠しておいた箱を取り出して蓋(ふた)を開ける。

 そこに入っているのは二つの首輪。リンネや薬師さんの首にもついているあの首輪だ。

 ちなみにこれは鉱山を買い取った当初、初めの三日で二人死んでしまったエルフさん達の首につけられていた物である。

 薬師さんに言うと絶対反対されると思ったので、炊事場の子にお願いして埋葬前にこっそり回収してもらったのだ。

 それはつまり首を切り落としたという事な訳で、それまで日常だったとか、死にかけではなく死んでからだった分マシだろうとか、そんな言い訳は通らない酷い事だったと思う。

 赤黒い染みがついた木と鉄でできた首輪は不気味で、今まで触れる覚悟がつかなかったのだ。

 覚悟を決めて触れてみた首輪は、厚さが5センチくらいで、重さは3~4キロほどだろうか。重量以上にズシリとした重みを感じる。

 構造を探ろうと色々いじってみるが、閉じている首輪の開き方からしてさっぱりわからない。わかった事と言えば、側面についている金属の部品で輪の大きさが微調整できる事と、ネジ一巻きで一日分くらいのペースで、徐々に首輪が絞まってくるという事だけだった。

 絞まる力はそれほど強くないので死ぬ事はないだろうけど、息がし難(にく)くなって

苦しみが続くという、悪夢のような道具である。

 そんな道具だが、自分でいじってみて構造がわからないとなると、誰かに訊くしかない。それは人間の奴隷商人か、鍛冶職人かだろう。どちらにしてもここにはいないので、王都に行って探してみようと決め、次にライナさんが王都に向かう時に同行させてもらう事にする。

 一応妹に伝えてみたら、当然のようについて来る事になった。なんとなくそんな予感はしてたけどね……。

 そんな訳で俺と妹はライナさんが操る馬車に乗り、久しぶりに王都へと足を向ける事になったのだった……。

 7月の初め、山間(やまあい)の鉱山と違って王都はむっとする熱気に満ちている。

 そんな中で首輪の構造を探る訳だが、奴隷商人か鍛冶職人かでいうと、イメージ的に鍛冶職人の方が接触しやすい。

 暇そうな鍛冶屋を見つけて中に入り、外気(がいき)に輪をかけてむっとした空気の中、作業場でナイフを研いでいるおじさんに話かける。

「あの、すみません。これについて訊きたいんですが」

 そう言いながら首輪を見せると、おじさんは『ああ、奴隷の首輪か』と言いながら立ち上がった。どうやらかなり一般的な商品らしい。

「で、これがどうしたんだ?」

「開いて欲しいんですけど?」

「あん? それは鍛冶屋の仕事じゃねえや、奴隷商人の所へ行くんだな。この刻印だと、エルグ商会だな」

 よくわからないけど、特定の奴隷商じゃないと開けないという事らしい。よく見てみると、首輪にはなにかのマークが刻印してある。

 鍛冶屋のおじさんに『ありがとうございました』とお礼を言って、教えられたエルグ商会へ向かう。

 入口で用件を伝えると、すぐに店員さんが出てきて奥に案内され、5万アストルを払うと、すぐに首輪を開いてくれた。

 その方法は、首輪の内側にある穴に鍵を挿し込んで回すだけ。…………なんかおかしくないか?

「あの、ちょっと訊きたい事があるんですけど?」

「なんでしょうか? あ、料金につきましては首輪のレンタル料込みのような物ですので、おまけする事はできませんよ」

「いえそうじゃなくて。鍵穴が内側だと、奴隷につけた状態で外す時にどうするんですか? 人間の奴隷を解放する時とか、首輪が壊れたので交換する時とか……」

「ああ、そういう時は外すのではなく壊してしまいます。壊れた首輪なら惜しくないですし、奴隷を解放する時には必要経費のようなものですね。もっとも、ふつうは奴隷が働いてその分を稼ぐのですけどね」

 そういえばこの世界、人間の奴隷はわりとマシな待遇なんだっけ?

「鍵を閉める時はどうするんですか?」

「中にバネが仕込んでありますから、首輪を閉じれば勝手に鍵が閉まります。あ、試さないでくださいね、閉じてしまったらまた開くのに5万アストルかかりますから」

 やってみようとした手をとっさに止める。

「それってつまり、奴隷も首輪も無事で外す方法は無いって事ですか? なんでそんな構造なんです?」

「方法はありませんね。なぜかと言われますと私にもわかりかねますが、多分簡単に外せてしまうと逃亡が容易になるからでは? 奴隷の七割はエルフ、人間の奴隷の半分は終身奴隷ですから、この形式でもあまり大きな問題はありませんし」

「なるほど……」

 これは俺にとっては衝撃の情報だ。首輪4000個を一つ45万アストルで売れば18億アストルほどになって、ローンの三分の一が賄(まかな)えると踏んでいたのに……。

 だが、たとえお金にならないとしても首輪は外してあげるべきだろう。見ていて痛々しいし、邪魔そうだし……。

「首輪を壊す時ってどこに頼めばいいんですか?」

「うちでもやっていますし、街の鍛冶屋なら大抵の所でできるでしょう。ただしコツがありますから、素人が適当にやるとせっかく解放する奴隷を傷つけてしまいかねないので、お勧めしません」

「なるほど。ではこの首輪を壊してみてもらえますか?」

 俺の言葉に、店員さんがスッと目を細める。

「失礼ですが事情をお聞きしても? この首輪は開いた状態なら50万アストルの価値がある品です。なにか壊す理由があるのですか?」

 あ、しまった。コツを教えてくれと言ってもダメそうだから、壊す所を見て覚えようとしたんだけど失敗だったか……。

「あ、いえ。単なる好奇心で思わず言ってしまっただけです。失礼しました」

 そう言って、逃げるように奴隷商を退散する。さて、どうしたものか……。

 考えながら街を歩いていると、妹がポツリと話しかけてくる。

「あの首輪、壊さないと外せないんだね……」

「そうみたいだな。大金になると当てにしてたんだけどな」

「でもお兄ちゃん、壊してでも外してあげるんだよね? あのままエルフさん達が死ぬまで待つなんて事しないよね?」

 妹が不安そうな表情で訊いてくる。そりゃ死ぬまで待てば首輪を壊さずに回収できるだろうけど、エルフの寿命は数百年だ。そんな長い時間首輪をつけたままなんてかわいそう過ぎるし、第一ローンの返済期限も俺の寿命も過ぎてしまう。

「あたりまえだろ、だから壊し方を訊いたんだ。人間の鍛冶職人を鉱山に呼んで外してもらう訳にもいかないしな」

「うん、安心した! さすがお兄ちゃん!」

 妹は不安だったのか、嬉しそうに腕に抱きついて頬(ほほ)をすり寄せてくる。道行く人とライナさんの視線が痛いから、人前ではやめて欲しい。

 しかし鍛冶屋で壊し方聞いても怪しまれるだろうしなぁ、エルフの首輪を外すのは違法行為らしいし。鍛冶屋で働いていたセレスさんが知っているといいのだが、奴隷にそんな方法教える訳ないよなぁ……。

 色々考えてみるが、やはり壊す方法を見学する手段は一つしか思い浮かばなかった。

 あまり妹を連れて行きたくない場所だが、仕方ないか……。

大陸暦419年7月2日

現時点での大陸統一進捗度 0.1%(リンネの故郷の村を拠点化・現在無人)(パークレン鉱山所有・エルフの労働者3974人)

資産 所持金 4211万(-809万)

配下 リンネ(エルフの弓士) ライナ(冒険者) レナ(エルフの織物職人) セレス(エルフの木工職人) リステラ(雇われ店長) ルクレア(エルフの薬師)